2026年3月1日日曜日

香天集3月1日 辻井こうめ、渡邉美保、玉記玉、森谷一成ほか

香天集3月1日 岡田耕治 選

辻井こうめ
甘味の厚焼き卵春きざす
ややあつて走る鉛筆受験生
つるり食ふ兜煮の目や山笑ふ
春光の届く極みへ深海魚

渡邉美保
薄氷や踵落としを二十回
流木の乾ききつたる春の雷
生殖の消えゆく島よ石鹸玉
鳥帰る人は地べたに地図拡げ

玉記玉
鶯餅はたき抜け道思いだす
受験子の腸に棲む深海魚
末黒野を踏み言の葉を生殖す
肉筆に飢えお玉杓子を飼うよ

森谷一成
煖房のナイフで頒けし地球かな
埋み火に小屋の鉄瓶ちんと啼く
バレンタイン売場の母の欠伸一つ
水温むおどけ話をして居れば

上田真美
止まらない咳の背中を送りけり
最期待つ父と布団を並べおり
この春を見ずに逝く口ひとしずく
青鬼になってくれたる父の逝く

平木桂
万歳の声が響けりクロッカス
肩落としウエルテルなる雪だるま
琵琶湖へと身投げしていく春スキー
城崎の光を集め猫柳

砂山恵子
オムレツに二黄たまごや春立つ日
けんけんぱ薄氷一つ丸に入れ
蝶を追ふはじめて眼鏡つけたる子
保育所の隣に寺やヒヤシンス

釜田きよ子
落椿多くのことを許されし
字を忘れ人を忘れて春炬燵
来る人に去る人駅の春憂い
落椿五体投地と思いけり

河野宗子
雪だるま赤い実二つ落ちてあり
石灯籠笠をかぶりて雪を見る
パトカーが止まっていたり冬日和
冬うららおひとり様のワンオーダー

田中仁美
這いながら階段上がる春隣
着物着てポージングする松雪草
木瓜の花身を守りたる棘かくし
蝋梅や車の中に香を残し

松田和子
春の川開け放つ堰流れゆく
恋猫と視線を合わす窓辺かな
小鳥群れ干潟表る茅渟海
桃畑摘花する目のやさしさよ

吉丸房江
暑さ寒さどっこい生きて梅の花
記念樹の梅満開の日向かな
子も孫も曾孫も揃い梅薫る
春を待つ靴ランドセルそして吾

〈選後随想〉 耕治
甘味の厚焼き卵春きざす 辻井こうめ
 パートナーと暮らし始めて三年になる。家事は私が料理、パートナーが洗濯と掃除を分担している。最近の私の料理には、母ゆずりの厚焼き卵を「おいしい」と言わせるという一つの目標がある。毎日の弁当に欠かさず入れているが、パートナーは鶏の唐揚げや鮭の塩焼きは褒めても、厚焼き卵については一度も「おいしい」と言ったことがない。
 パートナーは関西、私は関東出身で、関西の方が何かと薄味の傾向がある。母が使っていた濃口醤油ではなく、薄口醤油に変え、砂糖も控えめにして、弁当の主役として真ん中に詰めているのに、なぜ満足してもらえないのだろう。
 先日、パートナーが行き付けの居酒屋で出し巻き玉子を注文した。ふわとろで美味しかったが、私にはどこか物足りない。やはり、玉子焼きは母の味が一番だと内心で思いながら、パートナーがトイレに立った隙に、店長に秘訣を尋ねてみた。「うちは醤油じゃなく、白だしを使ってます。あと、塩を一つまみ」とのこと。もちろん、砂糖は使わないそうだが、私にとって玉子焼きにはやはり砂糖が欠かせない。
 卵三つを割り、白身を切るように混ぜ、砂糖を小さじ二杯、母直伝の牛乳を少し加える。そして、醤油ではなく白だしを使ってみる。これまで、大さじ二杯だった砂糖に釣り合うようにと塩も少々入れていたが、今回は一つまみだけにする。焼き色が付かないよう、そして型崩れしないように丁寧に焼き上げた。
 今日の弁当は、それぞれの職場用ではなく、二人で市立美術館の作品展を見に行くために作ったものだ。美術館に入る前、芝生の広場でとっておきの弁当を開いたとき、くすっと笑う声が聞こえたような気がした。母の声だった。

*いぬふぐり空より視座の戻りけり 岡田耕治

2026年2月23日月曜日

香天82号本文

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 目 次

賛助同人作品         2 久保純夫

代表作品           4 岡田耕治

第4回鈴木六林男賞受賞作品  6 うっかり、三好つや子

六林男賞選考経過と選評    8 岡田耕治

同人集           10 50音順送り 本号は「あ」から

浅海紀代子、石井 冴ほか

同人集五句抄        28 浅海紀代子、柏原 玄ほか

祝 酒俳句大賞受賞     30 岡田耕治

香天を読む         32 鈴木茂雄

同人作品評         36 玉記 玉、湯屋ゆうや

香天集十句選        40 森谷一成、石井 冴

年間自選五句        44 50音順

エッセイ          54 夏 礼子

作品鑑賞          55 佐藤静香

香天集  岡田耕治 選     58 佐藤諒子、森谷一成

三好つや子、玉記 玉ほか

 選後随想         89 岡田耕治

句会案内          98


2026年2月22日日曜日

香天集2月22日 春田真理子、夏礼子、谷川すみれ、柏原玄、宮崎義雄ほか

香天集2月22日 岡田耕治 選

春田真理子
庭掃きし冬の匂いを纏い来る
外套の中に二匹を抱擁す
つま立ちてりんを響かす冬銀河
口じゅうに薬ひろがる小正月

夏 礼子
煮凝やゆっくり老いることになり
深淵に臨んでいたリ山眠る
手袋の右手ぽぽんと頭にやさし
寒晴や記憶ぞくぞく抜けいたる

谷川すみれ
桜草まだ見ぬ日々の向う側
人日の言葉は声を失いぬ
身の遠くなれば耀う豆の花
紋白蝶水も光もなき家の

柏原 玄
薄氷を踏みたくなりぬ靴の右
下萌のカなりけり反抗期
スプリングコートの孤独西出口
忘却をたのしんでいるシクラメン

宮崎義雄
干からびしごんずい海へ泳ぎ出す
柚子風呂の孫が見つめる乳房かな
猫と孫乗り来る膝よ冬ぬくし
祖父を真似頬膨らます初笑い

湯屋ゆうや
湖西線の春駅名を言う遊び
手羽先の骨のほぐれる春夕焼
室咲きと柱震わせコントラバス
ほの暗くキッシュ商う店や春

目美規子
春匂うランチタイムのジャズライブ
コーヒーを飲むベランダののどかさよ
魚の目の足にやさしく春シューズ
アルバイト終ると告げる卒業子

古澤かおる
コスチュームの裏は真っ赤にスケーター
子供等をでんぐり返し春立てり
目借時八十路の耳にピアス孔
ぬるま湯で洗うセーター獣臭

前藤宏子
公園に眠る機関車花すみれ
春一番亡き嫁に似て孫おしゃれ
余生とは家を出ること春の雨
銀の匙鳴らしてみたり春の雪

安部いろん
かくれんぼルール知らぬ子聞けない子
指切りの小指に残り春の霜
消えるまで見ていたあの日春の雲
耳だけに留まる喃語春疾風

俎 石山
実南天彼岸此岸を溶かしけり
寒鰤の濁世にありし片目かな
冬日向猫が転がり仔が転び
海中の裏を見てきた鮃の目

神谷曜子
雪雲や道路工夫の早じまい
長すぎる母の一日仏の座
予定なき日は蝋梅で埋めようか
ロウバイの花の数ほど平和来い

森本知美
マスクして眠れる息の柔らかく
関節をポキと鳴らせり寒の朝
梅を見るウォークポールの熊野晴
梅真白検査数値をほめられて

金重こねみ
気配りを頼りにしたり梅の里
瞬間に寒さ和らぐ支給あり
佐保姫も同行をするオリンピック
木の蔭に咲く白梅の尚白し

安田康子
春隣ふやけて治る絆創膏
良き事もありし人生桜餅
日輪のくねくね踊る四温かな
水温む父似と言われ半世紀

楽沙千子
吹く風にまかせていたる枯野かな
無造作に黒帯を締め寒稽古
日溜りの土手の冬草かけ上がる
初写真親の背を越すVサイン

木南明子
初鴉一音高く唄いけリ
冬の霧海岸通り濃くなりぬ
ジョギングす春の光を受ける肩
雪景色金剛生駒連山の

松並美根子
水仙の径いっぱいにひろがりぬ
冬日射すこだわりのなき砂と土
人さえも冬眠をする都会の灯
戸惑いのある鶯の初音かな

〈選後随想〉 耕治
干からびしごんずい海へ泳ぎ出す 宮崎義雄
 友人からラインで、岬町の小島漁港でメバルを三匹釣ったという写真が送られてきた。静かな春の海に浮子を浮かべ、缶ビールを飲みながらゆっくり過ごす友人の姿が浮かび、居ても立ってもいられなくなった。翌日、小島へ出かけた。午前中の用事を済ませたため、釣り糸を垂らしたのは午後の三時頃だった。
 最初にかかったのは、十五センチほどのごんずいだった。以前、別の場所で、ごんずいの胸びれの棘に刺され、激痛に襲われたことがある。その時は、棘を抜いたものの痛みが治まらず、友人に水筒の湯で消毒してもらい、ようやくひと息ついた記憶がある。それ以来、魚を掴むためのフィッシュグリップを携帯しており、それを使ってごんずいを掴み、口から釣り針を外して捨てた。
 昨日とは潮の流れが違ったのか、午後五時を過ぎてもメバルはおろか、何も釣れなかった。帰りの道の駅でメバルはなくてもガシラぐらいは土産にできるだろうと思いながら、片付けを始めた。そのまま車に向かおうとしたが、ふと気になって波止に目をやると、ごんずいが下段で乾き切っていた。死んでも毒は残るというので、靴先で海に蹴り出すと、ごんずいは背中をくねくねさせて泳ぎ出したではないか。
 もっと早くに海へ帰しておけば復活したかもしれないが、あの泳ぎでは存えるのは難しいだろう。メバルのことばかりを考えていた自分に気付かせてくれる、そんな頼りない泳ぎだった。せめて、家族のところへは辿り着いてもらいたい。
*顔に受け紙風船の小宇宙 岡田耕治

2026年2月15日日曜日

香天集2月15日 三好広一郎、柴田亨、木村博昭、宮下揺子ほか

香天集 岡田耕治 選

三好広一郎
凍豆腐戻して星の話など
目標と時計ない部屋冬苺
初蝶の単独ライブ石舞台
筋肉の硬いところや春を待つ

柴田 亨
オルゴール蓋をしたまま春を待つ
薄氷や水底に棲むもののあり
寒雀行く恐竜の裔ならん
寒中に咲く一輪の白さかな

木村博昭
雌狐は罠の抜け道知っており
日陰から日向見ている寒さかな
凍滝と同じ時空に居る不思議
早春のフルーツサンドイッチかな

宮下揺子
夜咄や落しどころを探りたる
字余りの世界に住みし蕗の薹
夕闇の枯葦原に置いてかれ
福寿草さあこれからだ八十歳

嶋田 静
水仙の考えごとをうつむきぬ
四方より蝋梅の風参拝す
目印の寺の紅梅屋根を越す
試着する鏡に向かい春帽子

佐藤浩章
青海苔やいにしへの香をもたらせる
湯船よりガラスウォールの山笑ふ
相輪を廻る黄金のつばくらめ
遮断機をふわつとかわす黄蝶かな

松田和子(2月)
横向いて気取っていたり雪中花
春立つやゆったりとした海と空
梅一輪なつかし人に会えたこと
ポケットの手のひらはグー冴え返る

松田和子(1月)
初詣騒騒と鳴る鎮守の樹
出初式青空高くピーヒョロロ
波の上身じろぎもせず鷗三羽
戎あめ一つ頬張り海ながむ

谷村敏子
中辺路の宿の灯ひとつ山眠る
紅色のかすかに残りシクラメン
福は内思いもよらず大声に
父と子の内緒の話梅ふふむ

〈選後随想〉 耕治
目標と時計ない部屋冬苺 三好広一郎
 七〇の坂を越え、友人がガレージでの独り暮らしを選んだのは、盛夏のことだった。Googleマップの案内で辿り着いたそこには、コンクリートの土間に自作の床が敷かれ、友人が「快適なワンルーム」と呼ぶ空間ができていた。炊事はカセットコンロ、入浴は自転車で銭湯へ、そしてトイレは近くの公園だという。都市生活の煩雑さを削ぎ落とした、その簡素な営みが印象的だった。
 二度目に訪ねた秋、私は手土産に電池式の壁掛け時計を持参した。時計のないワンルームを見て、喜んでもらえると思ったからだ。しかし友人は、心苦しそうな表情を見せながらも、「せっかく時計のない暮らしを手に入れたのに、掛けるわけにはいかない」ときっぱりと言い切った。その時、彼がなぜこの暮らしを始めたのか、その理由の一端を理解した気がした。彼にとって、時計とは「目標」と同じく、外から与えられる規範そのものだったのだろう。
 三度目の冬の訪問。私は昨日山歩きで見つけた冬苺を手土産にした。野生の爽やかな甘酸っぱさが、彼のシンプルな喜びにつながるのではないかと思ったのだ。冬苺を摘まみながら、私は水原秋櫻子の「余生なほなすことあらむ冬苺」という句を持ち出し、この簡素な生活を機に俳句を始めてはどうかと誘った。「目標と時計」のない部屋で食する小さな冬苺のように、彼の中から生まれる句が、近々「香天集」に登場することになるかも知れない。
*合格の文字のたしかさ梅に立つ 岡田耕治

2026年2月8日日曜日

香天集2月8日 三好つや子、佐藤諒子、佐藤静香、牧内登志雄ほか

香天集2月8日 岡田耕治 選

三好つや子
寒椿ずきんずきんと日が暮れる
尾のかけら探しておりぬ古毛布
梅ほつほつ鬼ごっこの声の先
身の内のぬらりひょんへと豆を打つ

佐藤諒子
冬耕の鋤の先ゆく雀かな
横顔の君は鋭角寒昴
寒晴や会釈する子の無口なる
麦の芽やカタカタと鳴るランドセル

佐藤静香
確実なものの無き世や初山河
枯野ゆく馬上に阿蘇の寝釈迦かな
北吹くや縁切寺の絵馬のこゑ
抜け道を進めば鬼の焚火かな

牧内登志雄
たゆたうて遠く呼び合ふ鳰
指を折り十七音の垂氷詠む
蜂飼の友が蜜追ふ旅の空
草を踏む足裏に残り春の音

岡田ヨシ子
ケアハウス旧正月のお善哉
年の数数えて残り福の豆
豆撒きや長き廊下に香り立ち
高校の校舎の白や春きざす

垣内孝雄
梅ふふむ折鶴三つ本棚へ
夕づつのひかり和らぐ春隣
六花ワイングラスにクールジャズ
梅が香や恩師句碑より芭蕉句碑

川村定子
元日の紅ひろげつつ日の昇る
瀬戸内を荒らすものなき大旦
向き向きに水仙崖を頑なに
正月の片付く上に物置けず

谷村敏子
わが歩幅信じて歩む年始
血縁の皆集いくる二日かな
菜の花と昼一番のバスを待つ
ねんねこの吾子がほほえむ鏡かな

西前照子
池に満つ光に映り冬紅葉
苔結ぶ地蔵の肩よ柿落葉
柚子の皮と甘酢に漬ける大根かな
九州場所初優勝の大銀杏

〈選後随想〉 耕治
寒椿ずきんずきんと日が暮れる 三好つや子
 日の入りには「とっぷり」などの表現が一般的だが、この句は「ずきんずきん」という、痛みや心臓の鼓動を連想させるオノマトペを用いている。凍てつく寒さが、単なる冷たさではなく皮膚を刺す痛みとして体感されたのだろう。あるいは、雪の中で鮮烈に咲く寒椿が、まるで生き物の血や鼓動のように感じられたのかもしれない。日が暮れるその時、つや子さんの「ずきんずきん」という体感は、まるで体内の血を揺り動かすようだ。この激しいオノマトペには、暮れ行く風景の中での深い孤独が凝縮されているのかもしれない。そう思わせる寒椿の存在感である。

寒晴や会釈する子の無口なる 佐藤諒子
 肌を刺すような寒晴の冷たさと、それによる視界の明瞭さの中、一人の少年が現れた。少年は挨拶や手を振る代わりに会釈をした。それは無邪気な子供の接触ではなく、少し背伸びをしたような、恥じらいを帯びた控えめな動作である。すれ違う一瞬の出来事であることが、寒晴の光の鋭さを一層鮮やかにしている。「無口なる」という余韻は、その子の芯の強さと、冬の朝の静寂を強調する。諒子さんはこの子を「暗い」と捉えるのではなく、寒晴の中に美しく存在する希望として、慈しみの眼差しで見つめている。
*抜け道の背中を撫でてくる椿 岡田耕治

2026年2月1日日曜日

香天集2月1日 渡邉美保、森谷一成、浅海紀代子、辻井こうめ他

香天集2月1日 岡田耕治 選

渡邉美保
犬酸漿の実の黒黒とお元日
冬林檎煮詰めるほどに湧く邪心
凩や火焔土器よりこゑの出て
確かめる手だてのなくて海鼠食ふ

森谷一成
孝行の凭れていたり初湯殿
入墨も鉄漿(かね)もありけり初鏡
頬桁の火照り群がる宵戎
枯かずら垂るる下枝(しづえ)に女の眼

浅海紀代子
新聞に師の俳句読む冬ぬくし
冬の雷黙を怒りとして歩む
再会に老いを確かむ枇杷の花
眉墨に齢を深め水仙花

辻井こうめ
キッチンで姪と交はせり年の酒
正月の凧糸渡る手から手へ
この先に抜け道あると寒波来る
雪だるまただ泣き声を聴いてゐる

砂山恵子
遺伝子は無限に憑依月冴ゆる
冬晴や馬跳びの子の長き腕
鷹の目は小惑星の隙間見ゆ 
よろしくと一筆書きて河豚を食む 

釜田きよ子
冬木の芽言葉熟するまで待ちぬ
実南天この世の赤は美しき
三人目の兄弟となり雪だるま
午後からは少しニヒルな雪達磨

北橋世喜子
石臼のかすかに音す走りそば
夕の膳柿の俳画を添えてあり
大輪の菊の小さくなりにけり
手のひらの柿の落葉の色無限

中島孝子
青首の大根まっすぐ伸びる袋
蜜柑剪る父が残した一つの木
メール来る故郷初の雪景色
荒星の降りくる道をペダル漕ぐ

半田澄夫
熱燗や注ぐ口上の上手い人
今日のおでん屋台の味のしていたる
木枯や過去の彩り無色とす
開戦日危機論争を聞く炬燵

橋本喜美子
黒雲に睨みつけられ冬の暮
花柊頷き合へる人のあり
銀杏の十粒ほどなる土産物
一夜にて薄化粧する吊し柿

川合道子
紅葉や日陰と日向混ざり合い
覚悟決め帰宅しており冬の空
丁寧に剥きし蜜柑の皮匂う
冬晴や雲翳あまた山肌に

上原晃子
ゴツゴツの菊芋を炒る夕餉かな
浮見堂逆さに灯り秋の暮
青を突きメタセコイヤの枯れ光る
銀杏黄葉フェイスペイントする子の笑顔

林おうはく
山里を一筆掃くや冬の朝
来し方に言い訳探す後の月
ポケットの小銭の始末赤い羽根
神無月初めの風が吹きすぎる

石田敦子
石蕗の花瀬音の流れ離れずに
石蕗の花介護認定そのままに
小春空ラリーの続く打球音
大根の長き一本思案せり

市太勝人
銀杏落葉きれいに感じ移動中
仕事中暖房のなか半袖で
あっちこち学級閉鎖咳ひとつ
宅配の歳暮が走るしんどいと

東 淑子
南天や春の彩り鍛えたる
蜜柑山一杯に咲く眺めかな
さつま芋ふかしておればきんとんに
艶やかな蕾から咲く山茶花よ

吉丸房江
すくすくと老いて迎ふる冬の坂
何処よりもこの場所が好き実南天
艶めける諸肌ぬいだ大根かな
柊は年を齢を重ね丸い葉に

〈選後随想〉 耕治
犬酸漿の実の黒黒とお元日 渡邉美保
 元日のことを「お元日」と書いているので、めでたさを感じる。めでたい時は、紅白とか金銀を取り合わせるが、ここは「黒々と」だ。しかも「犬酸漿(いぬほおずき)だから、道端であんまり見向きもされず、その実には毒があると言われているもの。美保さんの、「黒々と」という色、道端で顧みられない「犬酸漿」、そして毒を持つ実の取り合わせは、華やかな「お元日」の裏側にある、世の不穏な空気や、決して晴れやかさばかりではない現実を象徴しているように感じられる。

孝行の凭れていたり初湯殿    森谷一成
 「孝行のもたれていたり」という表現から、親を連れて温泉や銭湯に出掛け、正月の湯殿に一緒に凭れているという情景が浮かぶ。しかし、「孝行」を行為ではなく、その人と取った場合、孝行している人が初湯殿にもたれている姿が浮かぶ。親孝行をした人、人のために尽くした人が、初遊殿でしばらくの間、自分自身の時間を持っているという捉え方ができる。森谷さんが選んだ、この「孝行」というキーワードはとても幅広く、面白い。

冬の雷黙を怒りとして歩む 浅海紀代子
 何かを言いたい、あるいは抗いたいけれど、声に出すことができない。その抑圧された「黙(もだ)」が、自分の中で静かな「怒り」へと変質していく。ただ、この句は立ち止まっていない。激しい冬の雷が鳴り響く中、自分の中の怒りを見つめながら、一歩一歩踏みしめて歩いていく。そこには、困難な現実や自分自身の葛藤から逃げずに生きていくという、紀代子さんの強い意志が感じられる。周囲に対して、あるいは運命に対して声を上げられないもどかしさ。それを怒りというエネルギーに変換し、冬の厳しい雷鳴を背に受けながら進んでいく。孤独だけれど、決して折れない姿が、寒空の情景の中に浮かび上がってくる。
*冬かもめ身をほどきたる岩のあり 岡田耕治

2026年1月25日日曜日

香天集1月25日 中嶋飛鳥、嶋田静、夏礼子、古澤かおる他

香天集1月25日 岡田耕治 選

中嶋飛鳥
叩かれて泛く血管の年の暮
御降の白を被きて隔ており
幾つものほやよ冬木の曼荼羅に
一月の小石を蹴って言葉待つ

嶋田静(12月)
幼子へ落葉に埋もれ帰りたし
柿たわわ寂しき村の灯となりぬ
冬日受く予土線の揺れやさしかり
極月や器具装着のサイボーグ

夏礼子
放課後の子が山茶花に走り来る
初夢の季語と迷子になっており
おばちゃんになったもんだよ大嚔
人日の右手なにかに噛まれけり

古澤かおる
初日受く背骨の上に頭かな
シェパードの黒黒と行く恵方道
消しやすい四B鉛筆初日記
始まりは二日の夜のカレー饅

加地弘子
茨の実二人同時に摑まりぬ
朝刊をひらりひらりと雪ばんば
吹かれ来て歩く他なき冬の蜂
忘年会一人で来るは最後だね

柏原玄
来し方をうべなっている初日かな
去年今年老いに手向かう正中線
身の丈を二センチ伸ばし初鏡
一病をねぎらっており薺粥

嶋田静(1月)
初泳ぎ水任流の旗を上げ
母のあの味に近づく鰤大根
手にひとつ皸しみる生きている
初稽古パウスカートはピンク色

前藤宏子
蝋梅や雨にその色溶けぬかと
野に立ちて同じ位置から見る冬田
真っ白なご飯ぷっくり寒卵
乾杯に間に合う友や寒造

宮崎義雄
初戎人影絶えし午前四時
道の駅枯草匂うドッグラン
年ごとに願いを減らし初詣
来し方のまどろみの覚め初明り

俎石山
血痕や雪合戦の終わりたる
横顔を盗み見ている雪達磨
三ヶ日電源を切り退職す
味噌汁に切り餅入れて雑煮とす

佐藤浩章
去年今年古参アンプに力あり
狛犬の絞り出したる淑気かな
一月の下駄の柾目の真直ぐなり
福寿草こんぴらさんのお守りの

安田康子
冬眠を忘れた熊に末路あり
色あせた障子明るし実南天
時差のあるビデオの通話年はじめ
缶切りで開けるぜんざい女正月

河野宗子
冬銀河旅行葉書の遅れ着く
寒の鯛飛び散る鱗光りけり
友と食う寒餅にしてよもぎの香
肌燃えるグリルの中の寒鰯

森本知美
くしゃみして再度聴きいる師の話
小春日や廃校撤去する空地
風花や温泉の香に辿りつく
杖つきし八人にして初登り

金重こねみ
正座しておせち味わう日本かな
はや五日夕餉のピザは子の奢り
婆八人率い漢の去年今年
重箱をはみ出している飾海老

松並美根子
野水仙袴の裾の揃いけり
初夢やいつのことかと思いやる
梅一輪風は気のまま吹きぬける
初景色新しきもの見あたらず

田中仁美
着物着てオペラ観るなり冬の星
手のひらで包んでおりぬホットワイン
腕を組み吹雪見ておりブダペスト
低くなるプラハを照らす冬日影

木南明子
よろこびの一つをさがす寒波かな
山茶花の明日散るも今日咲けり
黒豆の出来ばえは良し大晦日
どこまでも空青青と水仙花

目美規子
レッグウォーマー友の毛糸の手編みなり
投函の寒中見舞音かすか
猫遊ぶシャッター通り空っ風
元旦の会話に上り墓仕舞

〈選後随想〉 耕治
叩かれて泛ぶ血管年の暮 中島飛鳥
 一月の大阪句会で話題になった句。様々な鑑賞があり、森谷一成さんが歳も押し詰まるが、寿命も押し詰まるという鑑賞をしたり、木村博昭さんが静脈を探す人の心境を同時に感じられると鑑賞した。多くの共感を呼んだのは、「叩かれて浮かぶ血管」と、自分の思いを抑えて、具体的なことしか書いてないこの書き方だからだろう。非常に冷静に採血される瞬間を捉えている、この飛鳥さんの眼差しの静かさ、それが多くの共感を呼んだ。

極月や器具装着のサイボーグ 嶋田静
 極月は一年の終わり、寒さが極まる時期。静は「サイボーグ」という無機質でひんやりとした質感を取り合わせた。「装着」という言葉選びがいい。冬の厳しい寒さの中で、自身の肉体を維持するために機械の力を借りて生きようとする人間の強さと、同時に厳しさが浮き彫りになる。現代において、ペースメーカー、義肢、あるいは人工透析といった器具を身に纏うことは決して珍しいことではない。この句は、単なるSF的な空想ではなく、生かされていることの違和感や冬の寒さに耐える肉体を詠んだ、きわめて迫力のある一句だ。
*黒漆千枚漬を開きけり 岡田耕治