2017年6月30日金曜日

水やれば咲くかもしれずかたつむり 櫂未知子

水やれば咲くかもしれずかたつむり 櫂 未知子
『カムイ』ふらんす堂。動かなくなったかたつむりが、炎天下に乾いています。水をかけたいと感じるだけでなく、水をやれば咲くかもしれないと、自分の感性を一歩すすめていく。それは、カムイ(アイヌ語で神)に近づく営みであるにちがいありません。北海道出身の作者の待望の一巻が出現しました。御出版、おめでとうございます。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2017年6月29日木曜日

見るよりも立つこと寂し螢狩 山下知津子

見るよりも立つこと寂し螢狩 山下知津子
「俳句」7月号。何時の頃からか、蛍狩は寂しいものになりました。街や家に光が溢れているからかも知れません。作者は、その蛍を見るよりも、ただ立っていることが寂しいと。ただ立っている、ただ生きている、そのことが寂しい時代になってしまったのですね。でも、もっと暗くなって、もっと蛍が舞うようになれば、ただ生きていることを囃してくれるにちがいありません。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2017年6月27日火曜日

どの窓も山へ開いて柏餅 坪内稔典

どの窓も山へ開いて柏餅 坪内稔典
「俳句四季」7月号。一読して、東吉野の藤本安騎生さんの庵を想い起こしました。どの窓も山に開かれていて、川の音が聞こえ、しきりに鳥の声が届きます。柏餅を食べる、その一瞬のために、このような場所と人とお茶を選びました。いよいよ柏の葉を剥がすときがきたようです。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2017年6月26日月曜日

「シャワー」15句 岡田耕治

シャワー  岡田耕治

ただ波を見ていると言うサングラス
暫くは眠るがいいと額の花
夕べ来る発光しない蛍にも
蚊遣香電話で済ますこと残り
法案の通り過ぎたる旱梅雨
五月闇高野ムツオの声届き
駅までの直線にあり蝸牛
立って飲む身を傾けて冷し酒
馬鹿野郎シャワーを浴びて生き返る
今日中の書類に来たる金亀虫
水打ってより裁判の始まりぬ
胸元に引き寄せている半ズボン
舐め上げてソフトクリーム整える
葛桜ガラスの皿に密着す
特急に持ち込んでいる鰻かな
*泉佐野市内にて。

2017年6月25日日曜日

香天集6月25日 谷川すみれ、北川柊斗、木村博昭ほか

香天集6月25日 岡田耕治 選

谷川すみれ
熱高く楓もみじの黄を渡る
つかまえるおしもどされる鶏頭花
蚯蚓鳴く裏口つねに開けておく
瓢箪の眠りはしんとむせにけり

北川柊斗
さびしらに蛍追ひたる指の先
直感より直観まさる蛍の夜
手のひらの生命線を蛍往く
蛍籠かかげて行かむ黄泉の路

木村博昭
相部屋の息を潜める夏の曉(あけ)
分身の点滴台と梅雨つづく
生きていて良かったと言い苺ミルク
予後の眼に薔薇の真紅を映しけり

古澤かおる
一瞬で開くテントや夏の雲
国道の一方通行あいの風
それぞれの部屋見えている更衣
写真の日卑弥呼の顔にほくろあり

戸田さとえ
夢の中詩を紡ぎゆく熱帯夜
日の盛宅配便の届きたる
糶に出す牛をつないで夏木立
朝採りのトマトを朝に切って出す

村上青女
音刻む鉄路の窓や梅雨きざす
山肌の緑に雲の影の藍
はつ夏の森に肺腑の清められ
八回も蜜吸っている黒揚羽

永田 文
麦を刈る光の波をちらしつつ
田の水の泡のひかりに源五郎
夜店の灯孤独の闇のせまりたる
誕生日ワイングラスにさくらん坊
*昨日、上六句会のホテルアウィーナ大阪にて。

2017年6月23日金曜日

急ぐには惜しき滴り急ぎけり 星野早苗

急ぐには惜しき滴り急ぎけり 星野早苗
「俳句界」6月号。岩肌に現れた滴りは、見る間も無く落ちて行きます。もっとゆっくりこの岩肌を伝っていけばいいのにと見ているこの私も、この場にいつまでも居ることはできません。昼までには、山頂に着いて、風景をたのしみながら弁当を開くことになっているのですから。「急ぐ」ことは、よくないことと思いがちですが、このように急ぐことをたのしむことができるんですね。
*大阪府最南端・岬町にて。

2017年6月19日月曜日

「ハンモック」15句 岡田耕治

ハンモック 岡田耕治

夏鴉鳴く直前へ近づきぬ
胸の毛を吹かせていたり燕の子
ハンモック何時も初めて乗るように
横笛の瞳がわたる祭舟
夏灯鯛の頭を食べ尽くす
描きけり紫陽花よりもあざやかに
頭の上を追い越してゆく水馬
舌鮃食卓のベル鳴らしけり
茹卵黄身のどろりと汗ばみて
脈搏の集まってくる樟若葉
もう一本ビールを頼む頼まない
扇風機顔に七つの穴がある
夏の庭それぞれ食べるもの決まり
紫陽花を切って静かにしていたる
聴き手から訊き手に変わる目高かな

*父の日、岬町小島にて。

2017年6月18日日曜日

香天集6月18日 加地弘子、石井冴、中辻武男

香天集6月18日 岡田耕治 選

加地弘子(6月)
白日傘恵子の秀句携えて
裏庭へ個展の伸びて鉄線花
夏帽子誰かに忘れられてあり
青芒習わしとなる深呼吸

石井 冴
青柿の間合いに考を捜しけり
あかがねの馬のむかしをさみだるる
カタツムリを選ぶ女の腕飾り
食べて歩くパッションフルーツよく熟れて

加地弘子(5月)
ゴールデンウィーク雲と渋滞す
空と海色を揃えて夏休み
ものの芽やまずは名前を述べてから
夏の蝶来る時いつも不意にくる

中辻武男
枇杷の実を摘む音惜しむ里鴉
川の風涼ししきりに鳶舞い
雨風をこの世で受けて燕の子
交流戦球場夜空喝花火

*泉佐野市内にて。

2017年6月17日土曜日

狼の不壊の目玉に雪が降る 高野ムツオ

狼の不壊の目玉に雪が降る 高野ムツオ
「俳句界」6月号、特別作品「飯館村」50句。「山津見神社に狼の天井絵あり」とサブタイトルがついている。4月22日に関西現代俳句協会の総会があり、その記念講演で高野さんが、この山津見神社の狼の絵について次のように話された。全村避難が続く福島県飯舘村にある山津見神社には、200枚以上のオオカミの絵が天井を飾っていた。原発事故後も、避難先から住民が参拝に来られるよう、宮司や家族が拝殿を開けていたが、2013年に火災で全焼してしまった。
 人々の努力で、昨年の6月に神社を再建し、11月に全ての天井絵が復元されて戻った、と。高野さんは、正岡子規や佐藤鬼房の狼を詠んだ俳句を引きながら、狼を恐れながら共存していた時代から、狼は敵だと撃ち殺す時代への変化が、実は原発事故につながっているのではないか。復元された狼は、草原に寝そべったり、じゃれ合ったりと、表情豊かである。この豊かさがこの国のものの見方、我々が書いている俳句を育んできたのだ、と。
 「不壊(ふえ)」とは、こわれないこと。全焼した天井絵は、その半年前に絶滅したニホンオオカミの研究のために和歌山大学の教授が写真家を連れて撮影していたこと。別の場所に奉納されていた同じ作家の狼の絵が、見つかったことも復元に一役かったこと。そのようにして、こわれなかった狼たちの目玉は、再び福島に降る雪を、ひいてはこの国を、静かに視つめている。
*高野ムツオさんが講演中に映したスライド、復元された狼たちの天井絵。

2017年6月16日金曜日

夏至ゆうべ楡の葉うらに楡のかぜ 花谷 清

夏至ゆうべ楡の葉うらに楡のかぜ 花谷 清
「俳句界」6月号。夏至が近づいてきました。昼間が最も長い日、ようやく夕べを迎えることになると、なんだかほっとします。大きな楡の木の中に居ますと、葉裏を風が渡っていきます。その葉音は、まるで私自身を囃してくれるようです。同号の「新作巻頭3句」に私も出句しました。書店などでお目に止めていただければ、幸いです。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2017年6月13日火曜日

三月の海が薄目を開けるとき 渡辺誠一郎

三月の海が薄目を開けるとき 渡辺誠一郎
「小熊座」5月号。宮城県在住の作者は、今も海を直視することができないと述べています。三月に入り、十一日が近づきますと、心が張りつめてきます。報道に接するだけでもそうなのですから、東北に住む作者には酷な日々にちがいありません。その頃の海が、「薄目を開ける」とは、どういうイメージでしょう。目を開ける行為は、これまでは未来を見ることを意味していました。しかし、この目は、未来ではなく過去、つまり震災の日へと開かれていくようです。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2017年6月11日日曜日

「蜜豆」12句 岡田耕治

蜜豆  岡田耕治

嘴を磨き続けて夏鴉
夏雲の赤信号を渡りけり
背負い来るバッグを並べ夏の山
青葉雨なかを魚影の走りけり
うわの空になってゆきたり天道虫
何処にも降り口のなきかたつむり
帰りたくないと言い出す蛍かな
気がかりと別に蜜豆食べ進む
二本目のノンアルコールビール干す
自己管理能力のない裸にて
何時もより早く尽きたる蚊遣香
学校に集まってくる浴衣かな
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

香天集6月11日 中村静子、中嶋飛鳥、橋本惠美子ほか

香天集6月11日 岡田耕治 選

中村静子
風船やもう限界の近づきて
走り茶に豚饅頭の匂いけり
音もなく地を蹴って跳び蟇
潮風の殊に艶増す蛇の衣

中嶋飛鳥(四月)
泣きて起つ幼の膝の春の土
花疲れ指の根元のめくれたる
紙風船昭和を丸で囲みたり

春愁を両手で丸め放置する

橋本惠美子(六月)
消灯の放送流れ猫の恋
柔らかき棘を持ちたる若葉かな
来年は四人家族の鯉幟
飛び掛かる気配を遺す蝮かな

中嶋飛鳥(五月)
小さき掌の小さきコインの汗ばめる
先生の足元にあり踊子草
益荒男の眉を剃り上げ夏兆す
どくだみの十字広がり荒れ進む

宮下揺子
待つことに慣れてくるなり花ミモザ
洋館の窓に嵌められライラック
杖上げてハンカチの木を教わりし
メメントモリ草萌えの中に居る

橋本惠美子(五月)
春風や袋小路に寄り道す
花の昼ちょこ一杯の眠りかな
子の頭通る高さを剪定す
飛び出してバケツに入る蛙かな

立花カズ子
白髪に残る童顔花の下
写し絵の子猫の瞳動き出す
戸締りの音立ててより月涼し
夕風や早苗田の波果てしなく

岡田ヨシ子
予報から外れてきたり夏の雲
野苺が競いはじめる空き地かな
ネイビーと白地上手に着こなしぬ
サングラスアクセサリーに旅鞄
*泉佐野市内にて。

2017年6月10日土曜日

猫の子の涙らしきの付きし指 池田澄子

猫の子の涙らしきの付きし指 池田澄子
「船団」113号。猫の子の目は、とても大きく感じます。抱いていた猫を親の猫に返すと、指が濡れています。濡れていた大きな目の涙かも知れません。これからこの子は、どんな猫になっていくのでしょう。危険な目にあったり、子を産んだり、かわいがってもらったり、様々なことをこの目が視て行くことになります。微かに濡れた指は、そんな未来に触れたように感じられます。
*大阪教育大学柏原キャンパスの森。

2017年6月8日木曜日

立春の友だち土を踏んで来た 坪内稔典

立春の友だち土を踏んで来た 坪内稔典
「船団」113号。私たちの歩く道は、そう言えば「土」がなくなりました。その土を踏んで来るのは、きっと回り道をして来たにちがいありません。稔典さんの近著『ヒマ道楽』(岩波書店)には、〈ヒマであることを認めれば、天下泰平、人生とっても能天気。時間もできて、ヒマ友もできて、やることやりたいこと沢山〉と。春になって、こんな風に訪ねてくれる「ヒマ友」があることが、豊かさなのですね。
*大阪教育大学柏原キャンパス、研修室のあるC棟から。

2017年6月7日水曜日

ファックスの速さで進む花筏 仲 寒蝉

ファックスの速さで進む花筏 仲 寒蝉
「里」6月号。ファックスの機能はどんどん良くなってきましたが、何枚かをまとめて送ろうとすると、やはり緊張感が漂います。紙詰まりはしないだろうか、裏と表はこれでいいだろうか、と。花筏を眺めていると、ちょうどその緊張感のあるファックスの速さが蘇りました。寒蝉さん、私たちの人生もまたこの速さで進んでいるのかも知れませんね。還暦のお誕生日、おめでとうございます。
*鳥取県倉吉市「未来中心」。

2017年6月5日月曜日

「別室」16句 岡田耕治

別室  岡田耕治


はじまりの天を静かに蜘蛛の糸
緑蔭やスクールバスの休みたる
麦の秋最前列で待っており
冷房の風来る弱いところへと
自らを責めるを止めん滝しぶき
仕事場の画面を照らし更衣
夏燕羽ばたかず空滑りゆく
早く梅雨が来て欲しいと言うマスク
奥の席占めて虎魚を注文す
夏暖簾割り正面のショットバー
聴くことに徹していたりサングラス
朝曇スマートフォンにうずくまる
別室から見ている人の扇子かな
水平にソフトクリーム保ち来る
半時を伸びきっているなめくじり
全員の自画像を貼り五月闇
*しきじ・にほんご天王寺にボランティアの方が持参してくれたお菓子。食べながら大阪弁のおしゃべりが弾みました。