香天集3月15日 岡田耕治 選
谷川すみれ
蒼穹や生きものたちの音の春
風光る三年前の牛乳瓶
紅梅や一病を守る湯気の中
菜の花の駅は海の着くところ
三好広一郎
ネコに名を付けよう明日は漱石忌
大蒜のニオイもカラー石鹸玉
黄沙ざらざら家庭裁判所の廊下
ものの芽の囲めるちさき家である
柴田亨
友だちの供養の手立てなく白梅
紅梅の遅れることを恥じており
リビングのすまして集う古雛
ヴァイオリンがつなぐ再会春帽子
安部いろん
戦争を話せる資格地虫出づ
会わないでおこうと伝え終わる余寒
振り返ることに耐えたり春の雲
春愁とは不要になった尻尾
上田真美
ランドセル春夕焼をのせ弾み
うららけしほろほろ鳥が隊を組み
鍋底の穴から覗き春の月
恋の猫爪先立ちをしていたる
平木 桂
ゆさゆさと手弱女振りのミモザかな
枝垂梅鹿鳴館のささめごと
車椅子接して止まり花菜畑
朝礼の小学生やつくしんぼ
佐藤浩章
卒業式前担任を片隅に
一堂の言霊の翔ぶ卒業歌
初期微動卒業証書受くる時
讃岐富士子らの春光はねまわる
楽沙千子
春一番防虫ネット吹き上がり
恒例のじいが納める雛人形
淡島の石を匂わす焼栄螺
年毎に子等とげんげ田減りゆけり
岡田ヨシ子
故郷や桜の消えし通学路
色を足すベランダ越しの山桜
シルバーカー三つで満載雛祭り
桜さく黄泉への誘い未だなく
谷村敏子
春日射すビルの谷間の利休井戸
まりひめと名前もらいし苺買う
薄氷を割りぬ選挙の結果出て
バレンタイン義理チョコですと夫に渡す
山内宏子
春の日ににこやかに振れフラの腰
寒椿友と重ねて無事祈る
水仙や我が佇まい教えられ
水仙に凜と歩けと諭される
〈俳句物語〉 耕治
風光る三年前の牛乳瓶 谷川すみれ
散歩の途中で水仙を見かけたので、切り取って牛乳瓶に挿した。この牛乳瓶は、2023年のコロナ禍の末期に、毎朝1本ずつ届けてくれていた牛乳屋さんが廃業することになったという知らせとともに入っていた瓶だ。店主が高齢の上、コロナ禍で大口の納入先からのご注文も減ってきたので、宅配のお客様には大変ご迷惑をおかけしますが、本日付で廃業させていただきますとあった。
それからは、買い物に出かけたときにスーパーで紙パックの牛乳を買って、それを一週間で飲み切るという形で牛乳と親しんできた。だけど、紙パックより瓶の方が美味しかったように感じるし、直接飲むと口当たりも滑らかだ。今でも、銭湯に行くとコーヒー牛乳を瓶ごと飲んで、あの感触を懐かしんでいる。
先日、その牛乳屋さんが、また宅配を始めるというチラシが入った。宅配の牛乳だけでなく、道路沿いの店舗を改装して、ソフトクリームも販売するという。電話で宅配を申し込むと、懐かしい店主の声で、「いや、娘が子育てが一段落したので、手伝ってくれることになりまして」と、嬉しそうな声が返って来た。
翌日、牛乳を配達し、新しい牛乳箱を取り付けに来てくれたのは、四〇代らしい細身の女性だった。
「おはようございます。牛乳屋です」
「ご苦労さま。日曜日も配達してくれるんやね」
「はい毎日配達させていただきます。もし前の日の牛乳が残っていたら、お声をかけさせていただきますので、よろしくお願いします」。