2024年2月25日日曜日

香天集2月25日 湯屋ゆうや、木村博昭、楽沙千子、砂山恵子ほか

香天集2月25日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
暖かき点描となる常夜灯
鳩尾を月に曳かるる余寒かな
両腕を上ぐる欠伸や猫柳
寒暁にやはき膜張り眠りゐる

木村博昭
鍋底を青き火の這う冬の朝
隠れたる滑車の力捕鯨船
焼け跡の霙の中を捜しおり
鮃の目思いがけない偏頭痛

楽沙千子
走り書くメモを増やせり春炬燵
藁草履岩から岩へ牡蠣刮ぐ
程合いに乾く大根の夕日かな
秒針の確かなリズム冴返る

砂山恵子
七色の洗濯ばさみ春一番
観梅を理由に来る我が母校
銀嶺の迫る校庭犬ふぐり
菜の花や海に迫りし伊予の山

安部いろん
子供には見えぬ陽炎紙煙草
天と地を繋ぐ柱の春日影
時は海つらら雫の膨らみも
雪催人のまばらな駅余す

河野宗子
宅配便氷の破片ついてくる
佳き日かな梅の花びら入って来
ためらいて鯛さばく手や春の海
利き酒の五つが並び春灯

田中仁美
まだ少し時間があると浮寝鳥
イタリアの歌曲を流すシクラメン
春眠しコンピューターのマウス持ち
朧月いつもの曲のリクエスト

岡田ヨシ子
春来たる天気予報のチャンネルに
デイサービス春セーターを選びおり
娘の名前つけたるパンよ雛飾り
三階の窓を走れる春の道

〈選後随想〉耕治
暖かき点描となる常夜灯  湯屋ゆうや
 「点描」とは、点点によって構成する絵画技法だが、常夜灯の灯りが闇の中に浮かぶ点描だと表現されている。この「点描」をキーワードとすることで、常夜灯の灯りが持つ静けさ、温かさ、そして存在感をより深く味わうことができる。「暖かし」という季語の使い方も新鮮だ。あまりに当たり前過ぎてかえって使われない季語だが、この季語によって常夜灯が単なる光ではなく、温かみのある光であると感じられる。「暖かし」と感じるのは、まだ夜の寒さが残っているためで、だからこそこの灯りは人の心を温めてくれるのだ。ゆうやさんの繊細な感性と、言葉選びの努力に触れることができる、早春の一句。
*岬町小島にて。

2024年2月18日日曜日

香天集2月18日 渡邉美保、三好広一郎、柴田亨ほか

香天集2月18日 岡田耕治 選

渡邉美保
傾ぎをりわが重心の龍の玉
前傾の姿勢のままや浮寝鳥
きさらぎの樹の洞より目覚めたる
にはとりの貝殻つつく余寒かな

三好広一郎
ゆっくりとゆっくり告る氷柱かな
泥水を海に返すや雪が降る
着膨れや季語をいっぱい覚えた日
避難所の水のカタチや春を待つ

柴田亨
春きざす子らの鞄は重過ぎる
春落葉虫の臥所の賑やかさ
軒下を照らしておりぬ冬薔薇
名を知るやそこここにあるイヌフグリ

上田真美
寒の梅風にゆらされ香りたつ
鬼いるかいないか豆を打つ一歩
本当は鬼かもしれず年の豆
手助けに笑顔をもらう梅一輪

古澤かおる
建国日月面地図を広げおき
月の水いづこに眠る梅の夜
起きてすぐ靴下をはく沈丁花
如月の口を濯げる水固し

牧内登志雄
堰越ゆる雪解の川の速度かな
春うらら美少年てふ美酒のあり
清方の紅の妖しき玉椿
しみじみと春立つ夜の能登の酒

〈選後随想〉耕治
春きざす子らの鞄は重過ぎる 柴田亨
 温かくなるというきざしは、一方でコートを脱いでこの身をさらさないといけなくなる不安を伴う。この句は、春の訪れの複雑さと、現在の子どもたちが置かれている情況が重ねられている。実際に子どもの鞄が重いのは、多くの学校で教科者や勉強道具を置いて帰ることを禁じているからだ。しかし、年年その鞄の中身が膨らんでいく。もちろん、実際の重さだけではなく、子どもの将来は決して軽やかなものではない。「重すぎる」と断じた柴田さんは、断じるだけではなく、鞄の中身を重くしてしまった社会の一員として、どうそればよいのかと思案している。その思案にこそ、春がきざしているようだ。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2024年2月11日日曜日

香天集2月11日 三好つや子、春田真理子、秋吉正子ほか

香天集2月11日 岡田耕治 選

三好つや子
サイケデリックな手芸部の冬埃
母さんてときどき煮凝りの小骨
立春の尻叩かれる祭りかな
眠そうなトローチの穴春きざす

春田真理子
地のずれて壊れし郷や米こぼす
雪被る木木は一途に堪えてをり
真冬日は般若心経写経せむ
呼鈴を一子侘助待つてをり

秋吉正子
ポケットのマスク確かめ梅見月
「ふるさと」に涙しており梅一輪
カレンダーに予定の増えて春きざす
億劫を吹き飛ばしけり春一番

西前照子
鏡餅割る手のひらの痛みけり
年の豆十を一つにしていたる
孫二人成人の日の光受く
山裾の声交わし合う梅の花

野間禮子
稲刈りや観音寺の鐘響き
台風へブルーシートの呼吸かな
年賀状八十歳の宝物
井戸端や七種刻む母の唄

大里久代
蝋梅やこれより先はよきことを
春きざすひと雨ごとの芝生かな
初観音祈祷を受けて軽やかに

〈選後随想〉耕治
眠そうなトローチの穴春きざす 三好つや子
 トローチの穴が眠そうだと感じるというところで、ふふっと微笑みをさそい、何ともいえない温もりを感じさせてくれる。トローチの穴は、薬を溶けやすくするために設けられているそうだが、そんな機能を反転させて、「眠そうだ」という見方を打ち出す感覚に拍手を贈りたい。穴は「空」、その感覚が春の訪れの微かな兆候と結びつけられているので、この穴は私たちの人生なのかも知れないとさえ思えてくる。つや子さんならではの表現の機微は、俳句を書いてきてよかったと思わせてくれる肯定と、こんな俳句を作りたいという励ましを与えてくれる。
*岬町小島にて。

2024年2月4日日曜日

香天集2月4日 森谷一成、浅海紀代子、宮下揺子ほか

香天集2月4日 岡田耕治 選

森谷一成
空中をとらえていたる鳥総松
融合の一つを迎え鳥総松
陰影の立ちあがるなり初日和
一片の雲なくゆるむ凧の糸

浅海紀代子
人混の内に寒さを分かちおり
声にして読む大吉の初みくじ
細雪猫と私が更けてゆく
冬深む蛇口に今朝の水を受け

宮下揺子
十二月三十一日母危篤
十二月三十一日の涙
母の死はひらがなで来る冬の虹
冬空のてるてる坊主母逝きぬ

夏 礼子
思惑の的中したりシクラメン
さようなら手袋の手がグータッチ
七種の椀に足りない草想う
電卓のゼロ遊びだす女正月

柏原 玄
晩節を際どく生きて初御空
疑問符の斜に傾く三日かな
人日や拳をひらき差し伸べる
追憶の異次元にあり枯木星

佐藤俊
躓いて人にはひとの帰り花
鯛焼きの餡の言い分聞いてやる
ロボットの二足歩行や年新た
寒椿地の底にある不発弾

安部いろん
ダイアモンドダスト戦線を超えてゆけ
雪 質量を保存する空と地と
狐火いつも血を流す武者照らす
もう話することもない冬苺

前藤宏子
一万歩歩きて一句春隣
ペン置きて去年の日記となりにけり
言の葉の力を恃み去年今年
国挙げて戦う人や冬ざるる

宮崎義雄
初日待つ人を過ぎ行く橋の上
一振りの紐で勢う叩き独楽
ほろ酔いのドレス繰り出す初戎
在りし日の会社の写真成人式

木南明子
元旦の行列神は耳貸すか
新春のシアター弾む神野美伽
正月や連なる雲の光合う
大根の重さを忘れ大根買う

森本知美
日向ぼこ指切りの指温めやる
鳥の群輝き渡る寒夕焼
手みやげは熱き鯛焼同期会
落椿笹に通して首飾り

丸岡裕子
初雪や洗濯物の回転す
初旅は旧姓清須の城めぐり
冷気吸いふくらんであり寒椿
寒夕焼暖をとるごと手を翳す

垣内孝雄
万葉の恋歌をもて筆始
初空の雲ほどけゆく那須五峰
初髪の振袖ゆかし円覚寺
たわいなし妻と娘の初電話

吉丸房江
スイトピーハッピーに生き九十歳
生きるほど知らぬこと増え冬木の芽
老木の念のこもりし梅の花
つぼみから色をのぞかせ小菊かな

金重こねみ
初泣や声も涙も出ぬままに
瞬間に淑気呑み込む能登の地震
立ち上がれ起き上がれよと凧揚がる
初髪や苦労はもはや買えぬもの

目 美規子
春立つ日朝のリセット万歩計
皸の血の滲みたり傷テープ
背にカイロ推しの歌手有りペンライト
落し物箱片手袋の色違い

松並美根子
実万両築七十年の床柱
わが庭に母の思いの椿かな
子も孫も揃いし幸や年新た
天災の怖さ特別冬ざるる

安田康子
しあわせと決めるは自分初明り
老いてなお青春つづけ春隣
友からの優しい言葉ほとけのざ
何事もなきこと願う去年今年

川村定子
額当て風邪の額の熱を看る
短日や黄金に雲を染め渡り
空っ風破れ簾が戸をたたく
雪催非常食から食べ始む

〈選後随想〉耕治
一片の雲なくゆるむ凧の糸  森谷一成
 風に乗り、高く舞い上がる凧。その糸は、凧を操る一成さんの手に緊張感を与える。空には一片の雲もなく晴れ上がっている。しかし、糸がゆるむ瞬間、その緊張は心地よい弛緩へと変化する。この緊張と弛緩の対比が、俳句の間口を広げている。糸が切れた時、凧は空から落ちていく。しかし、糸がゆるむことは、必ずしも終末を意味するわけではない。むしろ、命の自然な流れを表しているとも解釈できる。糸がゆるむことは、残念なことではないように思えてくる、そんな一句だ。
*岬町小島にて。