2023年3月26日日曜日

香天集3月26日 石井冴、夏礼子、加地弘子ほか

香天集3月26日 岡田耕治 選

石井 冴
水陽炎少しばかりの餌をねだり
本物の鰓持つものと春の夢
一軒の本屋とどまり涅槃西風
山脈のここが終点春の水

夏 礼子
星の名のいつもあやふや寒明ける
春立つや見えないままのもの動く
一輌は私と春の日差しかな
足音を確かめている紙雛

加地弘子
腹筋を大切にして春を待つ
ぶらんこを漕がずに揺らす二人かな
集まれば経の流るる春障子
草叢に干されておりぬ蝌蚪の紐

河野宗子
春日影背中にあびて列車待つ
それぞれの蕾の固さ梅の里
二月尽ベビーソープの香りさせ
日輪を避けてこもれる日永かな 

嶋田 静
青空の涙風花てのひらに
天気図に予定を合わす四温かな
枇杷の花小さな声の聞こえおり
山笑うまず鉄塔に朝日受け

古澤かおる
春の雨紅茶カップを選びおり
朝方の指のこわばり牡丹の芽
春炬燵ピザのチラシで箱を折る
日永し港に近い石丁場

田中仁美
春の風多々羅大橋漕ぎ急ぐ
春光や子の自転車に追いつかぬ
花粉症自転車を漕ぐ頬染まり
行列の最後を探す春日向 

岡田ヨシ子
春彼岸ローソクゆらす独り言
山桜二人を迎えくださいと
面会が可能となりし桜かな
さくらんぼ蒔きて大きく二十年

牧内登志雄
花冷の中を嵐電がたごとと
墨染の走り抜けたる春の雨
残り香を追ふてもみたき木の芽風
春の闇狐の面の赤き耳
*和歌山市加太にて。

2023年3月19日日曜日

香天集3月19日 玉記玉、柴田亨、三好広一郎、渡邉美保ほか

香天集3月19日 岡田耕治 選

玉記玉
風車回して風の行きにけり
蝶以前合せ鏡でありしこと
菰巻いて蘇鉄は蘇鉄通しけり
声にせぬ言葉を愛し花辛夷

柴田亨
遠き日をそのままにして石蕗の花
漆黒の故郷のあり蛍烏賊
春休み猫は居場所を決めている
信号の青を連れ立ち春の雨

三好広一郎
ミルク膜情死している花筏
ふむふむと賛成多数桜餅
飛花落花名札の変わる病室に
スライダー東風に食い込む16番

渡邉美保
梅ふふみ刀剣展の刃反る
盆梅の幹の捻ぢれる時空かな
緋桃咲く電車の扉開くたび
蝶の来て座敷牢めくこの書斎

木村博昭
ランナーは前だけを見て菜の花忌
声に出し笑う独りの日永なる
パティシエの大きな帽子花苺
前後みな忘れてしまい囀れり

砂山恵子
トスあげし少女のリボン風光る
梅を見る有刺鉄線二度潜り
朧夜のわたし専用フライパン
ありがとうとかかれたる絵馬あたたかし

安部いろん
三月の雲会えぬこと知っている
先生に指されたように菖蒲の芽
染みのように残る記憶が春愁
隣り合う酒乱が解く春の闇

秋吉正子
堺にも海岸のあり桜貝
春立ちぬ修理の終わるバイオリン
学校の何処にも隅がクローバー
梅の花昨日の数を追い越しぬ

中田淳子
忘れ物取りに戻りし椿かな
微笑をたたえていたり雪椿

北岡昌子
梅の木を植えて一回水をやる
本殿から節分の豆撒きにけり

大里久代
遠くまで菜の花ゆれて遊びけり
幾年を桜咲く道君とゆく
*東京上野にて。

2023年3月12日日曜日

香天集3月12日 釜田きよ子、三好つや子、楽沙千子ほか

香天集3月12日 岡田耕治 選

釜田きよ子
最後には無色となりぬ流し雛
何処迄危険水域浮寝鳥
猫柳川は光を生むところ
のどけしや定位置に物置かぬ癖

三好つや子
紅梅をやきもきさせる男の子
春が来るチャーハンという即興詩
風光るヒエログリフの刺繍かな
三月の声のちらばる袋菓子

楽沙千子
語り継ぐことの増えたり実万両
潜り戸を開けていたりし寒見舞
外出を控えていたり枇杷の花
寒明ける万年筆の走り書

春田真理子
立山の白に青沿い初電車
若水の柄杓を託す人のあり
水仙の水を澄ませてりん鳴らす
約束の四月を前に医院閉づ

宮崎ちづ子
冬灯追憶のジャズ響きたる
日向ぼこ猫の親子が夢の中
うたた寝に添い寝の猫の重さかな
千切れ飛びまた寄り合うて波の花

上田真美
パンジーが添えられてありパンケーキ
桜餅思い出したる巣立ちし子
梅の花きらりスポットライトかな
草餅やたたかう生の気高さよ
*岬町小島にて。


2023年3月5日日曜日

香天集3月5日 久堀博美、谷川すみれ、森谷一成ほか

香天集3月5日 岡田耕治 選

久堀博美
不穏なること片隅の梅ま白
軽くなる初蝶の黄に遭いてより
芽吹山つぎはぎのまま広がれる
春愁の波止場を鳴らし紙テープ

谷川すみれ
レジ袋浮くぞわぞわと春の川
冴え返る瓶の異物の深い淵
鳥雲に嫌いな兄を紛失す
牡丹雪屋根の形をなぞりつつ

森谷一成
白息のゴジラをまねる厠かな
瓶の口吹けば裏山なだれたる
攻めずしてふぐり守れぬ二月尽
便便と三味線草の遊ばれし

佐藤俊
五音七音十七文字の奇数の春
げんげ田は記憶の箱のいくつめに
忘却は人の進化か多喜二の忌
名刺無くネクタイ締めず暮の春

宮下揺子
冬日射す診察台のぬいぐるみ
静脈を探す指先冬日影
冬空へ二列になりたがるペンギン
着ぶくれて尚着ぶくれる母の背

神谷曜子
これからは自分流なり雑煮食む
初稽古体の芯が定まらぬ
悴んで東照宮の今日を踏む
蝋梅の透明な刻通り抜け 

垣内孝雄
ちやりんこをとばしてゆけり春の風
わだつみの泪ひとつぶ桜貝
春の雨棚田つららく里に居て
啓蟄や管をきれいにする薬

藪内静枝
供華の梅開き大日如来様
侘助の粋な一輪葉の艶も
春寒のやわらかくなる日のかけら
穏やかに庭に一条日脚伸ぶ

吉丸房江
立春の二文字ふいに近くなる
しゃぼん玉子のほっぺたもしゃぼん玉
風の中ひょいと伸びたりチューリップ
野や山や芽出しの雨となりにけり
*岬町小島にて。