2020年3月29日日曜日

香天集3月29日 玉記玉、森谷一成、中嶋紀代子ほか

香天集3月29日 岡田耕治 選

玉記玉
妹は草姉はしぐれのいろをして
球面はどこも天辺冬耕す
初蝶に触れたる指の硝子めく
春雪や無音で育つ閏秒

森谷一成
ビルに舞う袋一まい春来る
ボール遊び禁止の御触れ原発忌
検梅は慰安婦のこと武漢凍つ
海禁の俄なりけり杉の花

中嶋紀代子
偶然のなかの必然朧月
益軒を手本としたり春の山
蕗の薹すっくと伸びて開きたる
主なき老梅として花が来る

西本君代
白木蓮伐られて雨を見失う
振り向いて纏う光の卒業す
憂鬱が膨らんでくる莟雨
卒業の花道の子よ目で話す

釜田きよ子
気の利いた言葉を探す山桜
やけに飛ぶコロナウィルスと蒲公英と
致死量の予兆前兆春の闇
夕闇に誰の残像白木蓮

吉丸房江
春告草二輪並んで枝の先
大人の咳子供の咳にもマスクつけ
曾孫には橙と決め苗木市
残しおく大根に花点りけり
*犬鳴山にて。

「法隆寺」12句 岡田耕治

法隆寺  岡田耕治

法隆寺駅舎の水の温みけり
斑鳩に生まれし人と青き踏む
広がって縮まっている春の道
本尊をひらいていたる燕かな
風を受く椅子を選びて霾ぐもり
花明り先に着きたる眼にも
連翹や静かに痛みはじめたる
竹秋をここに集める献花かな
 *
手のひらを上向けて行く春の泥
桜餅互いの眼香りけり
つちふるや教科書はまだ捨てないで
何処にも出ぬ新聞の余寒かな
蟻穴を出るどこまでも単独で
*法隆寺、子規の句碑。

2020年3月22日日曜日

香天集3月22日 安田中彦、三好広一郎、石井冴ほか

香天集3月22日 岡田耕治 選

安田中彦
春の朝奴婢訓が待つ君を待つ
訣るるや弥生の風にもたれつつ
ひらかなでつぶやきながらちるさくら
フクシマから遠き蛇穴出づるなり

三好広一郎
蛇出でてみんなが並ぶから並ぶ
亀鳴くや豪華客船から動画
鶯啼く風は休んでいる時間
ふたりなら輪郭の濃い朧月

石井 冴
寒卵億万年を掻き混ぜる
寒卵きのう誰とも交わらず
腕を吊る包帯に消え雪片
毛糸帽被って脳を悩ませる

谷川すみれ
彼岸から動いてきたり蓮の花
遠泳や男が好きと言われけり
悲しみの麦茶をともに海を見る
炎天のこれが最後の道であり

辻井こうめ
胎の子はゼリービーンズ燕来る
人形に性根あるらし夕ざくら
休館の張紙のあり花馬酔木
春ショール攫ひゆく風放つ風

橋本惠美子
指先に息を潜める初音かな
お互いを支えていたり水仙花
ねんねこや母の鼓動に包まれる
若布干すちゃんばらごっこ始まりぬ

正木かおる
それぞれに正義はためく春颯
つちふるや見えない線の手前かな
節彦の窯の火を閉じ桜時
春の雨ちいさな壺の命にて

木村博昭
昼からは日照雨となる梅見かな
少年ピアノ弾く春のコンコース
地虫出づ汝も地上の仲間なる
三月のさみしき笑顔つくりけり

安部礼子
地虫出づローマ字敬遠しはじめて
ラヂオからノイズ膨らみ鳥帰る
面影に結びつく癖初桜
春の塵洗濯挟みの音軋む

古澤かおる
桃の花フェルトは花も芽もピンク
なで肩を褒められており春袷
口元に色香の少し男雛かな
曲水や石の鳥居の痩せており

櫻淵陽子
こんなにも人いなくなる梅日和
故郷の三月の雲いきいきと
春コート弱気な風を追い越して
春昼や砂糖を掬う君のゐて

永田 文
万灯の入日を浴びて白木蓮
土ぬるむ畦にほつほつ蕗の薹
口あけて睨む目刺の苞みやげ
街路樹の芽吹きはじめしひかりかな

中辻武男
歓声は妻からのもの雪割草
葛城の山冷え下りる今朝の霜
来客の笑みに堪うよ君子蘭
早ばやと花見の誘い自重する
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。


2020年3月21日土曜日

「ちがう色」12句 岡田耕治

ちがう色  岡田耕治

弁当を傾けぬよう野に遊ぶ
本棚を整えている雲雀かな
目鼻立ち正面にしてシクラメン
紫木蓮君とはちがう色を視て
失いしことを容れたり杉の花
スプリングコート皺くちゃ時刻表
鳥雲に大きなことはせずにおく
北窓と同時に開き南窓
囀やこの珈琲の冷めぬうち
たんぽぽの絮へ開幕近づきぬ
蟻穴を出て新しい時刻表
連翹や視ても見えないことのあり

2020年3月15日日曜日

香天集3月15日 神谷曜子、砂山恵子、加地弘子ほか

香天集3月15日 岡田耕治 選

神谷曜子
春の雲自分を追ってひた歩く
饒舌で気ままな根っこヒヤシンス
待つことの途中土筆を採りに行く
病室の花めいてありバレンタイン

砂山恵子
手の中に朧閉じ込め放ちけり
夕昏の明るさにあり種案山子
考える人のポーズで春眠す
鋭角がゆくり丸まり芽立かな

加地弘子
枯れきって時に方角見失う
囀りやよく打たれたるゴムボール
七十路の真ん中にして青き踏む
次の世も雀でいたい寒雀

坂原梢
水道の蛇口一滴春を待つ
薄氷を割って未来の見えにけり
春の色ガラス細工の心にも
春一番ショルダーバッグの口開き

坂原梢
生活を支えし針を納めけり
春の月別れし後の手のぬくみ
春ショール時間を戻し抽斗へ
紅梅の香りに染まり一湿り

小島 守
春の雨忘れた位置に傘のあり
売り切れたままの棚から冴え返る
雛飾る個個の顔には触れないで
来客がすぐ去ると言う雛遊
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2020年3月14日土曜日

「日永人」10句 岡田耕治

日永人  岡田耕治

沈丁花友が突然来ると言う
縁側から入って来たりシャボン玉
話すことなくてもいいと日永人
寝そべって恋の猫とはなりませぬ
春コートはだけたままにして来たる
道筋の現れてくる春の草
初桜花びらとして届けられ
春日影ゴム鉄砲が命中す
低きまま満開となり白木蓮
春の海ここに還りしことのあり

2020年3月8日日曜日

香天集3月8日 三好つや子、渡邊美保、浅海紀代子ほか

香天集3月8日 岡田耕治 選

三好つや子
遺言のなきが遺言冬すみれ
春の蝿動体視力の先より来
風光るロートレックの料理本
鯛の目のぬきさしならぬ潮汁

渡邊美保
春光に確かめてゐる処方箋
山焼きのはじめに酒をそそぎけり
まづ火縄回し山焼き始まりぬ
梅の夜万年筆にインク足し

浅海紀代子
春隣長寿体操声揃え
年の豆途中を略すことにする
花座敷空と溶け合う海が見え
青空と花と私の一日よ

橋爪隆子
コーヒーの香りを乱し春の風
盆栽展出て一本の野梅かな
立つ春を呑み込んでいる鯉の口
明ける暗さ暮れる明るさ水温む

澤本祐子
空風を来て踏切にさらされる
着ぐるみの鬼節分の豆を食ぶ
盆梅のほぐるる先の光りあり
おしゃべりの真中にして餅を焼く

宮下揺子
柊の花軒借りて雑貨売る
すぐ溶ける初雪なれど両の手に
種浸し見ている孫の腕まくり
啓蟄や二つの住所使い分け

朝岡洋子
のったりと山羊啼く先の梅林
青き踏む左右異なる足運び
雨となる万両の赤重くして
灯台をカートミラーに風光る

河野宗子(1月)
侘助や黄泉の白さをまといけり
新年会スマートフォンはみんな赤
寒木瓜の朱色きわだつ遊歩かな
観覧車の青を廻して夕時雨

北村和美
彼と来た哲学の道冴返る
サークルの呼び込みは春カルメ焼き
春炬燵七対三の柿の種
ぬかるみにはっと息のむ春の月

河野宗子(2月)
春浅し黄のハンカチを軒先に
眼の痛みこらえて出合うピラカンサ
立春の空を見上げてからごはん
術後の目洗う建国記念の日

羽畑貫治
重ね着の上に重ね着コロナ菌
突然の脳梗塞や鳥交る
卒寿とて肉食ばかり目借時
新肺炎国境を越す蜃気楼

岡田ヨシ子
老眼で学びしノート春来たる
おのが歳数えて眠る余寒かな
蕗の芽やレシピを脳にしまい置き
シルバーカー椿が上と下に咲く
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

「若草」10句 岡田耕治

若草  岡田耕治

旧姓を告げて三月はじまりぬ
初燕ふれて思いを翻す
長生きの人の静かな春障子
春の水同じ低さを遊びけり
魂魄を滑らせてゆく春の泥
春の夢顔から顔の繋がりぬ
若草のまず自らを許しけり
蒲公英や動物園を畳む日の
春雨のバスに乗ろうと誘われる
あやうさに突き当たりたる燕かな

2020年3月1日日曜日

香天集3月1日 中嶋紀代子、森谷一成、西本君代ほか

香天集3月1日 岡田耕治選

中嶋紀代子
知らぬ間に恋人とされ杉の花
生きものに縄張りのあり春しぐれ
家中の鏡を磨く春日影
菠薐草根っこの赤を選びけり

森谷一成
アフガンの微笑みとどめ冬銀河
墨筆の瑞籬を出で冬ぬくし
大寒のものと思えぬ葉っぱかな
背に腹に左に右に鰤起し

西本君代
馴らされるマスクをつける憂鬱に
春きざす十四歳の足首に
紛れ込む小石カチリと春寒し
梅咲いてあともう少しもう少し

夏 礼子
誰からか謎の賀状の届きたる
今生の別れと仰ぎ冬三日月
ポインセチア母に似てきし姉といて
万歳をして手袋の干されけり

釜田きよ子
血管を叩いても出ぬ二月尽
白梅の横に紅梅ほっとする
真っ先に雨に濡れゆき沈丁花
啓蟄の抜かねばならぬ歯牙のあり

前塚かいち
絵手紙を展くギャラリー日脚伸ぶ
木登りをみせたる猫の日脚伸ぶ
春兆すゴッホの気持ち塗り絵して
春の泥運転免許講習の

中濱信子
福寿草送り出てなお立ち話す
節分の鬼の来ぬうちまず一献
冬の雷二人の静居際立ちし
冬ぬくし娘とぶらり町歩く

西本君代
冬来るドームの中にある残響
冬の磯黒靴を履く足の骨
極月に生まれふぐりの青白く
初芝居歌舞伎役者が客席に

安部礼子
約束を果たせずにいて春の川
梅の花短気と人は言うけれど
霊たちが塊になる春疾風
春の宵若き男は酢の匂い

吉丸房江
春が来るベランダの戸をさっと開け
やぶ椿かくれて枝をゆするもの
祝いけり八十五度の雑煮椀
スピードの次第に上がり風邪流行る
*東京、文部科学省にて。