2019年4月30日火曜日

死に真似のあと生き真似のさくらかな 高橋修宏

死に真似のあと生き真似のさくらかな 高橋修宏

「香天」55号。例えば今日のような休みの日、一日どこにも出掛けず「死に真似」をしたくなることがあります。吉本隆明に『ひきこもれ』(だいわ文庫)という本がありますが、誰とも顔を合わさない時間というもの、時には必要です。ところが、この「死に真似」をしてみると、日常の暮らしに戻っても、それは「生き真似」ではないのかと思えてくるというのです。満開のさくらを見ていると、「死に真似」でも「生き真似」でも、どちらでもいいのかなとさえ思えてきます。修宏さん、すてきな36句、ありがとうございました。
*高野山大学難波サテライトにて。

2019年4月29日月曜日

「元号」15句 岡田耕治

元号  岡田耕治

喋ってもいい図書室の若葉風
光る風あとからあとから吹いてくる
春夕べ左目を見て聴くことに
ひと差しの醤油泡立ち鮑貝
苜蓿傾いてから立ち上がり
黄砂降ることの加わる眼かな
一度起き覚めたままなる朝寝かな
できるだけ歩くと決めて松の芯
元号を使わぬ人の蜆汁
集まりて新入生の鼻っぱし
弁当を水平にして青き踏む
あと一句作れば風の光るらん
目を閉じて満天星の花映しけり
桜蕊降る土曜日の引きこもり
ラーメンを食べきってより夏兆す
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年4月28日日曜日

香天集4月28日 石井冴、玉記玉、森谷一成、柴田亨ほか

香天集4月28日 岡田耕治 選

石井 冴
はこべらを啄む嘴をもらいけり
若葉風伸び縮みする犬と人
電線が怖ろしくなる夕桜
なまぬるい水を連れ出す春日傘

玉記玉
山笑うカスタネットとする両手
水菓子の緋のひんやりと養花天
桜貝拾うて天女ともならず
椿落つひとつは水へひとつは火

森谷一成
体さえあれば相四つ春疾風
そのなかの自白攻防春の水
クローンなりバラ目バラ科サクラ属
揚ひばり古代王城壁を欠く

柴田 亨
歩行器を先頭にして桜かな
桜の木葉裏に虫の生きるなり
彩りのわずかに増えて春彼岸
誤字脱字揺らぐ言の葉躍動す

澤本祐子
焼きたてのバターの香り涅槃西風
開け閉ての音のやさしく春障子
春の空大きく映すし水たまり
詰襟に手足のまれて春の暮

辻井こうめ
山若葉口笛先に下りてくる
ふらここの高きに小さき虫の空
万葉のならひの一つ花筵
花の雨山純色に戻りゆき

橋爪隆子
投宿の窓にあふれて花の雲
花の冷えサランラップの端探す
春灯エンドロールの尽きるまで
チューリップ笑い転げて散りゆけり

浅海紀代子
迎えらる大樹一本囀りて
花の坂昔の空へ登りゆく
我が影の次第に淡く花の下
春の窓辺つぎつぎ猫の席となり

中濱信子
花冷えや観音像の下向きに
牡丹に手を添えやればはらはらと
裏白き広告を選る土筆かな
点滴の管の路線図薄氷

釜田きよ子
つくしんぼみんな元気な男の子
AIに馴染めぬままに鳥帰る
黄金週間孔雀は羽根を閉じしまま
うぐいす餅食べて一言ホ―ホケキョ

木村博昭
それぞれの笑顔の高さつくしんぼ
アオザイも花衣なる白鷺城
骨拾う前の飲食目借時
風まかせ水まかせなる落花かな

古澤かおる
風船のアーチをくぐる軽さかな
ぐい呑みのエスプレッソや牡丹の芽
夕暮れの川の長さに花筏
春の雨出陣式の駐車場

安部礼子
目借時男女のボーダーゾーンに居
花吹雪標をさぐる者はなし
果てしなき変身願望初蝶来
我が名をも忘れてしまう風車

羽畑貫治
憲法記念日口々に邪気払う
園庭の声の華やぐ麦の秋
卯の花腐し音たてて海豚舞う
更衣少女らの脚細くなる

岡田ヨシ子
髪に付け花片が子を飾りけり
外灯に燕の止まる頭かな
大鳥居即位の旗のなびきたる
新緑や昭和平成いま令和

北村和美
思春期の真っ直ぐに来て春の雨
光受けパンジーの黄のゴールドに
花吹雪ワンピースの裾巻き上がる
山桜長い廊下の四つんばい
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年4月24日水曜日

雨よりも冷たく菫咲きゐたり 金山桜子

雨よりも冷たく菫咲きゐたり 金山桜子

「香天」55号。桜子さんにお目にかかると、 その息遣いがとても静かだなと感じます。 ご自分の暮らしの一コマ一コマを 静かに楽しんでおられるように感じられるのです。そんな桜子さんを 彷彿とさせるような「菫」です。 菫には、儚く悲しみにまで届くような死の側面もありますが、春の再生を表す生の側面も あると言われています。 降り出したこの雨よりも、さらに冷たく感じられるその花びらは、「愛」 に通じるような静かな 力をたたえているようです。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年4月22日月曜日

「蹴飛ばす缶」12句  岡田耕治

蹴飛ばす缶  岡田耕治

花明り誰にひっぱり込まれたる
花の果蹴飛ばす缶を立ててあり
インスタントコーヒー配り春の芝
しゃぼん玉飛ばす速さの眠くなる
花片をくっつけている眼かな
頭の中で必ず登り桜の木
春惜しむ繰り返し弾く旋律と
全句集最後の一句あたたかし
パン一つさげて出て来る里桜
里桜その角度から僕も撮る
突然に前向きになり蝌蚪の紐
牛乳がつくる体の朝寝かな
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2019年4月21日日曜日

香天集4月21日 谷川すみれ、三好広一郎、中嶋飛鳥、砂山恵子、橋本惠美子

香天集4月21日 岡田耕治 選

谷川すみれ
青芝の子が転びそう転ばない
母の日の見つめつづける火や水や
近づけぬ滝の全長輝きぬ
くちなわを棒に掛けたる山河かな

三好広一郎
春の水目が慣れてきて剥いてみる
桜さく鏡を割れば桜チル
春の子はマジシャンになり砂を出す
毛穴から侵入してくる春霞

中嶋飛鳥
逃げ水や白線右へ流れ出し
春障子その指窓の不定形
清明の塩飴ふくみ歩き出す
触れたきはメレンゲの角(つの)花の果

砂山恵子
花冷ゆる朝一番のラジオから
石鎚のくるくる回る石鹸玉
花吹雪通りませうと運転手
肩巻けば首の白さよ春ショール

橋本惠美子
桜貝コペンハーゲン遠くなる
ふらここの順番を待つうしろ手よ
新入生おしめに名前書き入れて
ぎしぎしをひき全容の現れる

*上六句会場・ホテルアウィーナ大阪にて。

2019年4月20日土曜日

口笛の着信音よ燕来る 杉山久子

口笛の着信音よ燕来る 杉山久子

「香天」55号。口笛は、合図をするときに使うだけでなく、何もすることのないときに口をつくこともあります。さわやかな一面もあり、魔術が働くこともあるなど、多様な意味を含んでいます。それを着信音にすると、なるほど自分がどんな気分や状態であってもはっと呼び出してくれそうです。まるで、今年初めて飛来する燕たちのように。久子さん、招待作品15句、ありがとうございます。
*大阪教育大学天王寺キャンパスの座席表。52人だったので、トランプで席決めをしました。

2019年4月19日金曜日

囀りや投函口に銀の屋根 金子 敦

囀りや投函口に銀の屋根 金子 敦

「香天」55号。敦さんからよく手紙をいただきます。丁寧に書かれた一文字一文字から敦さんの人柄が伝わってきます。今日も大切な人に向けた手紙を胸に、ポストまでやってきました。鳥たちがしきりに鳴いています。ポストの口はステンレスですから、投函すると鳥たちの声を映すかのように光ります。この日、敦さんが注目したのはポストの口ではなく、ポストの屋根でした。屋根は人や物を安置する役割を持っています。今投函した郵便物は、集配の時間までこの銀の屋根に守られて静かに出発の時を待つことになるのです。
*池田市立石橋中学校にて。

2019年4月18日木曜日

初燕新橋梁をめぐりをり 福田甲子雄

初燕新橋梁をめぐりをり 福田甲子雄

『福田甲子雄全句集』ふらんす堂。著者最後の句集の最後におかれた句です。橋梁ですので、太いコンクリートの橋が想像できます。コンクリートを立たせることによって、この国は発展してきました。しかし一方で、もうコンクリートはいらないのではないかという思いも浮かんできます。しかし、今年初めて飛来したツバメたちは、興味深そうに橋梁の周りを巡っています。 このツバメたちのためには、新しいコンクリートもまたいいのかもしれないと、そのように命を受け止めようとする作者最期の一句です。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年4月15日月曜日

「泥棒と刑事」12句 岡田耕治

泥棒と刑事  岡田耕治

きっとこの部屋にいるはず猫の子よ
花明り深き壕より視ていたる
好きなだけ居りて砂場の遅日かな
泥棒と刑事になって野に遊ぶ
揺らし来て白詰草の首かざり
花吹雪秘密基地へと届きたる
春の泥一人で遊びはじめたる
潮干潟こんなところに入り込み
花吹雪新たなルール加わりぬ
ただ水と遊んでいたる落花かな
路に残りロウ石の絵の夕永し
段ボール滑りて土手の青みけり
*大阪教育大柏原キャンパスから駅へ。

2019年4月14日日曜日

香天集4月14日 三好つや子、中村静子、加地弘子ほか

香天集4月14日 岡田耕治 選

三好つや子
春の校庭羽ばたきそうな紙片あり
柔らかなもがきを抱え春キャベツ
夕ざくら降車ボタンを押し忘れ
占いの館はこちらチューリップ

中村静子
相席のボックス席の余寒顔
ともし火の雛の黒髪濡れてあり
スクーターの風受けてゆく茅花かな
春寒の鯉が腹打つ鏡石

加地弘子
春耕の二人交互に水を飲む
大切な用事につづき春一番
春の月ともに湯舟に浮きいたる
春の鳥遅く来ている休みの日

神谷曜子
水木しげるの妖怪辞典春の昼
谷合の梅林空のおりてくる
ヨシ焼きの炎二手に走りゆく
紫雲英田を後手でゆく者のあり

永田 文
球児いま芝生の春を駆けゆけり
単線の花菜明りを始発駅
木に触るる芽立の匂う日差かな
日を溜めて梢の芽吹き天つ風

中辻武男
富士山の裾を隠して花菜かな
白無垢を羽織る姿の花盛り
桃の花見分け摘み取る笑みのあり
花よりも人に寄り付く春の蝶
*岬中学校図書館にて。

2019年4月10日水曜日

「花明り」12句 岡田耕治


花明り  岡田耕治

柔らかきシャツを選びて西東忌
春愁の一人は走りつづけたる
きっちりと春のキャベツに包みけり
花明り何の予定もない日なり
定期券鳴らして降りる花明り
花の下イニシャルを書く紙コップ
書いてからノートを離れ花筏
目の高さ合わせていたり花盛り
風車子どもだけしか入れない
春の川浸かりはじめを傾いて
借りてくる本に押されてクローバー
わが猫背仔猫が乗って眠りたる
*岬町立岬中学校図書館にて。

2019年4月7日日曜日

香天集4月7日 森谷一成、岩橋由理子、宮下揺子、岡田ヨシ子

香天集4月7日 岡田耕治 選

森谷一成
新梢も蕊もくれない梅の性
フラボノイドとアントシアニン梅が枝に
木の国の護摩壇山の冬惜む
ゆらゆらと祝詞のように雪やなぎ

岩橋由理子
日脚伸ぶ後戻りすることの増え
靴磨く父の薀蓄冬温し
溢れ出るコトバ斜めにミモザ咲く
何回もブランコの弧が空掴む

宮下揺子
冬林檎二つもらいて帰り来る
北窓開く大方は要らぬ物
引き算を続けていけば春がくる
朧夜のポストイットのハートかな

岡田ヨシ子
さくらんぼ実生八本実りけり
花吹雪白髪を競い合いおれば
卒園の曾孫を囲み昼の膳
汽車を待つ太巻鮨をたずさえて
*大阪府教育センターにて。

2019年4月5日金曜日

秋光の座につき梳る生徒 竹中 宏

秋光の座につき梳る生徒 竹中 宏
「翔臨」94号。生徒が自分の髪の毛をとかしています。髪は、何よりも活力を表しますので、生徒の持つ力を感じます。また、髪は自らの魂の宿る場所であると言われていますので、丁寧に自分の髪をとかすことは、自分の魂を整えることでもありましょう。秋光の座とは、放課後でしょうか。教室に午後からの光が差し込んでいます。その中の時間をいつくしみながら、誰のためでもない、自分自身のために魂を整えているのです。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2019年4月3日水曜日

花冷や一合と決め晩酌す 玉川義弘

花冷や一合と決め晩酌す 玉川義弘
 句集『十徳』邑書林。句集名となった「百姓の酒の十徳冬至来ぬ」もそうだが、一巻の要所に酒が登場して、読んでいて心が温まる。長く農業に従事され、日中の心身を癒やすように酒が登場する。「一合」は、肝臓にも心臓にもよい範囲で、医者からも一合までと勧められるが、一巻を読み進めてきてこの句に出会うと、単に健康に気を使ってそうしたのではないことが伝わってくる。そうは書かれていないが、一合と決めるのは俳句のためではないか。いい俳句を書き続けるために、好きな酒を制限する。というより、いい俳句を書くことが、酒を飲むこと上回りつつあるのではないだろうか。これまでの句業をまとめられた作者の充実を喜びたい。


2019年4月1日月曜日

「茅花原」15句 岡田耕治


茅花原  岡田耕治

ストローを離れずにありしゃぼん玉
つなぐ手と反対の手に水温む
みずからの色に浮き立ち桜鯛
ソフト帽おさえて来たる春疾風
蜜蜂になって一刺していたり
わが靴のはじめに乾き春の泥
黄水仙一人暮らしを始めたる
少しだけ泣きそうになり茅花原
春の海目には見えないものあふれ
目的の生まれてよりの紋黄蝶
蟻穴を出でて記憶を取り戻す
フリージア良い文章の揃いたる
地虫穴を出ては授業の止まりけり
心拍の落ち着いてくる春うれい
巻尺を音立てて閉じ四月来る
*りんくうタウン「スターゲイトホテル」にて。