2017年10月31日火曜日

ゆく夏の汀に陸の来てゐたり 安田中彦

ゆく夏の汀に陸の来てゐたり 安田中彦
 邑書林から出た安田中彦さんの第一句集『人類』は、「こんな素敵な俳人がいたのか」と、何人もの方から高い評価をいただいています。例えば、松下カロさんは、ブログで「気持ちを塗りかえてくれるような、大きな、そしてやさしい衝撃」として、この句集を丁寧に取り上げてくれました。この句は、「花曜」の鈴木六林男選に入った句ですが、陸に汀がせまるのではなく、汀に陸が来るという感性が、とても新鮮だったことを覚えています。鈴木六林男師も「花曜集」の選後随想で次のように大きく鑑賞されています。
「陸は海に入り海底でつながっている。陸上にある山も湖も噴火によって現出したものであろう。海底で地震があると陸も動く。人間の土地としての陸は〈汀に来て〉海底へと延び、そこで海底の元山脈と合流する。夏も終り〈ゆく夏〉になると人は陸の深いところに戻り、名残を〈汀〉として残す。この心象は夏の挽歌である。」(「花曜」2003年12月号43頁)安田中彦さん、御出版おめでとうございます。


2017年10月30日月曜日

「附属池田小学校」18句 岡田耕治

附属池田小学校  岡田耕治

右の目に君左の目に台風
台風圏思わぬ方に行く話
長月の街頭マイク濡れてあり
冷まじやこの身に残る震度七
軽い句集へ寝台の秋ともし
久しぶりの顔が隠れて吊し柿
実紫ひととき息を止めており
おのおのが足を組みたる夜寒かな
  大阪教育大学附属池田小学校十句
木の葉舞う二重扉の向こうにも
冬来たる三百を超す非常ベル
どこからも見えてガラスに残る虫
ジュラルミンケースに眠り冬に入る
まだここに入れない子の冬日向
冬日向先生たちはいつも傍に
ここが現場それを囲める白障子
侵入のスロープ残り神無月
山茶花や八つの鐘の鳴りわたり

ここに居ていいよと冬の芝なでる
*大阪教育大附属池田小学校にて。

2017年10月29日日曜日

香天集10月29日 砂山恵子、谷川すみれ、大杉衛ほか

香天集10月29日 岡田耕治 選

砂山恵子
高きに登る本心を言はぬまま
渡り鳥スコアボードにゼロ続き
南瓜の大きさをしてたなごころ
残る虫宇宙の初め語りけり

谷川すみれ
国境の水平線の初日の出
掘削のはじめより増え水仙花
灯台は見たか漂流の凍る手を
兎抱くすべての愛のはじまりに

大杉 衛
国旗もて十日の菊を包みけり
鈴虫のひからぬように鈴を抱く
澄むために水族館の水となる
考える虫となりけり残る虫

加地弘子
小鳥来る郵便受けの音させて
手間かけぬ枝豆にして撓わなり
蓮の実翔んで新たなストーリー
眦を紅く跳ね上げ秋祭

古澤かおる
立ち上がるミトコンドリア乱れ萩
麿の乗る和舟の進み十三夜
涼新たすべての紙に閉じ穴を
柔らかき食パンの耳花サフラン

北川柊斗
番組のみんなが付ける赤い羽根
十六夜の君は半分無垢で居る
折り鶴の首のあたりが身に沁みて
月明のひそやかなれど白き花

羽畑貫治
干柿の夕日に染まる千の串
枯蟷螂高く跨り鎌かざす
ピン球を高笑いして冬の鵙
アクセルを目いっぱいに大枯野

越智小泉
秋祭耳を手綱の肩車
一歩ずつ童先導するばった
静寂のあとの喚声運動会
紅葉を描くクレヨン十二色

西嶋豊子
枝豆や色よくゆでる妣のため
運動会あの子今年も一番に
紅葉のトンネル子らの列乱れ
秋の風木椅子半分ゆずりあい



*大阪教育大学附属池田小学校にて。

2017年10月23日月曜日

「図鑑」16句 岡田耕治

図鑑  岡田耕治

どんぐりを並べ図鑑を開きけり
愛の羽根大きく胸をひろげたる
障子貼るこの身一つを隠すため
あとからあとから扉現れ秋の暮
花野風男ばかりが立ちすくみ
息をのむことの重なり蓮の実
喉元や松茸の香を留めたる
立っている時を延ばして金木犀
霧しぐれ走る時間を計測す
露寒のベルより先に目が覚めて
秋思には道筋のありシャープペン
秋黴雨準急行のままで行く
台風が未読メールに近づきぬ
頭よき声に触れたり秋桜
新蕎麦やまだ空いている店にいて
カレーパンゆっくり食べる夜学かな


*大阪府教育センターにて。

2017年10月22日日曜日

香天集10月22日 石井冴、澤本祐子、橋爪隆子ほか

香天集10月22日 岡田耕治 選

石井 冴
イヤリングならこれくらいの青柘榴
ある日突然というは曼珠沙華
定年のあとひょうたんに顔三つ
肉食(にくじき)の老人となり秋深む

澤本祐子
靴音におくれる靴よ秋風裡
沈黙も会話にありて温め酒
浦祭はち切れそうな稲荷ずし
先頭もしんがりもなき運動会

橋爪隆子
無花果の口がちりしゃりしてきたる
思うことすぐには言わず梨を食む
押入れの空気を出して天高し
秋灯や白磁の猪口とかまぼこと

木村博昭
豆腐屋の白きゴム長秋の暮
鶏頭の茎まで朱く倒れけり
秋ついり北より迫る海昏し
五兄弟みな名を成しぬ万年青の実

永田 文
涼新た朝一番の深呼吸
子ら笑う高さに柘榴笑いけり
枝先に寂しく光り鵙の贄
「おーいここ」呼び合っている茸狩

中辻武男
秋祭どの子も法被よく似合う
師の句集「飛脚」に想い寄す夜長
秋霖の今朝は思わず重ね着を
秋冷や夕餉煮炊で甦る

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2017年10月16日月曜日

「冬を待つ」16句 岡田耕治

冬を待つ  岡田耕治

地芝居や腹ばいになり見ていたる
秋雨のしずくを散らし蛇の目傘
二時間の集中力を木の実落つ
それぞれを触れる影あり秋桜
檸檬の香鼻から吸って声に出す
花梨の実青く静かに待っており
書いて歩き歩いて書いて秋高し
走り出し野の末枯を近くする
枯蟷螂一眠りする位置につき
急ぐことを諦めている冬瓜汁
海の月ただ観るときを授かりぬ
真夜中の月回送の列車にも
久しぶりに朝食を食べ紅葉宿
冬近し大きなスーツケース鳴り
温め酒同じペースの乱れ出す
思い切り体を寄せて冬を待つ

*滋賀県膳所にて。

2017年10月15日日曜日

香天集10月15日 宮下揺子+選後随想

宮下揺子
幸福のかたちの見えてひつじ雲
足利学校字降松や赤とんぼ
雲早し敬老の日の母は留守
重陽の築地にあふれ外国人
  *二句目の「字降松」は、「かなふりまつ」とルビがついています。

【香天集選後随想】
幸福のかたちの見えてひつじ雲 宮下揺子
 ひつじ雲が空に広がっています。そのふわふわとした感触は、幸福のかたちにも見えます。そう感じられるのは、作者の身のまわりに何か良いことが起こったからかもしれません。

10月8日
缶蹴りの缶立て釣瓶落しかな 中村静子
 日暮れが早くなりますと、「早く帰りましょう」という町内放送が、午後六時から五時に変わります。もっと遊んでいたいのに、もう放送がかかりました。缶蹴り遊びの缶を立てて、最後の一蹴りを入れるところでしょうか。それとも、立てたまま帰ることにするのでしょうか。


*後期の授業がはじまりましたので、こんなふうに自己紹介してもらいました。

2017年10月13日金曜日

そこにいてそこにはいないきみがすき 久留素子

そこにいてそこにはいないきみがすき 久留素子
 川柳句集『アンモナイトを踏んでから』丘のうえ工房ムジカ。新鮮な川柳と出会える句集です。そこにいるのに、心はそこにはなく、別のことを考えたり、空想を愉しんだりしている、そんな「きみ」が好きだと。そこにいて、存在感がありすぎると、かえって気を使ったり、暑苦しく感じたりするものです。でも、こんな「きみ」となら、いつまでも、どこまでも行くことができそう。
*千曲市にて。

2017年10月11日水曜日

泣き腫らす目蓋のやうに春の山 ふけとしこ

泣き腫らす目蓋のやうに春の山  ふけとしこ
 「香天」48号招待作品。春になって稜線が柔らかく感じられる頃、私たちは安易に「山笑う」などと使ってしまいます。しかし、作者は真逆に、「泣き腫らす目蓋のやうに」と形容しました。どうすれば、自らの表現を更新してゆけるのか、毎日考えている者にとっては、この書き方に勇気づけられます。こんな表現が生まれるのは、何度も泣き腫らした目蓋が、そこから姿を整えて万緑へと変化してゆく、その力を信じておられるからにちがいありません。


*徳島市にて。

2017年10月10日火曜日

かなかなのこの世はいつもかくれんぼ 衛藤夏子

かなかなのこの世はいつもかくれんぼ 衛藤夏子
 『蜜柑の恋』(創風社出版)から。蜩が鳴き始めますと、深い森の中で一面に鳴き渡る声を思い出します。その森では、いつものメンバーがかくれんぼをしています。秋の森は色彩が豊かですが、そこに蜩が鳴き渡っているのですから、いつもより見つけるのが難しそうです。作者は薬剤師。同時に収録されたエッセイには、薬学と俳句は似ているところはないと断言してから、「しいて見つけるならば、相手が喜んでいただけたら、どちらもうれしいというところです」と。喜んで一巻を読ませていただきました。


*大阪府阪南市にて。

もう一度生まれる前に桃となる 瀬戸優理子

もう一度生まれる前に桃となる 瀬戸優理子
 句集『告白』(パレード)から。もう一度生き直したい、そう思うことがあります。しかし、作者はいきなり別人に生まれ変わるよりも、一旦桃になってはどうかと提案しています。桃のまま美味しく食べられても、桃太郎になってもいいのですが、そんなに急ぐ必要はないのだと。西東三鬼と鈴木六林男が並んで歩いていて、電車に間に合うように六林男が走り出そうとしたとき、三鬼は「走って行くような、そんないいところがこの世にあるか?」と制したそうです。ぼちぼちとまいりますか。


*滋賀県膳所俳句大会会場にて。

2017年10月9日月曜日

「ふかし藷」15句 岡田耕治

ふかし藷  岡田耕治

木の実落つ子の敷物を訪ねいて
茶を淹れるこの秋郊に坐るため
朝に飲むひろめ市場の秋鰹
まどろみを枯蟷螂の目覚めたる
秋雨を弾いて開く傘の骨
秋日影眩暈のほどに揺れいたる
上履きを上履きに替え秋暑し
待宵の月を浮かべし対話かな
赤い羽根付けて挨拶長くなる
すぐ帰ることの善し悪し秋の暮
ゆっくりと歩くほかなき良夜かな
半分のもう半分のふかし藷
うろこ雲雲はどうしてできるのか
すぐ読める本と読めない本の秋
秋刀魚焼く排気フードを光らせて

*膳所俳句大会の会場からびわ湖を。

学びたきものに花梨の実が落ちる 石井 冴

学びたきものに花梨の実が落ちる 石井 冴
 膳所俳句大会岡田耕治特選・花谷清入選句。(*花梨は、難しい方の字を使われています)昨日、膳所俳句大会が開催され、特別選者として、花谷清さん、火箱ひろさんとともに参加しました。一人2句出句で、全76句でしたが、5句選のうち石井さんの作品を2句取っていました。花谷さんもこの句を入選句にされました。実際の光景は、花梨の実が落ちたことだけなのですが、そのことが「学びたきもの」を呼び覚ましています。「もの」とひらがなで書かれていますので、学びたい者なのか、学びたい対象なのかを想像することができます。そうしますと、花梨の実の時間と、作者に残された時間が照応してくるようです。石井さん、おめでとうございます。


*特別選者3人の短冊。それぞれの特選句に贈られました。

2017年10月8日日曜日

香天集10月8日 中村静子、藤川美佐子、坂原梢ほか

香天集10月8日 岡田耕治 選

中村静子
缶蹴りの缶立て釣瓶落しかな
後の月フルートの音身に残り
遮断機が降り草の実の弾けたる
潮騒につまずいている鵯の声

藤川美佐子
枇杷すする一人暮しのくぎりつけ
水光る蛙の満ちる夕まぐれ
紫陽花の寺の石段いつもぬれ
曙と朝とのさかい露しぐれ

坂原 梢
雲海の富士に声あげ飛行中
涼新た小さき旅の船着き場
大口をあけてしずめる秋の鯉
スタンドの敗者勝者のかき氷

中濱信子
病院の窓一面の鰯雲
点滴の音なき音も秋の声
血管をさぐるナースの指ひややか
退院す机の上の夏帽子

浅海紀代子
小鳥来て空の一隅曇りなく
倚り懸れば押し戻される黍の風
猫と我に夜長の時計鳴りにけり
洗う物引っぱり出して天高し

村上青女
稲刈りの背に広がり汗の地図
法師蝉鳴き声のふと止まりたる
さわさわと風にまたがり秋の来ぬ
掲げしは九条の旗天高し

羽畑貫治
空蝉のようねと妻ののたまわく
湯加減を気にしていたり百日紅
終活を歩け歩けと小鳥来る
ピン球のロングシュートが秋抉る

西嶋豊子
あの人もこの人も夢夜長かな
台風圏畠仕事の鍬忘れ
赤紙の父と線香花火かな
いつまでも父と二人の庭花火



*大阪府阪南市サラダホールにて。