2016年10月31日月曜日

人間の名前をもらい案山子立つ 石井冴

人間の名前をもらい案山子立つ 石井冴
 香天集10月30日。稲が実りだして長く田にある案山子に、一つずつ名前を付けました。名付けたのは、子どもでしょうか。名付けられることによって、案山子というものと人間との境界が揺らぎはじめます。単に標(しるし)としてそこに刺されてあるのではなく、人としてのまなざしや匂いが稲を守っている、そんな温もりを感じさせてくれる一句です。
*泉佐野市内の刈田。今年藁の匂いがしています。

2016年10月30日日曜日

香天集10月30日 石井冴、橋本惠美子、加地弘子ほか

香天集10月30日 岡田耕治 選

石井 冴
柿硬し六林男のもとに揃いたる
毒きのこ棒持つ人を愉します
人間の名前をもらい案山子立つ
水差しの中は真っ暗水澄めり

橋本惠美子
月光を交ぜて砥石を濡らしたる
梨を剥くすっぱきことを内に秘め
天かすのゆっくり浮いて鱗雲
花火師や二個の大きなにぎり飯

加地弘子
咲くほどに小振りとなりぬ紅芙蓉
声までも母に似ている石蕗の花
スポンジが青を吸いとり秋の雲
踏んで来し垣根づたいの金木犀

澤本祐子
草の葉のそよぎに浜の秋近し
過去からの風を送りてサンマ焼く
一粒の葡萄を食べて返答す
青空を揺らす芒の穂並かな

釜田きよ子
少年のポケットどんぐり長者かな
心臓に還る血の音秋の夜
幼子の喃語ほにゃほにゃ小鳥来る
脊椎の隙間木枯し一号吹く

橋爪隆子
噴水や青から白のふきあがり
思いきり光かみしめ今年米
包丁の刃に流れゆく梨の色
姉の香をもらう形見の秋扇

藤川美佐子
末枯れの影を力としていたる
此の道は来て去るところ里しぐれ
大小の靴跡みだれ秋深む
捨て石を力としたる秋の蝶

北川柊斗
爆弾となりぬる檸檬かじりけり
少年にもどる兆しや木の実降る
子蟷螂すでに武者なるかまへせり
夕闇へ覚醒したる菊人形

中濱信子
秋空の碧より下りる滑り台
赤トンボ空を真青にして去りぬ
歩かねば秋風に追い越されゆく
ハミングの男は秋の風の中

木村 朴
仏塔や秋の入日を残したる
逃げる子も鬼の子もつけ牛膝
萩咲いてようこそと辞儀していたる
下り坂なれば転がるかりんの実

浅海紀代子
新涼や三つ編み少女跳ねて来る
新涼の風が釦をはずしけり
指輪なき左手かざす秋の風
手を上げて古き友来る秋の空

古澤かおる
オーボエとピアノの調べ金木犀
十三夜少女の指の水浸し
語り部のシャツはお揃い檀の実
手に届く熊野古道のからすうり

越智小泉
木の上の鴉も氏子村祭
ハモニカを吹く子の見えず里の秋
手の届く処は採られ柿の秋
新米を研ぐ三合は三日分

村上青女
満月や一つの玻璃にくっきりと
鮭狙う羆が見えて旅の窓
よこ雲のうす衣羽織り十六夜
回復の友と眺めて十三夜

竹村 都
神楽舞親から子へと秋祭
体操の始まる工場秋茜
秋桜通園バスの絵のあらた
稲光近づいて子ら走りだす

西嶋豊子
紅葉狩猫のせて行く押し車
一等賞運動会の靴を脱ぎ
秋日和歩ける事のしあわせに
燕去るここからの空広くして
*大阪教育大学の天王寺キャンパス。紅葉が進んでいます。

2016年10月28日金曜日

秋風の到らぬところなかりけり 大峯あきら

秋風の到らぬところなかりけり 大峯あきら
「俳句界」11月号。50句に様々な秋風が吹いて、最後にこの句にたどり着くように組まれています。全てのものに秋風が通うという大きいまなざしは、読む者を静かに安定させてくれます。二重否定は思いを届けるのに難しいと感じていましたが、このような深い書き方ができるのですね。
*泉佐野市内の竹林。

2016年10月27日木曜日

白菜のひとつ置かれて静かなる 谷川すみれ

白菜のひとつ置かれて静かなる 谷川すみれ
香天集10月23日。買ってきたものでしょうか。白菜がただ一つ置いてある、それだけです。この一つの白菜にどんなものが取り合わされて料理ができ、その料理を何人で囲み、どんな会話が弾むのでしょうか。白菜というなんでもない食材でも、こんなふうに想像が膨らむ書き方ができるのですね。
*出張で訪れた鳥取駅前のモニュメント。地元のテレビや新聞では、今回の地震の被害の大きさが報じられています。

2016年10月24日月曜日

「秋光」12句 岡田耕治

秋光  岡田耕治

いつもよりちょっと遠くへ小鳥来る
自分の木と決めて小鳥の来ていたる
秋風へ耳を澄ませることにする
雲梯を渡っていたる秋の風
牛乳とクリームパンに木の実降る
逆様にぶら下がりたる秋思かな
秋光を容れ珈琲を淹れており
全館のガラスに映り銀杏黄葉
遅刻する窓いっぱいの秋日和
誕生が遅れ木犀香りけり
光量を落としてよりのきりぎりす

和紙として開かれている夜長かな

2016年10月23日日曜日

香天集10月23日 谷川すみれ、宮下揺子、永田文ほか

香天集10月23日 岡田耕治 選

谷川すみれ
冬の鯉深き眠りの口を開け
竜の玉私は母の形見なり
白菜のひとつ置かれて静かなる
雨の日の愛しきものに寒鴉

宮下揺子
砥ぎ味を確かめるためトマト買う
秋暑し修正液で嘘を消し
大西日ドクターヘリの飛んでくる
秋寒や別人となり寝て起きる

永田 文
点滴の窓を流れて秋の雲
葡萄棚出てより空の深くなる
村中の音に匂いに豊の秋
鬼やんま水の匂いの岩つかむ

中辻武男
秋場所や浪速の力士土付かず
珈琲とあんパンが好き秋の朝
バット提げ親子で帰る秋の暮
さわやかに枝打ち払う男かな

岡田ヨシ子
鰯雲旅終えし機が空港へ
小鳥来る空に消えたり朝の飢え
健康や米寿祝の今年米
この道はいつか来た道彼岸花
*鈴木六林男作品展が行われている岸和田市立図書館。昨日、上六句会・みさき句会合同で、作品展の見学と句会を行いました。

2016年10月21日金曜日

俳句なぞどうでもよいとおもふ春 松井貴子

俳句なぞどうでもよいとおもふ春 松井貴子
「HI」126号。この国際俳句交流協会の機関誌は、俳句とその英訳が対になっていますので、英語から俳句を見ることができます。I could care less/what makes a good haiku/spring この英語を逆に訳しますと、気にするほどじゃないかな、いい俳句をつくることなんて、そんな春。いい俳句を作ろうとすればするほど、固くなっていきますからね。I could care less で書いてみますか。
*北陸新幹線で富山から金沢へ向かう車中。

2016年10月20日木曜日

青の先は青初秋の連絡船 中井保江

青の先は青初秋の連絡船 中井保江
句集『青の先』ふらんす堂。船は魂を宿す人間の肉体の象徴であると言われることがあります。まして、連絡船ですから、地元の人にとってはライフラインでしょうし、旅人にとっては未知への扉でしょう。この句は、後者でしょうか。青い海原を先へ先へと進んでいく、それほど大きくない連絡船は、中井さん自身なのかも知れません。
*岬町小島の海釣り公園です。

2016年10月19日水曜日

秋の山こんなに早く終電車 瀬戸正洋

秋の山こんなに早く終電車 瀬戸正洋
句集『へらへらと生まれ胃薬風邪薬』邑書林。山や海へ出かけますと、終電車がこんな早い時刻なんだと驚くことがあります。平日はまだしも、土日ですと日暮に終電車が出てしまうことも。それを瀬戸さんは、「なぜなの」と怒るのではなく、「そうなんだ」とその時刻表を愉しんでいるように感じます。「こんな生きづらい世の中を、こんなふうにしか生きられないのなら、それをそのまま愉しもう」、そんなメッセージが句集にちりばめられています。

2016年10月17日月曜日

「秋の暮」11句 岡田耕治

秋の暮 岡田耕治

実紫しばらく色に集中す
今年藁抱っこしたまま睡りたる
頭の中で小車回すことにする
秋の暮バトミントンの声短か
一日を西に送りてかりんの実
月光の歌碑より句碑に長く居て
長き夜の息を数えて居たりけり
石の上に石の集まり秋の声
どこまでも続く階段秋日和
一本の虫の激しき欅にて
印刷の熱を持つ紙冬近し
*富山県富山市内のノーベル通りにて。

2016年10月16日日曜日

長き夜の笑えば泪出でにけり 久堀博美

長き夜の笑えば泪出でにけり 久堀博美
 香天集10月9日。気温が低くなりましたので、夜の長さを実感できるようになりました。人は、笑うことによっても「泪」が出てくるのですね。対話でしょうか、映画でしょうか、小説かも知れません。心を動かす温もりのある刺激は、涙腺を緩ませてくれます。また、「の」の働きによって、「長き夜の泪」という意味合いにも取れますので、この泪はその場限りのものではなく、久堀さんの長い人生の泪であるように感じられます。いい泪と出会うことができました。
*昨日出張で出かけた富山県民会館のエントランス。

2016年10月14日金曜日

木琴に日が射しをりて敲くなり 林田紀音夫

木琴に日が射しをりて敲くなり 林田紀音夫
 ものを書くときの四つの要素、「いつ」「どこで」「何が」「どうした」のうち、「どこで」を書かない方が俳句は成功しやすいと、鈴木六林男師から教わりました。「いつ」というのは季語が担うのだということも。さらに、「いつ」さえも書かないで、「何が」「どうした」という二つの要素だけで書くのが無季俳句だと。だから難しいのだとも。その教えからすると、紀音夫さんのこの句は、無季俳句の極みにあります。登場するのは、木琴と日だけです。古びた木琴に日が射してきて、日光がまるで木琴をたたいているように、かすかな音が聞こえてきます。なんという高度な書き方でしょう。
*広島県府中市の府中学園の教室。

2016年10月11日火曜日

秋祭スイッチ押せば始まりぬ 大西龍一

秋祭スイッチ押せば始まりぬ 大西龍一
第44回膳所俳句大会・花谷清特選・岡田耕治特選句。10月9日に行われた膳所俳句大会には、50人ほどの参加があり、一人二句の出句でした。大会の選者は、花谷清さん、ふけとしこさん、それに私の三人。ご参加の皆さんとともに5句選をして、そのうちの1句を特選にしましたが、たまたま花谷さんと私とが同じ大西龍一さんのこの句をナンバーワンに指名しました。
当日は、大津祭が行われていましたので、その光景かもしれません。俳句の書き方がやさしく、それでいて、俳句のもっているものは奥深い、そんな秀句です。秋祭という古から続いてきた行事と、スイッチという硬質で、現代的なモノとを配置していて、新鮮です。このスイッチはどんなスイッチでしょうか。宵宮にさきがけて、点灯した提灯のスイッチかも知れません。地車の倉庫の電灯のスイッチかも知れません。あるいは、単に目の前のテレビのスイッチだってOKです。どんどん想像がひろがるところが、この句の面白いところです。大西さん、おめでとうございます。
*膳所(ぜぜ)俳句大会が開催された大津市生涯学習センター。

2016年10月10日月曜日

「桜の木」12句 岡田耕治

桜の木   岡田耕治

一人ずつ腰掛け秋の更衣
水上に睡る刻来る星月夜
花芒われをあらたに通り抜け
湯上がりの香りの中の林檎かな
腹減らす者が集まり吾亦紅
秋の水ズボンを濡らし上がりくる
塗箸を持ち替えている里芋煮
新聞を敷いて寝ている天の川
無花果を食べ新聞を濡らしけり
一歳のまなこがとらえ鳥兜
サフランや向きを同じくしていたる
真っ先に裸になりし桜の木
*昨日、膳所俳句大会に参加した帰り、膳所城跡に行ってきました。

2016年10月9日日曜日

香天集10月9日 久堀博美、中嶋飛鳥、中村静子ほか

香天集10月9日 岡田耕治 選

久堀博美
秋風や鼻につながる耳と喉
抉れたる山肌映し秋の水
変りゆく街の風景鬼やんま
長き夜の笑えば泪出でにけり

中嶋   飛鳥
秋の空目薬の木を一揺すり
鶏頭花ときに女の貌を見せ
拾うても拾わなくても木の実降る
秋深む祇園舎の鐘背後より

中村静子
蟷螂のまなこを雲の溢れけり
ぶつかって一声を出す夜の蝉
酔芙蓉一番星の揺らぎけり
鼻唄の近づいて行く星月夜

羽畑貫治
開け放つ形に抜けて土用東風
百日紅愛しき肌の匂いけり
狗尾草南海トラフ近づきぬ
老いてなお食欲あおる茸かな
*久しぶりの晴天が、10月7日8日と。

2016年10月8日土曜日

手をつないだりタンポポ握つてゐたり 久里順子

手をつないだりタンポポ握つてゐたり 久里順子
句集『風景』邑書林。静かに呼吸すること、静かに日常を見つめることの豊かさを伝えてくれる句集が誕生しました。びっくりしたり、ハッとしたりすることではなく、作者のまなざしを愉しみながら読んでいくことができます。手をつなぐこととタンポポを握ることをこのように置かれますと、実は手をつなぐことそのものにとっても価値があるのだということに気付きます。どうしても、手をつなぎ、次に唇を求め、体を求めとエスカレートしてしまいますが、手をつなぐことの中に全てがあるのだと、一句は静かに語っています。順子さん、いい句集の御出版、おめでとうございます。
*大阪教育大天王寺キャンパスのベンチです。手をつなぐことも可能です。

2016年10月7日金曜日

不意の日は今なお昏し著莪の花 渡辺誠一郎

不意の日は今なお昏し著莪の花 渡辺誠一郎
「小熊座」10月号・東日本大震災五年記念特集。「不意の日」とは、どんな日だろうかと思い遣ります。不意は、思いがけないことですから、だしぬけにあの震災の日が蘇ってくる日ではないでしょうか。そんな日は、今なお昏く誠一郎さんを襲います。コメントは、「震災から五年が過ぎたが、いまだに海を直視できない」と始まっています。木蔭の内にあって鮮明に小さな花を伸ばす「著莪の花」であればなお、不意の日は訪れやすいのです。
*大阪市内で見つけた露草。

2016年10月6日木曜日

天高く除染袋の肥ゆる秋 高野ムツオ

天高く除染袋の肥ゆる秋 高野ムツオ
「小熊座」10月号・東日本大震災五年記念特集。47人の作家が、特集に10句とコメントを発表しています。高野さんは、再び福島の被爆地を訪れた様子を記し、「人間は取り返しがつかないことを積み上げているだけである」と。除染土を集めた黒いフレコンバックの山を前にして、暗然としたであろう作家は、あえて「天高く馬肥ゆる秋」という、人口に膾炙したフレーズを用いました。そんな何の疑いもなく馬が肥えることはもうないのだと、あるのは、刻刻と積み上がる汚染土の山なのだと。
*今年3月、宮城県を訪れた際訪れた、津波の影響で廃校となった小学校。

2016年10月5日水曜日

香天集選後随想 「香天」45号のために

「香天」45号は、只今スピードを上げて仕上げの段階に入っています。ご購読の皆さまには、10月中旬にお届けできると思います。編集中に、「香天集」の追加がありました。また、「選後随想」を書き加えましたので、先に掲載します。岡田耕治

■香天集8月追加
澤本祐子
示談書の甲乙となり梅雨明ける
明易や寝るための糸逃しいて
満ち足りしひと日の汗を流しけり

灯を入れて淋しくなりぬ盆提灯

■香天集 選後随想 岡田耕治
これからは風のままなり破芭蕉  谷川すみれ
 夏の間青青としていた芭蕉の大きな葉が、次第に破れ始めました。風を受け、風を押し返してきたそれは、破れるほどに風のままになってゆく、そんな自在さがイメージできます。私たちの人生も、破れるほどに自在になるのかも知れません。

妻母姥粗方すませ目高飼う    加地弘子
 妻となり、子を産んで母となり、孫たちの面倒を見て姥となり、女としてなすべきことは「粗方」すんだなあという実感には、読む者の身を軽くしてくれます。そんな弘子さんが目高を飼い始めました。なんと手間のかからない、なんと清々しい。

炎昼のここに居りけり靴磨き   木村 朴
 人通りの多い地面に近い位置で、懸命に靴を磨く仕事は体力が勝負。炎昼であれば、駅前の日陰に陣取って靴が現れるまでじっとしている必要があります。ああ今日はこんなところに居たのかと、その靴職人を認める朴さんのこの視線が秀逸です。

手術後の一日にして髪洗う    羽畑貫治
 大きな手術をされた貫治さん。その後は、丁寧に経過を見ていく必要があります。しんどいなと思う日がつづくでしょうが、ましだなと思える日に、入浴だけでなく髪も洗うことにしました。時間と共に恢復に向かう作者の表現を心強く感じます。

冷奴薬味を溢れさせている    中辻武男
 よくある光景と言ってしまえばそれまでですが、武男さんのこの書き方に惹かれます。冷奴と言えば、われら庶民の食べ物。せめて、薬味を溢れさせて、「豪華な一品」に仕立てて、食べること、飲むことを愉しもうとする心意気が感じられます。

炎天を帰るカメラを熱くして   西嶋豊子

 炎天下に出かけて、やっと家にたどり着きました。荷物を降ろしますと、中でも黒いカメラが一際熱を持っていました。旅行でしょうか。カメラを持って出かけたハレのひとときが、収められた映像よりも先に、その熱さによって蘇ったのです。

秋団扇煽ぎて後は老いるのみ 大牧 広

秋団扇煽ぎて後は老いるのみ 大牧 広
「港」10月号・特集は大牧広第九句集『地平』。風呂上がりに団扇をよく使います。真夏には何時まで煽いでも引かなかった汗が、秋に入りますと、短い時間で団扇を置くことになります。そのどこか物足りないような、何か欠けているような感覚は、「老い」に通じるものだったことを一句は教えてくれます。「後は老いるのみ」、しかし「それも悪くない」と続いていくようなゆったりした「地平」が感じられる秀句です。
*泉南市内で見つけた鉢の破蓮。

2016年10月4日火曜日

「星月夜」15句 岡田耕治

星月夜   岡田耕治

眼球を温めている秋日影
一瞬を見失いたる竹の春
菊日和張本人が現れて
大門に入ると回れる秋日傘
後先を忘れていたり鶏頭花
蔦葛動物園を走りたる
風の色双方の窓開けてより
吊し柿特には話すことのなく
眠りたる人に冬瓜もたらされ
それぞれの眼を持ちて小鳥来る
思うほど思い出せない花薄
布の靴花野の中を歩みたる
街中を急ぎ始めて秋の川
台風の話をもって別れけり
真っ直ぐに星月夜から降りてくる
*京都市内の店に置かれてあった鉢植え

2016年10月3日月曜日

曼珠沙華とっても痛い形して 釜田きよ子

曼珠沙華とっても痛い形して 釜田きよ子
 香天集10月2日。曼珠沙華の形は様々に形容されてきました。形が印象深い句は、中村草田男の「曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり」です。鮮やかで、美事な姿が浮かびますが、釜田さんはなんと「とっても痛い形して」と言ってのけました。あれだけ繊細に、あれだけ八方に開き続けるのは、さぞ痛いことだろうと。そう感じた作者の感性に拍手を贈ります。

香天集7月分〈追加〉
古澤かおる
捨てがたき靴の空箱夏の果
昼寝覚姉はたてがみ失いし
敗戦日元小学校の美術館
大移動したる一家の星月夜

「香天」45号の「香天集」を整理している時、古澤さんから
7月末に投句があったのを掲載していませんでした。
*京都の東本願寺前の曼珠沙華。

2016年10月2日日曜日

香天集10月2日 釜田きよ子、玉記玉、石井冴ほか

香天集10月2日 岡田耕治 選

釜田きよ子
台風圏煉羊羹をひと口で
鉦叩己の胸を打ちつづけ
蟷螂の三角貌の哲学者
曼珠沙華とっても痛い形して

玉記玉
年輪にぴったりはまる秋ついり
太刀魚をまっすぐ垂らし以下余白
流星の証拠まばたきする鏡
どれも硬くて人工島の柘榴

石井 冴
太陽の塔の真下の秋日濃し
観覧車コスモスの群動き出す
果てがない秋空廻す観覧車
八朔やサーカスの馬白く立つ

橋本惠美子
ベランダの端に偏り遠花火
秋の朝振れば進める腕時計
黍嵐嵩高きもの掻き集め
コオロギや絡繰りのある仕掛けとも

森谷一成
のりものの狭き軌道に夏の海
影を灼く広場を分科会場へ
昇降機待つ間のわれら飛蝗のごと
乾杯のグラスへ差して稲光

大杉 衛
メリーゴーラウンドを押し秋の風
ひぐらしの声を仕舞いて桐の箱
いわし雲ときどき鱗反射せり
夕暮となるどんぐりを分け合いて

浅野千代 
新しき秋を迎えにゆきにけり
君の食う林檎をむいているナイフ
長き夜の窓に三人顔を出す
とんぼうや子の髪を撫で飛びゆけり

北川柊斗
方舟の星座が渡り曼珠沙華
秋扇置かれしバーのカウンター
原罪を自罪としたり酔芙蓉
天牛のかるし悲しき音発す

木村 朴
中秋無月皓皓と白鷺城(はくろじょう)
ゆっくりと過ぐ台風を待つばかり
家のあるあたり木犀の匂いけり
落栗の一つ軌道へ出て来たる

今川靜香
電灯を消し月光の涼を受く
地の影をさらいては揺れ風の萩
少年に汗のボールを返しけり
明日からもことなく生きん洗い髪

中濱信子
一陣の風を厨に今朝の秋
生き合うて言葉を交わす秋彼岸
ポーチュラカ吊るして風のよく通り
案山子立つ中に黄色のヘルメット

浅海紀代子
ジンジャーを手折れば香失いぬ
幼子の声に囲まれ栗を剥く
曼珠沙華拒まれている赤さとも
野分去り鳥の声ある朝かな

越智小泉
ほどのよき隔たりのあり花芒
月光の方に向かいて膝正す
梵鐘の一打に秋の深まりぬ
流木は生木の匂い秋の朝

竹村 都
夾竹桃の向う銀翼見えてくる
墓参り酒と煙草を供え置く
児の浴衣開けるままに石の坂
何の日と問う児八月十五日

永田 文
紅色を残す切株小鳥来る
口中をしがしがさせて甘蔗
城跡を囲む山並鳥渡る
リズムよく梨剥いている二人の夜
*東大阪市で見つけた白い曼珠沙華。

2016年10月1日土曜日

人がみな鈍器となりて往く砂丘 江里昭彦

人がみな鈍器となりて往く砂丘 江里昭彦
「現代俳句」10月号。鳥取県に出張した際、鳥取砂丘に立ち寄り、砂丘事務所の堀田所長さんに案内してもらいました。立秋を過ぎたばかりでしたが、所長さん曰く「こうして眺めると海まで往って復ってきたくなると思いますが、やめた方がいいです」。実際に見えるイメージよりも、はるかに砂丘の歩行はキツいようです。まさに「鈍器」になって、果ては熱中症にかかる人が絶えない、とも。しかし、この世の「砂丘」は、そんなわけにもいきませんので、時に鈍器となっても往かなければなりますまい。
*8月に訪れた鳥取砂丘。