2017年1月31日火曜日

面を打つ声がすこやか寒稽古 茨木和生

面を打つ声がすこやか寒稽古 茨木和生
「運河」2月号。武道場を通りかかったとき、「メーン」という声が飛び込んできました。少し時間の余裕があったので、寒稽古を覗くことにします。歳を取ると、それほど心に響かなかったことも、真っ直ぐに心に届くようになります。中学生でしょうか。高い声をあげて真剣に稽古に取り組む姿は、この命をはげましてくれます。
*奈良教育大学の正門から。

2017年1月30日月曜日

鳴きつづければいいのだ 林信弘

鳴きつづければいいのだ 林信弘
「Shinado」24号。70歳の詩人は、「きょうも/虫の音を聞きながら/ただ/生きて在る」と前置きして、これでいいのかと自問自答します。深く考えたのちに出した答えが、このフレーズです。このあと、このように詩をくくります。「赤ん坊のようにせい一杯/鳴き声を上げればいいのだ」。信弘さんやその仲間の「Shinado」の鳴き声は、確かに届きました。
*釜ヶ崎のココルームに置かれた詩。

2017年1月29日日曜日

香天集1月29日 石井冴、中嶋飛鳥、澤本祐子ほか

香天集1月29日 岡田耕治選

石井 冴
春隣朝を開いてゆく瓦
門前をソースの匂う報恩講
綿虫とみんな力を抜いてみな
内からの音を宿して寒卵

中嶋飛鳥
大縄のしなりては打つ地の寒気
春待つや瓦煎餅バリと噛み
春を待つ旗の形を顔に貼り
待春のデータファイルを提出す

澤本祐子
冬の雲検査の前に視ていたる
買い物のカートが走り虎落笛
福鍋や一日だけの大家族
新しきエプロンをつけ春着とす

加地弘子
給湯器突然故障して大寒
雪はげし子の車のみ遅れけり
寒禽の長き嘴一直線
北窓開く生まれて間なき声を聞き

中濱信子
厨にも神御座します年用意
元旦や蛇口に水のほとばしる
初夢や歳とらぬ世に来ていたり
七草粥子等の頬っぺの桃色に

北川柊斗
すべり良きカーテンレール初景色
初明り頭首胴体四肢ありて
福笹を手渡す巫女の薄化粧
凍蝶よ君とシリウスまでの距離

木村博昭
若水やいつものとおり嗽する
松過ぎの人形浄瑠璃戎舞
急峻の水仙どれも海を向き
享年の高きを褒めて寒見舞

永田 文
若葉摘日向の匂い持ち帰る
寿ぎて赤い糸より縫い始む
猫よりも猫になりたる昼炬燵
風音の止んでゆく闇雪積もる

羽畑貫治
北方の四島遥か冬の星
高齢の鴨を残して帰りけり
しんしんとただしんしんと雪女郎
スカートを少し縮めて日脚伸ぶ

安部礼子
鬼笑う間もなく除夜の鐘を聞く
手袋をするかスマートフォンするか
帰り花一目惚れかもしれぬ夢
タイトルを直すノートの初日記

西嶋豊子
猫にくる医師の賀状を読み聞かす
この寒さ人も通らず犬も見ず
木枯や逢いたき人の居る場所へ
風邪引きの粥をすすりて一人の日

*大阪市内釜ヶ崎にある「釜ヶ崎芸術大学」。

2017年1月28日土曜日

「大寒」15句 岡田耕治

大寒  岡田耕治

大寒を真っ正面に挑みけり
春隣四十九対五十一
海に沿う道を失い雪の花
風花の窓一面に香りけり
形象を宿していたり細雪
雪片が先に先にと着いてくる
牛の子の息白くして暴れ出す
まなざしを遠くへ送る雪の声
訪問の家庭を想い雪を踏む
大寒の学校中を開きけり
ベニヤ板滲みはじめし深雪窓
春を待つウォーターマンの万年筆
すれすれに追い越してゆく冬の蝶
冬の春胃を右下に横たわり
こんなにも早く忘れる雪吹かな


*大阪市「一心寺」の仁王像。

2017年1月27日金曜日

5コースの選手の泳ぎだけを見る 黒澤あき緒

5コースの選手の泳ぎだけを見る 黒澤あき緒
『5コース』邑書林。漠然と競泳を見ているのではなく、実際のプールでは一人の泳ぎを見ていることが多い、そんなことを教えてくれる一句です。私のがんばりだけを見て、エールを送り続けてくれる、そんな人が一人でもいたら、それだけで全力を出せます。小川軽舟さんの帯文に「あき緒さんの俳句はいつも真っ直ぐだ」とあります。真っ直ぐに見つめる人の、真っ直ぐな句集が誕生しました。御出版、おめでとうございます。
*ほそごう学園のプール。

2017年1月26日木曜日

初雪を歩く頭から歩く 坪内稔典

初雪を歩く頭から歩く 坪内稔典
「俳句界」2月号は、坪内さんのきれいなまなざしを捉えた写真で始まります。自選30句の1句。初めて雪が降って、一面に積もったとき、「頭から」歩き始めます。まず、真っ白な表面を頭の中のイメージですすみ、それから実際に誰も踏んでいない雪を頭から(最初から)足跡をつけていきます。グラビア写真のまなざしの向こうに、初雪が降っているようです。
*堺市役所エントランスの大時計。

2017年1月25日水曜日

誰も戻らぬ原発の佇つ雪の地平 寺井谷子

誰も戻らぬ原発の佇つ雪の地平 寺井谷子
誰も戻れぬ原発の佇つ花の地平
「俳句界」2月号。50句には、福島に取材した句に注目しました。「雪の地平」には、誰も戻ることのできない静寂があります。それは、やがて「花の地平」となっても、誰も戻ることができないという現実に繋がっています。2句の時間を響き合わせることで、作者の思想を目に見えるものとする、谷子さんならではのアートです。
*大阪教育大学柏原キャンパスの木々。

2017年1月24日火曜日

ヴァレンタインデー傘がまだ濡れてゐる 片山由美子

ヴァレンタインデー傘がまだ濡れてゐる 片山由美子
「俳句四季」2月号。ヴァレンタインデーに逢うことになりましたが、あいにくの雨でいつものコースを散策しながら話すわけにはいかず、取りあえずいつもの店に入りました。前菜とパスタとワインを注文してひととき、でもまだ傘は濡れているようです。このまま、この店に居ることにするか、傘を差して別の場所に移るか、濡れた傘は二人の時間をうながしているようです。
*大阪教育大天王寺キャンパスの水溜まり。雨は上がりました。

2017年1月23日月曜日

「雪晴」12句 岡田耕治

雪晴 岡田耕治

一斗缶蹴りし火の粉の焚火かな
雪つけて朝日を浴びて入室
鉛筆と紙と息立て大試験
雪晴の朝から風呂を沸かしけり
湯上がりの指が抓みし冬林檎
雪原を渡ってゆけり風の息
枯蓮を切り揃えたる明るさよ
カウンターの内と外にて春を待つ
最後にするから熱燗はもっと熱く
我が身から離れんとして風邪の熱
毛糸帽脱ぎたる声を近くにす
二階から脳天を見る寒暮かな


*大阪教育大学天王寺キャンパスの写真展。「識字のこれまで、いま、これから」の題字を書かせてもらいました。

2017年1月22日日曜日

香天集1月22日 谷川すみれ、橋爪隆子、古澤かおる

香天集1月22日 岡田耕治 選

谷川すみれ
きょうだいの一番先に入学す
白梅を離れぬ男見ておりぬ
春雨の色が溢れておりにけり
音立てて春の日暮をロックする

橋爪隆子
薄墨をにじます便り十二月
人日の人を吸い込む改札機
寒波来るホッチキスの針紙をかみ
裸木の裏も表もなき真昼

古澤かおる
事務始め古い鋏で封を切り
初鴉の遊ぶ鳥居は八代目
人日や家のタオルに日の当たり
人の日の葛根湯の副作用

*大阪市内にある一心寺。

2017年1月21日土曜日

枯葉降る星降る放射能も降る 高野ムツオ

枯葉降る星降る放射能も降る 高野ムツオ
「俳句四季」2月号。枯葉が風にあおられてしばらく空中にあり、元の樹よりも遠くへ散ってゆきます。枯葉が教えてくれた夜空を見上げますと、たくさんの星が光り輝いています。輝く星を「降る」と感じる感性には、目に見えない放射能も降るように感じられるのです。2月号巻頭の3句、3句しかない空間に、私たちの、ということはこの国の現実を糺そうとする言葉が配されています。
*ムツオさんから届いた葉書。ネット上の鑑賞文を読んでくださって、このブログで取り上げた句を染筆してくださいました。宝物にします。

2017年1月20日金曜日

思い出のほかには何も無い二月 津沢マサ子

思い出のほかには何も無い二月 津沢マサ子
「俳句α」2-3月号。コメントには、「齢を重ね」「いま振り返ってみると、過ぎ去った日は影絵のように心の中をさまよっている」とあります。歳とともに、現実を生きながら、思い出の中にも生きている、そんな重層性が出てきます。亡くなった人と対話したり、出かけた場所を再訪したり、思い出の中はどんどん豊かになってくるのです。「思い出のほかには何も無い」と聞くと、若い人は「かわいそう」と想うかも知れませんが、いえいえ決してそんなことはありませんよ。寒い二月になりそうです。寒い現実はほどほどにして、影絵の躍動する思い出の中に遊ぼうではありませんか。
*たこ焼き割烹「たこ昌」竹粋亭(堺市・鳳店)

2017年1月19日木曜日

光あれば翳過ぎやすし春の芝 寺井谷子

光あれば翳過ぎやすし春の芝 寺井谷子
「俳句α」2-3月号。待っていたように春の句が目に飛び込んできました。よく刈り込まれた春の芝、その全面に日光が当たっています。それがあまりにも完全な日向なので、鳥であっても雲であっても、「翳(かげ)」はくっきりと過ぎていきます。「過ぎやすし」という表現には、翳が生まれ、過ぎることをも愉しんでいる谷子さんのまなざしが感じられます。
*大阪教育大学柏原キャンパス。

2017年1月17日火曜日

「寒の水」18句 岡田耕治

寒の水 岡田耕治

真っ先に居酒屋へ着き仕事始
一つずつ話の変わる風呂吹よ
トーストに紅茶を蒸らす七日かな
次に会う日時の決まり初暦
焼香に包まれており日脚伸ぶ
できたことばかりを並べ初日記
減らすだけ減らしてしまい初鏡
柚子の実に焼鳥の皮香りけり
それからの音聴いている日向ぼこ
初夢や人に何度も話したる
ワイパーを付けずに散らし寒の雨
退職の時が育てる大根かな
飲む前に飲み一杯の寒の水
寒の水その中に眼を置いてくる
鋤焼やぐつぐつと鳴るほどにして
新海苔や口内が荒れ始めたる
ワックスを掛けそれからの時雨かな
羽蒲団強く力を入れて抱く
*天王寺からの月。

2017年1月15日日曜日

香天集1月15日 選後随想 藤川美佐子、澤本祐子

此の道は来て去るところ時雨傘 藤川美佐子
香天集1月。故郷へ向かう道の、限りなく故郷に近づいた土の道を想います。心弾ませて帰る道であったのに、今は、来れば去らなければなりません。でも、街から離れて時雨の中を歩きますと、にぎやかな声がします。それは、作者を含めた子どもたちの声です。

ちちろ虫靴から靴へ跳びゆけり 澤本祐子

 香天集1月。ちちろ虫が玄関に入って来たのは、鳴き声で判りました。捕まえて、外に出そうとしますが、靴から靴へ飛び移って、思うようになりません。遊びに来ていた子どもたちも、玄関にきて一騒ぎ。今日はこのままにして、ちちろの声を聞くことにします。


*大阪教育大学柏原キャンパスの山茶花。

2017年1月14日土曜日

ふり向けばふり向いており白鳥も 松下カロ

ふり向けばふり向いており白鳥も 松下カロ
「儒艮」20号。「白鳥拾遺」と題された30句に『白鳥句集』の白熱の余韻を愉しむことができました。カロさんの白鳥は、カロさんご自身であると感じることが多いのですが、この句はまるで大きな鏡を見るように描かれています。気になって白鳥を振り向いてみると、そこには同じように気になって振り向くカロさんのまなざしがあったのです。振り向くという営みよりも、白鳥のかなしさよりも、このまなざしに惹かれます。
*御堂筋のすっかり散った銀杏。

2017年1月13日金曜日

眼のみ右を向きたる雪達磨 久保純夫

眼のみ右を向きたる雪達磨 久保純夫
「儒艮」20号。雪達磨に向かいますと、いくつか気になるところがあります。特に眼は重要で、それが雪達磨の人格を決定づけるといっても過言ではありません。どうしかことか、この達磨さんは眼だけを右に向けています。まるで本当の達磨が、壁からぎょろっと眼をこちらに向けているようではありませんか。でも、雪達磨の眼を正面に向けることはできません。そのように在ること、そのように解けることが、この達磨の命なのですから。
*大阪教育大学柏原キャンパス、石のベンチ。

2017年1月12日木曜日

梟に目を逸らされてしまひけり 浅井陽子

梟に目を逸らされてしまひけり 浅井陽子
自注現代俳句シリーズ『浅井陽子集』俳人協会。梟(ふくろう)の首は、なめらかに、計ったように回って止まります。なので、梟の顔や梟と目が合うことを俳句にすることが多いのですが、浅井さんは梟の首が回って、目が逸れていく瞬間を捉えてました。もっと見つめていたかったのに、そんな思いが胸にわいてきます。でも大丈夫。少ししたら、静かにくるりと、つぶらな目が戻ってきますから。
*大阪教育大学柏原キャンパス。

2017年1月11日水曜日

深爪の焚火を離れられぬまま 玉記 玉

深爪の焚火を離れられぬまま 玉記 玉
「香天集」1月8日。爪を深く切りすぎてしまうと、なんとも言いようのない恐れの感情をかかえることになります。その爪先を焚火にかざしますと、もうこの温かさから離れられなくなる程です。でも、何時までも焚火に温まっているわけにはまいりませんから、露わになった爪先を、ヒリヒリしながらも、焚火のない世界で使っていくほかありません。でも、もう少しだけ、温まっていくことにしましょう。
*泉佐野市内の珈琲店にて。

2017年1月10日火曜日

雑煮餅それとなく余生のかたち 宇多喜代子

雑煮餅それとなく余生のかたち 宇多喜代子
「俳句」1月号。鏡餅は凜としていますが、雑煮に入った餅は椀の中で軟らかくなり、平たくなっています。箸をつけますと、伸びきって、さらに形を失っていきます。それは、「余生のかたち」なのだと表現されると、雑煮のなかでどんどん冷めていく餅が、いとおしくなってきます。「それとなく余生のかたち雑煮餅」とリズムを整えるのではなく、「雑煮餅」を初めに出して、あえてリズムが整わないのも、余生のかたちでしょうか。宇多さん、今年もよろしくお願いします。
*シェラトン都ホテルのエントランス。

2017年1月9日月曜日

「年男」12句 岡田耕治

年男 岡田耕治

初夢をゆっくり歩くことにする
初めての人と話せる据り鯛
福鍋や一旦止めることにする
年男二メートル引く十センチ
真っ先に無くなっている開豆
もうこれで最後にすると賀状来る
生きてあるだけで儲けと初湯殿
双六やだんだん顔の近づいて
口きかぬ時の増えたる三日かな
海に出て三日の石を放りけり
鉄板へ滑り込みたる寒卵
十分を九分で行く寒暮かな
*シェラトン都ホテルの門松。

2017年1月8日日曜日

香天集1月8日 玉記玉、中嶋飛鳥、久堀博美ほか

香天集1月8日 岡田耕治 選

玉記玉
月光をこぼれ一滴の梟
深爪の焚火を離れられぬまま
寒鴉おのずとそこは百ワット
ポインセチアよ最後にも最後

中嶋飛鳥
一文字に遊びのありて冬あたたか
枯木星風の形の枝にあり
冬木の芽第二章へと立ち戻り
去年今年紙鶴の千羽搏きぬ

久堀博美
ひたすらに考えている冬の蠅
着膨れて空の青さを愛しめり
医に頼り医に抗いて燗熱し
めんどりの声低くある初明り

中村静子
列車いま枯野一気につき離す
呼び合いて子らの白息ぶつかリぬ
夕暮の軽さを孕み返り花
潮騒の傷みはじめし冬椿

釜田きよ子
眉描いて師走の顔を造りけり
ロボットの造る溶けない雪だるま
冬の雨ひとり一人のアベマリア
冬の薔薇覚悟を決めた色であり

澤本祐子
暮れてゆく裸木の先の先の瘤
ポインセチア飾り出窓の点りけり
煮凝りの底の目玉が視ておりぬ
一年の短さを背に柚子湯かな

宮下揺子
回廊の音を愉しむ黄落期
手のひらに手のひら合わす花八つ手
自画像のゴッホとありて六林男の忌
湖水面鎮まるを待つレノンの忌

羽畑貫治
杖立てて支援二級の年始まる
白髪染め義歯を揃えて年迎う
公職の記録塗り替え初詣
凍えたる雫をほぐすてのひらよ

岡田ヨシ子
日向ぼこショッピングには行かぬよう
日記買う十年ものを五年とし
学び合う友に会いたし年賀状
雲流れ波が岩巻く初景色
*上本町六丁目(上六)の寒椿。

2017年1月7日土曜日

初空やここも未来の爆心地 長谷川 櫂

初空やここも未来の爆心地 長谷川 櫂
「俳句」1月号は、現代を代表する作家の作品が並び、読み応えがあります。特に、現在の情況への警鐘、平和への願いが諸家のコメントに現れています。ただ、どれだけの若い人がこのコメントや作品を読むのだろうかと思いながら、この句に行き当たりました。今年は関西ではおだやかな初空を拝することができたのですが、「ここも未来の爆心地」だという直球にハッとさせられました。「俳句」誌を手に取って、諸家のコメントを読む人は多くないかもしれませんが、この一句が私たちの今を言い止めています。
*アベノハルカスから正月の空を。

2017年1月6日金曜日

初明り体内時計遅れがち 花谷 清

初明り体内時計遅れがち 花谷 清
「藍」1月号。外に出て働いていますと、年末から年始にかけて、一気に歩数が少なくなります。体内時計は、朝、太陽を浴びると順調に働くと聞いていますが、つい家の中で過ごしがちになります。この句の優れているのは、そのような自分の心身を「遅れがち」と観察しているところです。こうして初明りに当たっているけれども、それだけでは元に戻らないのではないかな。でも、遅れがちなことも、それはそれとして受け入れるとしよう。そんな清さんの声が聞こえてきそうな一句です。体内時計を元に戻すために、あれをしろ、これをしろとは言わない、この書き方にほっとします。
*冬休みの書き初めです。

2017年1月5日木曜日

蕪村忌の午後五時の闇与謝の海 茨木和生

蕪村忌の午後五時の闇与謝の海 茨木和生
「運河」1月号。蕪村忌は、旧暦の12月25日。このところの午後五時というと、明るさ半分暗さ半分程度でしょうか。この午後五時という設定が、苦労のうちにアートを貫きとおした蕪村の人と作品を象徴する設定です。蕪村は、僧の姿に身を変えて全国を周遊し、絵を宿代の代わりに置いて旅をしたと言われています。与謝の海は、「与謝蕪村」と名のった謂われの海であり、母の出身地でもあります。いわば、蕪村の原点をなす海に午後五時の闇が迫っているのです。
*与謝の海ならぬ岬町小島の海。私の原点です。

2017年1月4日水曜日

小さきを埋め戻したる蓮根掘 島田牙城

小さきを埋め戻したる蓮根掘 島田牙城
「里」1月号。(「戻」「蓮」、原句は正字)封筒に「年賀」と押されていましたので、元日に着きました。昨年は発行が遅れていましたので、もの凄いスピードで追い着かれた感じがします。牙城さんの決意を感じさせる一巻です。作品は、7句とも蓮根掘。最後に置かれたこの一句に、循環していく蓮根の命を感じます。粘土質の土の中で、どろどろになりながら掘り進んでいく蓮根。最後に埋め戻すために選ばれたのが、「小さき」それでした。訊きますと、来年のために埋め戻すのは、新芽のついた株であれば大小を問わないそうです。しかし、あえて「小さき」株を戻すところに注目した牙城さんの心意気がいいですね。
*泉佐野市内の植え込み。右上は山茶花。

2017年1月3日火曜日

「冬の石」18句 岡田耕治

冬の石 岡田耕治

クリスマスケーキに愛を絞り出す
酉年の近づいてくる力瘤
落葉焚最後の熱に集まりぬ
冬の石人の温みを残したる
目を開けて抱かれている冬帽子
乗る列車行き先はもう雪の中
顔じゅうの釜揚饂飩笑い合う
引き上げて戻されている大海鼠
入口まで付き合っており冬休
教え子と会う約束の雪催い
ゆっくりとほどいていたる懐手
鯨鍋そんなことまで覚えている
音立てぬように落葉を走りけり
冬晴の行きつ戻りつしていたる
講釈が始まっている焚火かな
沢庵を入れてしっかり飯握る
散髪の顔のふくらむ冬帽子
煤逃や映画の続き歩きたる
*年末・年始、これだけ飲むことができるでしょうか?

2017年1月2日月曜日

香天集1月1日 橋本惠美子、藤川美佐子、中濱信子ほか

1701香天集 岡田耕治 選

橋本恵美子
採血の音で始まる冬の朝
包帯に固定されたる冬薔薇
マスクする一塊の部長診
冬の日の木札となりぬ病舎跡

藤川美佐子
コスモスに沖より風の吹く日かな
独り住む里山に置き秋の色
それぞれの記憶のかたち菊花展
マスクして只一点を見つめおり

中濱信子
鰯雲校歌は反身で歌うもの
紅葉狩異国の言葉往き交いて
夜長しペン胼胝と言うほどもなし
焼芋や学級だよりに包まれて

浅海紀代子
擦れ違う稚児と目の合う聖夜の灯
亡き人はいつも微笑み冬すみれ
賑わいを忘れし通り冬の月
山茶花の散りて音無き日暮かな

村上青女
投錨の音響かせて紅葉山
山紅葉染まらない葉もここかしこ
厨窓に朝焼け満ちる冬至かな
少しだけ希望を託し冬の虹

浅野千代 
枯蓮を描けり自傷痕の上
枯蓮の池を覗いて行く人ら
ふくらはぎ押して去る猫冬ざるる
暖房や脳細胞が死ぬかんじ

森谷一成
対州のリアス海岸黄葉かな
竹敷の水門に逢て秋時雨
一海をつなぐ絶島いわし雲
立冬の航や指なき支配人

越智小泉
眼差の優しくありて鴨親子
湯に浮かぶ柚子の凹凸肌に触れ
己が影池面に預け山眠る
白菜は片手に重しやじろべえ
*玄関ドアのささやかな飾り。今年もよろしくお願いします。