2026年3月8日日曜日

香天集3月8日 三好つや子、佐藤静香、佐藤諒子、牧内登志雄ほか

香天集3月8日 岡田耕治 選

三好つや子
スクワットの影に伸びしろ二月尽
部室からカレーの匂い春の雪
山笑う百のみどりの表情筋
車椅子連なる廊下涅槃西風

佐藤静香
梅林を青き眼の深海魚
隣席の湿布の匂ひ大試験
玉眼に仏の怒り春愁
生殖の赤きシグナル水温む

佐藤諒子
バンザイのさまに枯木の生きており
ふるさとの黄砂をまぶすむすび山
連翹の光りに交わし韓国語
雨しきり椿一輪ころがりぬ

牧内登志雄
花守は農大卒の三代目
鬣を春日にゆらす御崎馬
長々と馬の尿ふる牧開き
消火器の肩の円みやよなぐもり

垣内孝雄
三月の光あふるる雑木山
若女将小鉢にそふる花菜漬
ありたけの日差にあふれ山木蓮
浴室の鏡を洗ふ朧かな

川村定子
辻地蔵風雪さらすよだれ掛け
小春日の白き波頭が岩を呑む
一塊の花また落ちる寒椿
鳰水輪の芯に潜りけり

秋吉正子
早朝の冬満月を独り占め
寒明けるステップ台を高くして
自転車のバックミラーに春きざす
春祭公民館のクラブ減り

西前照子
友三人お好み焼きの年始め
切り口の角張ってあり鏡餅
屋根の雪見えて散歩の足すぼむ
大根を洗いてすぐに千切りに

大里久代
立っている足が硬直出初式
袋ごと文旦を買う遍路かな
弾け飛ぶところは知らず椿の実
蝋梅や風に流れる香が誘い

〈選後随想〉 耕治
部室からカレーの匂い春の雪 三好つや子
 部室棟は校舎から独立しており、運動場側には運動部、その裏手には文化部の部室が並んでいる。春の気配の中に雪が舞い始めたので、早めに練習を終えた陸上部につづいて、ソフトボール部のメンバーも道具を部室に引き上げてきた。
 そのとき、鼻腔をくすぐるカレーの匂いが漂ってきた。裏手、文化部の部室棟だ。どうやら演劇部の部室から匂っているらしい。ストッパーで半開きになったドアから覗くと、携帯用のガスコンロにかけた鍋で、キャプテンがカレーをゆっくり混ぜているところだった。「どうしたの?」と聞くと、明日の卒業生を送る会で演じる劇がまだ中途半端なので、腹ごしらえをしてからまた練習を続けるつもりだと言う。「外は雪が降ってきたよ」と声を掛けると、「お世話になった3年生に、なんとか完成度の高い劇を見てほしいから」と彼女は答えた。「それなら、私たちソフトボール部の2年生がカレーづくりを手伝うから、練習に戻って」と提案し、調理を担当することになった。
 「だけど、カレーは作っても、ごはんはどうするの?」と聞くと、キャプテンは「うん、ご飯を食べると眠くなるし、遅くなっても家で晩ご飯を用意してくれてるから。カレーは気合いを入れるためにルーだけ食べるわ」と笑顔で答えた。
*三本の軸立ち上がる海市かな 岡田耕治

2026年3月1日日曜日

香天集3月1日 辻井こうめ、渡邉美保、玉記玉、森谷一成ほか

香天集3月1日 岡田耕治 選

辻井こうめ
甘味の厚焼き卵春きざす
ややあつて走る鉛筆受験生
つるり食ふ兜煮の目や山笑ふ
春光の届く極みへ深海魚

渡邉美保
薄氷や踵落としを二十回
流木の乾ききつたる春の雷
生殖の消えゆく島よ石鹸玉
鳥帰る人は地べたに地図拡げ

玉記玉
鶯餅はたき抜け道思いだす
受験子の腸に棲む深海魚
末黒野を踏み言の葉を生殖す
肉筆に飢えお玉杓子を飼うよ

森谷一成
煖房のナイフで頒けし地球かな
埋み火に小屋の鉄瓶ちんと啼く
バレンタイン売場の母の欠伸一つ
水温むおどけ話をして居れば

上田真美
止まらない咳の背中を送りけり
最期待つ父と布団を並べおり
この春を見ずに逝く口ひとしずく
青鬼になってくれたる父の逝く

平木桂
万歳の声が響けりクロッカス
肩落としウエルテルなる雪だるま
琵琶湖へと身投げしていく春スキー
城崎の光を集め猫柳

砂山恵子
オムレツに二黄たまごや春立つ日
けんけんぱ薄氷一つ丸に入れ
蝶を追ふはじめて眼鏡つけたる子
保育所の隣に寺やヒヤシンス

釜田きよ子
落椿多くのことを許されし
字を忘れ人を忘れて春炬燵
来る人に去る人駅の春憂い
落椿五体投地と思いけり

河野宗子
雪だるま赤い実二つ落ちてあり
石灯籠笠をかぶりて雪を見る
パトカーが止まっていたり冬日和
冬うららおひとり様のワンオーダー

田中仁美
這いながら階段上がる春隣
着物着てポージングする松雪草
木瓜の花身を守りたる棘かくし
蝋梅や車の中に香を残し

松田和子
春の川開け放つ堰流れゆく
恋猫と視線を合わす窓辺かな
小鳥群れ干潟表る茅渟海
桃畑摘花する目のやさしさよ

吉丸房江
暑さ寒さどっこい生きて梅の花
記念樹の梅満開の日向かな
子も孫も曾孫も揃い梅薫る
春を待つ靴ランドセルそして吾

〈選後随想〉 耕治
甘味の厚焼き卵春きざす 辻井こうめ
 パートナーと暮らし始めて三年になる。家事は私が料理、パートナーが洗濯と掃除を分担している。最近の私の料理には、母ゆずりの厚焼き卵を「おいしい」と言わせるという一つの目標がある。毎日の弁当に欠かさず入れているが、パートナーは鶏の唐揚げや鮭の塩焼きは褒めても、厚焼き卵については一度も「おいしい」と言ったことがない。
 パートナーは関西、私は関東出身で、関西の方が何かと薄味の傾向がある。母が使っていた濃口醤油ではなく、薄口醤油に変え、砂糖も控えめにして、弁当の主役として真ん中に詰めているのに、なぜ満足してもらえないのだろう。
 先日、パートナーが行き付けの居酒屋で出し巻き玉子を注文した。ふわとろで美味しかったが、私にはどこか物足りない。やはり、玉子焼きは母の味が一番だと内心で思いながら、パートナーがトイレに立った隙に、店長に秘訣を尋ねてみた。「うちは醤油じゃなく、白だしを使ってます。あと、塩を一つまみ」とのこと。もちろん、砂糖は使わないそうだが、私にとって玉子焼きにはやはり砂糖が欠かせない。
 卵三つを割り、白身を切るように混ぜ、砂糖を小さじ二杯、母直伝の牛乳を少し加える。そして、醤油ではなく白だしを使ってみる。これまで、大さじ二杯だった砂糖に釣り合うようにと塩も少々入れていたが、今回は一つまみだけにする。焼き色が付かないよう、そして型崩れしないように丁寧に焼き上げた。
 今日の弁当は、それぞれの職場用ではなく、二人で市立美術館の作品展を見に行くために作ったものだ。美術館に入る前、芝生の広場でとっておきの弁当を開いたとき、くすっと笑う声が聞こえたような気がした。母の声だった。

*いぬふぐり空より視座の戻りけり 岡田耕治

2026年2月23日月曜日

香天82号本文

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 目 次

賛助同人作品         2 久保純夫

代表作品           4 岡田耕治

第4回鈴木六林男賞受賞作品  6 うっかり、三好つや子

六林男賞選考経過と選評    8 岡田耕治

同人集           10 50音順送り 本号は「あ」から

浅海紀代子、石井 冴ほか

同人集五句抄        28 浅海紀代子、柏原 玄ほか

祝 酒俳句大賞受賞     30 岡田耕治

香天を読む         32 鈴木茂雄

同人作品評         36 玉記 玉、湯屋ゆうや

香天集十句選        40 森谷一成、石井 冴

年間自選五句        44 50音順

エッセイ          54 夏 礼子

作品鑑賞          55 佐藤静香

香天集  岡田耕治 選     58 佐藤諒子、森谷一成

三好つや子、玉記 玉ほか

 選後随想         89 岡田耕治

句会案内          98


2026年2月22日日曜日

香天集2月22日 春田真理子、夏礼子、谷川すみれ、柏原玄、宮崎義雄ほか

香天集2月22日 岡田耕治 選

春田真理子
庭掃きし冬の匂いを纏い来る
外套の中に二匹を抱擁す
つま立ちてりんを響かす冬銀河
口じゅうに薬ひろがる小正月

夏 礼子
煮凝やゆっくり老いることになり
深淵に臨んでいたリ山眠る
手袋の右手ぽぽんと頭にやさし
寒晴や記憶ぞくぞく抜けいたる

谷川すみれ
桜草まだ見ぬ日々の向う側
人日の言葉は声を失いぬ
身の遠くなれば耀う豆の花
紋白蝶水も光もなき家の

柏原 玄
薄氷を踏みたくなりぬ靴の右
下萌のカなりけり反抗期
スプリングコートの孤独西出口
忘却をたのしんでいるシクラメン

宮崎義雄
干からびしごんずい海へ泳ぎ出す
柚子風呂の孫が見つめる乳房かな
猫と孫乗り来る膝よ冬ぬくし
祖父を真似頬膨らます初笑い

湯屋ゆうや
湖西線の春駅名を言う遊び
手羽先の骨のほぐれる春夕焼
室咲きと柱震わせコントラバス
ほの暗くキッシュ商う店や春

目美規子
春匂うランチタイムのジャズライブ
コーヒーを飲むベランダののどかさよ
魚の目の足にやさしく春シューズ
アルバイト終ると告げる卒業子

古澤かおる
コスチュームの裏は真っ赤にスケーター
子供等をでんぐり返し春立てり
目借時八十路の耳にピアス孔
ぬるま湯で洗うセーター獣臭

前藤宏子
公園に眠る機関車花すみれ
春一番亡き嫁に似て孫おしゃれ
余生とは家を出ること春の雨
銀の匙鳴らしてみたり春の雪

安部いろん
かくれんぼルール知らぬ子聞けない子
指切りの小指に残り春の霜
消えるまで見ていたあの日春の雲
耳だけに留まる喃語春疾風

俎 石山
実南天彼岸此岸を溶かしけり
寒鰤の濁世にありし片目かな
冬日向猫が転がり仔が転び
海中の裏を見てきた鮃の目

神谷曜子
雪雲や道路工夫の早じまい
長すぎる母の一日仏の座
予定なき日は蝋梅で埋めようか
ロウバイの花の数ほど平和来い

森本知美
マスクして眠れる息の柔らかく
関節をポキと鳴らせり寒の朝
梅を見るウォークポールの熊野晴
梅真白検査数値をほめられて

金重こねみ
気配りを頼りにしたり梅の里
瞬間に寒さ和らぐ支給あり
佐保姫も同行をするオリンピック
木の蔭に咲く白梅の尚白し

安田康子
春隣ふやけて治る絆創膏
良き事もありし人生桜餅
日輪のくねくね踊る四温かな
水温む父似と言われ半世紀

楽沙千子
吹く風にまかせていたる枯野かな
無造作に黒帯を締め寒稽古
日溜りの土手の冬草かけ上がる
初写真親の背を越すVサイン

木南明子
初鴉一音高く唄いけリ
冬の霧海岸通り濃くなりぬ
ジョギングす春の光を受ける肩
雪景色金剛生駒連山の

松並美根子
水仙の径いっぱいにひろがりぬ
冬日射すこだわりのなき砂と土
人さえも冬眠をする都会の灯
戸惑いのある鶯の初音かな

〈選後随想〉 耕治
干からびしごんずい海へ泳ぎ出す 宮崎義雄
 友人からラインで、岬町の小島漁港でメバルを三匹釣ったという写真が送られてきた。静かな春の海に浮子を浮かべ、缶ビールを飲みながらゆっくり過ごす友人の姿が浮かび、居ても立ってもいられなくなった。翌日、小島へ出かけた。午前中の用事を済ませたため、釣り糸を垂らしたのは午後の三時頃だった。
 最初にかかったのは、十五センチほどのごんずいだった。以前、別の場所で、ごんずいの胸びれの棘に刺され、激痛に襲われたことがある。その時は、棘を抜いたものの痛みが治まらず、友人に水筒の湯で消毒してもらい、ようやくひと息ついた記憶がある。それ以来、魚を掴むためのフィッシュグリップを携帯しており、それを使ってごんずいを掴み、口から釣り針を外して捨てた。
 昨日とは潮の流れが違ったのか、午後五時を過ぎてもメバルはおろか、何も釣れなかった。帰りの道の駅でメバルはなくてもガシラぐらいは土産にできるだろうと思いながら、片付けを始めた。そのまま車に向かおうとしたが、ふと気になって波止に目をやると、ごんずいが下段で乾き切っていた。死んでも毒は残るというので、靴先で海に蹴り出すと、ごんずいは背中をくねくねさせて泳ぎ出したではないか。
 もっと早くに海へ帰しておけば復活したかもしれないが、あの泳ぎでは存えるのは難しいだろう。メバルのことばかりを考えていた自分に気付かせてくれる、そんな頼りない泳ぎだった。せめて、家族のところへは辿り着いてもらいたい。
*顔に受け紙風船の小宇宙 岡田耕治

2026年2月15日日曜日

香天集2月15日 三好広一郎、柴田亨、木村博昭、宮下揺子ほか

香天集 岡田耕治 選

三好広一郎
凍豆腐戻して星の話など
目標と時計ない部屋冬苺
初蝶の単独ライブ石舞台
筋肉の硬いところや春を待つ

柴田 亨
オルゴール蓋をしたまま春を待つ
薄氷や水底に棲むもののあり
寒雀行く恐竜の裔ならん
寒中に咲く一輪の白さかな

木村博昭
雌狐は罠の抜け道知っており
日陰から日向見ている寒さかな
凍滝と同じ時空に居る不思議
早春のフルーツサンドイッチかな

宮下揺子
夜咄や落しどころを探りたる
字余りの世界に住みし蕗の薹
夕闇の枯葦原に置いてかれ
福寿草さあこれからだ八十歳

嶋田 静
水仙の考えごとをうつむきぬ
四方より蝋梅の風参拝す
目印の寺の紅梅屋根を越す
試着する鏡に向かい春帽子

佐藤浩章
青海苔やいにしへの香をもたらせる
湯船よりガラスウォールの山笑ふ
相輪を廻る黄金のつばくらめ
遮断機をふわつとかわす黄蝶かな

松田和子(2月)
横向いて気取っていたり雪中花
春立つやゆったりとした海と空
梅一輪なつかし人に会えたこと
ポケットの手のひらはグー冴え返る

松田和子(1月)
初詣騒騒と鳴る鎮守の樹
出初式青空高くピーヒョロロ
波の上身じろぎもせず鷗三羽
戎あめ一つ頬張り海ながむ

谷村敏子
中辺路の宿の灯ひとつ山眠る
紅色のかすかに残りシクラメン
福は内思いもよらず大声に
父と子の内緒の話梅ふふむ

〈選後随想〉 耕治
目標と時計ない部屋冬苺 三好広一郎
 七〇の坂を越え、友人がガレージでの独り暮らしを選んだのは、盛夏のことだった。Googleマップの案内で辿り着いたそこには、コンクリートの土間に自作の床が敷かれ、友人が「快適なワンルーム」と呼ぶ空間ができていた。炊事はカセットコンロ、入浴は自転車で銭湯へ、そしてトイレは近くの公園だという。都市生活の煩雑さを削ぎ落とした、その簡素な営みが印象的だった。
 二度目に訪ねた秋、私は手土産に電池式の壁掛け時計を持参した。時計のないワンルームを見て、喜んでもらえると思ったからだ。しかし友人は、心苦しそうな表情を見せながらも、「せっかく時計のない暮らしを手に入れたのに、掛けるわけにはいかない」ときっぱりと言い切った。その時、彼がなぜこの暮らしを始めたのか、その理由の一端を理解した気がした。彼にとって、時計とは「目標」と同じく、外から与えられる規範そのものだったのだろう。
 三度目の冬の訪問。私は昨日山歩きで見つけた冬苺を手土産にした。野生の爽やかな甘酸っぱさが、彼のシンプルな喜びにつながるのではないかと思ったのだ。冬苺を摘まみながら、私は水原秋櫻子の「余生なほなすことあらむ冬苺」という句を持ち出し、この簡素な生活を機に俳句を始めてはどうかと誘った。「目標と時計」のない部屋で食する小さな冬苺のように、彼の中から生まれる句が、近々「香天集」に登場することになるかも知れない。
*合格の文字のたしかさ梅に立つ 岡田耕治

2026年2月8日日曜日

香天集2月8日 三好つや子、佐藤諒子、佐藤静香、牧内登志雄ほか

香天集2月8日 岡田耕治 選

三好つや子
寒椿ずきんずきんと日が暮れる
尾のかけら探しておりぬ古毛布
梅ほつほつ鬼ごっこの声の先
身の内のぬらりひょんへと豆を打つ

佐藤諒子
冬耕の鋤の先ゆく雀かな
横顔の君は鋭角寒昴
寒晴や会釈する子の無口なる
麦の芽やカタカタと鳴るランドセル

佐藤静香
確実なものの無き世や初山河
枯野ゆく馬上に阿蘇の寝釈迦かな
北吹くや縁切寺の絵馬のこゑ
抜け道を進めば鬼の焚火かな

牧内登志雄
たゆたうて遠く呼び合ふ鳰
指を折り十七音の垂氷詠む
蜂飼の友が蜜追ふ旅の空
草を踏む足裏に残り春の音

岡田ヨシ子
ケアハウス旧正月のお善哉
年の数数えて残り福の豆
豆撒きや長き廊下に香り立ち
高校の校舎の白や春きざす

垣内孝雄
梅ふふむ折鶴三つ本棚へ
夕づつのひかり和らぐ春隣
六花ワイングラスにクールジャズ
梅が香や恩師句碑より芭蕉句碑

川村定子
元日の紅ひろげつつ日の昇る
瀬戸内を荒らすものなき大旦
向き向きに水仙崖を頑なに
正月の片付く上に物置けず

谷村敏子
わが歩幅信じて歩む年始
血縁の皆集いくる二日かな
菜の花と昼一番のバスを待つ
ねんねこの吾子がほほえむ鏡かな

西前照子
池に満つ光に映り冬紅葉
苔結ぶ地蔵の肩よ柿落葉
柚子の皮と甘酢に漬ける大根かな
九州場所初優勝の大銀杏

〈選後随想〉 耕治
寒椿ずきんずきんと日が暮れる 三好つや子
 日の入りには「とっぷり」などの表現が一般的だが、この句は「ずきんずきん」という、痛みや心臓の鼓動を連想させるオノマトペを用いている。凍てつく寒さが、単なる冷たさではなく皮膚を刺す痛みとして体感されたのだろう。あるいは、雪の中で鮮烈に咲く寒椿が、まるで生き物の血や鼓動のように感じられたのかもしれない。日が暮れるその時、つや子さんの「ずきんずきん」という体感は、まるで体内の血を揺り動かすようだ。この激しいオノマトペには、暮れ行く風景の中での深い孤独が凝縮されているのかもしれない。そう思わせる寒椿の存在感である。

寒晴や会釈する子の無口なる 佐藤諒子
 肌を刺すような寒晴の冷たさと、それによる視界の明瞭さの中、一人の少年が現れた。少年は挨拶や手を振る代わりに会釈をした。それは無邪気な子供の接触ではなく、少し背伸びをしたような、恥じらいを帯びた控えめな動作である。すれ違う一瞬の出来事であることが、寒晴の光の鋭さを一層鮮やかにしている。「無口なる」という余韻は、その子の芯の強さと、冬の朝の静寂を強調する。諒子さんはこの子を「暗い」と捉えるのではなく、寒晴の中に美しく存在する希望として、慈しみの眼差しで見つめている。
*抜け道の背中を撫でてくる椿 岡田耕治

2026年2月1日日曜日

香天集2月1日 渡邉美保、森谷一成、浅海紀代子、辻井こうめ他

香天集2月1日 岡田耕治 選

渡邉美保
犬酸漿の実の黒黒とお元日
冬林檎煮詰めるほどに湧く邪心
凩や火焔土器よりこゑの出て
確かめる手だてのなくて海鼠食ふ

森谷一成
孝行の凭れていたり初湯殿
入墨も鉄漿(かね)もありけり初鏡
頬桁の火照り群がる宵戎
枯かずら垂るる下枝(しづえ)に女の眼

浅海紀代子
新聞に師の俳句読む冬ぬくし
冬の雷黙を怒りとして歩む
再会に老いを確かむ枇杷の花
眉墨に齢を深め水仙花

辻井こうめ
キッチンで姪と交はせり年の酒
正月の凧糸渡る手から手へ
この先に抜け道あると寒波来る
雪だるまただ泣き声を聴いてゐる

砂山恵子
遺伝子は無限に憑依月冴ゆる
冬晴や馬跳びの子の長き腕
鷹の目は小惑星の隙間見ゆ 
よろしくと一筆書きて河豚を食む 

釜田きよ子
冬木の芽言葉熟するまで待ちぬ
実南天この世の赤は美しき
三人目の兄弟となり雪だるま
午後からは少しニヒルな雪達磨

北橋世喜子
石臼のかすかに音す走りそば
夕の膳柿の俳画を添えてあり
大輪の菊の小さくなりにけり
手のひらの柿の落葉の色無限

中島孝子
青首の大根まっすぐ伸びる袋
蜜柑剪る父が残した一つの木
メール来る故郷初の雪景色
荒星の降りくる道をペダル漕ぐ

半田澄夫
熱燗や注ぐ口上の上手い人
今日のおでん屋台の味のしていたる
木枯や過去の彩り無色とす
開戦日危機論争を聞く炬燵

橋本喜美子
黒雲に睨みつけられ冬の暮
花柊頷き合へる人のあり
銀杏の十粒ほどなる土産物
一夜にて薄化粧する吊し柿

川合道子
紅葉や日陰と日向混ざり合い
覚悟決め帰宅しており冬の空
丁寧に剥きし蜜柑の皮匂う
冬晴や雲翳あまた山肌に

上原晃子
ゴツゴツの菊芋を炒る夕餉かな
浮見堂逆さに灯り秋の暮
青を突きメタセコイヤの枯れ光る
銀杏黄葉フェイスペイントする子の笑顔

林おうはく
山里を一筆掃くや冬の朝
来し方に言い訳探す後の月
ポケットの小銭の始末赤い羽根
神無月初めの風が吹きすぎる

石田敦子
石蕗の花瀬音の流れ離れずに
石蕗の花介護認定そのままに
小春空ラリーの続く打球音
大根の長き一本思案せり

市太勝人
銀杏落葉きれいに感じ移動中
仕事中暖房のなか半袖で
あっちこち学級閉鎖咳ひとつ
宅配の歳暮が走るしんどいと

東 淑子
南天や春の彩り鍛えたる
蜜柑山一杯に咲く眺めかな
さつま芋ふかしておればきんとんに
艶やかな蕾から咲く山茶花よ

吉丸房江
すくすくと老いて迎ふる冬の坂
何処よりもこの場所が好き実南天
艶めける諸肌ぬいだ大根かな
柊は年を齢を重ね丸い葉に

〈選後随想〉 耕治
犬酸漿の実の黒黒とお元日 渡邉美保
 元日のことを「お元日」と書いているので、めでたさを感じる。めでたい時は、紅白とか金銀を取り合わせるが、ここは「黒々と」だ。しかも「犬酸漿(いぬほおずき)だから、道端であんまり見向きもされず、その実には毒があると言われているもの。美保さんの、「黒々と」という色、道端で顧みられない「犬酸漿」、そして毒を持つ実の取り合わせは、華やかな「お元日」の裏側にある、世の不穏な空気や、決して晴れやかさばかりではない現実を象徴しているように感じられる。

孝行の凭れていたり初湯殿    森谷一成
 「孝行のもたれていたり」という表現から、親を連れて温泉や銭湯に出掛け、正月の湯殿に一緒に凭れているという情景が浮かぶ。しかし、「孝行」を行為ではなく、その人と取った場合、孝行している人が初湯殿にもたれている姿が浮かぶ。親孝行をした人、人のために尽くした人が、初遊殿でしばらくの間、自分自身の時間を持っているという捉え方ができる。森谷さんが選んだ、この「孝行」というキーワードはとても幅広く、面白い。

冬の雷黙を怒りとして歩む 浅海紀代子
 何かを言いたい、あるいは抗いたいけれど、声に出すことができない。その抑圧された「黙(もだ)」が、自分の中で静かな「怒り」へと変質していく。ただ、この句は立ち止まっていない。激しい冬の雷が鳴り響く中、自分の中の怒りを見つめながら、一歩一歩踏みしめて歩いていく。そこには、困難な現実や自分自身の葛藤から逃げずに生きていくという、紀代子さんの強い意志が感じられる。周囲に対して、あるいは運命に対して声を上げられないもどかしさ。それを怒りというエネルギーに変換し、冬の厳しい雷鳴を背に受けながら進んでいく。孤独だけれど、決して折れない姿が、寒空の情景の中に浮かび上がってくる。
*冬かもめ身をほどきたる岩のあり 岡田耕治