2024年5月12日日曜日

香天集5月12日 三好つや子、古澤かおる、春田真理子ほか

香天集5月12日 岡田耕治 選

三好つや子
椅子になりたい男の話春の蝉
若葉雨一通だけの嘆願書
振り出しに戻っておりぬ天道虫
燕来る絵本のなかの交番所

古澤かおる
白靴の踵初めに踏まれけり
青空はあくまで遠く夏立てり
大好きな「つづく」のページ柏餅
撫で肩の後ろ姿の青鷺よ

春田真理子
たまゆらの考妣と語り花朧
生き急ぎ風受けている木瓜の花
触れられぬ潔白のあり山芍薬
猫通る春満月のうすくなり

宮下揺子
満開の桜平和を噛みしめる
歳重ね似てくる夫婦いたち草
妖精の生まれるところ三椏咲く
朧の夜裏打ちの文字透けて見え

砂山恵子
ハーバーの小屋に救命器具薄暑
風吹けば潮のかをりの立夏かな
朝市のひよこが走る庭薄暑
早緑の輪切りのキウイ夏はじめ

牧内登志雄
故郷の駅舎の日射し栗の花
海鳥の一羽遅れて夕薄暑
妹の肩の眩しき春野かな
尖つて風に逆らふ麦の秋

〈選後随想〉耕治
白靴の踵初めに踏まれけり  古澤かおる
 中学生のころ、新調した白い運動靴を履いたときの気分がまず蘇る。新しい靴には、うれしさと同時に、しばらくは足に馴染みにくい煩わしさもあった。だからだろうか、それとも、ちょっと反抗してみたくなったからだろうか、新調の靴の踵を踏んで履くことにした。親からも、教師からも、「ちゃんと靴を履きなさい」と言われるに決まっているが、それまではこの靴とのゆるい付き合いを愉しむことにしよう、そんなかおるさんのつぶやきが聞こえてくる。踏まれたのは、他の人に踏まれたとも読めるが、そんな初日の悲しさよりも、自分で踏んだと読みたくなる一句だ。
*みさき公園にて。


2024年5月5日日曜日

香天集5月5日 佐藤俊、釜田きよ子、安部いろん他

香天集5月5日 岡田耕治 選

佐藤俊
透明の闇の桜に会いに行く
つばくらめ空の切れ目をさがし飛ぶ
暮の春弥生の土器の稲の痕
筍(たかんな)の節々の風吹き通す

釜田きよ子
敵味方どちらも大事山笑う
山桜父が後ろに来ておりぬ
ブレーキの効かなくなりし花筏
シャボン玉笑い転げるように飛ぶ

安部いろん
雷に照らされ壊れゆけるとき
生贄となるらむ真日の暑さかな
現実に戻る階段こどもの日
四方の夕やがて八方の春の夜

河野宗子
挿木した花の名前を忘れけり
「生きてるか」ひと声届く春の風
傘寿超えピアノレッスンリラの花
春雨の降っては止んで落ち着かぬ

田中仁美
返事待つ絵手紙送り花水木
塀ごしに筍と糠いただきぬ
真っ直ぐにつぼみを立てて春のバラ
左官屋が壁を塗る音鉄線花

垣内孝雄
口下手が父の取柄ぞ笹粽
刻々と羆の檻の暑さかな
ひと夜さの小雨のあとの花牡丹
キリン見て背伸びせる子や夏帽子

吉丸房江
欲しいものが逆上がりして春一番
肩の荷を二つおろして桜狩
ひこばえの枝は自分の道を行く
うす紅の九十回目の桜かな

岡田ヨシ子
コロナ再び友の姿の消えし春
鯉のぼり二人で立てし太き竹
海の色山へと変わり夏来たる
さくらんぼ種まきし木が大木に

勝瀬啓衛門
鯉幟世代の変わる町おこし
武者人形仁王立ちする中座敷
ベランダの日干しになりぬ鯉幟
春の蚊や直ぐに叩かれ染みとなる

川端大誠
鯉のぼり風にまかせて遊んでる

川端勇健
青海の大波に乗るサーファーよ

川端伸路
海へ行く新しい道夏が来た

〈選後随想〉耕治
透明の闇の桜に会いに行く  佐藤俊
 「透明の闇」 という表現にまず注目する。透明は水やガラスのように向こうがよく見えることで、闇は光がなくて見えないことだから、矛盾をはらんだ表現だ。では、よく見えるようで実は見えない桜とは、何を表しているのだろうか。開花予想、花見、桜狩と世間は騒いでいるけれども、本来の桜を見ている人はどれくらいいるのだろうか。もしそんな桜があるのなら、これから出掛けていって会いたいものだ、そんな俊さんのつぶやきが聞こえて来る。まだ薄暗く、しかし徐々に夜が深まっていく春の夜、表現者としての探究には持って来いのひとときであろう。
*和歌山市加太にて。