2025年6月29日日曜日

香天集6月29日 玉記玉、辻井こうめ、谷川すみれ、夏礼子ほか

香天集6月29日 岡田耕治 選

玉記玉
新樹光さりさり少年をこぼす
夏至の水滾らせているガラス鍋
ひめむかしよもぎと書こう青い紐
スプーンの渚に涼夜来ていたり

辻井こうめ
一筆の末に蛍のことを書く
椅子三つ並ぶ深海昼寝覚
太陽の色を授かり花柘榴
青梅の梅肉エキス煮詰めをり

谷川すみれ
緑蔭をくぐってきたる背広かな
わが死後の傾斜二十度楠若葉
訃報来る鰺の干物を焼いている
書くことの少なくなりて蟻の列

夏礼子
約束の午後の近づく花ざくろ
さみどりに思考の染まる緑雨かな
口紅のうすく残りし洗い髪
紫陽花の揺らしていたる記憶かな

柏原玄
難敵に備えていたり更衣
十年となりぬ海芋の白い襟
聞き流すことを覚えて立葵
夢追うて生きているなり蝸牛

高野義大
正月のわが身を愛す朝日受け
昼の雲光抱擁し対峙する
朝の月しばらく君とここにいる
秋風に帰れるところ我にあらず

加地弘子
ジャスミンに佳き風のあり結婚す
蚊喰鳥雲梯で母待っている
羽抜鶏家の者から眼を逸す
引越しの記念となりぬ合歓の花

俎石山
はしり梅雨サーカスの子が転校す
更衣痩せた鎖骨に覚えあり
河鹿鳴きリュックを降ろすための石
ネックラインいかに広げん更衣

神谷曜子
紀伊國屋浅利弁当買いて発つ
常盤木落葉やり残したことのように
空爆の止まず彼方の旱星
川音や昼顔として流れくる

前藤宏子
七変化心の色になりにけり
我が身丈縮まるばかり松の芯
予定なき用事を作りサングラス
草笛の音色を残し別れけり

楽沙千子
頬を撫で青田に戻る朝の風
梅雨冷や捗り遅き針仕事
子らの来て目尻細める父の日よ
生きがいの講義につづく百合の花

森本知美
人は皆永久欠番浜万年青
袋掛け体験授業の瞳澄む
水遣りの畑をおそう大夕焼
鯵の目の透明をほめ三杯酢

田中仁美
せいろから湯気立ち込めるキャベツかな
五月雨の大屋根リング下で待つ
暗闇の退場ゲート白い靴
ブンブンと腕振り回し赤子の夏

河野宗子
初夏や笑えば二本光る歯よ
若竹や七キロの子の腕太し
朝曇り確かめ戻る鍵の穴
品格を持ちて泳げり目高の子

安田康子
でで虫のモンロー歩き雨上り
五月雨サーキュレーター首を振る
夏ギフト一筆箋を添えておく
黒南風の久しくめでる陶器市

松並美根子
紫陽花の雨欲しいまま寺の中
薔薇の名を覚え忘れてしまいけり
父の日やあっと言わせる何でも屋
束の間の時を惜しみて蛍かな

金重こねみ
梅雨最中新大臣の健闘す
夏めくや水路の音もまだゆるり
ホルモンのバランスくずれ五月雨
かき氷半分ずつを愉しみぬ

目美規子
ほくほくをがぶり新じゃがバター味
梅の瓶美味しくなれと揺らしけり
五月晴害虫駆除のポンプ音
梅雨に入る遺影は若きままであり

木南明子
窓叩く雨降る速さ十薬に
母の日を祝ってくれる百合の花
沢蟹の泡ぶくぶくと通りけり
紫陽花や母の命日慈しみ

〈選後随想〉 耕治
夏至の水滾らせているガラス鍋 玉記玉
 昼が最も長いということは、その日を境に昼が短くなっていくので、夏至は、時の移ろいであったり、過ぎ去るものへの寂しさを感じさせる。夏至の強い日差しの下、透明なガラス鍋の中で水が激しく沸騰しているという写実的な情景は、句会では不思議な光景であるとか、何か実験をしているようだと評された。このガラス鍋というのはとても面白い素材で、鍋という席題が出て、「ガラス鍋」を思いついた発想に敬嘆する。夏至の水が煮つまっていく熱気と同時に、ガラスという素材がもたらす清澄な美しさも感じられる。この夏至のパワーの中に透明感のある繊細な美しさを見出した玉さんならではの一句だ。

一筆の末に蛍のことを書く 辻井こうめ
 一筆というのは、一筆箋とか、ちょっと事務的に伝えたいことを簡潔に書くというイメージがある。伝えたいことを書いたけれど、それだけでは足りない気がして、蛍のことを書き足した。そのことが、なんとなく恋文のような意味合いを持ってくる。池田澄子さんに「逢いたいと書いてはならぬ月と書く」という句がある。逢いたいと書いてはならぬというのは、いろんな取り方ができて、コロナ禍で面会もできないことかも知れないし、それこそ道ならぬ恋かも知れないし、色々な場面が想像できる。この句も、一筆の最後に蛍のことを書いて自分の気持ちを蛍に託す、そんなこうめさんの息づかいを感じさせてくれる。
*大阪府庁前にて。

2025年6月22日日曜日

香天集6月22日 古澤かおる、木村博昭、砂山恵子、安部いろん他

香天集6月22日 岡田耕治 選

古澤かおる
木漏れ日に顔を泳がせ青岬
梅雨曇グラスに緑茶澄んであり
麦秋のサンドイッチを辛くする
青蛙二匹に白いガーデンチェア

木村博昭
片言の日本語で売る夜店かな
飛ぶ夢を見る少年の青岬
草笛を吹く老人の底力
キャタピラの迫り来ている五月闇

砂山恵子
言葉とは海かも知れぬ水母浮き
紫陽花や高きところに空があり
トマト植ゑ何故か明るき宵の庭
何もなき庭だが蛍はたんとゐる

安部いろん
梅雨に入るほんとかどうかわからない
ひきがえる啼く失言はないだろう
夏の野に我が触角が落ちていた
蜘蛛の囲に国への不満からまりぬ

嶋田 静
花桐や行方知れずの友のあり
若葉風共にくぐりし札所かな
楠若葉奥にしずまる美術館
母の日や濃い目のルージュ引いておく

橋本喜美子
首振りて泳ぐ鳥あり春の川
山茱萸の花の迎ふる美術館
女どち声の弾ける花の下
空模様定まらぬ日や桜餅

北橋世喜子
春来たる故郷訛の長話
ごはんよー目高六匹浮いてくる
とぎ汁の米粒探す雀の子
春休カメラぶら下げ時刻表

中島孝子
幼子の笑まう鼻歌チューリップ
切株の一枝が伸び花蕾む
二人して摘みし絹莢五つほど
父母を撫づりて洗う彼岸かな

上原晃子
縁石の割れ目すみれの整列す
桜咲く不安を抱え自己注射
仰ぎたるミモザの花に深呼吸
鉄棒の子らを見ている雪柳

半田澄夫
行先を問わないでおく春帽子
動き出す開花宣言ひと言で
人群れるソメイヨシノの標本木
花浮かれ訪日外国人さえも

石田敦子
白木蓮もう来る頃か窓の中
声高き子らてんしばの春休
父母の写真に供ふ彼岸餅
大谷が日本に居る夜半の春

東淑子
菜の花や二人の子らと散歩する
春の宵本はいやだと子が怒り
花かりん見上げていたる月夜かな
沈丁花匂いを吸いて宵の月

〈選後随想〉 耕治
麦秋のサンドイッチを辛くする 古澤かおる
 先日の大阪句会で久保純夫さんも、私も特選に推した句。麦秋というのは、渡邉美保さんが評したように、生命力があるけれども、同時に鬱陶しさも感じる。サンドイッチを辛くするのだから、夏になって、ちょっと塩分を自分の中に入れたいという思いもあるし、それから辛子マスタードを塗っても、塗らなくても、麦秋そのものがサンドイッチの味を濃くしているという読みもできるだろう。また、森谷一成さんが評したように、麦秋の色とサンドイッチのマスタードの色が共鳴しているところも印象的だ。単に日頃食べているサンドイッチなんだけれども、それをこんな風に表現することができるんだということをかおるさんに教えてもらった。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2025年6月15日日曜日

香天集6月15日 渡邉美保、柴田亨、湯屋ゆうや、三好広一郎ほか

香天集6月15日 岡田耕治 選

渡邉美保
梅雨の月魚礁となりし潜水艇
尺取虫スカートの縁巡りをり
螺旋階段上りつめたるかたつむり
掛軸を飛び出す鯉の水しぶき

柴田亨
包み込む傷ひとつあり六月来
かき氷崩れる前を見つめ合い
紅掛けの空に風鈴透きとおる
足裏の木目の涼し大伽藍

湯屋ゆうや
さっきから蝶は左へ行き過ぎる 
画廊にはちさき天窓夏来たる
首擡ぐ子燕たちの当てずっぽう
搭載は初めからなの蝸牛

三好広一郎
空の鍋伸びる手いくつ麦の秋
ぽつねんと秘境暮らしや苔の花
温暖化の話を避ける夏の牛
コーヒーはブラックですか梅雨入りですか

前塚かいち
今しもあれ瑞穂の国の田植唄
どくだみの白きを残し空家掃く
よく眠る未生以前のハンモック
猫の目が吾を追うなり若葉風

楽沙千子
蔦茂る大きな岩をかかえ込み
くろぐろと梢蠢く梅雨の月
卯の花腐し約束を反古にする
秒針の微かに鳴れり明易し

岡田ヨシ子
入院を迎え待つ身よ梅雨に入る
病室に風通りゆく梅雨鴉
ガレージの地下を流れて梅雨出水
つつじ咲く小さな旅もままならず

松田和子
メールなき友に手をふる青嵐
紫陽花や雲の景色を眺めるいて
雑草の人参の花悠々と
朝日あび囀りとして騒がしく

〈選後随想〉 耕治
梅雨の月魚礁となりし潜水艇 渡邉美保
 先日の大阪句会で、私は選ばなかったが、谷川すみれさん、中嶋飛鳥さん、柴田亨さん、久保純夫さんが選ばれ、それぞれの鑑賞を聞いているうちに段段よくなってきた一句。句会の楽しみは、自分が取らなかった句にも及ぶ。
 今梅雨の最中なので、梅雨の重苦しい空気の中に、かすかに月が出ていることを目にすることがある。月は、ぼやけて見えたり、雲間に隠れたり、不安定だけれども、やわらかい光りを届けてくれる。久保さんは、潜水艦ではなく潜水艇という小ささに着目し、「魚礁」だからこの小ささに納得、と言われた。柴田さんは、命の循環を感じる、と。潜水艇は人工物であり、その最期は沈没という結末だったにちがいない。しかし、それが新たな命の住処となる「魚礁」へと姿を変えることで、死と再生を出現させている。梅雨の月は、海底のそんな情景にまで、光を届けている。あるいは、美保さんの心の中で、月の光がこの隠された情景を浮かび上がらせたのかも知れない。
*岬町小島にて。

2025年6月8日日曜日

香天集6月8日 佐藤静香、三好つや子、春田真理子、宮下揺子ほか

香天集6月8日 岡田耕治 選

佐藤静香
片恋の畳めぬままの白日傘
みなもとは青嶺の雫長瀬川
入鹿の血飛び散りし野を水鶏笛
潜みたる軍靴のありぬ梅雨鯰

三好つや子
絵日傘をくるり傾け母の羽化
栗の花未明の雨の匂いあり
夜遊びや浴衣ぬけだす金魚たち
夏蜜柑二つ長居をして仏間

春田真理子
蓬野よ山も霞の向こうにて
煩悩のひとひらずつを木蓮華
晒されて温厚になる山の独活
先住を主張している狸かな

宮下揺子
フィクションとフェイクの間養花天
麗しき目鼻の僧や柿若葉
豆皿に春のあれこれ昼餉かな  
夏落葉先に勝手に逝きし人

秋吉正子
鳥巣立ち静けさもどる隣かな
犬の名を聞き合っている五月雨
退院し長い五月の終わりけり
日日草小さき芽を出し何を待つ

川村定子
病める身に一つたまわる桜餅
我が庵寄りて離れて笹鳴ける
花の絵を一枚残し退院す
俯瞰する新樹の渓を雲渡り

北岡昌子
牛蛙姿を見せず鳴いており
五月の夜負けてもダンス甲子園
鬼やんま小さくなって飛び交いぬ
友と行く藤のカーテン通り抜け

大里久代
五月雨や八十年の追悼式
カーネーション赤とピンクの赤強し
黒目高腹に卵をくっつける
接木して胡瓜の苗に南瓜が

西前照子
ずんだ餅奥歯外れてしまいけり
三人の頭に菖蒲巻きつける
オープンのカーネーションに足止まる
蕗の葉が揺らしていたり表裏

〈選後随想〉 耕治
片恋の畳めぬままの白日傘 佐藤静香
 「片恋」は、一方の側からだけ誰かを恋しく思うことで、若い頃のそれはやるせないが、年齢を重ねると、この日傘のように畳めぬままでもいい、そのように感じるようになる。もっと言えば、片恋のままであることを愉しむというか、別にそれを畳むようなことをしなくてもいいとする、そんな静香さんの心持ちに共感する。「畳まぬまま」だと、自らの意思が働くが、片恋ゆえの不安定さや傷つきやすさのゆえに、「畳めぬまま」なのである。
*しきじ・にほんご天王寺の学習者の作品。

2025年6月1日日曜日

香天集6月1日 玉記玉、森谷一成、夏礼子、柏原玄ほか

香天集6月1日 岡田耕治 選

玉記玉
夕焼や鉄棒の身を二つに折り
緑蔭や園児の帽を読み直し
兵ー人蛍袋に入り込む
くすぐったくてペチュニアになりそう

森谷一成
藤波のらせんの空へ鈴鹿越
土手青む遠近法をはたらかせ
ペンキ屋の一大事なる天道虫
筍や隣の土を潜り出で

夏礼子
著莪の花秘すと決めたることのあり
濃ゆくなる揺れのめまいよ藤の花
母の日のかあちゃんとふとひとりごと
ふるさとへとんで行きたりはじき豆

柏原玄
船旅の装いを決めヒヤシンス
愛用の肩掛け鞄鳥雲に
春の航水平線の円のなか
冷素麺深呼吸する島とあり

辻井こうめ
スマイルのシール貼り付け鯉のぼり
ゆつくりと底板沈め菖蒲の湯
白靴のエイッと跳びぬ水たまり
待ち渡る青水無月の無人駅

中嶋飛鳥
かげろうの糸口つかむ無人駅
パリー祭片目のままにダルマ古り
竹落葉ふわりと包む靴の音
頭韻のみなもととして日雷

前塚かいち
アンテナに絡むを任せ時計草
やがて来る姿を待てりカサブランカ
北前船着きし港よ小判草
放哉の句碑の手触り青葉風

前藤宏子
若き考アルバムにある夏衣
葉裏から毛虫が話しかけてくる
夏帽子友は五つも若返り
更衣頭も整理しておりぬ

森本知美
薫風や歯を磨きつつ庭歩む
筍と米糠呉れる友若し
仮の世の出会いのひとつミニトマト
捨て藪の竹皮を脱ぐところかな

松並美根子
校門の朝の挨拶風光る
浜からの声高くして立夏かな
パンジーの微笑満つる集いかな
菖蒲湯に満ちたる香り風に添う

安部いろん
半仙戯戻れないこと識るための
蝶眠るフィトンチッドを浴びながら
滝の音鯨の声に変わりゆく
浄玻璃の鏡降り立つ夏野原

安田泰子
道草の途中喜寿なり緑さす
子供の日震災に遭うすべり台
子供の日座敷を広くしていたり
美容院の帰りは雨や紫蘭咲く

長谷川洋子
夢叶う最期に観たき大花火
大花火一夜の音をヒュルヒュルと
琵琶湖から上がる花火の余命かな
笹の葛感謝の心届きけり

松田和子
若草やおむすびころりべそをかく
終活と決めては戻す更衣
風物詩の舞台は川へ鯉のぼり
産土の和歌の心や白牡丹

金重こねみ
夏みかん友の顔へと届けおり
自転車の子どもの席に筍よ
チョコレートぐにゃりと割れて夏きざす
親も子も精根の尽き子供の日

田中仁美
台湾の夜市を巡り夏きざす
掛け声でランタン飛ばす夏の朝
マンゴーのてんこ盛りなりかき氷
夏帽子なくして風の行方かな

目 美規子
大手鞠古刹の鐘の響きあり
山藤や峠を下り大和路へ
長谷寺の茶屋に誘われ桐の花
著莪の花女人高野は雨の中

木南明子
ひるがおの海への道はさびしかり
雑草のひとつとなりて月見草
夏帽を取らずに言葉交わしけり
羽根飛ばす鴉の喧嘩青嵐

牧内登志雄
捨苗の一尺ほどに立ちにけり
開け放つ窓に大きく雲の峰
独り寝の朝に姦し不如帰
見てくれと言はんばかりに咲くダリア

河野宗子
枇杷の実や袋の中でもがきたる
ペダル踏む素足の少女風を切る
夏物を出しては戻す今朝の雨
焦げついた鍋をこすれり五月雨

吉丸房江
大らかに生きてきたりし豆の花
カーネーションや母よりも長く生き
アスファルト割ってたんぽぽ一年生
お日様の匂いのシャツよ退院す

大西孝子
朝露に輝いている芝生かな
すず風にうとうと心温める
子どもらとかけっこをしてありがとう


〈選後随想〉 耕治
緑蔭や園児の帽を読み直し 玉記玉
 幼稚園児はどこへ行くかわかりませんから、緑蔭に入って、子どもの数を確認しているところでしょう。句会で見たときは、「数」となっていましたが、推敲の上「帽」となっているのも即物的で更によくなりました。校外学習に連れて行って帰ろうとするとき、何回数えても数える度に人数が違うことがありました。子どもたちも疲れているし、こちらも疲れているので、なかなかピタッとこないのです。最後は「隣の子はいる?」と呼びかけて、「いる」と返ってきたら出発しました。そんなハラハラする緑蔭もあるというか、どこか不気味な緑蔭の暗さと、子どもたちの赤か白の帽子の明るさのコントラストが印象的です。
*大阪市大正区にて。