2026年5月31日日曜日

縄電車しろつめくさを終点に 夏礼子

〈俳句物語〉岡田耕治

縄電車しろつめくさを終点に  夏礼子

 この春、八〇を過ぎた母と同居を始めた。そのため、勤めていた都市部の幼稚園を辞め、実家から自転車で通える認定子ども園に移った。前任は市立だったが、ここは市立幼稚園の校舎を利用した学校法人の運営である。

 母との同居で一番助かっているのは食事だ。子どもは予測不可能な動きをするため、勤務中はケガや誤飲、アレルギー対応など、一瞬も気が抜けない。以前は一人暮らしで、ついコンビニ弁当や外食に頼りがちだった。それが今、風を切って自転車を漕ぐこと十五分、家に帰れば母の手料理が待っている。これが、新しい職場で毎日をてきぱき過ごせる活力になっている。

 前任と同じく、ここでも3歳児から5歳児の担任を受け持った。ただ、この園では3学年を一つのクラスにして教育・保育を行う混合クラスが三つある。最初は戸惑いがあったものの、すぐに3歳から5歳の子どもたちが共に学び、生活することの良さを実感するようになった。

 子どもたちは園の隅っこの原っぱが大好きで、何も持たずに一時間でも二時間でも遊びに熱中する。今日、4人ずつのグループを作って、校舎から「縄電車」に乗って、しろつめくさが咲く原っぱへと出発した。

 子どもたちは輪になった縄の中に入り、両手でお腹のあたりに縄を持つ。先頭の運転手は5歳児、間に3歳児のお客さん、一番後ろの車掌は4歳児だ。「ガタンゴトン」と口ずさみながら、みんなで息を合わせて歩き、時には走る。運転手役の5歳児が「右に曲がりまーす」と声を上げれば、後ろの子たちも一緒に傾きながら進んでいく。

 以前の園は4歳児は4歳児だけのクラスだったので、子どもたちだけで息を合わせるのは難しく、私たちの誘導や声かけが欠かせなかった。ところが、この混合クラスでは、5歳児が自然に下の子たちを気遣い、リードしてくれる。4歳児はその姿をしっかりと見ていて、「来年は自分もあんな運転手になろう」と学んでいるのだ。

 5歳児の「終点ですよ、みんな降りてください」という合図で、子どもたちは縄を離れ、しろつめくさで王冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりと、次の遊びに夢中になっている。

 子どもたちの様子を見に来てくれた園長先生に、私は問いかけた。

「3学年一緒の教育って、本当に素敵ですね。なぜ、公立ではこの制度を採り入れないのでしょう?」

園長は微笑んで答える。

「公立には、様々な『しばり』がある。それに、『成功体験』があるからね。人は、成功体験によって失敗する、と言われているわ。」

「それはそうかもしれません。私も以前は『次は、私が5歳児を持つんだ』とばかり思っていましたから。」

「その点、うちは失敗体験を大事にしてるから、子どものためにいいと思ったら何でもできるの。」


香天集5月31日 夏礼子、森谷一成、玉記玉、中嶋飛鳥ほか

香天集5月31日 岡田耕治 選

夏礼子
縄電車しろつめくさを終点に
目瞑ればひとの現れ桐の花
いざこざは思い出のなか花は葉に
部屋中に讃岐を満たし煮そら豆

森谷一成
あばら骨あげて春愁抜くところ
参謀の役を愉しむ寄居虫かな
  鴨高田神社御神木一句 
足元がゴジラっぽいぞ樟若葉
ジーパンを懲らしめており青嵐

玉記玉
風の貌いくつも付いている祭
この際パセリに好かれようと思う
キュビスムの理論は涼し水鏡
懸垂はもう限界よ南風吹く

中嶋飛鳥
青葉若葉神社と寺院隣合う
滴りのこだましているファラオの眼
ジーンズのくたびれ愛す心天
花楝手をあずけたる別れ際

辻井こうめ
サングラス外し緑を確かむる
心地良き脱力ありて大海月
緑さす姫鏡台の遺品かな
その声に覚えありけり麦畑

柏原玄
これからは何でもござれ蛙の子
母の日の語り種なる記憶力
かたつむり今を大事にしていたる
渓をゆく水の戯れ花あやめ

砂山恵子
白靴下薄暑の坂を駆け上る
大連に生まれし父や花アカシア
葉桜や生命線は手首まで
母の日の母のコップにイルカの絵

俎石山
長風呂を心配したる朧月
道路脇錆びた二つのヘルメット
亡くなりてやっともらいしカーネーション
右肩の仔猫のいびき途絶えけり

宮崎義雄
鳩を突くハシブトガラス五月闇
花は葉に青空へ鳴るプルトップ
花屑を受ける小さな轍かな
女子会のカフェに紛れて花の果

前藤宏子
大声で小玉スイカを売りにけり
薄暑光老女タバコを買い求む
農家より茄子漬用意できたよ
風薫る見事に老いし同級生

木南明子
聖五月運転免許更新す
青葉燃ゆわれは薬を盛られたり
梅雨の入りステーキランチ久しぶり
走り梅雨隣の人の死を知らず

森本知美
入学の子の手開けばだんご虫
麦笛を吹きし一里の下校かな
蛍袋山の空気を入れて来る
夕蛍川の青春よみがえり

目美規子
塔婆受く寺内の外の薔薇の鉢
故郷へとんと帰らず路地苺
選挙カー半身乗り出し日焼顔
雷鳴ややロングドレスの小走りに

金重こねみ
春の蚊に一度情けを掛けており
百足の子コーヒータイムさまよえる
竹落葉とんぼになりし風のあり
天気予報お日様だけの子供の日

安田康子
珈琲は濃いめがよろしみどりの日
この庭に生きるつもりよ著莪の花
人生の今が後半夏つばめ
銘柄を変える新茶の一服よ

松並美根子
風薫る元小学校へ坂登る
走り梅雨景色あれこれ思い出す
今日からは網戸六枚取り付ける
五月晴泉の森の作品展

〈俳句物語〉岡田耕治
縄電車しろつめくさを終点に  夏礼子
 この春、八〇を過ぎた母と同居を始めた。そのため、勤めていた都市部の幼稚園を辞め、実家から自転車で通える認定子ども園に移った。前任は市立だったが、ここは市立幼稚園の校舎を利用した学校法人の運営である。
 母との同居で一番助かっているのは食事だ。子どもは予測不可能な動きをするため、勤務中はケガや誤飲、アレルギー対応など、一瞬も気が抜けない。以前は一人暮らしで、ついコンビニ弁当や外食に頼りがちだった。それが今、風を切って自転車を漕ぐこと十五分、家に帰れば母の手料理が待っている。これが、新しい職場で毎日をてきぱき過ごせる活力になっている。
 前任と同じく、ここでも3歳児から5歳児の担任を受け持った。ただ、この園では3学年を一つのクラスにして教育・保育を行う混合クラスが三つある。最初は戸惑いがあったものの、すぐに3歳から5歳の子どもたちが共に学び、生活することの良さを実感するようになった。
 子どもたちは園の隅っこの原っぱが大好きで、何も持たずに一時間でも二時間でも遊びに熱中する。今日、4人ずつのグループを作って、校舎から「縄電車」に乗って、しろつめくさが咲く原っぱへと出発した。
 子どもたちは輪になった縄の中に入り、両手でお腹のあたりに縄を持つ。先頭の運転手は5歳児、間に3歳児のお客さん、一番後ろの車掌は4歳児だ。「ガタンゴトン」と口ずさみながら、みんなで息を合わせて歩き、時には走る。運転手役の5歳児が「右に曲がりまーす」と声を上げれば、後ろの子たちも一緒に傾きながら進んでいく。
 以前の園は4歳児は4歳児だけのクラスだったので、子どもたちだけで息を合わせるのは難しく、私たちの誘導や声かけが欠かせなかった。ところが、この混合クラスでは、5歳児が自然に下の子たちを気遣い、リードしてくれる。4歳児はその姿をしっかりと見ていて、「来年は自分もあんな運転手になろう」と学んでいるのだ。
 5歳児の「終点ですよ、みんな降りてください」という合図で、子どもたちは縄を離れ、しろつめくさで王冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりと、次の遊びに夢中になっている。
 子どもたちの様子を見に来てくれた園長先生に、私は問いかけた。
「3学年一緒の教育って、本当に素敵ですね。なぜ、公立ではこの制度を採り入れないのでしょう?」
園長は微笑んで答える。
「公立には、様々な『しばり』がある。それに、『成功体験』があるからね。人は、成功体験によって失敗する、と言われているわ。」
「それはそうかもしれません。私も以前は『次は、私が5歳児を持つんだ』とばかり思っていましたから。」
「その点、うちは失敗体験を大事にしてるから、子どものためにいいと思ったら何でもできるの。」
*悪人を離れていたり水中り 岡田耕治

2026年5月24日日曜日

風薫る昭和ガラスの我が家かな 嶋田 静

〈俳句物語〉 岡田耕治

風薫る昭和ガラスの我が家かな 嶋田 静

 じいちゃんが抗癌剤治療を止めて、自宅に帰ると言い出したのは、三月末のことだった。ケアマネージャーと相談の上、訪問診療に切り換えることになった。父と母、それに僕と弟は、一年間そのままにしていた実家を片付け、なんとかじいちゃんを受け入れるスペースを確保した。

 実家は、昭和三十年代の後半に建てられた木造の平屋だ。レンタルした電動ベッドを設置するため和室を片付け、補助金を使ってトイレまでの動線に手摺りを取り付けた。四月になってもまだ肌寒い日があり、外窓だけでなく、廊下と座敷を仕切る木製の引き戸にも隙間があったため、風が吹くたびにガラスがカタカタと鳴る音がした。

 病院の空調が効いた分厚い窓から、この隙間だらけの窓に移って、じいちゃんは大丈夫だろうか。しかし、僕たち家族の結論は、とにかく本人の望むとおりにすることだったので、僕も弟も何も口を出さなかった。ガラス戸にはカーテンはなく、光を乱反射させる凹凸模様が刻まれており、外からの視線を遮りつつ、室内に柔らかな光を取り込んでいた。

 じいちゃんが実家に帰ったのは、ゴールデンウィーク前だ。昼間は看護師やヘルパーが来てくれるので、僕たち家族四人は、交代で実家に泊まり込むことにした。病院ではあまり食欲がなかったじいちゃんだったが、実家に戻ってからは、食べたいときに食べたいものを食べるという生活になり、少しずつ食欲が出てきたようだ。

 僕がはじめて泊まった日、家から持ってきた夕食ではなく、インスタントラーメンが食べたいというので、じいちゃんが好きだというチキンラーメンを作った。三分の一ほどの量だったが、じいちゃんは美味しそうに食べてくれた。

 次に泊まった日は、まだ昼の明るさが残る時間帯だった。磨りガラスを通して和室に差し込む光の中を、気持ちの良い風が吹き抜けている。しばらく、ベッドで横になったじいちゃんと話していると、「ワインが飲みたい」という。一瞬迷ったが、家族で決めたとおり、僕はコンビニにワインを買いに走った。そこで見つけたのが、ストローで飲む二百CCの赤ワインだった。

 ストローを伸ばしてパックの差込口に固定し、チーズを一口食べるのを見て、じいちゃんにワインを差し出した。

「うまいなあ、一年ぶりや」じいちゃんは、うれしそうに二口飲んだ。

「あとはまた明日、残りは冷蔵庫にいれといて」とじいちゃん。

冷蔵庫を開けると、その光に照らされたのは、「楽園」というワインのラベルだった。



香天集5月24日 谷川すみれ、嶋田静、春田真理子ほか

香天集5月24日 岡田耕治 選

谷川すみれ
葉桜に溺れていれば烏来る
若葉風象の涙を見ておりぬ
戒名のなき骨壺や初蛍
目標は遠くて遠い楠若葉

嶋田 静
バラの名にかがみておれば風生まる
蒜山の薫風帰りたくないの
風薫る昭和ガラスの我が家かな
芍薬の白がどっしり唐津壺

春田真理子
新芽出る神棚祀る榊にも
南無南無と揺れる紐より蝌蚪生る
実直に生きよの教え岩鏡
連峰の夏めく貌シーツ干す

古澤かおる
初夏の湿らせて焼くフランスパン
畑にて昼寝つるりと五分ほど
煮付けは烏賊醤油は島の濃い口で
事業所前スーツ姿の溝浚え

宮下揺子
花樒散歩以外のことを課す
さよならを言い出せぬまま薔薇飾る
泰山木の花心へと負荷をかけ
薄くなる肯定感や額の花

田中仁美
春暁の海峡渡る祈りかな
春寒の洞窟ホテル猫と居る
アヴァノスの陶工の指春寒し
春の水地下宮殿の涙柱

河野宗子
花ばらに鼻を近づけキスを受く
ジャスミンの香のしつこさが家に来る
春眠の中のひととき母と逢う
友来たるあたり一面皐月かな

松田和子
ブルーインパルス吹奏楽の風光る
防災の鯖缶を出しはりつめる
口に虫咥えし燕雛が待つ
米寿の夏ステーキペロリ食べ終える

〈俳句物語〉 岡田耕治
風薫る昭和ガラスの我が家かな 嶋田 静
 じいちゃんが抗癌剤治療を止めて、自宅に帰ると言い出したのは、三月末のことだった。ケアマネージャーと相談の上、訪問診療に切り換えることになった。父と母、それに僕と弟は、一年間そのままにしていた実家を片付け、なんとかじいちゃんを受け入れるスペースを確保した。
 実家は、昭和三十年代の後半に建てられた木造の平屋だ。レンタルした電動ベッドを設置するため和室を片付け、補助金を使ってトイレまでの動線に手摺りを取り付けた。四月になってもまだ肌寒い日があり、外窓だけでなく、廊下と座敷を仕切る木製の引き戸にも隙間があったため、風が吹くたびにガラスがカタカタと鳴る音がした。
 病院の空調が効いた分厚い窓から、この隙間だらけの窓に移って、じいちゃんは大丈夫だろうか。しかし、僕たち家族の結論は、とにかく本人の望むとおりにすることだったので、僕も弟も何も口を出さなかった。ガラス戸にはカーテンはなく、光を乱反射させる凹凸模様が刻まれており、外からの視線を遮りつつ、室内に柔らかな光を取り込んでいた。
 じいちゃんが実家に帰ったのは、ゴールデンウィーク前だ。昼間は看護師やヘルパーが来てくれるので、僕たち家族四人は、交代で実家に泊まり込むことにした。病院ではあまり食欲がなかったじいちゃんだったが、実家に戻ってからは、食べたいときに食べたいものを食べるという生活になり、少しずつ食欲が出てきたようだ。
 僕がはじめて泊まった日、家から持ってきた夕食ではなく、インスタントラーメンが食べたいというので、じいちゃんが好きだというチキンラーメンを作った。三分の一ほどの量だったが、じいちゃんは美味しそうに食べてくれた。
 次に泊まった日は、まだ昼の明るさが残る時間帯だった。磨りガラスを通して和室に差し込む光の中を、気持ちの良い風が吹き抜けている。しばらく、ベッドで横になったじいちゃんと話していると、「ワインが飲みたい」という。一瞬迷ったが、家族で決めたとおり、僕はコンビニにワインを買いに走った。そこで見つけたのが、ストローで飲む二百CCの赤ワインだった。
 ストローを伸ばしてパックの差込口に固定し、チーズを一口食べるのを見て、じいちゃんにワインを差し出した。
「うまいなあ、一年ぶりや」じいちゃんは、うれしそうに二口飲んだ。
「あとはまた明日、残りは冷蔵庫にいれといて」とじいちゃん。
冷蔵庫を開けると、その光に照らされたのは、「楽園」というワインのラベルだった。
*死ぬ時はこれがいいねと更衣 岡田耕治

2026年5月17日日曜日

遠足の傷の手当を正しけり 湯屋ゆうや

〈俳句物語〉 岡田耕治

遠足の傷の手当を正しけり 湯屋ゆうや

 空の弁当箱がシンクのボウルに浸けてあるのを見て、今日の遠足は楽しかったんだと思った。塾のある日は別々に食べるが、今夜は幸平と夕食を共にし、話を聞こうと帰りを待った。

 午後八時、ドアが開いた。帰宅した幸平の額には、一枚の絆創膏。

「どうしたの」と訊くと、ジェットコースターの一番乗り競争をして、坂道で転んだのだという。

「痛かったでしょう。あ、少し血が滲んでるわね。貼り替えようか」

 引率の教員が貼ってくれた絆創膏をゆっくり剥がし、消毒液で優しく拭う。少し小さめの新しい絆創膏を貼り直しながら尋ねた。

「みさき公園は、久しぶりだったわね」

「うん、小三の時にお父さんと行って以来かな」

「閉園になるって聞いたけど、どうだった?」

「アトラクションはそのまま遊べたけど、動物園の方はちょっと寂しかったかな。面白かったのはジェットコースターと、パイレーツ。あと、お弁当も美味しかったよ」

「ありがとう。職場の同僚やPTAでも、みんな高学年になると、すぐシャッターを下ろしてしまうって聞くわ。幸平が何でも話してくれてうれしい」

幸平は照れたように言った。

「いや、お母さんがいっつも楽しそうだから」




香天集5月17日 湯屋ゆうや、三好広一郎、柴田亨、佐藤浩章ほか

香天集5月17日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
遠足の傷の手当を正しけり
鴉から慕われている立夏の子
メロン剥き勧めることを怠りぬ
初夏の机を清め手紙書く

三好広一郎
蛇衣を脱ぐ試着室はありません
初夏が待つ降りたホームの向い側
種蒔いて大地は天に近づけり
春のソナタ指は天から舞い降りて

柴田亨
甲羅干し水の明るき静止かな
もういない自転車少年木下闇
数知れぬ羽の誘惑藤の夢
桜桃忌二線抹消帳簿閉ず

佐藤浩章
吽形も口を開かむ炎天下
風涼し犬山城の廻縁
追手筋日曜市の声涼し
露涼し地蔵菩薩ををろがみて

牧内登志雄
夏日射ハシビロコウの動かざり
麦秋や秘密基地より青い空
鎌倉に谷地三方の若葉かな
一湾をゆるりとわたる緑雨にて

楽沙千子
夏祓社殿の闇に鳥さわぐ
花びらの風にあおられ花椿
蚕豆の程よくなりぬ天を向き
夏帽を目深にかぶり集中す

岡田ヨシ子
昼食をキャンセルし待つ春弁当
入所した友に俳句の五月号
俳句集初夏から語りはじめおり
ファッションを学び直せり夏ベスト

川端大誠
夏の風ダイヤモンドを駆け回る

川端勇健
映画観て余韻に浸る青嵐

川端伸路
朝昼晩揚げ物となる子供の日


〈俳句物語〉 岡田耕治
遠足の傷の手当を正しけり 湯屋ゆうや

 空の弁当箱がシンクのボウルに浸けてあるのを見て、今日の遠足は楽しかったんだと思った。塾のある日は別々に食べるが、今夜は幸平と夕食を共にし、話を聞こうと帰りを待った。

 午後八時、ドアが開いた。帰宅した幸平の額には、一枚の絆創膏。
「どうしたの」と訊くと、ジェットコースターの一番乗り競争をして、坂道で転んだのだという。
「痛かったでしょう。あ、少し血が滲んでるわね。貼り替えようか」
 引率の教員が貼ってくれた絆創膏をゆっくり剥がし、消毒液で優しく拭う。少し小さめの新しい絆創膏を貼り直しながら尋ねた。

「みさき公園は、久しぶりだったわね」
「うん、小三の時にお父さんと行って以来かな」
「閉園になるって聞いたけど、どうだった?」
「アトラクションはそのまま遊べたけど、動物園の方はちょっと寂しかったかな。面白かったのはジェットコースターと、パイレーツ。あと、お弁当も美味しかったよ」

「ありがとう。職場の同僚やPTAでも、みんな高学年になると、すぐシャッターを下ろしてしまうって聞くわ。幸平が何でも話してくれてうれしい」
幸平は照れたように言った。
「いや、お母さんがいっつも楽しそうだから」

*青空の穴からこぼれ天道虫 岡田耕治

2026年5月10日日曜日

そして今ひねもす箱庭を弄る 玉記 玉

〈俳句物語〉 岡田耕治

そして今ひねもす箱庭を弄る 玉記 玉

 父の四十九日の法要で持ち帰ったのは、二十枚の色紙が入った桐箱だった。実家を継いだ兄は土地や建物を相続し、私は預金と共にこの桐箱を形見分けとして受け取った。手狭な1LDKのマンションには、この桐箱一つで充分だった。

 二十枚の色紙のうち、父の句は三枚だけで、残りは他の俳人からのものだった。季節ごとに父の句を入れ替えているが、夏の句がなかったため、代わりに「馬なればわれ透明の馬ならむ 安正」という句を夏用にした。

 秋、冬、春は色紙の額の下に一輪の花を飾ってきた。しかし、夏用の句に合うものを探すうち、「枯山水セット」を見つけた。ミニチュアの枯山水は、この「透明な馬」である「われ」の存在感をより引き立ててくれるように感じられた。

 当初は説明書通りに砂に紋様を描き、石を配置するだけで済ませるつもりだったが、砂を弄(いじ)るうちに、中学生の頃の箱庭作りの感触が蘇ってきた。学校を休みがちだった当時、医師の勧めで何度か箱庭を作った経験がある。最初は戸惑ったが、次第にミニチュアの木やベンチ、フィギュアを思い通りに配置できることに集中し、没頭していった。

 現在従事しているオペレーターという仕事は、パソコン初心者を相手にすると、「マウス」や「ブラウザ」といった基本的な言葉さえ通じないことがある。目に見えない画面を言葉だけでナビゲートするには「忍耐力」が求められ、さらに電話対応の短縮も要求される。「今すぐ解決しろ」という強いプレッシャーを受け、時には大声で怒鳴られることさえある。

 このような厳しい仕事の日の後、自宅に帰って白い砂を弄ると、自然と心が落ち着く。今はセットの波石ではなく、買い集めたカプセルトイ(ガチャガチャ)のフィギュアを配置し、ゆるい表情の動物たちが日常を楽しむ様子を眺めている。そうすることで、この小さな庭の中に、プレッシャーから解放された「透明な私」が遊んでいるような、穏やかなひとときが訪れるのである。