2019年3月31日日曜日

香天集3月31日 石井冴、渡邉美保、柴田亨ほか

香天集3月31日 岡田耕治 選

石井 冴
紫木蓮咲いて空き家を湿らせる
風船がよく飛ぶト音記号から
げんげ田に沿って引越荷物来る
キャタピラの泥の残れる薺かな

渡邉美保
目を閉じて観潮船の舷に立つ
龍天にきれいな鱗拾いたり
朧夜の坂の上なる大樹に眼
蜷の道水辺はときに頼りなく

柴田亨
三月は遠くの人に会いに行く
この刹那うすくれないに木木眠る
風ぬるく今朽ちていく資本主義
柴犬にスキップのあり春日向

浅海紀代子(3月)
この日差ぺんぺん草の鳴りそうな
チューリップ全開となり落ち着かず
金平糖こぼれて春の広がれり
三月尽夢を詰めおく段ボール

澤本祐子
出しすぎて元に戻らぬ寒の紅
菜の花の咲く一日を無事にして
やわらかな時を同じく野に遊ぶ
花びらの縁より疲れ白椿

中濱信子
笹鳴きや渡り終えたる沈下橋
名も知らぬ鳥が臘梅啄みぬ
啓蟄やパンから先に飛び出して
木蓮の白に宿りし朝日かな

北川柊斗
下萌をのびゆくサイクリングロード
酒樽のあまた奉られ濃山吹
真白なる選挙看板春疾風
菜の花や鴉降り立ちすぐ発ちぬ

坂原梢
猫柳だけを活けたる壺のあり
春泥の中よろこんで走る靴
蛤の殻にハワイを描いてる
鶯の声に人声はじまりぬ

釜田きよ子
初蝶は我のアンテナ素通りす
さくらさくらみんな勝手なことを言う
花筵平均寿命の話など
陽炎に表と裏の有るや無し

浅海紀代子(2月)
ランドセルのいつもの時刻春隣
解かれゆく家の老梅匂いけり
翻るピンクのシーツ春の家
ゆっくりと齢と歩く春日影

中嶋紀代子
万年青の実赤く熟して告げており
雛飾る卒寿と喜寿の並びいて
紙風船代わりばんこで強く突く
雀の子人を好きな子恐れる子

北村和美
日永しアスファルト行く鳥の影
卒業式ポニーテールの背に触れて
啓蟄のその先にありのぞき穴
春の宵こめかみで聞く言葉あり

羽畑貫治
仏間より声を細めて孕猫
いつからか嗅覚失せて白木蓮
朧月足音と影追いゆけり
潮の香を纏いて流れ春の月

越智小泉
幼子の目線土筆の良く見えて
水温む鯉の口より泡一つ
いつまでも止らず蝶の渡りけり
陽炎に躓く老いの歩みかな
*泉佐野市にて。

2019年3月30日土曜日

石が好き石に息づくしゃぼん玉 玉記 玉

石が好き石に息づくしゃぼん玉 玉記玉
「香天集」55号。石を死の象徴とし、しゃぼん玉を生の象徴としてみます。すると、死の冷たさに着地した生が浮かび上がってきます。石を選んだことによって、しゃぼん玉の生がむき出しになったとさえ思えるのです。陽光を浴びて輝いているしゃぼん玉は、やがて石の上ではじけてその命を終わります。石は静かにその破裂を受け止めてくれるでしょう。だからこそ、このしゃぼん玉は、石というタナトスを選んだのです。

*和歌山市大川にて。

2019年3月28日木曜日

寒禽や私が先に目を閉じて 加地弘子

寒禽や私が先に目を閉じて 加地弘子
「香天集」55号。「寒禽(かんきん)」の説明として、この句に最もふさわしいのは、「大辞林」です。「山野・川・海などで厳しい冬の中を生きている鳥」と。その厳しさのなかでつぶりゆきそうになる目を見ていると、私が先に目をつぶってしまったよという、作者の温かいまなざしを感じます。私も寒禽の一羽になって、この現実を耐えているようです。

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2019年3月27日水曜日

マスクして目で逆らつてゐる少女 渡邉美保

マスクして目で逆らつてゐる少女 渡邉美保
「香天集」55号。マスクには人を遮る働きがあります。けれどもこの少女は、遮るのではなく逆らっている、言い方を変えれば繋がろうとしているのです。人を遮る風をしながら、遮り切れないでいるそれが思春期の心の状態なのかもしれません。一読して、あー懐かしいなと感じました。中学校の教員をしていた頃の目線が蘇ったからです。今も中学校現場におじゃますることがありますが、少女たちは逆らう時を惜しんで、スマートフォンと睨めっこしているようです。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年3月26日火曜日

「春休」16句 岡田耕治


春休  岡田耕治

啓蟄の一人ひとりのオノマトペ
春日向遊びどころを見つけたる
あれだよと指さされたる初音かな
失敗をよろこび合いて揚雲雀
たんぽぽの高さに同い年となる
機嫌良き人を訪ねて春の蠅
沈丁花定刻にドアノックさる
よく笑いよく冷えている蕨餅
風船を集めて胸を軽くする
ため息のふくらんでいる石鹼玉
凧よりも遠くを見ておりぬ
中心はほうれん草の卵焼
スプリングコートの背中叩きけり
潮干潟猫の仕草をして渡り
はっきりと頷いてより卒園す
春休震える電話そのままに

*岬町立岬中学校玄関にて。(私の字を掲示してくださいました)

2019年3月24日日曜日

香天集3月24日 谷川すみれ、木村博昭、中嶋飛鳥ほか

香天集3月24日 岡田耕治 選

谷川すみれ
スカートの揺れる速さの緑かな
並びたるトマトの平和ひとつ取る
人間を大きく曲がりかたつむり
渾身の心拍蛍の夜のこと

木村博昭
啓蟄や着替二枚の旅鞄
われ跳べばなれも跳ぶなり春の山
無人機の耕している空広し
暗渠へと流れてゆけり春の川

中嶋飛鳥
春動く三角四角長四角
ハバネラは二拍子地虫出ず 
天仰ぎいて地震の夜の紙雛
養花天パスタはアルデンテとしたる

安部礼子
アトリエの奥に濃くある春の夢
花粉症太陽の輪の美しく
涅槃西風星屑だけが集められ
花筏浮かぶ戦闘機は沈む

橋本惠美子
新しいテトラポッドの春寒し
紅椿あぶら取り紙よく売れる
花灯路ハート印の猫の耳
春耕の二拍子刻むピアスかな

古澤かおる
真っ新な庭師の足袋よ若楓
ネクタイで作るバックや百千鳥
参拝の一キロコース春ショール
その奥に白色を秘め紫木蓮

橋爪隆子
白梅を過ぎてゆく風もどる風
うぐいすが人の話を黙らせる
わが息の空に遊べり石鹸玉
草萌や光を放つびんと缶

永田 文
初蝶を誘いだしたる日差かな
たしかなる水の流れや春鼓動
深呼吸している言葉野に遊ぶ
春寒しチョコレートには角生まれ
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年3月23日土曜日

末黒野をゆくは忌野清志郎 柿本多映

末黒野をゆくは忌野清志郎 柿本多映
『柿本多映 俳句集成』深夜叢書社。既刊句集を完全収録した上で、未収録作品1500句を含む集成が出現しました。この句は、最新句集『仮生』(2013年)にありますので、清志郎はもう亡くなっていたでしょう。多映さんが清志郎を聴いていたという驚きと、清志郎がもっとも映えるのが「末黒野」だという鮮烈さに圧倒されます。ロックンロールは、何よりもビートが命です。柿本多映さんの句には、人の心を鷲掴みするようなビートの効いた句がたくさんあることに思い至る一巻。

*岬町深日にて。

2019年3月22日金曜日

泣きじゃくるほかに術なし大枯野 木村博昭

泣きじゃくるほかに術なし大枯野 木村博昭
「香天集」55号。「泣きじゃくる」のは、子どもだろうか、大人(作者)だろうかと思い、いくつかの辞書にあたりました。ふつうは、「しゃくりあげて泣く」との記述ですが、「三省堂 現代新国語辞典」には「ときどき強く息をすうようにして泣く」とあり、「小学館 日本国語大辞典」には「声を大きく出さずにすすりあげて泣く」とあります。これは、もう大人のことだと感じました。というより、私たちは子どものころから、こうして泣きじゃくりながら生きてきたのではないかと。何もない大枯野の中で。木村博昭さん、今回の12句は粒ぞろいですね。

*岬町小島にて。

2019年3月21日木曜日

そやなあが口癖の人山笑ふ 金子 敦

そやなあが口癖の人山笑ふ 金子 敦
「セレネッラ」18号。関西では、「そや」とか「そやな」は、「そうだね」というほどの意味で使われます。では、「そやなあ」と「あ」が入ると、「そうだね。それもいいね」という、「そうだね」という肯定をソフトフォーカスするようなニュアンスになります。それが口癖の人なのですから、何を言っても、「そうだね。それもいいね」と柔らかく帰ってくる。その口ぶりには、「否定はせえへんけど、それはあんたの課題やね」というほどの突き放しも混じっているようです。まるで、目の前の春の山のような人ですね。

*大阪教育大学柏原キャンパスから。

見晴るかす炎ゆる浪速の経済度 西田唯士

見晴るかす炎ゆる浪速の経済度 西田唯士
「俳句四季」4月号。「句のある風景」として、天王寺阿倍野界隈を眺望する写真とともに五句が掲載されています。あべのハルカスの語源が「見晴るかす」であると、作者のコメントにありますが、さてこれからの大阪の経済はどうなって行くのでしょうか。大阪万博などプラスの要因もありますが、マイナスの要因も少なくありません。ハルカスの見える処に移住した作者。これからの大阪がどうなっていくのかを見定めようとしているようです。

*大阪府柏原市にて。

2019年3月18日月曜日

「ノンアルコールビール」15句 岡田耕治

ノンアルコールビール 岡田耕治
  札幌6句
猫の恋時計台には長く居て
陽と陰を際立たせたる春の雪
複式の学級わたり春の風
雪の果へき地校から戻りたる
着陸の耳が出てゆく春日向
空港のリムジンバスの春の闇
  
寝返りをうって芳し春の草
春眠くなるほっぺたを赤くして
目を細め近づいている風車
落ち着いた口調になりて春休
紙風船先にほっぺを膨らます
本を読む速度を落とす初音かな
絵葉書の旅が始まる鳥曇
三月の雪が重たく降り出しぬ
ノンアルコールビールはきっと春の季語
*岬町小島にて。

2019年3月17日日曜日

香天集3月17日 森谷一成、三好広一郎、加地弘子、西本君代ほか

香天集3月17日 岡田耕治 選

森谷一成
臘梅のうつむきなりに空の青
天牛堺書店破れ一月
  79.3/28  86.4/26  11.3/11
スリーマイルチェルノブイリフクシマどれも春
襞々の夜にうずもれ卒業子

三好広一郎
(あかがり)を割ってぐわつとスニーカー
金堂の消火器の赤眠る春
前列に埴輪の座り村歌舞伎
梅真白答案用紙はゴムの臭い

加地弘子
春の海黙っているは心地よく
すつぽりと型にはまり蝌蚪の国
春ショール順番のきて羽織りたる
遠くまできれいな蓬摘みにゆく

西本君代(2月)
耳袋故郷の山の遥かなる
密やかな小人の城よ霜柱
落ちてくる目で追ってゆく牡丹雪
姉のさす寒紅の筆見つめおり

西本君代(3月)
外国の絵本の色ねクロッカス
目をそらし続ける子あり春浅し
小さな靴コトコトと蛇穴を出る
ふきそうじ指の先まで春隣

辻井こうめ
ラナンキュラスウィンナーワルツ聞こゑむ
いくさなき三十年目さくらばな
薄明の朝を呼びゐる辛夷かな
春の空葉芽の赤色溶け出しぬ

西本君代(1月)
北風に吹き寄せられてボールと子
外灯のその幅に雪降りしきる
雪晴れや厚底の靴捨てるとき
湯の母と初浅間へと伸びをする

神谷曜子
春の雲ちぎって投げる「万引家族」
種いもを植える影あり親と子と
でこぼこな真昼となりて春を待つ
忘れ物探しに戻る三月へ

中辻武男
王座戦の手合せにあり春座布団
紙雛を流す小川と子とありぬ
早咲きの河津桜に笑み交す
遥かなる湖出航の東風告げる
*兵庫県武庫川女子大学にて。

2019年3月16日土曜日

家の灯を増やしてメリークリスマス 森田智子

家の灯を増やしてメリークリスマス 森田智子
「樫」112号。クリスマスが近づきますと、家の中にツリーを飾ったり、家の外にイルミネーションを着けたり、にぎやかに過ごしました。しかしそれも、子どもが小さかった頃のことで、最近ではクリスマスが近づいても特に暮らしに変化はありません。しかし今日はクリスマス。日頃は、自分たちのいる部屋だけを点して、節約した暮らしを心がけていますが、今日は他の部屋の明かりもつけておくことにしましょう。メリークリスマス。

*北海道札幌にて。

2019年3月15日金曜日

花筏こころ平らに我あれよ 池田澄子

花筏こころ平らに我あれよ  池田澄子
「俳句α」2019春。桜の花びらが筏のように流れていきます。一つひとつの花びらは、終わりに向かうこの生命を象徴しているかのようです。だからこそ、そのゆっくりとした静かな流れは、「こころ平らに我あれ」と呼びかけきます。不安な時代、変化の激しい時代にあって、自然はこのように私たちの「命いとおしさの感覚」を呼び覚ましてくれるのです。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年3月14日木曜日

少年犯罪増やす社会や亀鳴けり 朝倉由美

少年犯罪増やす社会や亀鳴けり 朝倉由美
句集『銀河仰ぎし』文学の森。実際に亀が鳴くことはないとするか、俳人にはその亀の声を聞くことができるとするか、私は後者を取りたいと思います。少年が凶悪化して犯罪が増えるのではなく、そのようにさせている社会の方にフォーカスしました。亀の声は、少年の声なき声にちがいありません。作者は、大牧広さん門。

*大阪市天満宮にて。

2019年3月13日水曜日

骨肉を離れて静か熊の皮 渡辺誠一郎

骨肉を離れて静か熊の皮 渡辺誠一郎
「小熊座」三月号。熊の皮は、よくカーペットや尻当てに使われます。一日を終えてこの身体をカーペットに委ねますと、静かな時間がおとずれます。きっとこの熊の皮に骨肉が詰まっていたときは、熊なりの様々な苦労があったのだろうなあ。つめたいまでに静かになったその感触から、そんなことを想います。コートなどのおしゃれな毛皮ではなく、実質的な使われ方をする熊の皮の存在が、手触りとして感じられる一句です。

*札幌時計台にて。

2019年3月12日火曜日

雪国の靴にて丸の内の闇 高野ムツオ

雪国の靴にて丸の内の闇 高野ムツオ
「小熊座」三月号。北海道教育大学に出張が決まったとき、同僚から雪の上を歩ける靴を買った方がいいとアドバイスを受けました。出張中、天から雪が舞うことはなかったのですが、歩道には雪が残っており、新調した靴の恩を感じることがよくありました。空路大阪に帰り、空港の長い通路を歩いていると、この靴が通路を闊歩する人に比べると大きくて重く感じられました。ムツオさんもきっと、丸の内を歩きながら雪道をきたこの大きめの靴に違和を感じたのでしょうか。いや、違和を感じたのは、あまりにもスマートに歩く丸の内のビジネスマンたちの革靴だったにちがいありません。

*北海道北広島市にて。

2019年3月11日月曜日

「札幌」15句 岡田耕治

札幌  岡田耕治

昼酒のきっかけとする雛あられ
弁当をすっかり食べる雛かな
ビニールの袋に春の雨上がる
分かち飲むワイングラスの春灯
桜餅釣銭に手を添えらるる
下萌や休みの日にもチャイム鳴り
十分の散髪をして若布干す
じゅるじゅると蛤を焼き海の岩
その後を語りたくなる浅蜊かな
  札幌六句
春の雲離陸の背中軽くなり
札幌に友ありて着く雪解かな
新しい靴を鳴らして春の雪
北海道教育大の水温む
卒業が近づいている雪達磨
白樺の裸につづき春の空
*北海道大學にて。

2019年3月10日日曜日

香天集3月10日 三好つや子、玉記玉、砂山恵子ほか

香天集3月10日 岡田耕治 選

三好つや子
風光る移動屋台のベレー帽
板チョコの東の角より囀れる
一年中春の声して鳩時計
春光の鰭がからだに太極拳

玉記玉
おにぎりのてっぺん春を惜しみけり
行進の埴輪に兄のかぎろえる
陽炎に発酵したる神話の木
手拭いをひらく乙女椿乾く

砂山恵子
花冷えや丹波の鬼に酒一升
我回るほどに回れと風車
日永し二十回目のアンコール
朝咲きて夜へ散りゆくチューリップ

中村静子
木洩れ陽の名残を胸に冬の蝶
笹鳴をさらう産声はじまりぬ
煮崩れしおでん日向の香りして
水底へ光を編みてかいつぶり

宮下揺子
一月の菜の花溢るメール来る
手袋の中の小銭や薄曇り
雪催い指跡残る絵本あり
店たたむ夫の決心春の空

岡田ヨシ子
雑煮箸十膳揃うことのあり
梅林に大阪城の見えており
招かれしいきいきサロン雛の日
鯉幟曾爺曾婆と呼ばれたる

*札幌グランドホテルにて。

2019年3月9日土曜日

小春日の頬杖雲が寄って来る 坪内稔典

小春日の頬杖雲が寄って来る 坪内稔典
「船団」120号。小春日和に頬杖をついて空をながめている、ただそれだけが書かれています。しかし、坪内さんが表現したかったのは、そのように何も考えないでいる時間の大切さ。私たちは、日々の雑事に追われて、何も考えなくともよいひとときを忘れてしまったのではないだろうか、という作者の思想が下敷きになっているようです。言い切ってしまわないから誘われる、そんな読み方に誘われる俳句です。

*札幌時計台にて。

2019年3月8日金曜日

四月馬鹿何でも見える木に登り 高澤晶子

四月馬鹿何でも見える木に登り 高澤晶子
「花林花」2019。子どもの頃木登りをして、そこから周りの様子を見ていた事があります。鳥瞰図という言葉がありますが、まるで鳥になったような気分で色々な景物を見ていました。そのような経験が、自分を見つめるもう一人の自分の視点を獲得させたのではないでしょうか。4月1日は、四月馬鹿でもあり、西東三鬼の忌日でもあります。師系にある私たちは、そのどちらを使うか迷いますが、ここは四月馬鹿。この日は、もう一人の自分を登場させておくにかぎります。

*北海道札幌駅にて。

2019年3月7日木曜日

行く先はどこでもよくて春の水 仲 寒蝉

行く先はどこでもよくて春の水 仲 寒蝉
「俳句」三月号「四大元素」から。風・火・水・土の四大元素のうち、水の句を選びました。一読してイメージしたのは、雪解水です。雪として静止していた水が、春になって動き出します。そんな水を見ていると、「行く先はどこでもよく」という気分が浮かんできます。思えば、行く先があり、約束の時刻があり、帰る場所と時刻があるという暮らしを当たり前のようにしています。しかし、この水のように、どこに行こうとしているのかなどはお構いなしに、ただ光を浴びながら流れていく、そんな日もあっていい、そんなことを思わせてくれる元素です。

大阪府高槻市にて。

2019年3月5日火曜日

夏柑のいのちに爪を立てにけり 大牧 広

夏柑のいのちに爪を立てにけり 大牧 広
「俳句」三月号。夏蜜柑を庭に植えている知人がいて、毎年この時期にいただきます。あまり木にならせておくとよくないとのことで、一度にいくつもいただきます。これをしばらく眺めて暮らすのは、きっと食べるのにパワーが要るからだと思います。酸っぱいし、大きいし、一度割ると食べきりたいし、何時食べようかな、と。早めに食事を終える休みの日など、意を決して爪を立てます。それほど、皮が固いのです。すると、あの高村光太郎の『智恵子抄』の一節が浮かびます。「トパアズ色の香気が立つ」と。でも、これからは、大牧広さんの「いのちに爪を立てにけり」というフレーズが浮かぶことでしょう。

*大阪教育大学天王寺キャンパスからのハルカス。

2019年3月4日月曜日

「呉線」16句 岡田耕治

呉線   岡田耕治

黄梅や話しつづける友といて
春の土老いし力を加えたる
黒板の時計を遠くして春眠
手をほぐし紙風船を受け止める
柔らかくくずれていたり蕗の薹
一杯ずつ店を移りて春の月
青ぬたや一人切り盛りする店の
モーツァルトだけのラジオの朝寝かな
  呉八句
呉線が象ってゆく春の海
缶珈琲立てて車窓の春景色
春の海大きな旗を伸ばしけり
春日向砲身として取り出され
広島の鉄板に鳴り春の水
気配さえ残らぬ春の暁よ
ステンレスたっぷりレタス掴みたる
終点に向っていたる春日かな

*広島県呉市にて。

2019年3月3日日曜日

香天集3月3日 石井冴、渡邉美保、森谷一成、柴田亨ほか

香天集3月3日 岡田耕治 選

石井 冴
もち花の先のももいろから脱皮
おとうとの一分間を風花す
急がずに女に戻る凍豆腐
女手に菠薐草が育ち過ぎる

渡邉美保
白椿に錆回りくる日向かな
てのひらに小惑星の石あたたか
芽吹くものの先へ先へと光の輪
卒業子ハイタッチして散在す

森谷一成
ふるさとの堤に匂う蕪村の忌
拙なけれど澱河言祝ぐ初音かな
       澱河=淀川
悴みて気根の精のごとくあり
鏤むやプラスチックの涸川原

柴田 亨
風花や雀は天を見つめおり
つぼみつぼみぽつぽつぽつと雨になる
春ごもりおのれの闇とにらめっこ
切子酒簡単なこと先にして

釜田きよ子
飛ぶことを考えている寒卵
海の記憶ありて魚の煮凝りぬ
福寿草家族写真のごと生えし
水仙の唄えばボーイソプラノに

中濱信子
四捨五入して九十の冬帽子
龍の玉人には見せぬ我が手相
霜柱踏んで悪事を太らせる
冬ぬくし片側続く醤油蔵

北川柊斗
しやりしやりと薄氷小さき靴の下
ものの芽のそれぞれにある色目かな
雨音のしたたかなりし二月尽
トースターとびだすパンや今朝の春

安部礼子
天井の水陽炎や死者の啼く
ニューロンの宇宙に届きシャボン玉
薄氷水のあがくを美しく
豆撒きに鉢合わせたるいかり顔

木村博昭
春を待つピースボートのビラを貼り
遠山の縹色なる二月かな
大試験控え十五の誕生日
春の雷シュークリームの皮を割る

中嶋紀代子
春光のアジア行き交うメトロかな
春日向皺に埋もれし手相観せ
気の弱くなりたる友に晩白柚
空蝉の生き続けたる老梅よ

北村和美。
早春のうしろ姿の学ランよ
春寒しふぐ提灯のゆれる音
のり巻きの玉子が恵方向いてあり
西行と同じ命日迎えけり

羽畑貫治
どこまでも月の出てあり春疾風
風車からから過疎の邪気払う
痰からむ喉の不具合春日向
平成を豊かに送り雛飾り

越智小泉
年の豆昭和平成その後も
盆梅のここは寡黙となるところ
春泥の乾いては散る轍かな
七転び八起きの童青き踏む


*奈良県教育センターにて。