2026年6月7日日曜日

父の書の余白美し夏の蝶 佐藤静香

〈俳句物語〉 岡田耕治

父の書の余白美し夏の蝶 佐藤静香

 石段を降りる私の足音に驚いたのか、突然大きな蝶が飛び立った。少し離れた場所に舞い降り、静かに羽を畳んだその瞬間、ふと父のことが蘇った。父は私が生まれた頃から書道塾に通い、晩年には書道展に出展するほど打ち込んでいた。公務員として人事を担当していた父は、家で仕事の話をすることは少なかったが、疲労の色を滲ませて帰宅することが多かった。

 小中学生の頃、父に書道を習ったこともあったが、私は絵に惹かれ、高校では美術を選択した。専門学校を経て、現在は病院で看護師として働いている。投薬や観察のミスが患者さんの命に直結する医療現場では、常に「間違えてはいけない」という緊張が続く。針を刺し、点滴を確認し、モニターを見守る日々の中で、心が休まる暇はない。

 父が大阪市立美術館へ誘ってくれたのは、私が月一、二回の水彩画教室に通い始めた頃だった。年代も職業も異なるメンバーが思い思いに絵筆を走らせる、その静かな時間を私は大切に思うようになった。

 父のことを思い出したので、部屋に飾る書を替えようと桐の箱を開けたとき、一枚の絵はがきが出てきた。父が美術館で熱心に見入っていた作品と同じものだ。はがきには「上村松園《晩秋》」とある。若い女性が縁側の障子を閉めている絵だと思っていたが、よく見ると障子の破れを花形の紙で繕っているところだった。

 これまで女性の髪型や青い着物、緑の帯ばかりに目が行っていたが、父が見つめていたのは、女性の背後に広がる真っ白な障子だったのかもしれない。日々の激務をこなす中で、私もまた、その静謐な白い空間に強く惹かれるようになっている。

 私が水彩画に惹かれ、父が書道を極めようとしたのも、この「余白」を求めていたからではないか。そう思って改めて父の書を見ると、これまで黒い墨で書かれた文字ばかりを追っていたことに気づかされる。墨を走らせることは、同時に白い余白の形をデザインすることでもある。

 この余白にこそ、父の思いが深く刻まれているにちがいない。

香天集6月7日 佐藤静香、木村博昭、神谷曜子ほか

香天集6月7日 岡田耕治 選

佐藤静香
父の書の余白美し夏の蝶
鏡字の「馬」の置物さくらんぼ
大空を死者に献じて花楝
日常の吾を置き去り実梅落つ

木村博昭
春昼の点滴きらり閑かなる
夏近し木木の葉そよぐ爆心地
初端午皇室典範第一条
蜘蛛の囲に迎えられたる退院日

神谷曜子
街の声恋し一日杉菜抜き
関東平野背中いっぱい麦青し
たんぽぽの絮飛ぶように逝きし人
五月晴抱き上げし子の重さにも

宮崎義雄
夜の蝉一匹が鳴く街明かり
盛り場の練りの掛け声女神輿
電柱に凭れタバコのアロハシャツ
吸い殻の溢れるコップ夜釣人

松田和子
夏わらび散歩途中の喉渇き
草むしり小さき花に手が止まる
ハート型窓に二人の新茶かな
夏料理水槽の蛸片目開け

楽沙千子
菜園の採り立て朝の豆ご飯
気兼ねなく手足を伸ばし夏座敷
草茂る閉ざしていたる正門に
技競う会場の熱汗にじむ

金靜愛
迷う日日広き門より入学し
魂の我がさまよう五月闇
水無月の心崩れる海のあり
紫陽花や星を散らせる空恋し

垣内孝雄
たつぷりとキャベツを添ふるアジフライ
赤き薔薇求めてゐたり古き花舗
ベランダの幅に泳がせ鯉幟
孑孑や老ひたる故に分かること

牧内登志雄
アイシャドー控え目にして初浴衣
曝涼や裏の表紙の女文字
南吹く月の沙漠のらくだ像
雲梯や忘れたままの夏帽子

吉丸房江
吾を見るような曾孫の運動会
ホーホケキョしきりに吾にものを言う
父母あらば今を訪いたし竹の秋
長生きが集まってくる新茶かな

〈俳句物語〉 岡田耕治

父の書の余白美し夏の蝶 佐藤静香

 石段を降りる私の足音に驚いたのか、突然大きな蝶が飛び立った。少し離れた場所に舞い降り、静かに羽を畳んだその瞬間、ふと父のことが蘇った。父は私が生まれた頃から書道塾に通い、晩年には書道展に出展するほど打ち込んでいた。公務員として人事を担当していた父は、家で仕事の話をすることは少なかったが、疲労の色を滲ませて帰宅することが多かった。

 小中学生の頃、父に書道を習ったこともあったが、私は絵に惹かれ、高校では美術を選択した。専門学校を経て、現在は病院で看護師として働いている。投薬や観察のミスが患者さんの命に直結する医療現場では、常に「間違えてはいけない」という緊張が続く。針を刺し、点滴を確認し、モニターを見守る日々の中で、心が休まる暇はない。

 父が大阪市立美術館へ誘ってくれたのは、私が月一、二回の水彩画教室に通い始めた頃だった。年代も職業も異なるメンバーが思い思いに絵筆を走らせる、その静かな時間を私は大切に思うようになった。

 父のことを思い出したので、部屋に飾る書を替えようと桐の箱を開けたとき、一枚の絵はがきが出てきた。父が美術館で熱心に見入っていた作品と同じものだ。はがきには「上村松園《晩秋》」とある。若い女性が縁側の障子を閉めている絵だと思っていたが、よく見ると障子の破れを花形の紙で繕っているところだった。

 これまで女性の髪型や青い着物、緑の帯ばかりに目が行っていたが、父が見つめていたのは、女性の背後に広がる真っ白な障子だったのかもしれない。日々の激務をこなす中で、私もまた、その静謐な白い空間に強く惹かれるようになっている。

 私が水彩画に惹かれ、父が書道を極めようとしたのも、この「余白」を求めていたからではないか。そう思って改めて父の書を見ると、これまで黒い墨で書かれた文字ばかりを追っていたことに気づかされる。墨を走らせることは、同時に白い余白の形をデザインすることでもある。この余白にこそ、父の思いが深く刻まれているのかもしれない。
*話すほどやわらかくなる浴衣かな 岡田耕治

2026年6月4日木曜日

香天83号 本文

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目 次

招待作品           2 ふけとしこ、杉山久子
               4 松下カロ、金子 敦
代表作品           6 岡田耕治
第4回鈴木六林男賞受賞作品  6 うっかり、三好つや子
六林男賞選考経過と選評    8 岡田耕治
同人集           10 50音順送り 本号は「い」から
石井 冴、岩橋由理子ほか
同人集五句抄        27 谷川すみれ、辻井こうめ他
香天を読む         28 鈴木茂雄
誌上句会選句集       32 久保純夫、ふけとしこ他
『識閾』あとがきについて  44 森谷一成
作品鑑賞          46 春田真理子
同人作品評         48 柴田 亨、夏 礼子
香天集十句選        52 渡邉美保、玉記 玉
俳句物語          56 岡田耕治
随想・作品鑑賞       68 石井 冴、佐藤静香
香天集  岡田耕治 選      70 安部いろん、渡邉美保
玉記 玉、森谷一成ほか
 選後随想          102 岡田耕治
句会案内           104
                題字・デザイン 森田興子


2026年5月31日日曜日

縄電車しろつめくさを終点に 夏礼子

〈俳句物語〉岡田耕治

縄電車しろつめくさを終点に  夏礼子

 この春、八〇を過ぎた母と同居を始めた。そのため、勤めていた都市部の幼稚園を辞め、実家から自転車で通える認定子ども園に移った。前任は市立だったが、ここは市立幼稚園の校舎を利用した学校法人の運営である。

 母との同居で一番助かっているのは食事だ。子どもは予測不可能な動きをするため、勤務中はケガや誤飲、アレルギー対応など、一瞬も気が抜けない。以前は一人暮らしで、ついコンビニ弁当や外食に頼りがちだった。それが今、風を切って自転車を漕ぐこと十五分、家に帰れば母の手料理が待っている。これが、新しい職場で毎日をてきぱき過ごせる活力になっている。

 前任と同じく、ここでも3歳児から5歳児の担任を受け持った。ただ、この園では3学年を一つのクラスにして教育・保育を行う混合クラスが三つある。最初は戸惑いがあったものの、すぐに3歳から5歳の子どもたちが共に学び、生活することの良さを実感するようになった。

 子どもたちは園の隅っこの原っぱが大好きで、何も持たずに一時間でも二時間でも遊びに熱中する。今日、4人ずつのグループを作って、校舎から「縄電車」に乗って、しろつめくさが咲く原っぱへと出発した。

 子どもたちは輪になった縄の中に入り、両手でお腹のあたりに縄を持つ。先頭の運転手は5歳児、間に3歳児のお客さん、一番後ろの車掌は4歳児だ。「ガタンゴトン」と口ずさみながら、みんなで息を合わせて歩き、時には走る。運転手役の5歳児が「右に曲がりまーす」と声を上げれば、後ろの子たちも一緒に傾きながら進んでいく。

 以前の園は4歳児は4歳児だけのクラスだったので、子どもたちだけで息を合わせるのは難しく、私たちの誘導や声かけが欠かせなかった。ところが、この混合クラスでは、5歳児が自然に下の子たちを気遣い、リードしてくれる。4歳児はその姿をしっかりと見ていて、「来年は自分もあんな運転手になろう」と学んでいるのだ。

 5歳児の「終点ですよ、みんな降りてください」という合図で、子どもたちは縄を離れ、しろつめくさで王冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりと、次の遊びに夢中になっている。

 子どもたちの様子を見に来てくれた園長先生に、私は問いかけた。

「3学年一緒の教育って、本当に素敵ですね。なぜ、公立ではこの制度を採り入れないのでしょう?」

園長は微笑んで答える。

「公立には、様々な『しばり』がある。それに、『成功体験』があるからね。人は、成功体験によって失敗する、と言われているわ。」

「それはそうかもしれません。私も以前は『次は、私が5歳児を持つんだ』とばかり思っていましたから。」

「その点、うちは失敗体験を大事にしてるから、子どものためにいいと思ったら何でもできるの。」


香天集5月31日 夏礼子、森谷一成、玉記玉、中嶋飛鳥ほか

香天集5月31日 岡田耕治 選

夏礼子
縄電車しろつめくさを終点に
目瞑ればひとの現れ桐の花
いざこざは思い出のなか花は葉に
部屋中に讃岐を満たし煮そら豆

森谷一成
あばら骨あげて春愁抜くところ
参謀の役を愉しむ寄居虫かな
  鴨高田神社御神木一句 
足元がゴジラっぽいぞ樟若葉
ジーパンを懲らしめており青嵐

玉記玉
風の貌いくつも付いている祭
この際パセリに好かれようと思う
キュビスムの理論は涼し水鏡
懸垂はもう限界よ南風吹く

中嶋飛鳥
青葉若葉神社と寺院隣合う
滴りのこだましているファラオの眼
ジーンズのくたびれ愛す心天
花楝手をあずけたる別れ際

辻井こうめ
サングラス外し緑を確かむる
心地良き脱力ありて大海月
緑さす姫鏡台の遺品かな
その声に覚えありけり麦畑

柏原玄
これからは何でもござれ蛙の子
母の日の語り種なる記憶力
かたつむり今を大事にしていたる
渓をゆく水の戯れ花あやめ

砂山恵子
白靴下薄暑の坂を駆け上る
大連に生まれし父や花アカシア
葉桜や生命線は手首まで
母の日の母のコップにイルカの絵

俎石山
長風呂を心配したる朧月
道路脇錆びた二つのヘルメット
亡くなりてやっともらいしカーネーション
右肩の仔猫のいびき途絶えけり

宮崎義雄
鳩を突くハシブトガラス五月闇
花は葉に青空へ鳴るプルトップ
花屑を受ける小さな轍かな
女子会のカフェに紛れて花の果

前藤宏子
大声で小玉スイカを売りにけり
薄暑光老女タバコを買い求む
農家より茄子漬用意できたよ
風薫る見事に老いし同級生

木南明子
聖五月運転免許更新す
青葉燃ゆわれは薬を盛られたり
梅雨の入りステーキランチ久しぶり
走り梅雨隣の人の死を知らず

森本知美
入学の子の手開けばだんご虫
麦笛を吹きし一里の下校かな
蛍袋山の空気を入れて来る
夕蛍川の青春よみがえり

目美規子
塔婆受く寺内の外の薔薇の鉢
故郷へとんと帰らず路地苺
選挙カー半身乗り出し日焼顔
雷鳴ややロングドレスの小走りに

金重こねみ
春の蚊に一度情けを掛けており
百足の子コーヒータイムさまよえる
竹落葉とんぼになりし風のあり
天気予報お日様だけの子供の日

安田康子
珈琲は濃いめがよろしみどりの日
この庭に生きるつもりよ著莪の花
人生の今が後半夏つばめ
銘柄を変える新茶の一服よ

松並美根子
風薫る元小学校へ坂登る
走り梅雨景色あれこれ思い出す
今日からは網戸六枚取り付ける
五月晴泉の森の作品展

〈俳句物語〉岡田耕治
縄電車しろつめくさを終点に  夏礼子
 この春、八〇を過ぎた母と同居を始めた。そのため、勤めていた都市部の幼稚園を辞め、実家から自転車で通える認定子ども園に移った。前任は市立だったが、ここは市立幼稚園の校舎を利用した学校法人の運営である。
 母との同居で一番助かっているのは食事だ。子どもは予測不可能な動きをするため、勤務中はケガや誤飲、アレルギー対応など、一瞬も気が抜けない。以前は一人暮らしで、ついコンビニ弁当や外食に頼りがちだった。それが今、風を切って自転車を漕ぐこと十五分、家に帰れば母の手料理が待っている。これが、新しい職場で毎日をてきぱき過ごせる活力になっている。
 前任と同じく、ここでも3歳児から5歳児の担任を受け持った。ただ、この園では3学年を一つのクラスにして教育・保育を行う混合クラスが三つある。最初は戸惑いがあったものの、すぐに3歳から5歳の子どもたちが共に学び、生活することの良さを実感するようになった。
 子どもたちは園の隅っこの原っぱが大好きで、何も持たずに一時間でも二時間でも遊びに熱中する。今日、4人ずつのグループを作って、校舎から「縄電車」に乗って、しろつめくさが咲く原っぱへと出発した。
 子どもたちは輪になった縄の中に入り、両手でお腹のあたりに縄を持つ。先頭の運転手は5歳児、間に3歳児のお客さん、一番後ろの車掌は4歳児だ。「ガタンゴトン」と口ずさみながら、みんなで息を合わせて歩き、時には走る。運転手役の5歳児が「右に曲がりまーす」と声を上げれば、後ろの子たちも一緒に傾きながら進んでいく。
 以前の園は4歳児は4歳児だけのクラスだったので、子どもたちだけで息を合わせるのは難しく、私たちの誘導や声かけが欠かせなかった。ところが、この混合クラスでは、5歳児が自然に下の子たちを気遣い、リードしてくれる。4歳児はその姿をしっかりと見ていて、「来年は自分もあんな運転手になろう」と学んでいるのだ。
 5歳児の「終点ですよ、みんな降りてください」という合図で、子どもたちは縄を離れ、しろつめくさで王冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりと、次の遊びに夢中になっている。
 子どもたちの様子を見に来てくれた園長先生に、私は問いかけた。
「3学年一緒の教育って、本当に素敵ですね。なぜ、公立ではこの制度を採り入れないのでしょう?」
園長は微笑んで答える。
「公立には、様々な『しばり』がある。それに、『成功体験』があるからね。人は、成功体験によって失敗する、と言われているわ。」
「それはそうかもしれません。私も以前は『次は、私が5歳児を持つんだ』とばかり思っていましたから。」
「その点、うちは失敗体験を大事にしてるから、子どものためにいいと思ったら何でもできるの。」
*悪人を離れていたり水中り 岡田耕治

2026年5月24日日曜日

風薫る昭和ガラスの我が家かな 嶋田 静

〈俳句物語〉 岡田耕治

風薫る昭和ガラスの我が家かな 嶋田 静

 じいちゃんが抗癌剤治療を止めて、自宅に帰ると言い出したのは、三月末のことだった。ケアマネージャーと相談の上、訪問診療に切り換えることになった。父と母、それに僕と弟は、一年間そのままにしていた実家を片付け、なんとかじいちゃんを受け入れるスペースを確保した。

 実家は、昭和三十年代の後半に建てられた木造の平屋だ。レンタルした電動ベッドを設置するため和室を片付け、補助金を使ってトイレまでの動線に手摺りを取り付けた。四月になってもまだ肌寒い日があり、外窓だけでなく、廊下と座敷を仕切る木製の引き戸にも隙間があったため、風が吹くたびにガラスがカタカタと鳴る音がした。

 病院の空調が効いた分厚い窓から、この隙間だらけの窓に移って、じいちゃんは大丈夫だろうか。しかし、僕たち家族の結論は、とにかく本人の望むとおりにすることだったので、僕も弟も何も口を出さなかった。ガラス戸にはカーテンはなく、光を乱反射させる凹凸模様が刻まれており、外からの視線を遮りつつ、室内に柔らかな光を取り込んでいた。

 じいちゃんが実家に帰ったのは、ゴールデンウィーク前だ。昼間は看護師やヘルパーが来てくれるので、僕たち家族四人は、交代で実家に泊まり込むことにした。病院ではあまり食欲がなかったじいちゃんだったが、実家に戻ってからは、食べたいときに食べたいものを食べるという生活になり、少しずつ食欲が出てきたようだ。

 僕がはじめて泊まった日、家から持ってきた夕食ではなく、インスタントラーメンが食べたいというので、じいちゃんが好きだというチキンラーメンを作った。三分の一ほどの量だったが、じいちゃんは美味しそうに食べてくれた。

 次に泊まった日は、まだ昼の明るさが残る時間帯だった。磨りガラスを通して和室に差し込む光の中を、気持ちの良い風が吹き抜けている。しばらく、ベッドで横になったじいちゃんと話していると、「ワインが飲みたい」という。一瞬迷ったが、家族で決めたとおり、僕はコンビニにワインを買いに走った。そこで見つけたのが、ストローで飲む二百CCの赤ワインだった。

 ストローを伸ばしてパックの差込口に固定し、チーズを一口食べるのを見て、じいちゃんにワインを差し出した。

「うまいなあ、一年ぶりや」じいちゃんは、うれしそうに二口飲んだ。

「あとはまた明日、残りは冷蔵庫にいれといて」とじいちゃん。

冷蔵庫を開けると、その光に照らされたのは、「楽園」というワインのラベルだった。



香天集5月24日 谷川すみれ、嶋田静、春田真理子ほか

香天集5月24日 岡田耕治 選

谷川すみれ
葉桜に溺れていれば烏来る
若葉風象の涙を見ておりぬ
戒名のなき骨壺や初蛍
目標は遠くて遠い楠若葉

嶋田 静
バラの名にかがみておれば風生まる
蒜山の薫風帰りたくないの
風薫る昭和ガラスの我が家かな
芍薬の白がどっしり唐津壺

春田真理子
新芽出る神棚祀る榊にも
南無南無と揺れる紐より蝌蚪生る
実直に生きよの教え岩鏡
連峰の夏めく貌シーツ干す

古澤かおる
初夏の湿らせて焼くフランスパン
畑にて昼寝つるりと五分ほど
煮付けは烏賊醤油は島の濃い口で
事業所前スーツ姿の溝浚え

宮下揺子
花樒散歩以外のことを課す
さよならを言い出せぬまま薔薇飾る
泰山木の花心へと負荷をかけ
薄くなる肯定感や額の花

田中仁美
春暁の海峡渡る祈りかな
春寒の洞窟ホテル猫と居る
アヴァノスの陶工の指春寒し
春の水地下宮殿の涙柱

河野宗子
花ばらに鼻を近づけキスを受く
ジャスミンの香のしつこさが家に来る
春眠の中のひととき母と逢う
友来たるあたり一面皐月かな

松田和子
ブルーインパルス吹奏楽の風光る
防災の鯖缶を出しはりつめる
口に虫咥えし燕雛が待つ
米寿の夏ステーキペロリ食べ終える

〈俳句物語〉 岡田耕治
風薫る昭和ガラスの我が家かな 嶋田 静
 じいちゃんが抗癌剤治療を止めて、自宅に帰ると言い出したのは、三月末のことだった。ケアマネージャーと相談の上、訪問診療に切り換えることになった。父と母、それに僕と弟は、一年間そのままにしていた実家を片付け、なんとかじいちゃんを受け入れるスペースを確保した。
 実家は、昭和三十年代の後半に建てられた木造の平屋だ。レンタルした電動ベッドを設置するため和室を片付け、補助金を使ってトイレまでの動線に手摺りを取り付けた。四月になってもまだ肌寒い日があり、外窓だけでなく、廊下と座敷を仕切る木製の引き戸にも隙間があったため、風が吹くたびにガラスがカタカタと鳴る音がした。
 病院の空調が効いた分厚い窓から、この隙間だらけの窓に移って、じいちゃんは大丈夫だろうか。しかし、僕たち家族の結論は、とにかく本人の望むとおりにすることだったので、僕も弟も何も口を出さなかった。ガラス戸にはカーテンはなく、光を乱反射させる凹凸模様が刻まれており、外からの視線を遮りつつ、室内に柔らかな光を取り込んでいた。
 じいちゃんが実家に帰ったのは、ゴールデンウィーク前だ。昼間は看護師やヘルパーが来てくれるので、僕たち家族四人は、交代で実家に泊まり込むことにした。病院ではあまり食欲がなかったじいちゃんだったが、実家に戻ってからは、食べたいときに食べたいものを食べるという生活になり、少しずつ食欲が出てきたようだ。
 僕がはじめて泊まった日、家から持ってきた夕食ではなく、インスタントラーメンが食べたいというので、じいちゃんが好きだというチキンラーメンを作った。三分の一ほどの量だったが、じいちゃんは美味しそうに食べてくれた。
 次に泊まった日は、まだ昼の明るさが残る時間帯だった。磨りガラスを通して和室に差し込む光の中を、気持ちの良い風が吹き抜けている。しばらく、ベッドで横になったじいちゃんと話していると、「ワインが飲みたい」という。一瞬迷ったが、家族で決めたとおり、僕はコンビニにワインを買いに走った。そこで見つけたのが、ストローで飲む二百CCの赤ワインだった。
 ストローを伸ばしてパックの差込口に固定し、チーズを一口食べるのを見て、じいちゃんにワインを差し出した。
「うまいなあ、一年ぶりや」じいちゃんは、うれしそうに二口飲んだ。
「あとはまた明日、残りは冷蔵庫にいれといて」とじいちゃん。
冷蔵庫を開けると、その光に照らされたのは、「楽園」というワインのラベルだった。
*死ぬ時はこれがいいねと更衣 岡田耕治