2026年11月1日日曜日

桐一葉回数券というが在り 森谷一成

〈俳句物語〉 岡田耕治

桐一葉回数券というが在り 森谷一成

 長年タクシードライバーとして走り続けてきた。無事に子どもたちを育て上げ、現在は静かな一人暮らしだ。会社を65歳で定年退職した後も嘱託としてハンドルを握ってきたが、70歳を迎えたのを機に、夜勤のある隔日勤務から心身に優しい日勤へと切り替えてもらった。

 かつての隔日勤務は、朝7時から深夜まで17時間を走り抜くハードなものだった。昼夜の賑わいと多様な人生が交差する大阪の街。色々な思いを抱えたお客さんを目的地まで安全にお送りしながら、夜の街を懸命に走り抜けてきた日々が今となっては懐かしい。

 無事に務め上げて迎えた今は、週3日の穏やかな日勤だ。夕方には仕事が終わり、夜はゆったりとした自分の時間が広がる。65歳を過ぎてから始めた星空の観察が、今の暮らしに豊かな彩りを添えてくれている。借りているアパートの屋上に小さな望遠鏡を置き、夜空を見上げるのが日々の密かな楽しみだ。

 市内の夜空も味わい深いものだが、月に2度は足を延ばして和歌山県の「みさと天文台」へ出かける。普段仕事でハンドルを握っている分、休日は電車とバスにゆられる旅そのものを楽しむことにしている。

 JR阪和線ときのくに線を乗り継ぎ、海南駅からオレンジバスへ。客席に深く腰掛け、揺られながら流れる景色を眺めていると、日々の疲れや緊張がほどけていくのを感じる。人に乗せてもらう心地よさは、心をリセットしてくれる特別な時間だ。

 このバスに乗る際愛用しているのが、11枚つづりの回数券である。降車時に一枚ずつ切り離して運賃箱へ入れるひと手間が心地よい。一枚一枚の券に、これまで歩んできた人生の時間が重なり、それを減らしていく感覚は、愛おしいとさえ思えるのである。

 バスを降り、散り始めた落葉を踏みしめながら、澄んだ空気を胸に吸い込んで天文台へと歩く。静かな山道の先には、満天の星が待っている。

 大型望遠鏡を覗き込むと、漆黒の宇宙にぽっかりと浮かぶ土星が見えた。まるで精巧に作られた工芸品のような、息をのむ美しさだ。環の細やかなグラデーションや静寂な佇まいに魅せられていると、時を忘れて星たちの囁きに耳を傾けてしまう。

 今日はこの後、川のせせらぎに耳を傾けながら、温泉に入り肉眼でも美しい星空と向き合うことになる。帰り道、天文台への旅に思いを馳せるながらバスのひとときを過ごし、また一枚回数券をちぎることになるだろう。

桐一葉回数券というが在り 森谷一成




香天集11月1日 森谷一成、渡邉美保、玉記玉、辻井こうめ他

香天集11月1日 岡田耕治 選

森谷一成
ファスナーの中の軍人えのこぐさ
杣道の膝に手を添え芒野へ
秋冷の乳房にすがる機嫌かし
桐一葉回数券というが在り

渡辺美保
地虫鳴くしまい忘れの洗面器
地図になき谷間歩けり草紅葉
窯跡のレンガの崩れ昼の虫
留守番の日のさつまいもさびしさう

玉記玉
色鳥の入れ替わりたるレンズかな
穂芒に触れ同胞を呼び覚ます
七人がしゃがんでいたる良夜かな
鹿鳴くやわれも誰かの知らぬ人

辻井こうめ
空高し島のかをりの句集かな
秋草の静かな色を五六本
魔女の杖ポコンポコンと天狗茸
飛行機雲の巨大ファスナー秋の空

神谷曜子
草の花傾聴役の帰りゆく
銀否飯炊く七十の誕生日
皆家に帰りたくない秋の虹
木犀花姉の記憶の角砂糖

釜田きよ子
私の代わりに鳴きし昼の虫
秋彼岸その他大勢右往左往
コーヒーの香りの中を秋惜しむ
人間の数だけドアの開く小春

田中仁美
秋の山カーブを重ねいろは坂
秋晴の弁慶の岩海青し
秋晴の戦場ヶ原山の色
幼き手赤くまんまるコキア燃ゆ

吉丸房江
秋に入るゆっくり上がる卒寿坂
あの角を曲がれば出合う金木犀
コスモスのゆっくりゆらり折れないで
風の向教えてくれる落葉かな

〈俳句物語〉 岡田耕治
桐一葉回数券というが在り 森谷一成

 長年タクシードライバーとして走り続けてきた。無事に子どもたちを育て上げ、現在は静かな一人暮らしだ。会社を65歳で定年退職した後も嘱託としてハンドルを握ってきたが、70歳を迎えたのを機に、夜勤のある隔日勤務から心身に優しい日勤へと切り替えてもらった。
 かつての隔日勤務は、朝7時から深夜まで17時間を走り抜くハードなものだった。昼夜の賑わいと多様な人生が交差する大阪の街。色々な思いを抱えたお客さんを目的地まで安全にお送りしながら、夜の街を懸命に走り抜けてきた日々が今となっては懐かしい。
 無事に務め上げて迎えた今は、週3日の穏やかな日勤だ。夕方には仕事が終わり、夜はゆったりとした自分の時間が広がる。65歳を過ぎてから始めた星空の観察が、今の暮らしに豊かな彩りを添えてくれている。借りているアパートの屋上に小さな望遠鏡を置き、夜空を見上げるのが日々の密かな楽しみだ。
 市内の夜空も味わい深いものだが、月に2度は足を延ばして和歌山県の「みさと天文台」へ出かける。普段仕事でハンドルを握っている分、休日は電車とバスにゆられる旅そのものを楽しむことにしている。
 JR阪和線ときのくに線を乗り継ぎ、海南駅からオレンジバスへ。客席に深く腰掛け、揺られながら流れる景色を眺めていると、日々の疲れや緊張がほどけていくのを感じる。人に乗せてもらう心地よさは、心をリセットしてくれる特別な時間だ。
 このバスに乗る際愛用しているのが、11枚つづりの回数券である。降車時に一枚ずつ切り離して運賃箱へ入れるひと手間が心地よい。一枚一枚の券に、これまで歩んできた人生の時間が重なり、それを減らしていく感覚は、愛おしいとさえ思えるのである。
 バスを降り、散り始めた落葉を踏みしめながら、澄んだ空気を胸に吸い込んで天文台へと歩く。静かな山道の先には、満天の星が待っている。
 大型望遠鏡を覗き込むと、漆黒の宇宙にぽっかりと浮かぶ土星が見えた。まるで精巧に作られた工芸品のような、息をのむ美しさだ。環の細やかなグラデーションや静寂な佇まいに魅せられていると、時を忘れて星たちの囁きに耳を傾けてしまう。
 今日はこの後、川のせせらぎに耳を傾けながら、温泉に入り肉眼でも美しい星空と向き合うことになる。帰り道、天文台への旅に思いを馳せるながらバスのひとときを過ごし、また一枚回数券をちぎることになるだろう。

桐一葉回数券というが在り 森谷一成

*羽ばたきをひと時忘れ秋の蝶 岡田耕治

2026年10月25日日曜日

香天集10月25日 夏礼子、湯屋ゆうや、谷川すみれ、柏原玄ほか

香天集10月25日 岡田耕治 選

夏礼子
大胆な空の余白に秋桜
近道のここ通りゃんせいのこずち
手品師のひとつにふたつ秋の雲
髪染める気いはないねん零余子飯

湯屋ゆうや
爽やかや己がカメラに己なし
あきつとぶひらがなだけでくらす日も
猪喰ふや青年野外研修所
猪屠るさまを覗きにランドセル

谷川すみれ
村を出る夢に火がつく曼殊沙華
これからは私好みに秋刀魚焼く
片時の手をとりあいて水引草
未知数のだんだん交ざる曼殊沙華

柏原玄
二十日月存らえて刻ゆるやかに
蔵入りの道具一式走り蕎麦
配膳のロボット律儀きのこ飯
敗荷や来し方にある風の音

俎石山
ひときれのするめ大事に秋の夜
秋の水血管の咎流しけり
秋祭開く法被と距離をおき
母の夜具どうしたものか冬日向

前藤宏子
秋の暮友と別れる人の中
輪唱を続けていたりシクラメン
跳箱を跳べぬ児のあり秋の空
つぎつぎと顔を合わせて赤とんぼ

嶋田静
朝顔の実のまだ青し風の中
讃岐富士きらきら続く鳥威し
逆らえぬ齢となりぬ猫じゃらし
新しきウイルスを連れ秋の風

宮下揺子
細密画アーリーアメリカンの秋
只事は只事のまま羊雲
夏果ての海岸線や無人バス
訪なえば臨時休業下り簗

古澤かおる
心地よき寝覚めとは茶の花の蕊
たこ焼きの冷めてしまいぬ望の月
月今宵サファリパークのライオンに
秋気満つ家の一番広い部屋

砂山恵子
逆光に膨らむやうな芒かな
深皿に卵の重さ水の秋
役員を降りたる父の秋祭
若き日の写真はセピア小鳥来る

安部いろん
穴惑い♾️に厭われるかたち
桐一葉忘れはじめる樹の匂い
秋の夕日は錆色で鉄の味
艫綱もない浜の舟秋の暮

金重こねみ
迷惑をかけないで生き螢草
彼岸花川渡る事ままならず
先延ばし出来ぬ歳ですななかまど
コスモスのゆらゆら息を吹き返す

安田康子
父が居て母もいた日の彼岸花
珈琲は香りが八分文化の日
生きるとは良く食べること秋茄子
吾亦紅生きうる限り歩かねば

森本知美
籾むしろ混ぜて返せし昭和かな
虚か実か今日一日を虫に聴く
髪型を少し変えたり秋の水
天高し母のよろこぶ水平線

木南明子
台風がやってくるやら逃げるやら
曇天の垣根を越える花芙蓉
朝露の感情もなくただ歩く
骨折の肩にやさしく金木犀

目美規子
伯母逝きて遠のく縁や秋深む
身にしむや遺影の並ぶ畳の間
腰痛の寝返る向きに地虫鳴く
秋の名残八十路の夫の小言聞き

松並美根子
薄原風ふくままに逆らわず
コスモスをしなやかに舞う風の色
山粧う犬を乗せたる乳母車
秋鯖や味噌の香りを焼いてこそ

〈選後随想〉 岡田耕治
手品師のひとつにふたつ秋の雲 夏礼子
 手品師の手さばきと、どこか虚実皮膜の不思議な世界観が詠まれている。タネも仕掛けもある手品の合間に、ふと見上げた秋の空にはぽっかりと雲が浮かぶ。人工的な奇術の技と、どこまでも広がる秋の空との対比が、礼子さんならではのユーモアとさわやかな広がりを感じさせる一句。

爽やかや己がカメラに己なし 湯屋ゆうや
 しきじ・にほんご天王寺の活動をしていて、一番若いボランティアの方が亡くなった。その方の写真を探したが、ほとんど残っていなかった。彼女が多くの写真を撮ってくれていたからである。自分のカメラには、自分が映らない、そのことが返って「爽やかさ」を増幅させるという、ゆうやさんのまなざしが心地よい。

村を出る夢に火がつく曼殊沙華 谷川すみれ
 故郷や慣れ親しんだ村を離れるという人生の大きな転換点。その胸中の熱い決意や不安を、燃え盛るような赤色を放つ曼珠沙華が映し出している。「この村を出よう」と何度も逡巡しているが、今年こそと曼珠沙華が、旅立ちの情念をかき立ててくれる。すみれさんには、このようなドラマがあったにちがいない。

敗荷や来し方にある風の音 柏原玄
 大きな葉が破れ、風に鳴る敗荷の姿に、過ぎ去った人生の歳月や歩みを重ね合わせている。かつての力強さや華やかさのあとに残るものは静けさと、風の音だけである。無常観のなかに静かな詩情と深い余韻を湛えた、玄さんならではの秀句。

*戯れを待ち受けている薄かな 岡田耕治

2026年10月18日日曜日

自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美

自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美

 団体職員として働く私は、子育て中の勤務時間短縮制度を利用し、午後4時に仕事を終えて4時半までに自転車で保育所へ子どもを迎えに行っていました。子どもが3歳を迎えたのを機に、フルタイム勤務に復帰。5時15分に職場を出て、20分ほどかかる道のりを急いで自転車を走らせる、賑やかで慌ただしい毎日へと切り替わりました。

 また、それまでは前のチャイルドシートに乗せて顔を見ながらペダルをこいでいましたが、成長とともに後ろの荷台へ。前には、購入時に付いていた前かごを付け直しました。

 ある秋の夕暮れ、いつものように子どもを後ろに乗せて自宅へと向かっていると、「あ、お花!」と元気な声。見れば、道端にコスモスが可憐に揺れています。子どもを後ろの荷台に乗せるようになって、一番良かったことは、こんな風に同じ景色を見ることができる点です。

 両足をしっかり地面につけ、スタンドを立ててロックしてから子どもを降ろし、一緒にコスモスを摘みました。白とピンクと黄色、前かごとカバンのすき間にそっと挿し、再び走り出すと、子どもはかごで揺れるピンクの花を嬉しそうに眺めながら、今日保育所で過ごした出来事を話してくれました。夕日の中、背中に伝わるぬくもり、かごで揺れるコスモス、忙しい日々のふとした瞬間に訪れるこんなひとときが、頬をじんわり撫でてくれます。

 明日からは、家族3人で淡路島へ一泊旅行に出かけます。コロナ禍の真っ只中に市役所へ婚姻届を提出し、間もなく子どもを授かったため、これまで駆け抜けるような毎日を送ってきました。明日からの旅は、私たち夫婦にとって遅れてやってきた大切な「新婚旅行」でもあるのです。

自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美



香天集10月18日 湯屋ゆうや、上田真美、三好広一郎、柴田亨ほか

香天集10月18日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
神無月濡れ手で触れてならぬもの
彼岸花手を繋がずに母とゐて
秋灯飽ひて本置くとき自由
空と思ふあんなところに秋灯

上田真美
自転車の籠にコスモス荷台に子
ガブリシュワ檸檬の怒り爆発す
生きたいと逝きたい重ね蔦紅葉
鬼薊入墨ピアス痛痛し

三好広一郎
十薬を抜くたび指の腐る感
名月や一切裏のない人と
ペンは指血の通いたる秋灯
道着のまゝ帰る少女や秋の暮

柴田亨
月光の我をくるんでしまいけり
白露に光をもらい見透せり
無住なり乱れる萩の生き生きと
赤とんぼ風から生まれ風を去る

木村博昭
強引なやんまの交尾頭上ゆく
戦艦の沈みし闇の葉月潮
床下に潜む瓶詰秋湿り
諦観に近づいているいぼむしり

平木桂
天高し好きにさせてと謂ひし人
目立つこと避けております藤袴
切なさを丸めて捨てん式部の実
秋の暮同窓会に来ない人

中嶋飛鳥
曼珠沙華見知らぬ人に追いついて
穴惑い昨日も今日も雨雨雨
秋天つかむ隠国の天狗杉
横顔に秋思のかけら歩きだす

春田真理子
嫁入りの日取りが決まり綿の花
長月のレールをつなぐ畳かな
無常とは山芍薬の実が一つ
曼珠沙華うつらうつらに餡を炊く

山内宏子
亡き鳥の声の聞こえて秋がゆく
敬老日ぶっきらぼうな子の便り
秋風が取りを飾りぬハワイアン
夕影の足もとにのび秋明菊

西前照子
夕暮の肌に触れくる秋の風
行楽や予期せぬ野分近づきぬ
栗をむく渋皮煮には出来ないと
だんじりや笛に始まるやりまわし

大里久代
大根の畝高くして蒔きにけり
秋彼岸観音さまに導かれ
雑草の真ん中を占め彼岸花
列島を激しく襲い秋の雨

北岡昌子
赤とんぼ校舎の中に迷い込み
いただきし荻一本は挿し芽する
店先で決める今夜は栗ごはん
あれこれを真っ赤に染めて彼岸花

谷村敏子
はるばると出雲路に来し曼珠沙華
細身でも食べ方のあり秋刀魚買う
砂山を登りきったる秋の空
朝採りし無花果さげて友来る

秋吉正子
庭の木に空蝉三つ並びけり
秋の暮コントラバスは黙々と
長老の来ない句会や秋めきぬ
秋彼岸百円バスを乗り継ぎぬ

〈俳句物語〉 岡田耕治
自転車の籠にコスモス荷台に子 上田真美
 団体職員として働く私は、子育て中の勤務時間短縮制度を利用し、午後4時に仕事を終えて4時半までに自転車で保育所へ子どもを迎えに行っていました。子どもが3歳を迎えたのを機に、フルタイム勤務に復帰。5時15分に職場を出て、20分ほどかかる道のりを急いで自転車を走らせる、賑やかで慌ただしい毎日へと切り替わりました。また、それまでは前のチャイルドシートに乗せて顔を見ながらペダルをこいでいましたが、成長とともに後ろの荷台へ。前には、購入時に付いていた前かごを付け直しました。
 ある秋の夕暮れ、いつものように子どもを後ろに乗せて自宅へと向かっていると、「あ、お花!」と元気な声。見れば、道端にコスモスが可憐に揺れています。子どもを後ろの荷台に乗せるようになって、一番良かったことは、こんな風に同じ景色を見ることができる点です。
 両足をしっかり地面につけ、スタンドを立ててロックしてから子どもを降ろし、一緒にコスモスを摘みました。白とピンクと黄色、前かごとカバンのすき間にそっと挿し、再び走り出すと、子どもはかごで揺れるピンクの花を嬉しそうに眺めながら、今日保育所で過ごした出来事を話してくれました。夕日の中、背中に伝わるぬくもり、かごで揺れるコスモス、忙しい日々のふとした瞬間に訪れるこんなひとときが、頬をじんわり撫でてくれます。
 明日からは、家族3人で淡路島へ一泊旅行に出かけます。コロナ禍の真っ只中に市役所へ婚姻届を提出し、間もなく子どもを授かったため、これまで駆け抜けるような毎日を送ってきました。明日からの旅は、私たち夫婦にとって遅れてやってきた大切な「新婚旅行」でもあるのです。
*向こうから近づいてくる烏瓜 岡田耕治

2026年10月11日日曜日

香天集10月11日 三好つや子、浅海紀代子、佐藤静香ほか

香天集10月11日 岡田耕治 選

三好つや子
赤蜻蛉目線をずらすタイミング
縁側に秋思の尻尾また動く
秋桜風の横顔スケッチす
歌女鳴くや昨日と違う骨密度

浅海紀代子
身の傷を増やして秋の来たりけり
ロッキングチェアに秋思を預けおり
虫の夜地図を旅しておりにけり
我が影の我より老いて秋の風

佐藤静香
掛物は月の禅語や風炉名残
何も無きに躓く天狗枯尾花
月曜の朝の血圧小鳥来る
尾てい骨に天狗の力葛根掘る

佐藤諒子
山門へ誘われている萩の波
杖二本我が田見守る生御魂
涙道が詰まりしという後の月
いつまでも思案する鷺秋の水

佐藤浩章
赤い羽根映ゆるや後期高齢者
百薬も百毒もなき新酒かな
うそ寒やうどんに一味たんまりと
曼珠沙華ニーチェのごとく狂ほしき

宮崎義雄
五十年友と飲み継ぎ温め酒
お開きは二合徳利を熱燗に
人の無き遮断機を選り秋夕焼
紅葉且つ散れり土産は養肝漬

松田和子
長雨のこっそり家にいる飛蝗
りんくうの雲のオブジェや秋の夕
星月夜家族の声を大きくす
無花果の河内に実り太子像

垣内孝雄
嵯峨菊の鉢を並ぶる好々爺
片言の妻との会話焼き秋刀魚
草の花旅の名残の道祖神
柿吊す納屋の軒下猫と妻

岡田ヨシ子
暑きことエレベーターの六人に
ハンガーの数だけ洗う夏の服
折紙を学んでいたり月兎
玄関の色紙差し替え秋彼岸

〈選後随想〉 岡田耕治
秋桜風の横顔スケッチす 三好つや子
 風に揺れる秋桜と、その美しさに引き寄せられてふと風を描く情景が詠まれている。コスモスの繊細な佇まいと、それをスケッチする作者の静かなまなざしが一体となり、秋のひとコマが鮮やかに浮かび上がる。風をスケッチしているのは、秋桜そのものかも。

我が影の我より老いて秋の風 浅海紀代子
 秋の日の傾いた光の中、ふと地面に映る自分の影を見たとき、そこに実年齢以上の老いを感じ取った瞬間が捉えられている。秋風の冷たさが身にしみるとともに、人生の哀愁や自身の内面にある衰えへの鋭い洞察が、胸に迫る余韻を残している。
*我が通る幅に切られし乱れ萩 岡田耕治

2026年10月4日日曜日

香天集10月4日 渡邉美保、玉記玉、辻井こうめ、森谷一成ほか

香天集10月4日 岡田耕治 選

渡邉美保
新しきそばがら枕九月かな
影踏みの影に尾のある子もまじり
かまつかや砥石たつぷり水を吸ひ
恐竜の骨格見上げ栗ご飯

玉記玉
体ごと月にして聴く唱歌かな
遠くへは行かない暮らし彼岸花
用無きに拾いし椿の実今も
揺れるほどは瓢に触れてみたきかな

辻井こうめ
ゆつくりと紙紐ほどく今年米
何を待つ鉄錆色の芙蓉の実
無口なる人のつき合ひ花梨の実
天高し転用石の地蔵かな

森谷一成
瓶缶を置きにゆく手の涼新た
秋茄子わんさ煮たろか焼いたろか
人類に尾骨まだあり牛蒡引く
無理をする人に食いつく鷹の爪

中嶋飛鳥
夜の秋二人で開けん玉手箱
この町の交番目指し小鳥来る
箱庭の木立をかすめドローン消ゆ
狗尾草揺らし片恋守りけり

浅海紀代子
はらからの逝きてビールに集いけり
白シャツの染みより記憶よみがえり
夕涼や我に家族の猫五匹
夏惜しむとぎれとぎれのハーモニカ

平木桂
会わぬままLAINの訃音虫の声
生きるには何が必携穴まどひ
平行のままでいいのと赤蜻蛉
無花果を剝きて斑の分からず屋

神谷曜子
台風一過コップの水膨らむ
パレードに加わる晩夏日の暮れる
秋祭終えて浮力のついたよう
歩けば着くと秋海棠の谷へ

上田真美
くさくさがぐさぐさになり秋夕焼
秋の波近く寝息の安らかし
青鷺が睨む魚を口に銜え
夜の秋ライオン橋の灯は優し

田中仁美
フェリーゆく鳥羽から伊良湖秋高し
母を乗せ車椅子押す秋の宿
秋の昼露天湯よりの緑濃し
神島の巨岩のそびえ秋の海

牧内登志雄
秋の雨空き待つコインランドリー
三尺の竿でたりたる柿簾
もう逢えぬ人との宿よ稲の妻
月夜茸ぼんやり照らす常世かな

吉丸房江
秋の風ふっと斜めに通りぬけ
歯科医院ふる里見える椅子のあり
百日紅母の想いは淡き紅
朴落葉ぞうりの形に広がりぬ

〈選後随想〉 岡田耕治
影踏みの影に尾のある子もまじり 渡邉美保
 子どもたちの影踏み遊びの情景に、「尾のある子」という幻想的な要素が不意にまじり合っている。現実の光景からふっと異界へ誘われるような、郷愁とユーモア、そして微かな不気味さが同居する美保さんの世界。句会では、教職にあった人から、他の子とはちょっと違ったユニークさのある子が想起されるとの評が出た。

遠くへは行かない暮らし彼岸花 玉記玉
 遠くへの移動や変化を求めず、身の回りの日常に留まるけれども、俳句においては自在でありたい、そんな玉さんの気構えが感じられる。彼岸花は、球根に強い毒があるため、虫や動物から田畑や墓地を守るための「魔除け」「境界」として植えられてきた。この此岸と彼岸の境界は、「遠くへ行かない」暮らしを一層愛おしいものにする。

ゆつくりと紙紐ほどく今年米 辻井こうめ
 新米を包む紙紐をていねいにほどいていく手つきに、こうめさんの季節の恵みを受け取る喜びと神聖さが漂う。句会では米作りの友人から聞いた話として、この紙紐はウンウンと強く締めないといけないと紹介された。だからこそ「ゆつくりと」ほどかなければならない。しっかりした紙の袋を開く音とともに、新米の香りが立ち上るような温かみを感じさせる。

無理をする人に食いつく鷹の爪 森谷一成
 つい無理をしてしまう人への、一成さんのまなざしのあたたかさを感じる。鷹の爪は、先端がキュッと尖って少し湾曲しており、鮮やかな赤色をしている。収穫して、販売しているものもそうだが、赤くなるまで畑にあると、爪先があちこちに向かって、それこそ「食いつく」形に見える。これはもしかすると、がむしゃらに生きる自らへの自嘲的なエールかも知れない。

*歌うほど声の出てくる木槿かな 岡田耕治