2019年11月30日土曜日

「てのひら」10句 岡田耕治

てのひら  岡田耕治

冬紅葉Xという人を待ち
短日のバス内外を別ちけり
その中に色を失い冬夕焼
良い声の鮟鱇鍋に集まりぬ
  淡海三句
空風や淡海の色を深くして
冬空がとらえていたる淡海かな
日本酒を唯々飲んで息白し
一人ずつ持場のありて銀杏落葉
てのひらを落ち着かせたる冬林檎
感覚を開きマスクを外しけり

2019年11月24日日曜日

香天集11月24日 石井冴、谷川すみれ、辻井こうめ他

香天集11月24日 岡田耕治 選

石井 冴
次の世は実石榴三つ産んでみる
夢殿に微熱の耳を傾ける
夢に出る父の恋人冬すみれ
すぐ青に変わる信号鹿の顔

谷川すみれ
始まりは冷たき壁の一人より
永劫に土は眠らず枯木山
立冬や遠く見てきた川に触れ
初富士の時間の中を歩きけり

辻井こうめ
靴紐のをなもみどこに落とさふか
バトラーとアシュレに散りて櫨紅葉
人知れず高野箒の花の秋
やはらかな夢を見たくて布団干す

前塚かいち
綿虫に重さありけり野球帽
糸杉の秋思を深めファン・ゴッホ
存分にグランドゴルフ神の留守
禿頭を忘れておりぬ冬帽子

木村博昭
診察の順番を待つ赤い羽根
菊花展優等生の菊ばかり
常磐木も紅葉も沈め池ねむる
残り火を踏み消して去る憂国忌

河野宗子(11月)
ラ・フランス踊りを誘う素振りして
真っ青な空の重みや石蕗の花
思い出を昭和に戻し野紺菊
金木犀ほっとひと日の終りたる

古澤かおる
野分あと三戸岡鋭治の列車着く
耳痛くなるほどの里霧深し
新しい眼鏡の行方萩は葉に
使わない切手シートと冬に入る

河野宗子(10月)
紀の川の佐和子を眺む秋夕焼
雨風にせかされてあり稲を刈る
師の茶室崩されて行く秋の暮
テレビより君が代流れ秋の冷え

永田 文
日を集め畔一面に赤のまま
ふり返り見直している返り花
終わりなき話に醒める夜長かな
山からの風や夜長をつれて来る
*昨日の上六句会、ホテルアウィーナ大阪にて。

2019年11月23日土曜日

「鼻先」10句 岡田耕治

鼻先  岡田耕治

組み立てしガラスケースの冬に入る
充電に繋いでおけり残る虫
次に会う時空を開き冬銀河
背を向けて背中を合わす冬日向
外套の僕が椅子から立ち上がる
鼻先を尖らせておく紙マスク
冬木立一部始終を目撃す
窓際のひとりとなりて初時雨
しぐれゆく暗みしばらく差し仰ぎ
話さないタクシードライバーの時雨

2019年11月17日日曜日

香天集11月17日 三好広一郎、渡邉美保、中嶋飛鳥、柴田亨ほか

香天集11月17日 岡田耕治 選

三好広一郎
血管が壊れた千曲川寒い
秋旱泥水は引き泥残る
巻尺の当たって曲がる二百十日
検診は半年後なり白木槿

渡邉美保
青空はいつも高くてかりんの実
触るなと言われて触り天狗茸
吾亦紅左手のみで弾くピアノ
立つたまま眠るきりんや冬に入る

中嶋飛鳥
深々と秋思をたたむ衣の襞
文化の日写真の父に目礼す
乗り合わす声冴えてくる名古屋弁
返り花眼の合いて眼を外したる

柴田 亨
沈黙すそれぞれの時流れたる
ふるさとの地蔵ふらりと失踪中
十一月この冷たさを慈しむ
上品に会議を終えて初時雨

砂山恵子
神木の年輪に鳥冬まじか
四股を踏む市民ランナーたちの冬
冬木立強気に鳴らすハイヒール
アーケード剥がしたる道日向ぼこ

加地弘子
秋の空さっきの雲が引き返す
落蝉や空に向かいて眼を瞑り
蜩や時時声を掛け合いて
梨食べて同じ声だす姉妹かな 

羽畑貫治
さざ波の呼吸に合わせ牡蠣の泡
極楽か地獄か令和冬の蝶
雪婆や帽子目深に徘徊す
朝焼けの雲に突っ込み寒鴉

神谷曜子
はしごして包丁を買う菊日和
フーコーの振子が秋を刻みけり
星くずの褥となりしそばの花
飛んで来て枯葉になってしまいけり

中辻武男
穴惑い庭掃く妻の声ひやす
実南天色づき縋る村雀
大山を見事潤す紅葉かな
寒蘭の茎に喜悦の蕾固し

岡田ヨシ子
学び舎の記憶へ後の更衣
今何処と電話に問われ冬に入る
石蕗の花並び通して米寿来る
冷える手のペンを急がす俳句かな
*岬町多奈川駅にて。

2019年11月16日土曜日

「飛ぶために」10句 岡田耕治


飛ぶために  岡田耕治

もっともっと喜んでいい蘭の花
飛ぶために生まれし鳥の渡りけり
栗の飯ここに坐って召し上がれ
重力を掘り出している甘藷
再びは眠れなくなる月下美人
完成に近づいてゆく破蓮
冬に入る駅に居着きし鳩たちと
にぎわいのまず大根が売切れて
待つ人と待たせる人の冬日向
燗熱し立ちて呑むこと選びたる


2019年11月14日木曜日

ピスタチオの割れぬ一粒神の留守 ふけとしこ

ピスタチオの割れぬ一粒神の留守 ふけとしこ
 ピスタチオを食べているとどうしても割れない一粒が出てくることがあります。ペンチか何かで割って、最後まで食べる方が良いのでしょうか。それとも目の前のたくさんの殻とともにゴミ箱に捨てるべきなのでしょうか。神がいらっしゃれば問うこともできますが、今はその神もご不在です。こんなに静かで、こんなに心をざわつかせる神無月の一句。
 「花曜」を編集していたとき、作家の小川国夫さんから講演録の修正を、なかなかいただけないことがありました。鈴木六林男師に相談すると、「葉書を書け」と。すると、間もなく朱の入った講演録が届きました。この句は、月1回いただくふけさんの「ほたる通信Ⅱ」所収。今回で87号となる、恐るべき一枚の葉書の力。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年11月10日日曜日

香天集11月10日 三好つや子、橋爪隆子、澤本祐子、中嶋紀代子ほか

香天集11月10日 岡田耕治 選

三好つや子
千年をさかのぼる風萩の花
他力でも自力でもない草の実の
QRコードの裏は芒原
国宝の一匹いない十三夜

橋爪隆子
立ちあがるための両手や秋灯下
鰯雲見ているうちに三倍に
参道や秋海棠に染まりたる
秋海棠陽にことごとく花伏せて

澤本祐子
唇に泡つけて飲む生ビール
また開ける敬老の日の贈りもの
ひとりずつ甘藷抱きて写りけり
一望やコスモスの色広がりて

中嶋紀代子
零余子飯昭和の暮らし受けついで
黄に染まる穂を喜びて曼珠沙華
秋高しイルカが鳥となることも
絡みたる網から百舌鳥を外しけり

宮下揺子
頭の中に宇宙拡がる秋の声
冬の向日葵反戦の意志のあり
対岸を歩き続ける秋入日
淡々と出自を聞けり着ぶくれて

北村和美
長き夜のピンク電話のコイン落ち
黄落の抜け道を行く人力車
渡り鳥車窓から過去見えてくる
恐竜展三周巡り文化の日

朝岡洋子
あれこれに勝る新米塩むすび
残り蚊を打ちてまた夢見ていたる
庭下駄のいつもの位置へ月明り
立ち退きの基礎石に沿い彼岸花
*大阪府立八尾北高校にて。

2019年11月8日金曜日

「実現」12句 岡田耕治

実現  岡田耕治

なんとなくもう日曜の釣瓶落し
鶏頭に話しておけば実現す
歩くより走りはじめる秋思かな
衝動が遠くに倒れ今年藁
二十世紀ナイフの切れを確かめる
長き夜の点けないことにしたテレビ
小鳥来る歌ではじまる授業にも
給食の南瓜スープをいただきます
長月のすぐに眠たくなる生徒
レッスンに近づいてくる秋の蛇
焼栗とわざわざ来たる人のあり
父母のように振る舞い松手入

2019年11月3日日曜日

香天集11月3日 石井冴、森谷一成、谷川すみれ他

香天集11月3日 岡田耕治 選

石井 冴
ていねいにほどく紙から月光
ナナフシの脚たたむとき空がない
おおようで大ごまだらはうしろから
地を歩く鴉大きく秋彼岸

森谷一成
かかと浮く椅子の少女の美術展
体重を一点にのせ秋高し
花野から猫とび出してとび込みぬ
濁流のその果て釣瓶落しかな

谷川すみれ
太陽をひとりじめして煤払
初夢の恐ろしくなる母の声
天に咳はりあげ傘のない男
雪催働く末端の手黒し

前塚かいち 
一円の秋思を貼りし切手かな
秋しぐれ二円切手を呑むポスト
残る歯を全て使って山の栗
点眼薬この世の秋を見るために

夏 礼子
秋の風耳の奥さえまっさらの
もぎたての無花果にある帰心かな
ここよりは風の領分すすき原
空へ日をかえして曼珠沙華の白

西本君代
生きたまま蝉乾きいる眼かな
田田を引き締めてあり曼珠沙華
秋晴の自転車が乗るエレベーター
高窓の格子に光ひょんの笛

釜田きよ子
天国は案外近く虫の声
体幹を鍛えて案山子役目終ゆ
芒原右折左折の無かりけり
木洩れ日の中の小鳥は金色に

浅海紀代子
寝転びしカンバスにあり秋の雲
草むらの一歩はたはた散り散りに
磨く鍋に我が顔確と秋深む
子のひとり遠くへゆけり鰯雲

中濱信子
秋燕見える限りの鉄道へ
日の当るところに置いて秋茄子
秋の雨夜は貨物車の音ばかり
かたまりて目論んでいる曼珠沙華

北川柊斗
山峡をあふるる銀河少しこぼれ
ペンションに木枠の小窓星流る
澄みわたりゆくアカペラのハーモニー
月高しコンテナ井然と積まれ

坂原梢
老いてから速くなりゆく松手入
扇風機とヒーター並べ一人居る
秋の風二間を通り仏間へと
海からの音寄せて来る秋祭

古澤かおる
脱いだ靴並べておりぬ宵祭
夕刈田鴉の着地の柔らかく
鳥集い稲刈りし跡匂いけり
喫煙の媼と並び望の月

安部礼子
CDの裏面に猫の冬隣
野菊 衰えのひかりが好きな花
泣き声を探していたり添水の間
潮騒を得て名月の電話口

吉丸房江
窓側を選びて続く秋の空
崩れゆく我が庭ことに虫の鳴く
両親を知る人と居て村まつり
詫び歌を一つ加えて吾亦紅
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年11月2日土曜日

ががんぼのいつ打たれてもいいかたち 仙田洋子

ががんぼのいつ打たれてもいいかたち 仙田洋子

 ががんぼは、「大蚊」と書き、蚊に似ていますが、はるかに大きく脚長です。人間の血を吸ったりしないので、目の敵にはされませんが、打とうと思えば何時でも打てるように感じます。まさに「いつ打たれてもいいかたち」なのですが、作者は打つことはせず、その形の奔放な命を見つめています。ががんぼを詠っているようで、ががんぼと作者の距離を浮き立たせるタッチ。暮らしを静かに見つめる仙田洋子さんならではの句集が誕生しました。句集『はばたき』角川書店より。