2026年3月22日日曜日

給食の伊予柑を分け下足箱 俎 石山

俳句物語(7)  岡田耕治

給食の伊予柑を分け下足箱   俎 石山
ポケットに八朔ひとつ帰りけり

 給食に伊予柑が出た。ボクは酸っぱいのが苦手で、蜜柑もほとんど食べない。伊予柑はみかんよりもはるかに酸っぱい。母は柑橘系が好きなのでよく買ってくるが、伊予柑は小さい頃に一口食べたきりだった。

 担任は、給食を残すことを許さないタイプなので、バレないようにそっとポケットにしまった。伊予柑の小ささがありがたかった。給食を食べながら、「ワタシ、伊予柑大好き」と言う女子がいた。母が柑橘類を好むことがボクには理解できないように、彼女が伊予柑を好きというのも、全く分からない。なぜあの中途半端な酸っぱさが良いのだろう。

 放課後、今日は部活動がないため、すぐに下校するよう放送があった。昨年から土曜日か日曜日のどちらかは必ず休み、平日も一日休むという学校の方針が出たので、水曜日は部活動のない日になった。

 下足場でその伊予柑好きの女子とばったり会った。ポケットにしまってあった伊予柑を取り出して、
「これ、食べる?」
「ありがとう。大好き」
「ボクも好きだけど、母が好きなんで持って帰るとこだった」
「じゃあ、これお返し」

彼女のリュックから出てきたのは、ボクのポケットに入りきらないほどの八朔だった。



風光る三年前の牛乳瓶  谷川すみれ

俳句物語(6)  岡田耕治

風光る三年前の牛乳瓶  谷川すみれ

 散歩の途中で水仙を見かけたので、切り取って牛乳瓶に挿した。この牛乳瓶は、2023年のコロナ禍の末期に、毎朝1本ずつ届けてくれていた牛乳屋さんが廃業することになったという知らせとともに入っていた瓶だ。店主が高齢の上、コロナ禍で大口の納入先からのご注文も減ってきたので、宅配のお客様には大変ご迷惑をおかけしますが、本日付で廃業させていただきますとあった。

 それからは、買い物に出かけたときにスーパーで紙パックの牛乳を買って、それを一週間で飲み切るという形で牛乳と親しんできた。だけど、紙パックより瓶の方が美味しかったように感じるし、直接飲むと口当たりも滑らかだ。今でも、銭湯に行くとコーヒー牛乳を瓶ごと飲んで、あの感触を懐かしんでいる。

 先日、その牛乳屋さんが、また宅配を始めるというチラシが入った。宅配の牛乳だけでなく、道路沿いの店舗を改装して、ソフトクリームも販売するという。電話で宅配を申し込むと、懐かしい店主の声で、「いや、娘が子育てが一段落したので、手伝ってくれることになりまして」と、嬉しそうな声が返って来た。

 翌日、牛乳を配達し、新しい牛乳箱を取り付けに来てくれたのは、四〇代らしい細身の女性だった。

「おはようございます。牛乳屋です」
「ご苦労さま。日曜日も配達してくれるんやね」
「はい毎日配達させていただきます。もし前の日の牛乳が残っていたら、お声をかけさせていただきますので、よろしくお願いします」



部室からカレーの匂い春の雪 三好つや子

俳句物語(5)  岡田耕治
 
部室からカレーの匂い春の雪 三好つや子

 部室棟は校舎から独立しており、運動場側には運動部、その裏手には文化部の部室が並んでいる。春の気配の中に雪が舞い始めたので、早めに練習を終えた陸上部につづいて、ソフトボール部のメンバーも道具を部室に引き上げてきた。

 そのとき、鼻腔をくすぐるカレーの匂いが漂ってきた。裏手、文化部の部室棟だ。どうやら演劇部の部室から匂っているらしい。ストッパーで半開きになったドアから覗くと、携帯用のガスコンロにかけた鍋で、キャプテンがカレーをゆっくり混ぜているところだった。

「どうしたの?」と聞くと、明日の卒業生を送る会で演じる劇がまだ中途半端なので、腹ごしらえをしてからまた練習を続けるつもりだと言う。
「外は雪が降ってきたよ」と声を掛けると、
「お世話になった3年生に、なんとか完成度の高い劇を見てほしいから」と彼女は答えた。
「それなら、私たちソフトボール部の2年生がカレーづくりを手伝うから、練習に戻って」と提案し、調理を担当することになった。

「だけど、カレーは作っても、ごはんはどうするの?」
「うん、ご飯を食べると眠くなるし、遅くなっても家で晩ご飯を用意してくれてるから。カレーは気合いを入れるためにルーだけ食べるわ」



干からびしごんずい海へ泳ぎ出す 宮崎義雄

俳句物語(4)  岡田耕治 

干からびしごんずい海へ泳ぎ出す 宮崎義雄

 友人からラインで、岬町の小島漁港でメバルを三匹釣ったという写真が送られてきた。静かな春の海に浮子を浮かべ、缶ビールを飲みながらゆっくり過ごす友人の姿が浮かび、居ても立ってもいられなくなった。翌日、小島へ出かけた。午前中の用事を済ませたため、釣り糸を垂らしたのは午後の三時頃だった。

 最初にかかったのは、十五センチほどのごんずいだった。以前、別の場所で、ごんずいの胸びれの棘に刺され、激痛に襲われたことがある。その時は、棘を抜いたものの痛みが治まらず、友人に水筒の湯で消毒してもらい、ようやくひと息ついた記憶がある。それ以来、魚を掴むためのフィッシュグリップを携帯しており、それを使ってごんずいを掴み、口から釣り針を外して捨てた。

 昨日とは潮の流れが違ったのか、午後五時を過ぎてもメバルはおろか、何も釣れなかった。帰りの道の駅でメバルはなくてもガシラぐらいは土産にできるだろうと思いながら、片付けを始めた。そのまま車に向かおうとしたが、ふと気になって波止に目をやると、ごんずいが下段で乾き切っていた。

 死んでも毒は残るというので、靴先で海に蹴り出すと、ごんずいは一旦沈んだあと、背中を左右に揺すってから泳ぎ出したではないか。あの揺すりは、自らを励ますのもだったのか、それとも私への挨拶だったのか。


甘味の厚焼き卵春きざす 辻井こうめ

俳句物語(3) 岡田耕治
 
甘味の厚焼き卵春きざす 辻井こうめ

 パートナーと暮らし始めて三年になる。家事は私が料理、パートナーが洗濯と掃除を分担している。最近の私の料理には、母ゆずりの厚焼き卵を「おいしい」と言わせるという一つの目標がある。毎日の弁当に欠かさず入れているが、パートナーは鶏の唐揚げや鮭の塩焼きは褒めても、厚焼き卵については一度も「おいしい」と言ったことがない。

 パートナーは関西、私は関東出身で、関西の方が何かと薄味の傾向がある。母が使っていた濃口醤油ではなく、薄口醤油に変え、砂糖も控えめにして、弁当の主役として真ん中に詰めているのに、なぜ満足してもらえないのだろう。

 先日、パートナーが行き付けの居酒屋で出し巻き玉子を注文した。ふわとろで美味しかったが、私にはどこか物足りない。やはり、玉子焼きは母の味が一番だと内心で思いながら、パートナーがトイレに立った隙に、店長に秘訣を尋ねてみた。「うちは醤油じゃなく、白だしを使ってます。あと、塩を一つまみ」とのこと。もちろん、砂糖は使わないそうだが、私にとって玉子焼きにはやはり砂糖が欠かせない。

 卵三つを割り、白身を切るように混ぜ、砂糖を小さじ二杯、母直伝の牛乳を少し加える。そして、醤油ではなく白だしを使ってみる。これまで、大さじ二杯だった砂糖に釣り合うようにと塩も少々入れていたが、今回は一つまみだけにする。焼き色が付かないよう、そして型崩れしないように丁寧に焼き上げた。

 今日の弁当は、それぞれの職場用ではなく、二人で市立美術館の作品展を見に行くために作ったものだ。美術館に入る前、芝生の広場でとっておきの弁当を開いたとき、くすっと笑う声が聞こえたような気がした。母の声だった。



冷素麺今日は三把の良き日かな 久保純夫

俳句物語(2)  岡田耕治

冷素麺今日は三把の良き日かな  久保純夫
  句集『識閾』より 

 私もパートナーも、どちらも家にいる日は、朝食を食べながら、昼食と夕食をどちらが担当するかをじゃんけんで決めることにしている。どちらが先に亡くなっても自活できる、そんな生活力をつけておくためである。パートナーと一緒になって間もなく十年、朝目が覚めたときに、そこに居てくれるだけでありがたい存在だ。
今日の昼は、自分が担当になったので、素麺を茹でることにした。いつもなら二把だけれども、今日は三把にした。

 三輪素麺の指定の時間は、1分半から2分なので、1分半経ったところで、一本すくって食べてみた。なかなかいい塩梅なので、ザルに上げ、まずは流水で全体の熱を取る。その後、ボウルの中で力を込めてもみ洗いする。それを氷をたっぷり入れたボウルに移し、一気に冷やした。

 水気を切った素麺を、一口サイズに指で丸めてガラス器に盛り、氷と青柚子の輪切りを散らす。夕べの残りの鶏の唐揚げをレンジで温め、冷蔵庫で冷やしておいた麺汁と薬味を添えて、二階のパートナーに声を掛けた。

「今日は素麺がたっぷり。何かいいことがあったの」とパートナー。
「あなたとこうして食事できることが、いいこと。よく一緒になってくれたね」と、喉元まで出かかったけれど、そんなことを言うのは、素麺に合わない。本音は、どこかのホテルでディナーを食べたときに取っておこう。
「いや、先週は60キロに迫った体重が、今朝は56キロまで戻ったから」
「あら、それはいい日ね」


目標と時計ない部屋冬苺 三好広一郎

俳句物語(1)  岡田耕治

目標と時計ない部屋冬苺   三好広一郎

 70の坂を越え、友人がガレージでの独り暮らしを選んだのは、盛夏のことだった。Googleマップの案内で辿り着いたそこには、コンクリートの土間に自作の床が敷かれ、友人が「快適なワンルーム」と呼ぶ空間ができていた。炊事はカセットコンロ、入浴は自転車で銭湯へ、そしてトイレは近くの公園だという。都市生活の煩雑さを削ぎ落とした、その簡素な営みが印象的だった。

 二度目に訪ねた秋、私は手土産に電池式の壁掛け時計を持参した。時計のないワンルームを見て、喜んでもらえると思ったからだ。しかし友人は、心苦しそうな表情を見せながらも、「せっかく時計のない暮らしを手に入れたのに、掛けるわけにはいかない」ときっぱりと言い切った。その時、彼がなぜこの暮らしを始めたのか、その理由の一端を理解した気がした。彼にとって、時計とは「目標」と同じく、外から与えられる規範そのものだったのだろう。

 三度目の冬の訪問。私は昨日山歩きで見つけた冬苺を手土産にした。野生の爽やかな甘酸っぱさが、彼のシンプルな喜びにつながるのではないかと思ったのだ。冬苺を摘まみながら、私は水原秋櫻子の「余生なほなすことあらむ冬苺」という句を持ち出し、この簡素な生活を機に俳句を始めてはどうかと誘った。

 どこかの結社に所属する前に、まず現代俳句協会に入会して、月々送られてくる「現代俳句」をパラパラと眺める。気が向いたら、関西現代俳句協会が行う俳句大会に投句したり、吟行に出掛けたりして、ゆるやかに俳句をたのしむ。そんな書き方が、彼のスタイルにあっているかも知れない。