2020年10月26日月曜日

上巻をとばし下巻へ新樹の夜 渡邉美保

 上巻をとばし下巻へ新樹の夜 渡邉美保
 ゆっくりと文体を味わいながら読みたい本。さき頃亡くなった古井由吉の小説などは、飛ばして読んだりはしません。一方、推理小説などは、早く結末が知りたくて上巻を読み飛ばして、下巻に移ることがあります。まして新樹の夜であれば、心がはやります。

春愁の出口を探すルーペかな 三好つや子

 春愁の出口を探すルーペかな 三好つや子
 ものを読むのに欠かせなくなったルーペ。しかし、ルーペで文字を追って行くうちに、小さい頃、植物や昆虫を観察した感覚がよぎることがあります。何もかもが新鮮だった記憶は、もしかするとこの春愁を抜け出す糸口になってくれるかも知れません。香天60号。

2020年10月25日日曜日

香天集10月25日 安田中彦、玉記玉、谷川すみれ他

香天集10月25日 岡田耕治 選

安田中彦
原子炉の長き緘黙小鳥くる
どこからも見ゆる檸檬に戦慄す
うたた寝の中にこつりと烏瓜
蝦夷地とは奪ひとるとは鳥兜

玉記玉
筆圧の強い蛇から穴に入る
一冊を煎じ詰めれば月明かり
レモン絞る嘘が本当に変わるまで
口笛を吹いて黄泉の紅葉まで

谷川すみれ
柚子湯にてひとり分の身と心
茶の花の忘れ去るには遠すぎる
望郷や雪やわらかき橋の上
山の気を集めて坐る鏡餅

木村博昭
穴惑この縄張りを侵すなよ
名月や愛蔵本の踊り出し
父に似て後ろ姿の案山子かな
月天心死は突然にやってくる

砂山恵子
草紅葉この世に無駄なことはなく
豊の秋牛乳瓶に飾る草
待つよりも待たせる君や菊日和
山肌に鳥の集まる良夜かな

加地弘子
みっつ程若く言おうか羊雲
枝のみがゴツゴツ歪み秋薔薇
もう走ることないと決め秋高し
椅子ふたつ金木犀の風静か

正木かおる
秋の芝髪を切り合う縁かな
鰯雲ひなたに戻す犬の小屋
カクテルや金木犀をひそませて
米櫃に生まれて閉じる命かな

安部礼子
あこがれと畏れまだらに後の月
楽曲のような話よロザリオ祭
羞らいも屈托もなし菊人形
魂のほぐるる礼文火の恋し

岡田ヨシ子
手を合わす今宵の月を見上げては
返信のメールを待ちて文化の日
九十を生きる友あり秋深し
洗濯をした川を行くつめたさよ
*大阪教育大学附属天王寺中学校・高等学校にて。



「菩提子」10句 岡田耕治

菩提子  岡田耕治

蛇穴に入りエレベーター点検中
桃よりも柔らかき指桃をむく
郁子僕は僕に生まれてよかったよ
クッキーと紅茶を提げて直哉の忌
秋の星足にまかせて行くことに
雨の中重し私と猫じゃらし
信号を待たずに渡る小鳥かな
新走りひと筋壜を濡らしたる
課長五人並んで後の更衣
影濃ゆくして菩提子を拾いけり


2020年10月24日土曜日

水馬水面に時間とどまれり  安田中彦

 水馬水面に時間とどまれり  安田中彦
 あめんぼうを観察していると、私たちとは違う時間の中にいるようだと感じることがあります。作者はそれを一歩進めて、時間がとどまっている、静止していると捉えました。その静止は、安らかでもあり、苦痛をこらえているようでもあります。「香天集」60号。

ぶらんこを百回漕いで考に会う 玉記玉

ぶらんこを百回漕いで考に会う 玉記玉
 ぶらんこを漕ぐことによって、実現できることがある。幼い頃、私もそう感じていたのかも知れないと思わせてくれる作品です。今、実現したいことを問われれば、亡くなった父(考)に会うこと。少し暖かくなった微風の中に、ぶらんこは静かに私たちを誘っています。香天60号。 

2020年10月23日金曜日

野遊びの置いてけぼりにされる役 夏礼子

野遊びの置いてけぼりにされる役 夏礼子
 鬼になって十数えているうちに、みんなは野原を離れてしまいました。人生を振り返ったときに、いつもそのように置いてきぼりにされる役回りだったと。しかし、それも悪くない、そう捉えている作者を感じることができます。そんなことも含めての野遊びだと。 香天60号。

あと少し時間のありて白牡丹 朝岡洋子

あと少し時間のありて白牡丹 朝岡洋子
 時間がある、しかも「あと少し」。コップに半分の水があって、あと半分しかないと捉えるのか、まだ半分もあると捉えるのか。あと少しかも知れないけれど「時間がある」というプラス思考をもたらしたのは、眼前の白牡丹に他なりません。「香天集」60号。 

2020年10月18日日曜日

香天集10月18日 石井冴、三好広一郎、神谷曜子、橋爪隆子ほか

香天集10月18日 岡田耕治 選

石井 冴
水平になろうと揺れる露の玉
野分立つ胎児つるんと出て来たり
柞より母に便りが届きけり
ふっくりと小父さんになる瓢かな

三好広一郎
天高ししゃがんで拾う記憶力
鍬の柄の痩せたままある神無月
折り鶴の痩身を解く良夜かな
隠したい父が出歩く秋時雨

神谷曜子
リュックから服の晩夏を取り出しぬ
人間がこわした海を秋刀魚来る
台風とコロナウイルス渦になる
一歩ずつ足場を探しななかまど

橋爪隆子
秋簾何処か歪んでおりにけり
大群のままに進まず赤蜻蛉
ネックレスの絡まりしまま台風来
桐一葉ずずと舗道をゆきにけり

浅海紀代子
ひとり寝のベッドの軋む夜の秋
野良捨ての猫の声して長き夜
新刊のページゆっくり秋澄めり
庭の声攫って行ける野分かな

河野宗子
秋灯暗く点りて武道館
初紅葉試歩の目標定まりぬ
木登りが上手になりて夏休
新型のグリルを焦がす秋刀魚かな

古澤かおる
満月の見えない角度腰を置く
高きに登るおにぎりとサンドイッチ
縁側に椎茸を干すしじまかな
道中の背中小さし草の花

永田 文
尾をたれて猫通りゆくそぞろ寒
稲穂波近江富士へと及びけり
野仏を少しはなれて彼岸花
皮ごとの葡萄甘くもせつなくも
*阪南句会の阪南市地域交流館にて。


2020年10月17日土曜日

「合格圏」12句 岡田耕治

合格圏  岡田耕治


台風の進路の変わる貨物かな

シーツ広げ秋の風鈴揺らしけり

石仏やコスモスのほか何もなく

お帰りと書き置きのある蒸かし芋

葉鶏頭しばらく子ども授かりぬ

秋夕焼すぐに濁ってしまうああ

蔦かずら合格圏に入りたる

無記名の手紙が届き蓮の実

真っ直ぐに桜紅葉のはじまりぬ

松手入根っこの力感じおり

もう少し電車にいたい秋の暮

忘れては思い出せない菌かな


 

2020年10月11日日曜日

香天集10月11日 柴田亨、宮下揺子、中辻武男

香天集10月11日 岡田耕治 選

柴田 享
原田くん「孤高の人」になっている
指の先ふわりと秋の来ていたる
文豪に妻と子のある夜長かな
秋思のひととき老いは悦楽

宮下揺子
かまつかや太宰治の短編と
抽斗に未来をしまい秋の空
秋天や嘘を重ねる世に住みて
自粛とは座が増えることニラの花

中辻武男
早ばやと富士の白雪見て卆路
林檎剥くナイフに蜜を光らせて
しら露をこぼさず提げる植木かな
稲刈機若手が使い慣らしたる
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。



2020年10月10日土曜日

「始まり」12句 岡田耕治

始まり  岡田耕治

対面になってレモンを絞りけり
歩いたり走ったりする芒かな
秋時雨高校生が濡れて来る
立ったまま眠っていたり彼岸花
途中から犬抱いて行く秋夕焼
月の顔手に取るほどに残りけり
柿を干す遺影と同じ高さにて
話すこと少なくなりし刈田かな
学校のことには触れず吾亦紅
台風裡一人ずつ名を呼んでゆく
弁当の中を濡れたる栗の飯
始まりを見廻している花野かな

 

2020年10月4日日曜日

香天集10月4日 三好つや子、渡邉美保、釜田きよ子、辻井こうめ他

香天集10月4日 岡田耕治 選

三好つや子
曼珠沙華内気な声の集いけり
秋の蝶たとえば耳の浮遊感
木と土と骨の笛あり十三夜
蛇づかいの絵本好きな子らの秋

渡邉美保
わが顔の中に父ゐて秋の声
月出でて木琴となる木橋かな
自転車の集まってゐる橡の木
翼あるものに岸辺の水澄めり

釜田きよ子
耳打ちをされて午後から案山子かな
蓮の実の飛んで極楽見えてくる
遠吠えをしてみたくなる星月夜
ひつじ田となり懐の広がりぬ

西本君代
夏の夢マーメイドの尾しなやかに
学校に近づいて来て蝗捕る
蜻蛉やシャリシャリとした羽に触れ
そのことは見ませぬ誰も風の盆

前塚かいち
懸命に蝉と遊べる猫と居る
たまに鳴る風鈴を見る余生かな
秋暑し切り抜き記事の溜まりゆく
いわし雲放哉句集に島の地図

中濱信子
遠雷や刃物屋の刃の向き合いて
押印の指先朱し夜の秋
今年また一度だけ炊く栗の飯
釣瓶落し里はひととき輝いて

小﨑ひろ子
雨を折り野分の風の吹きやまず
ひつじ雲夢の出口をさまよいて
秋晴や深く苔むす監視塔
戒名は観月の父三回忌

辻井こうめ(2月)
春光や書庫に待つこと半世紀
復刊のハードカバーや春の草
女正月ケーキセットのしめくくり
あけぼのの音無き空の野梅かな

辻井こうめ(4月)
救はれよアスクレピオス春疾風
逃げ水の水ふつふつと沸き上がる
リビングに香りの余るフリージア
垣越ゆる辻の地蔵へ花通草

辻井こうめ(5月)
鳥の巣の一枝咥えてまた一枝
オニアザミの棘疎ましや春深む
路地裏の「昼飲」の札夏兆す
山雀のソングポストやこの一樹

辻井こうめ(6月)
みどりごのフェースシールド新樹光
齣送る愛しき人ら麦の秋
団欒を聴きゐる夜のアマリリス
ひとすみのかたばみ抜かで草取女

辻井こうめ(7月)
新生姜漬けて瓶中グラデーション
短夜や言断つ人に繰る絵本
露草の羨道覆ひつくしをり
友逝くやハイビスカスをたたむかに

辻井こうめ(8月)
貼紙の猫の見てをり梅雨の街
骸に沿ふ羽二本あり夏薊
百年の楠の声かと蝉しぐれ
赤紫蘇の香りの向う山雨して

辻井こうめ(9月)
青年の思考の自在秋扇
悲しくはないのだろうか星流る
日の色を重ね合いたり赤とんぼ
日照雨して二人の時を秋の虹

朝岡洋子
逝きたると聞きし今宵の鉦叩
朝の膳布目を残す新豆腐
下校する大きなポット秋旱
エアコンに旋律のありちちろ鳴く

羽畑貫治
暗闇の迫り来る空秋の蝉
ペダル漕ぎ一気に跨ぐ冬日和
ラケットのラバー張り替え神渡し
左右から落ち合う川や初時雨
*大阪城にて。

「祈る形」12句 岡田耕治

祈る形  岡田耕治

初めてのバスを待ちたる木の実かな

眼差しを覗かれてあり月明り

澄む水やかき混ぜたくてしょうがない

秋簾しばらく坐りいることに

本当は倒れていたい曼珠沙華

花野より立つときの来る光かな

蟷螂や祈る形をしていたる

人騒ぎここに聞こえて小望月

裂けるため包まれている石榴かな

触らずにふれんとしたり猫じゃらし

城の水澄みて虚空を映しけり

ジーンズを履きたくなりしいわし雲