2026年5月17日日曜日

遠足の傷の手当を正しけり 湯屋ゆうや

〈俳句物語〉 岡田耕治

遠足の傷の手当を正しけり 湯屋ゆうや

 空の弁当箱がシンクのボウルに浸けてあるのを見て、今日の遠足は楽しかったんだと思った。塾のある日は別々に食べるが、今夜は幸平と夕食を共にし、話を聞こうと帰りを待った。

 午後八時、ドアが開いた。帰宅した幸平の額には、一枚の絆創膏。

「どうしたの」と訊くと、ジェットコースターの一番乗り競争をして、坂道で転んだのだという。

「痛かったでしょう。あ、少し血が滲んでるわね。貼り替えようか」

 引率の教員が貼ってくれた絆創膏をゆっくり剥がし、消毒液で優しく拭う。少し小さめの新しい絆創膏を貼り直しながら尋ねた。

「みさき公園は、久しぶりだったわね」

「うん、小三の時にお父さんと行って以来かな」

「閉園になるって聞いたけど、どうだった?」

「アトラクションはそのまま遊べたけど、動物園の方はちょっと寂しかったかな。面白かったのはジェットコースターと、パイレーツ。あと、お弁当も美味しかったよ」

「ありがとう。職場の同僚やPTAでも、みんな高学年になると、すぐシャッターを下ろしてしまうって聞くわ。幸平が何でも話してくれてうれしい」

幸平は照れたように言った。

「いや、お母さんがいっつも楽しそうだから」




香天集5月17日 湯屋ゆうや、三好広一郎、柴田亨、佐藤浩章ほか

香天集5月17日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
遠足の傷の手当を正しけり
鴉から慕われている立夏の子
メロン剥き勧めることを怠りぬ
初夏の机を清め手紙書く

三好広一郎
蛇衣を脱ぐ試着室はありません
初夏が待つ降りたホームの向い側
種蒔いて大地は天に近づけり
春のソナタ指は天から舞い降りて

柴田亨
甲羅干し水の明るき静止かな
もういない自転車少年木下闇
数知れぬ羽の誘惑藤の夢
桜桃忌二線抹消帳簿閉ず

佐藤浩章
吽形も口を開かむ炎天下
風涼し犬山城の廻縁
追手筋日曜市の声涼し
露涼し地蔵菩薩ををろがみて

牧内登志雄
夏日射ハシビロコウの動かざり
麦秋や秘密基地より青い空
鎌倉に谷地三方の若葉かな
一湾をゆるりとわたる緑雨にて

楽沙千子
夏祓社殿の闇に鳥さわぐ
花びらの風にあおられ花椿
蚕豆の程よくなりぬ天を向き
夏帽を目深にかぶり集中す

岡田ヨシ子
昼食をキャンセルし待つ春弁当
入所した友に俳句の五月号
俳句集初夏から語りはじめおり
ファッションを学び直せり夏ベスト

川端大誠
夏の風ダイヤモンドを駆け回る

川端勇健
映画観て余韻に浸る青嵐

川端伸路
朝昼晩揚げ物となる子供の日


〈俳句物語〉 岡田耕治
遠足の傷の手当を正しけり 湯屋ゆうや

 空の弁当箱がシンクのボウルに浸けてあるのを見て、今日の遠足は楽しかったんだと思った。塾のある日は別々に食べるが、今夜は幸平と夕食を共にし、話を聞こうと帰りを待った。

 午後八時、ドアが開いた。帰宅した幸平の額には、一枚の絆創膏。
「どうしたの」と訊くと、ジェットコースターの一番乗り競争をして、坂道で転んだのだという。
「痛かったでしょう。あ、少し血が滲んでるわね。貼り替えようか」
 引率の教員が貼ってくれた絆創膏をゆっくり剥がし、消毒液で優しく拭う。少し小さめの新しい絆創膏を貼り直しながら尋ねた。

「みさき公園は、久しぶりだったわね」
「うん、小三の時にお父さんと行って以来かな」
「閉園になるって聞いたけど、どうだった?」
「アトラクションはそのまま遊べたけど、動物園の方はちょっと寂しかったかな。面白かったのはジェットコースターと、パイレーツ。あと、お弁当も美味しかったよ」

「ありがとう。職場の同僚やPTAでも、みんな高学年になると、すぐシャッターを下ろしてしまうって聞くわ。幸平が何でも話してくれてうれしい」
幸平は照れたように言った。
「いや、お母さんがいっつも楽しそうだから」

*青空の穴からこぼれ天道虫 岡田耕治

2026年5月10日日曜日

そして今ひねもす箱庭を弄る 玉記 玉

〈俳句物語〉 岡田耕治

そして今ひねもす箱庭を弄る 玉記 玉

 父の四十九日の法要で持ち帰ったのは、二十枚の色紙が入った桐箱だった。実家を継いだ兄は土地や建物を相続し、私は預金と共にこの桐箱を形見分けとして受け取った。手狭な1LDKのマンションには、この桐箱一つで充分だった。

 二十枚の色紙のうち、父の句は三枚だけで、残りは他の俳人からのものだった。季節ごとに父の句を入れ替えているが、夏の句がなかったため、代わりに「馬なればわれ透明の馬ならむ 安正」という句を夏用にした。

 秋、冬、春は色紙の額の下に一輪の花を飾ってきた。しかし、夏用の句に合うものを探すうち、「枯山水セット」を見つけた。ミニチュアの枯山水は、この「透明な馬」である「われ」の存在感をより引き立ててくれるように感じられた。

 当初は説明書通りに砂に紋様を描き、石を配置するだけで済ませるつもりだったが、砂を弄(いじ)るうちに、中学生の頃の箱庭作りの感触が蘇ってきた。学校を休みがちだった当時、医師の勧めで何度か箱庭を作った経験がある。最初は戸惑ったが、次第にミニチュアの木やベンチ、フィギュアを思い通りに配置できることに集中し、没頭していった。

 現在従事しているオペレーターという仕事は、パソコン初心者を相手にすると、「マウス」や「ブラウザ」といった基本的な言葉さえ通じないことがある。目に見えない画面を言葉だけでナビゲートするには「忍耐力」が求められ、さらに電話対応の短縮も要求される。「今すぐ解決しろ」という強いプレッシャーを受け、時には大声で怒鳴られることさえある。

 このような厳しい仕事の日の後、自宅に帰って白い砂を弄ると、自然と心が落ち着く。今はセットの波石ではなく、買い集めたカプセルトイ(ガチャガチャ)のフィギュアを配置し、ゆるい表情の動物たちが日常を楽しむ様子を眺めている。そうすることで、この小さな庭の中に、プレッシャーから解放された「透明な私」が遊んでいるような、穏やかなひとときが訪れるのである。



香天集5月10日 玉記玉、三好つや子、佐藤静香ほか

香天集5月10日 岡田耕治 選

玉記玉
新緑を切り取ることを生業に
花蘇芳なんて内向的な紅
そして今ひねもす箱庭を弄る
雨蛙置けば机が歪なり

三好つや子
フリースクールたんぽぽが時間割
新じゃがの正論ほろり煮崩れる
竹皮を脱いで見事な斬られ役
天道虫六法全書にないルール

佐藤静香
新緑や波長重なる大拍手
春の昼あやかしたちの囲碁大会
墨彩画の一色の妙若葉風
春昼の皿の心地は薔薇色に

高野旅愁
眠られず広辞苑が立っており
風呂に入る雀という街に一日
あかぎれや皆眠るとき星堕ちて
春の鳥鳴くからかの地に思い馳せ

垣内孝雄
切通し道のそよげる新樹光
にわとこの見ゆるベンチに小半時
蜆汁そふる夕餉や老ふたり
篁の匂ひさやけき五月かな

川村定子
引く彼は若芽のみどり残しおり
手庇の内はあまねく花盛り
桜鯛まな板にあるむ目よ
春霞入日見せずに夜に入る

西前照子
震災で帰らぬ友よ十五年
春の畝腰の痛みへ種をまく
入り彼岸三姉弟がそろい来る
春障子忘れし友の写真あり

〈俳句物語〉 岡田耕治
そして今ひねもす箱庭を弄る 玉記玉
 父の四十九日の法要で持ち帰ったのは、二十枚の色紙が入った桐箱だった。実家を継いだ兄は土地や建物を相続し、私は預金と共にこの桐箱を形見分けとして受け取った。手狭な1LDKのマンションには、この桐箱一つで充分だった。
 二十枚の色紙のうち、父の句は三枚だけで、残りは他の俳人からのものだった。季節ごとに父の句を入れ替えているが、夏の句がなかったため、代わりに「馬なればわれ透明の馬ならむ 安正」という句を夏用にした。
 秋、冬、春は色紙の額の下に一輪の花を飾ってきた。しかし、夏用の句に合うものを探すうち、「枯山水セット」を見つけた。ミニチュアの枯山水は、この「透明な馬」である「われ」の存在感をより引き立ててくれるように感じられた。
 当初は説明書通りに砂に紋様を描き、石を配置するだけで済ませるつもりだったが、砂を弄(いじ)るうちに、中学生の頃の箱庭作りの感触が蘇ってきた。学校を休みがちだった当時、医師の勧めで何度か箱庭を作った経験がある。最初は戸惑ったが、次第にミニチュアの木やベンチ、フィギュアを思い通りに配置できることに集中し、没頭していった。
 現在従事しているオペレーターという仕事は、パソコン初心者を相手にすると、「マウス」や「ブラウザ」といった基本的な言葉さえ通じないことがある。目に見えない画面を言葉だけでナビゲートするには「忍耐力」が求められ、さらに電話対応の短縮も要求される。「今すぐ解決しろ」という強いプレッシャーを受け、時には大声で怒鳴られることさえある。
 このような厳しい仕事の日の後、自宅に帰って白い砂を弄ると、自然と心が落ち着く。今はセットの波石ではなく、買い集めたカプセルトイ(ガチャガチャ)のフィギュアを配置し、ゆるい表情の動物たちが日常を楽しむ様子を眺めている。そうすることで、この小さな庭の中に、プレッシャーから解放された「透明な私」が遊んでいるような、穏やかなひとときが訪れるのである。

*怖いものなくなる青葉若葉かな 岡田耕治

2026年5月3日日曜日

饒舌の海峡に転け潮招  森谷一成

 〈俳句物語〉 岡田耕治

饒舌の海峡に転(こ)け潮招 森谷一成

 私は潮招(シオマネキ)のメスです。私たちの暮らしをご存じでない方もいらっしゃるでしょうから、少しお話します。私たちはカニの一種で、オスの片方のハサミがとても大きく成長します。それが潮を招いているかのように見えるので、シオマネキと呼ばれています。

 河口近くの、引き潮で泥が露出する干潟が、私たちにとって一番居心地のいい場所です。泥に深い縦穴を掘って暮らしており、この穴は外敵から身を守るだけでなく、満潮時に水没する間、静かに過ごすための私だけの個室でもあります。

 オスは巨大なハサミを上下に振り、私たちメスに向かって猛烈にアピールしてきます。私はオスたちのダンスを比べ、ハサミの大きさと、その振りの速さから彼を選びました。彼の巣穴へと入り、お腹とお腹を合わせたのです。その後、彼は気前が良く、自分の巣穴を私に譲ってくれたので、卵を抱いて大切に育てることにしました。

 彼は外に出て、新しい穴を掘るのかなと見ていたら、なんと彼はまたあの大きなハサミを振り始めたではありませんか。私たちは、基本的に夫婦で一緒に暮らすことはありません。それでも、せめてこの卵たちを海に放つまで、この巣穴を外敵からガードするものとばかり思っていました。

 私の個室から見える海峡は、いつも激しい潮の流れが押し寄せていますが、このところ、波がぶつかり合い、渦を巻き、轟々と音を立てています。どうも潮の流れだけではない、不穏な音が混じっているようです。この「饒舌な海峡」の騒めきは、命の危険を知らせているのかもしれません。それなのに、彼はその警告に耳を傾けることなく、ひたすら自己顕示のためにハサミを振り続けています。

 そう考えているうち、巣穴も掘らず、私や卵を守ることもせず、激しくハサミを振りまくっていた彼は、ついに勢いよく寄せてきた潮に押され、あっけなく転(こ)けてしまいました。あれほど自信たっぷりだった大きなハサミは、彼を守ってはくれませんでした。大きくて速いハサミこそが良い、この干潟の価値観は、いま、見直す時が来ているのかもしれません。



香天集5月3日 森谷一成、渡邉美保、浅海紀代子、辻井こうめ他

香天集5月3日 岡田耕治 選

森谷一成
暗殺を憂え種芋植えにけり
空中の涙あらそう穀雨かな
 「断腸亭日乗」昭和一六年六月一五日 
のたまくは暴支膺懲荷風の忌
饒舌の海峡に転け潮招

渡邉美保
新玉葱晒せば白くにごる水
脱藩の昔もかくや谷若葉
春の潮たぷんとぷんと日の暮れる
波音を真下にきいてゐる朝寝

浅海紀代子
友に見え我には見えぬわらびかな
大皿に春をいっぱい盛りにけり
懐かしき癖字の届き春の宵
わすれな草紫深き別れにて

辻井こうめ
マネージャーの作るお守り柿若葉
うつうつと海境を行く春の昼
小綬鶏や不快電話に動揺す
幸ひを叶ふ法なれ新樹光

中嶋飛鳥
料峭のふたことみこと耳の端に
絵とまがう墨の文字より春の声
声さかのぼる空井戸の春の闇
アルバムの笑みに躓き春送る

神谷曜子
菜種梅雨大雑把なる担当医
花の雨子育はもう済みました
散り際の桜と距離を置きにけり
たんぽぽの絮解体の隣家より

中島孝子
ジンジンと凍てる子の指包む指
夕映える船底型の春の月
光帯びせせらぎ包む猫柳
遅れ咲く紅梅窓の雨流れ

橋本喜美子
新若布皿をはみ出し盛られけり
漱石の小さき文机梅の花
子らの声空に吸はれし沈丁花
目を凝らしそつと手を置く犬ふぐり

半田澄夫
春きざす赤きワインを人肌に
春眠の覚めゆく床にヒール音
どこに来たジャングルジムに春が来た
すべり台ママに手を振る春に振る

北橋世喜子
冬五輪体内時計踊りだし
「みーつけた」指差す先の福寿草
屈むほど青き星屑畦青む
キーキーと鳴き声尖る春の鳥

林おうはく
冬の朝帰り忘れし白い月
水仙や荒波向かう加賀の浜
杉花粉和泉の山の薄化粧
氷溶け淀みに魚の影一つ

石田敦子
バレンタイン不意に渡さるチョコレート
桜餅語らひ食べる和菓子店
若草の萌へて香れる鄙の径
診察を変更すると雛祭り

上原晃子
水槽の小さき群れ浮く四温かな
球根の伸び出してくる若芽かな
碧空をソフトに光る花ミモザ
啓蟄の日差背に受け畑仕事

吉丸房江
四代で桜を見上げ笑い合う
春の山もっこりもっこり命吹く
青空は白木蓮の舞台にて
坐り込み次の声待つ春告鳥

川合道子
札にらみ手と手弾けるかるた取り
信太山山の谷より初音かな
ミモザ咲くリボンをつけた犬を撮り
町おこし家家に雛飾りおり

市太勝人
春の雪投票をせぬつまんなさ
如月のG2レース逃げねばり
冬五輪閉幕後には戦なり
天覧の地上波はなし花曇

秋吉正子
春を待ち面会時間三十分
隙間テープ破れる頃に春になる
ソナチネは小さなソナタすみれ草
造成地ただ一本の土筆かな

北岡昌子
淀川を下り菜の花咲き乱る
花びらであかるくなりし沢の水
本殿に供え小さな竹の子よ
土の上玉ねぎすこし顔を出す

大里久代
どこからか桜のほてり風に乗る
春夕べ推しの力士の白星よ
春場所のバシッとひびく朝稽古
春の朝具だくさんのちゃんこ鍋


〈俳句物語〉 岡田耕治
饒舌の海峡に転(こ)け潮招 森谷一成
 私は潮招(シオマネキ)のメスです。私たちの暮らしをご存じでない方もいらっしゃるでしょうから、少しお話します。私たちはカニの一種で、オスの片方のハサミがとても大きく成長します。それが潮を招いているかのように見えるので、シオマネキと呼ばれています。
 河口近くの、引き潮で泥が露出する干潟が、私たちにとって一番居心地のいい場所です。泥に深い縦穴を掘って暮らしており、この穴は外敵から身を守るだけでなく、満潮時に水没する間、静かに過ごすための私だけの個室でもあります。
 オスは巨大なハサミを上下に振り、私たちメスに向かって猛烈にアピールしてきます。私はオスたちのダンスを比べ、ハサミの大きさと、その振りの速さから彼を選びました。彼の巣穴へと入り、お腹とお腹を合わせたのです。その後、彼は気前が良く、自分の巣穴を私に譲ってくれたので、卵を抱いて大切に育てることにしました。
 彼は外に出て、新しい穴を掘るのかなと見ていたら、なんと彼はまたあの大きなハサミを振り始めたではありませんか。私たちは、基本的に夫婦で一緒に暮らすことはありません。それでも、せめてこの卵たちを海に放つまで、この巣穴を外敵からガードするものとばかり思っていました。
 私の個室から見える海峡は、いつも激しい潮の流れが押し寄せていますが、このところ、波がぶつかり合い、渦を巻き、轟々と音を立てています。どうも潮の流れだけではない、不穏な音が混じっているようです。この「饒舌な海峡」の騒めきは、命の危険を知らせているのかもしれません。それなのに、彼はその警告に耳を傾けることなく、ひたすら自己顕示のためにハサミを振り続けています。
 そう考えているうち、巣穴も掘らず、私や卵を守ることもせず、激しくハサミを振りまくっていた彼は、ついに勢いよく寄せてきた潮に押され、あっけなく転(こ)けてしまいました。あれほど自信たっぷりだった大きなハサミは、彼を守ってはくれませんでした。大きくて速いハサミこそが良い、この干潟の価値観は、いま、見直す時が来ているのかもしれません。

*一片が後を追いたる薔薇の門 岡田耕治

2026年4月26日日曜日

すかんぽや学年皆んな一クラス 加地弘子

〈俳句物語〉 岡田耕治

すかんぽや学年皆んな一クラス 加地弘子

 地域の高齢者を招くイベントを前に、班長は頭を悩ませていた。当初、自分たちが育てた野菜を販売する計画だったが、実家のばあばから「野菜を家まで持って帰るパワーがない」という声を聞いたからだ。班長は、野菜の販売を取りやめ、高齢者が喜ぶ「桜湯」を提供する喫茶コーナーへの変更を意を決して提案した。全学年が一クラスという小規模校では、進行中の取り組みに異を唱えるには勇気がいる。しかし、この対案はあっさり受け入れられた。

 担任によると、クラス替えがなく、入学から卒業までずっと同じ顔ぶれなので、できるだけ地域の人や学校外の人との交流が大事だという。班長は、まだその意味を実感できないが、この学校を卒業したときに、こんなイベントが思い出になるだろうと感じている。

 桜湯を提案した恵子によると、咲きかけた八重桜を摘み取って塩漬けにしておき、当日はそれに湯を注げばいいという。校舎の運動場沿いに植わっている八重桜を取ってもいいという校長の許可が出たので、人数分を摘み取り、準備をしていった。

 イベント当日、桜湯をきっかけに、班のテーブルでは、同級生の優希のおばあさんと親しく話すことができた。山菜採りの思い出話で盛り上がる中、おばあさんが学校への道にすかんぽがあったと教えてくれた。おばあさんに案内してもらい、教わった通りにすかんぽの茎をポキンと折り、表面の皮をスルスルと剥くと、緑色の芯が現れた。それを口に含んで噛むと、じゅわっと酸っぱい汁が広がった。「レモンよりもワイルドや」という声が上がった。

 この酸っぱさに後押しされたのか、日頃あまり発言しない秀才の博が、「食糧難の時代が来るから、今のうちに山菜の採り方と食べ方を調べて行こう」と言い出した。

 班長は、いよいよわらび採り名人だった実家のばあばの出番が来ると思った。