香天
「香天」は、岡田耕治が編集する俳句誌です。
本誌は季刊ですが、香天集、代表作品、俳句鑑賞などを毎週アップします。
2026年8月23日日曜日
香天集8月23日 加地弘子、谷川すみれ、夏礼子、柏原玄ほか
2026年8月16日日曜日
香天集8月16日 柴田亨、湯屋ゆうや、三好広一郎、前塚かいち他
2026年8月9日日曜日
一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄
〈俳句物語〉 岡田耕治
一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄
妻)ねえ、この胸に絵を描いてくれない?
夫)え、どうして? サプライズ?
妻)ううん、今日で最後にしたくて……。もう、おっぱいを卒業させてあげたくて。
夫)なるほどね。何を描けばいい?
妻)顔かな。「へのへのもへじ」なら、この子も笑ってくれるかも。
夫)わかった。じゃあ、とびきり愉快な顔を描くよ。
妻)ひゃあ、筆が冷たい。
妻)じゃあ、ちょっと抱っこしてみるね。
夫)どう? びっくりしてるかな。
妻)だめみたい。この子にとっては一番安心できる場所なんだね。ほら、口の周りが真っ黒になっちゃった。
夫)ほんとだ。あーあ、鼻まで真っ黒。
妻)ねえ、明日はお酢を塗ってみようかな。
夫)そこまでしなくても……。
妻)でも、育休も終わるしね。一歳になるってことは、そういうことなんだよね。少し、寂しいけど。
夫)そうだね。今夜は、この真っ黒な顔のまま、たっぷり甘えるか。
一歳へ裸の乳に文字を描く 宮崎義雄
香天集8月9日 宮崎義雄、三好つや子、佐藤諒子、佐藤静香ほか
2026年8月2日日曜日
香天集8月2日 渡邉美保、玉記玉、中嶋飛鳥、辻井こうめ他
2026年7月26日日曜日
耳朶を嬉しがらせる夏帽子 柏原 玄
〈俳句物語〉 岡田耕治
耳朶を嬉しがらせる夏帽子 柏原 玄
妻を亡くして八年が過ぎた。何処へ行くにもいつも一緒だったから、別れた直後は「なぜ自分だけが残されたのか」という深い脱力感に苛まれたものだ。一周忌を過ぎ、「いつまでも沈んでいては妻が心配する」と自分に言い聞かせ、これからの人生を模索してきた。とはいえ、ふとした瞬間に、共有相手のいない孤独が胸を突くことは今も変わらない。
二人で出掛けた先の思い出が蘇ったり、耳許で囁く妻の声が聞こえたりするたび、今も静かな切なさが胸をかすめる。けれど、七回忌を過ぎた頃からだろうか、妻は「失われた人」から、私の中でいつまでも生き続ける「かけがえのない存在」へと、静かに姿を変えたように思う。
今日の猛暑の中、友人からカラオケに誘われた。若い頃は妻の装いに合わせてシャツやジャケットを選び直し、お洒落を楽しんだものだが、今ではお気に入りを丁寧に着回すようになった。髪が薄くなり、日除けのために被り始めた帽子も、今や隠すためではなく、自分を整えるための相棒だ。この帽子を被る時、かつての喪失感とは違う、新しい誇りのようなものが宿るのも、七回忌を過ぎた頃からだ。
今日選んだのは、つばが控えめなストローハット。被った瞬間、庇(ひさし)が作る日陰が耳元までスッと広がる。帽子の編み目から抜ける微かな風が、ふと私の耳朶(みみたぶ)をかすめていく。
「お父さん、今日の帽子、似合ってるわよ」
まるで妻が隣で微笑んでいるかのようなその声を聞きながら、私は少し背筋を伸ばし、駅へと続く道を歩き出した。