2026年10月18日日曜日

自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美

自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美

 団体職員として働く私は、子育て中の勤務時間短縮制度を利用し、午後4時に仕事を終えて4時半までに自転車で保育所へ子どもを迎えに行っていました。子どもが3歳を迎えたのを機に、フルタイム勤務に復帰。5時15分に職場を出て、20分ほどかかる道のりを急いで自転車を走らせる、賑やかで慌ただしい毎日へと切り替わりました。

 また、それまでは前のチャイルドシートに乗せて顔を見ながらペダルをこいでいましたが、成長とともに後ろの荷台へ。前には、購入時に付いていた前かごを付け直しました。

 ある秋の夕暮れ、いつものように子どもを後ろに乗せて自宅へと向かっていると、「あ、お花!」と元気な声。見れば、道端にコスモスが可憐に揺れています。子どもを後ろの荷台に乗せるようになって、一番良かったことは、こんな風に同じ景色を見ることができる点です。

 両足をしっかり地面につけ、スタンドを立ててロックしてから子どもを降ろし、一緒にコスモスを摘みました。白とピンクと黄色、前かごとカバンのすき間にそっと挿し、再び走り出すと、子どもはかごで揺れるピンクの花を嬉しそうに眺めながら、今日保育所で過ごした出来事を話してくれました。夕日の中、背中に伝わるぬくもり、かごで揺れるコスモス、忙しい日々のふとした瞬間に訪れるこんなひとときが、頬をじんわり撫でてくれます。

 明日からは、家族3人で淡路島へ一泊旅行に出かけます。コロナ禍の真っ只中に市役所へ婚姻届を提出し、間もなく子どもを授かったため、これまで駆け抜けるような毎日を送ってきました。明日からの旅は、私たち夫婦にとって遅れてやってきた大切な「新婚旅行」でもあるのです。

自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美



香天集10月18日 湯屋ゆうや、上田真美、三好広一郎、柴田亨ほか

香天集10月18日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
神無月濡れ手で触れてならぬもの
彼岸花手を繋がずに母とゐて
秋灯飽ひて本置くとき自由
空と思ふあんなところに秋灯

上田真美
自転車の籠にコスモス荷台に子
ガブリシュワ檸檬の怒り爆発す
生きたいと逝きたい重ね蔦紅葉
鬼薊入墨ピアス痛痛し

三好広一郎
十薬を抜くたび指の腐る感
名月や一切裏のない人と
ペンは指血の通いたる秋灯
道着のまゝ帰る少女や秋の暮

柴田亨
月光の我をくるんでしまいけり
白露に光をもらい見透せり
無住なり乱れる萩の生き生きと
赤とんぼ風から生まれ風を去る

木村博昭
強引なやんまの交尾頭上ゆく
戦艦の沈みし闇の葉月潮
床下に潜む瓶詰秋湿り
諦観に近づいているいぼむしり

平木桂
天高し好きにさせてと謂ひし人
目立つこと避けております藤袴
切なさを丸めて捨てん式部の実
秋の暮同窓会に来ない人

中嶋飛鳥
曼珠沙華見知らぬ人に追いついて
穴惑い昨日も今日も雨雨雨
秋天つかむ隠国の天狗杉
横顔に秋思のかけら歩きだす

春田真理子
嫁入りの日取りが決まり綿の花
長月のレールをつなぐ畳かな
無常とは山芍薬の実が一つ
曼珠沙華うつらうつらと餡を炊く

山内宏子
亡き鳥の声の聞こえて秋がゆく
敬老日ぶっきらぼうな子の便り
秋風が取りを飾りぬハワイアン
夕影の足もとにのび秋明菊

西前照子
夕暮の肌に触れくる秋の風
行楽や予期せぬ野分近づきぬ
栗をむく渋皮煮には出来ないと
だんじりや笛に始まるやりまわし

大里久代
大根の畝高くして蒔きにけり
秋彼岸観音さまに導かれ
雑草の真ん中を占め彼岸花
列島を激しく襲い秋の雨

北岡昌子
赤とんぼ校舎の中に迷い込み
いただきし荻一本は挿し芽する
店先で決める今夜は栗ごはん
あれこれを真っ赤に染めて彼岸花

谷村敏子
はるばると出雲路に来し曼珠沙華
細身でも食べ方のあり秋刀魚買う
砂山を登りきったる秋の空
朝採りし無花果さげて友来る

秋吉正子
庭の木に空蝉三つ並びけり
秋の暮コントラバスは黙々と
長老の来ない句会や秋めきぬ
秋彼岸百円バスを乗り継ぎぬ

〈俳句物語〉 岡田耕治
自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美
 団体職員として働く私は、子育て中の勤務時間短縮制度を利用し、午後4時に仕事を終えて4時半までに自転車で保育所へ子どもを迎えに行っていました。子どもが3歳を迎えたのを機に、フルタイム勤務に復帰。5時15分に職場を出て、20分ほどかかる道のりを急いで自転車を走らせる、賑やかで慌ただしい毎日へと切り替わりました。また、それまでは前のチャイルドシートに乗せて顔を見ながらペダルをこいでいましたが、成長とともに後ろの荷台へ。前には、購入時に付いていた前かごを付け直しました。
 ある秋の夕暮れ、いつものように子どもを後ろに乗せて自宅へと向かっていると、「あ、お花!」と元気な声。見れば、道端にコスモスが可憐に揺れています。子どもを後ろの荷台に乗せるようになって、一番良かったことは、こんな風に同じ景色を見ることができる点です。
 両足をしっかり地面につけ、スタンドを立ててロックしてから子どもを降ろし、一緒にコスモスを摘みました。白とピンクと黄色、前かごとカバンのすき間にそっと挿し、再び走り出すと、子どもはかごで揺れるピンクの花を嬉しそうに眺めながら、今日保育所で過ごした出来事を話してくれました。夕日の中、背中に伝わるぬくもり、かごで揺れるコスモス、忙しい日々のふとした瞬間に訪れるこんなひとときが、頬をじんわり撫でてくれます。
 明日からは、家族3人で淡路島へ一泊旅行に出かけます。コロナ禍の真っ只中に市役所へ婚姻届を提出し、間もなく子どもを授かったため、これまで駆け抜けるような毎日を送ってきました。明日からの旅は、私たち夫婦にとって遅れてやってきた大切な「新婚旅行」でもあるのです。
*向こうから近づいてくる烏瓜 岡田耕治

2026年10月11日日曜日

香天集10月11日 三好つや子、浅海紀代子、佐藤静香ほか

香天集10月11日 岡田耕治 選

三好つや子
赤蜻蛉目線をずらすタイミング
縁側に秋思の尻尾また動く
秋桜風の横顔スケッチす
歌女鳴くや昨日と違う骨密度

浅海紀代子
身の傷を増やして秋の来たりけり
ロッキングチェアに秋思を預けおり
虫の夜地図を旅しておりにけり
我が影の我より老いて秋の風

佐藤静香
掛物は月の禅語や風炉名残
何も無きに躓く天狗枯尾花
月曜の朝の血圧小鳥来る
尾てい骨に天狗の力葛根掘る

佐藤諒子
山門へ誘われている萩の波
杖二本我が田見守る生御魂
涙道が詰まりしという後の月
いつまでも思案する鷺秋の水

佐藤浩章
赤い羽根映ゆるや後期高齢者
百薬も百毒もなき新酒かな
うそ寒やうどんに一味たんまりと
曼珠沙華ニーチェのごとく狂ほしき

宮崎義雄
五十年友と飲み継ぎ温め酒
お開きは二合徳利を熱燗に
人の無き遮断機を選り秋夕焼
紅葉且つ散れり土産は養肝漬

松田和子
長雨のこっそり家にいる飛蝗
りんくうの雲のオブジェや秋の夕
星月夜家族の声を大きくす
無花果の河内に実り太子像

垣内孝雄
嵯峨菊の鉢を並ぶる好々爺
片言の妻との会話焼き秋刀魚
草の花旅の名残の道祖神
柿吊す納屋の軒下猫と妻

岡田ヨシ子
暑きことエレベーターの六人に
ハンガーの数だけ洗う夏の服
折紙を学んでいたり月兎
玄関の色紙差し替え秋彼岸

〈選後随想〉 岡田耕治
秋桜風の横顔スケッチす 三好つや子
 風に揺れる秋桜と、その美しさに引き寄せられてふと風を描く情景が詠まれている。コスモスの繊細な佇まいと、それをスケッチする作者の静かなまなざしが一体となり、秋のひとコマが鮮やかに浮かび上がる。風をスケッチしているのは、秋桜そのものかも。

我が影の我より老いて秋の風 浅海紀代子
 秋の日の傾いた光の中、ふと地面に映る自分の影を見たとき、そこに実年齢以上の老いを感じ取った瞬間が捉えられている。秋風の冷たさが身にしみるとともに、人生の哀愁や自身の内面にある衰えへの鋭い洞察が、胸に迫る余韻を残している。
*我が通る幅に切られし乱れ萩 岡田耕治

2026年10月4日日曜日

香天集10月4日 渡邉美保、玉記玉、辻井こうめ、森谷一成ほか

香天集10月4日 岡田耕治 選

渡邉美保
新しきそばがら枕九月かな
影踏みの影に尾のある子もまじり
かまつかや砥石たつぷり水を吸ひ
恐竜の骨格見上げ栗ご飯

玉記玉
体ごと月にして聴く唱歌かな
遠くへは行かない暮らし彼岸花
用無きに拾いし椿の実今も
揺れるほどは瓢に触れてみたきかな

辻井こうめ
ゆつくりと紙紐ほどく今年米
何を待つ鉄錆色の芙蓉の実
無口なる人のつき合ひ花梨の実
天高し転用石の地蔵かな

森谷一成
瓶缶を置きにゆく手の涼新た
秋茄子わんさ煮たろか焼いたろか
人類に尾骨まだあり牛蒡引く
無理をする人に食いつく鷹の爪

中嶋飛鳥
夜の秋二人で開けん玉手箱
この町の交番目指し小鳥来る
箱庭の木立をかすめドローン消ゆ
狗尾草揺らし片恋守りけり

浅海紀代子
はらからの逝きてビールに集いけり
白シャツの染みより記憶よみがえり
夕涼や我に家族の猫五匹
夏惜しむとぎれとぎれのハーモニカ

平木桂
会わぬままLAINの訃音虫の声
生きるには何が必携穴まどひ
平行のままでいいのと赤蜻蛉
無花果を剝きて斑の分からず屋

神谷曜子
台風一過コップの水膨らむ
パレードに加わる晩夏日の暮れる
秋祭終えて浮力のついたよう
歩けば着くと秋海棠の谷へ

上田真美
くさくさがぐさぐさになり秋夕焼
秋の波近く寝息の安らかし
青鷺が睨む魚を口に銜え
夜の秋ライオン橋の灯は優し

田中仁美
フェリーゆく鳥羽から伊良湖秋高し
母を乗せ車椅子押す秋の宿
秋の昼露天湯よりの緑濃し
神島の巨岩のそびえ秋の海

牧内登志雄
秋の雨空き待つコインランドリー
三尺の竿でたりたる柿簾
もう逢えぬ人との宿よ稲の妻
月夜茸ぼんやり照らす常世かな

吉丸房江
秋の風ふっと斜めに通りぬけ
歯科医院ふる里見える椅子のあり
百日紅母の想いは淡き紅
朴落葉ぞうりの形に広がりぬ

〈選後随想〉 岡田耕治
影踏みの影に尾のある子もまじり 渡邉美保
 子どもたちの影踏み遊びの情景に、「尾のある子」という幻想的な要素が不意にまじり合っている。現実の光景からふっと異界へ誘われるような、郷愁とユーモア、そして微かな不気味さが同居する美保さんの世界。句会では、教職にあった人から、他の子とはちょっと違ったユニークさのある子が想起されるとの評が出た。

遠くへは行かない暮らし彼岸花 玉記玉
 遠くへの移動や変化を求めず、身の回りの日常に留まるけれども、俳句においては自在でありたい、そんな玉さんの気構えが感じられる。彼岸花は、球根に強い毒があるため、虫や動物から田畑や墓地を守るための「魔除け」「境界」として植えられてきた。この此岸と彼岸の境界は、「遠くへ行かない」暮らしを一層愛おしいものにする。

ゆつくりと紙紐ほどく今年米 辻井こうめ
 新米を包む紙紐をていねいにほどいていく手つきに、こうめさんの季節の恵みを受け取る喜びと神聖さが漂う。句会では米作りの友人から聞いた話として、この紙紐はウンウンと強く締めないといけないと紹介された。だからこそ「ゆつくりと」ほどかなければならない。しっかりした紙の袋を開く音とともに、新米の香りが立ち上るような温かみを感じさせる。

無理をする人に食いつく鷹の爪 森谷一成
 つい無理をしてしまう人への、一成さんのまなざしのあたたかさを感じる。鷹の爪は、先端がキュッと尖って少し湾曲しており、鮮やかな赤色をしている。収穫して、販売しているものもそうだが、赤くなるまで畑にあると、爪先があちこちに向かって、それこそ「食いつく」形に見える。これはもしかすると、がむしゃらに生きる自らへの自嘲的なエールかも知れない。

*歌うほど声の出てくる木槿かな 岡田耕治

2026年9月27日日曜日

香天集9月27日 木村博昭、夏礼子、谷川すみれ、柏原玄ほか

香天集9月27日 岡田耕治 選

木村博昭
近道をゆっくり熟れる木通の実
小便の放物線や秋高し
スコップを土深く刺す鵙日和
こぼれ萩あの世この世に友が居る

夏礼子
つくづくとふるさとのことつくつくし
保つとは朱よのうぜんの咲き残る
米粒の般惹心経涼新た
酔芙蓉黄昏どきを一途かな

谷川すみれ
散骨の兄の生き様とろろ汁
朝顔の蔓に夢あり登るべし
諍いて己が寂し秋の空
紅葉狩九十才の計画書

柏原玄
コスモスの無垢の一日を風にあり
うつし世の風を読み込み鰯雲
ドローンの直線を切り秋あかね
勤行の法悦白い曼珠沙華

古澤かおる
傘を干す小一時間を赤とんぼ
変声の頃の目力黒葡萄
敬老日合挽き肉をむちむちす
秋暑し視力検査の当てずっぽう

砂山恵子
百本のリトマス試験秋小鳥来る
好きと言ふ手話を教はる草の花
秋の蝶泣き終へてふと空を見る
音立てて広げるシーツ今朝の秋

春田真理子
ゴーヤ割る魔除の種のありにけり
牛乳を流す哀しき羊雲
蟋蟀や一人米研ぐ夜の厨
長月は頬杖をつき更けにけり

前藤宏子
夜の音にふと加わりし虫の声
椿の実ひとつひとつに日の射して
秋日さす友の耳朶光りけり
息子との二人暮しや稲の花

安部いろん
消えたいと感じる木乃伊秋暑し
水引かぬ地に音のなき稲光
膨張の宇宙に残り大銀河
万人の哀史を記す天の川

金重こねみ
掌に無く手の甲に今朝の秋
災害を嘆きその日が震災忌
浮世絵に学ぶ猛暑の過ごし方
立てぬ秋アイスクリーム買いに行く

松並美根子
秋雨に勢いのあり傘の波
手捻の古き器よ濃りんどう
吾亦紅変わらぬ思い声にする
雨音の静かに乱れ咲く萩よ

森本知美
母の香に覚めたる夜半や虫すだく
茗荷の子ぬか漬にして明日を待つ
乾杯はソフトクリーム海見つめ
菜園に今日の始まりミニトマト

安田康子
限りあるこの世の時間虫すだく
いぼむしり今の暮らしを生きていく
秋暑し寝て食べて寝て食べて寝る
露けしや会えなくなりし人の縁

木南明子
扇風機しずかに秋の回りけり
退屈をテレビが許す夏の果
葡萄食むことの残りし仕舞風呂
雨蘭の白友情に変わりなし

目美規子
カットした首すじをなで秋の風
夕月夜最終バスは客一人
秋風に翼をあずけ着陸す
お喋りの会となりたる秋彼岸

〈選後随想〉 岡田耕治
こぼれ萩あの世この世に友が居る 木村博昭
 散歩道に零れるように咲く萩の花を見つめながら、ふと亡き友を想う。「あの世この世」という言葉の響きには、寂寥感だけでなく、死を越えてなお変わらない温もりが満ちている。こぼれ散る花は、あの世とこの世を繋ぐ働きをしているようだ。私の経験では、この世の友は様様な事象に影響を受けるので、会ってみなければ分からないが、あの世の友はいつも静かにそこに居てくれる。

保つとは朱よのうぜんの咲き残る 夏礼子
 季節の移ろいの中で、命の熱量を懸命に守り抜こうとする強い意志を感じさせる一句。秋風が吹き始める頃、鮮やかな朱色を誇るように咲き残る凌霄花。「保つ」という抽象的な営みが、燃えるような「朱」という色彩によって鮮烈に具象化されている。何かを守り続けることの厳しさと美しさを、この一輪の花が教えてくれる。

朝顔の蔓に夢あり登るべし 谷川すみれ
 朝顔の蔓がまっすぐに伸びていく姿に、未来への希望と強い意志を感じる。「登るべし」という断定の表現が、自分の夢に向かって一歩を踏み出したときのことを思い出させてくれる。朝露に濡れながら光の方へと進む朝顔の姿に、私たちもまた、自分の夢を信じて明日へ向かう力をわけてもらえる。作者はそう自分に言い聞かせているようだ。

*本心を開いていたり曼珠沙華 岡田耕治

2026年9月20日日曜日

香天集9月20日 柴田亨、加地弘子、釜田きよ子、三好広一郎ほか

香天集9月20日 岡田耕治 選

柴田 亨
雨雲の近づく日差し摩文仁の丘
現世の舞台改め赤とんぼ
揺れながら風をおさめる赤とんぼ
砂を積むうすばかげろうになりたくて

加地弘子
残り菊黄色どんどん濃ゆくなる
一人送り一人待ち受け流れ星
夾竹桃シッカロールの匂いさせ
野の風はやっぱりいいね萩の宿

釜田きよ子
人間を続ける為の虫の声
人の声遠くに聞こゆ晩夏かな
捕虫網大きな雲を捕まえん
赤とんぼ夕刊読みにやって来る

三好広一郎
泥水を流す汗水雲の峰
秋の日をぐるぐる巻きに孕み猫
靴踏みながら靴探す秋夜会
なかったら白でもいいの菊の花

嶋田 静
星まつり次つぎ着物着せし母
この部屋は泰山木の香り満つ
稲の花おむすび山を近くして
みちのくの風鈴の鳴り姉の声

長谷川洋子
鹿児島の「財宝」思う存分に
ひめゆりの塔を訪う無言にて
水含めずひめゆりの碑の前に来て
ハイビスカス真ん中におく献花かな

宮下揺子
少年は日焼けを嫌い墓参り
唐辛子アバンギャルドの老人よ
足早の看護師を追う秋の風
駅舎静まる空白の残暑

玉置裕俊
じいちゃんの終の病院西日さす
想念を無にしていたる秋刀魚かな
酩酊の支えとしたり芒の穂
花火見る群れに向かって放屁する

橋本喜美子
女子学生農学目指す稲の花
園児らの短冊の空星祭り
秋蟬の声聴きおれば止みにけり
一万歩皆で分け合う氷菓子

北橋世喜子
境内のソフトクリーム十五円
道のほとり命謳歌の蝉一匹
黒髪の叫ぶカラスよ暑かろう
甲子園汗の一球声の波

中島孝子
口すぼめわっと賑やか夏蜜柑
ポリバケツ帽子としたり西瓜たち
蜩を一緒に聞こう地蔵さま
空蝉を両の手に盛り競う子ら

石田敦子
秋暑し球児の入れる土袋
鎮もれる古墳の一樹百日紅
千羽鶴言の葉を添え長崎忌
残る暑さハヤシライスを作りをり

林おうはく
あと少し走ってみるか走馬灯
かき氷染みる頭痛はもう来ない
水芭蕉ニッコウキスゲ尾瀬の雲
地球から喧嘩腰かよ酷暑の日

上原晃子
床下の母の梅酒や酔い心地
酷暑日の美術館内穴場とす
朝光の畑を飛び交い赤蜻蛉
はたはたの立ち幅跳びに水をやる

半田澄夫
緑蔭の絵筆と作句二刀流
地の蝉よそれで終わりかお前さん
五十年手抜きと言わず冷奴
油照床屋のマーク止まりたり

川合道子
風涼しトンネルをぬけ列車くる
廃線のトンネルに入り涼得たり
私より伸びて見上げる猫じゃらし
ぐるぐると回る素麺競い合う

市太勝人
盆休み未来のための休肝日
高校野球ワンセグ見ても始まらず
甲子園ジョディロックの新伝説
ひぐらしや黙祷の闇いつまでも

〈選後随想〉 岡田耕治
揺れながら風をおさめる赤とんぼ 柴田亨
 赤とんぼは、風に翻弄されて揺れ動いているようでいて、その微妙な羽ばたきによって、吹き荒れる風そのものを静め、空間を支配しているかのように見える。「風をおさめる」という主客を反転させた表現が印象的である。自然の力に抗うのではなく、しなやかに風と調和しながら飛ぶ赤とんぼの姿に励まされる。

一人送り一人待ち受け流れ星 加地弘子
 人生における出会いと別れ、あるいは生の循環を夜空の一筋の光に託した句である。「一人送り」という見送りや別れの寂しさと、「一人待ち受け」という新たな生命や訪れへの期待が交錯する。人間の営みを、瞬く間に消えゆく流れ星が静かに照らし出している。

人間を続ける為の虫の声 釜田きよ子
 日々の忙しさや苦悩の中で心がささくれ立つとき、静かに響く虫の声は、失われかけた人間性や心の平静を取り戻させてくれる。「人間を続ける為の」というフレーズに、自然のささやかな声がもたらす救いと浄化作用が凝縮されており、静かな自己対話へと導かれる。

*鬼やんま頭から地に突きささり 岡田耕治

2026年9月13日日曜日

香天集9月13日 三好つや子、牧内登志雄、山内宏子ほか

香天集9月13日 岡田耕治 選

三好つや子
まくなぎの波動につられ立眩む
夜の秋縁の下から名を呼ばれ
回文なのか回答なのか法師蟬
秋うらら週末だけのパンの店

牧内登志雄
竹を伐る使わぬ鉈を磨き上げ
遠くいて戦争を詠む鶏頭花
君と見る恵那山からの天の川
秋蝶や別れは不意に朝のこと

山内宏子
夕焼や友の瞳におさまりぬ
夏の果セキセイインコ無口なり
飼い鳥が歌を忘れて夏がゆく
ブルペンのいかつい腕赤とんぼ

谷村敏子
朝顔の実をポケットに登校す
生き延びて傘寿を迎う白芙蓉
条幅にひらがな三文字夏休
大皿に装いきれない西瓜かな

岡田ヨシ子
涼新た旅をしているテレビジョン
台風の動かなくなる海あり
背伸びして千切る暦に九月来る
掘りたての焼芋一つどうですか

秋吉正子
朝顔やおしゃべりはずむカレーの日
麦こがし坊主頭がほおばりぬ
アツイしか言う事のない日々草
積まれたる東野圭吾秋灯下

大里久代
灼熱の中をも枯れず秋の草
ハ十一年祈る長崎蜻蛉舞う
秋立つや千本の手の仏さま
台風は上陸するか逆走か

西前照子
水やりを忘れていたる残着かな
迎え盆小豆を炊いて供えけり
震災忌心をそえる献花台
亡き友の通った坂よ秋高し

〈選後随想〉 岡田耕治
夜の秋縁の下から名を呼ばれ 三好つや子
 「夜の秋」の静かさの中、縁の下という意外な場所から名を呼ばれた一瞬の驚きを描く。縁の下から名前を呼ぶのは、誰なのか。怪異とも日常の一コマとも取れる不思議な臨場感があり、つや子さんの真面目な遊び心が光る。

竹を伐る使わぬ鉈を磨き上げ 牧内登志雄
 日常使わずにいた鉈を研ぎ澄まし、意を決して竹林に向かう。竹を伐るのは専用の鋸(のこぎり)であることが多いが、鉈(なた)は小枝を払うときに必須の道具だ。道具を磨く手仕事の手応えと、竹を伐る際の張り詰めた空気が心地よい。登志雄さんの澄んだ眼差しが感じられる佳句である。

背伸びして千切る暦に九月来る 岡田ヨシ子 
 壁の高い位置にあるカレンダーを背伸びして一枚千切るという、日常の何気ない動作をとらえた。季節の変わり目をただ眺めるのではなく、全身を使った身体感覚を通して「九月」の到来を実感している。ヨシ子さんは、この9月で95歳を迎える。

*秋扇姉さんは今日休みどす 岡田耕治