〈俳句物語〉 岡田耕治
饒舌の海峡に転(こ)け潮招 森谷一成
私は潮招(シオマネキ)のメスです。私たちの暮らしをご存じでない方もいらっしゃるでしょうから、少しお話します。私たちはカニの一種で、オスの片方のハサミがとても大きく成長します。それが潮を招いているかのように見えるので、シオマネキと呼ばれています。
河口近くの、引き潮で泥が露出する干潟が、私たちにとって一番居心地のいい場所です。泥に深い縦穴を掘って暮らしており、この穴は外敵から身を守るだけでなく、満潮時に水没する間、静かに過ごすための私だけの個室でもあります。
オスは巨大なハサミを上下に振り、私たちメスに向かって猛烈にアピールしてきます。私はオスたちのダンスを比べ、ハサミの大きさと、その振りの速さから彼を選びました。彼の巣穴へと入り、お腹とお腹を合わせたのです。その後、彼は気前が良く、自分の巣穴を私に譲ってくれたので、卵を抱いて大切に育てることにしました。
彼は外に出て、新しい穴を掘るのかなと見ていたら、なんと彼はまたあの大きなハサミを振り始めたではありませんか。私たちは、基本的に夫婦で一緒に暮らすことはありません。それでも、せめてこの卵たちを海に放つまで、この巣穴を外敵からガードするものとばかり思っていました。
私の個室から見える海峡は、いつも激しい潮の流れが押し寄せていますが、このところ、波がぶつかり合い、渦を巻き、轟々と音を立てています。どうも潮の流れだけではない、不穏な音が混じっているようです。この「饒舌な海峡」の騒めきは、命の危険を知らせているのかもしれません。それなのに、彼はその警告に耳を傾けることなく、ひたすら自己顕示のためにハサミを振り続けています。
そう考えているうち、巣穴も掘らず、私や卵を守ることもせず、激しくハサミを振りまくっていた彼は、ついに勢いよく寄せてきた潮に押され、あっけなく転(こ)けてしまいました。あれほど自信たっぷりだった大きなハサミは、彼を守ってはくれませんでした。大きくて速いハサミこそが良い、この干潟の価値観は、いま、見直す時が来ているのかもしれません。