2017年4月30日日曜日

香天集4月30日 玉記玉、石井冴、加地弘子ほか

香天集4月30日 岡田耕治 選
玉記玉
水際の石は滑らか啄木忌
春月に濡れたのだろう白孔雀
今日も昔明日も昔桜東風
噴水止まり石庭は塩の白

石井 冴
避雷針に並ぶ鳳凰つちふれり
ていねいに剥いて剥いても春きゃべつ
たんぽぽの首やわらかき出自かな
先生の息の混ざりし風車

加地弘子
仏の座席とり合戦はじまれり
嫁に来た頃とは違う椿の白
啓蟄や大欠伸してふるえたる
吹っ切れた明るさになり黄水仙

砂山恵子
芽吹く山加速度つけて広がるる  
うぐひすや出生届出して空
歯ブラシは渦巻き模様夏近し
蝶が飛ぶ肩甲骨を煌かせ

坂原 梢
雪柳川やわらかく曲がりゆく
一面に聞こえて来たり春の鳥
たんぽぽに和洋折衷ひらきけり
豆の花黒い眼でみつめらる

安部礼子
いつまでも湖に好かれている桜
花吹雪本能寺にて燃え上がる
カンテラの灯が消え海女の肌緊まる
児の指の眠りきれずに春の昼

中濱信子
青空とじゃんけんをして白木蓮
春灯に濡れて真鯉の浮きにけり
知ることあまたある日の木の芽雨
桃の花嬰の笑顔を抱き上ぐる

古澤かおる
ブラウスの襟の丸みや春の月
バス停は桜吹雪に近すぎる
花吹雪危険知らせる赤い布
百千鳥今を忘れてしまいけり

大杉 衛
花冷えの金銀銅の静かなる
鳥雲に写経と沈香残りけり
行く春や畳の上の波がしら
蛇がいる等高線に沿いゆける

羽畑貫治
ピン球を仏に飾り柏餅
立ち漕ぎの空ブランコの速くなり
春深し横一線に飛行雲
深夜また裏声になる猫の春

竹村 都
夕日染む辛夷に集う子らの声
暖かやお店ごっこの客になり
先生の似顔絵持ちて卒園す
春霞海までの道遠くなる

越智小泉
一年生今まだ軽いランドセル
手を放る風船ビルの階覗く
いたずらな仔猫咥える親の猫
雀の子共謀罪いま審議中

立花カズ子
春筍朝の売り声高くして
ひと時のバレエの世界朧月
経本を読み返しつつ春惜しむ
陽光や花のたよりに出て来たる

西嶋豊子
春夕焼猫にも見えるように抱き
幼子の手に集まりて散紅葉
春の風邪亡き父の背にねむりたる
恋猫やひらりととんで行きにけり

*大教大天王寺キャンパスにて。

2017年4月29日土曜日

素麺の薬味もなくて愉しかり 久保純夫

素麺の薬味もなくて愉しかり 久保純夫
第十句集『四照花亭日乗』儒艮の会。一つずつ大きなテーマをもって編まれる久保純夫句集、今回は自分の暮らしをテーマにしています。読みながら、ほっとして、まあ生きて在ることもそんなに悪くないと思えてくる、不思議な句集です。例えばこの句、色々な薬味を揃えて食べる素麺より、何もない方がいろいろな薬味を想像しながら食べることができて、それも愉しい、と。今生きて在るこの身が、いちばん愉しいのだと、そんなメッセージが句集の中に溢れています。御出版、おめでとうございます。
*泉佐野市内で見つけた小さな紫陽花。

2017年4月25日火曜日

春愁を上手に脱いでたたみけり 岡田耕治

「毎日新聞」の「季語刻々 今昔」で、今日、坪内稔典さんがこの句を取り上げてくださいました。ありがとうございます。この句は、「花曜」に発表したとき、白井房夫さんも取ってくださった句です。私たち俳人には、それぞれの句と、それを取ってくださった方の記憶が備わるようです。この句は、永く坪内さんと白井さんとともに私の中に在るでしょう。
*私の「学校の役割と経営」の板書です。時間の終わりにこうして写真に残すことによって、この授業をどう展開したかが分かります。右端に、小学生の俳句を紹介しています。

2017年4月24日月曜日

「ラスク」15句 岡田耕治

ラスク 岡田耕治

花衣傘を差さずに集いたる
苜蓿の中をまたたく瞳かな
家中を開き燕を迎えけり
遠くまで帰る刻来る花篝
花嵐身から鞄を放したる
しばらくの嵐を共に残る花
春愁を区切るラスクの音立てて
傾きを限界にしてチューリップ
しゃぼん玉膨らす前の気息かな
夜更けまで我に返れる沈丁花
流れきて春の落葉の流れゆく
木蓮の千切れずにある虚空かな
青空や蓮華の中に頭を置いて
打ち解けるため蒲公英を視ておりぬ
隠されたものの出てくる躑躅かな


*花森安治の絵葉書から。

2017年4月23日日曜日

香天集4月23日 谷川すみれ、橋本惠美子、橋爪隆子ほか

香天集4月23日 岡田耕治 選

谷川すみれ
雨の中横たわりいる油蝉
昼寝あとぼんやり思う人のこと
重心は静かな怒りひからかさ
外灯の雨の紫陽花いつか会える

橋本惠美子
車座のまん中にあり雛納め
先生が始めに泣いて卒業式
涅槃西風乾いてきたる熱の花
菜種梅雨絶食三日三分粥

橋爪隆子
聴くことの前に置きたる桜餅
遠足を入れてふくらむ車輌かな
朝三分咲きて八分の夕桜
風光る中を超したる一万歩

北川柊斗
そこまでが朧そこからは幻影
にはかなるものに悲恋とものの芽と
いささかの風こそよけれ花の道
三方の山並みやはし石鹸玉

今川靜香
どの窓も親し春の灯点るとき
病室の窓の明るき春の雪
杖ついて廊下をゆき来梅日和
病窓や梅咲く庭を見おろして

永田 文
古本の色や匂いや地虫いづ
ほろほろと木の芽をほどく風のあり
たんぽぽの茎をゆっくり吹き鳴らす
花の下太極拳の扇はらり

木村博昭
砂浜を走る男や花大根
花の色褪せて始まる物語
青饅の深き緑や酒二合
また一人欠けて残花の宴かな

中辻武男
春愁や水の少なき池に居て
つばくらめ池見下ろして飛び去りぬ
玄関を和ましてあり君子蘭
八重咲きの花道抜ける人の波

村上青女
宮飾り片付けし坂花畳
白味噌に浮かばせてありあおさのり
満月に花の浮き出る寺の内
空と海果てに溶け合う花曇り

岡田ヨシ子
会う人の名前出て来ぬ桜かな
低く飛ぶ機体のありて花明り
春の雷どんと一発くらいけり
天辺にテレビ塔あり春日影


*昨日関西現代俳句協会の総会と高野ムツオさんの講演会に出席しました。

2017年4月21日金曜日

桜鯛信子先生盛装して 柿本多映

「俳句界」4月号。桂信子さんに師事された多映さん。私も何度か桂信子さんにお目にかかりましたが、いつも着物姿で姿勢よくしておられました。鈴木六林男師は、句会のテーブルに薬缶などをそのまま置いていますと、我々を叱りました。せっかく日常から離れて俳句の世界に入るのだから、生活の匂いのするものは置くな、と。信子さんの盛装には、きっとそれに通じる思いがあったのだろうと思います。自宅近くの加太漁港は、この時期に最も鯛が美味しくなるとにぎわいます。その姿は、信子さんの盛装から伝わってくる、俳句のたのしみに通じているようです。
柏原キャンパスの桜。

2017年4月20日木曜日

誰も居ぬ誰か居そうな春炬燵 花谷 清

誰も居ぬ誰か居そうな春炬燵  花谷 清
「俳句」4月号。炬燵の間に明るさが戻ってきましたが、そこには誰も居ません。しかし、確かにそこにいる気配がします。この炬燵を愛した人でしょうか。この炬燵で語り合った人でしょうか。居るはずなのに居ないという不安は、「誰か居そうな」という柔らかい言葉によって、希望へと結ばれています。
✳︎大教大柏原キャンパスの八重桜。

2017年4月19日水曜日

しばらくは化かされてゐる春の闇 森岡正作

しばらくは化かされてゐる春の闇 森岡正作
「俳句界」4月号。断捨離と片づけは違うと、昨夜そんな本を読んでいました。断捨離は、自分がどれだけ主体としてモノと関わるかがポイントだと。私たちは、いわばモノに「化かされている」のかもしれません。本格的に断捨離を行うことにしようと思いますが、もうしばらくはこの春の闇にいることになりそうです。
*大教大附属天王寺中高のグランドで。

2017年4月18日火曜日

嚔鼻水ときどき涙三月来 高野ムツオ

嚔鼻水ときどき涙三月来 高野ムツオ
「俳句」4月号。「赤蕪」と題された50句の前で、暫く鑑賞の筆を置いておりました。インフルエンザにしても、風邪にしても、はたまた花粉症にしても、鼻水や嚔(くしゃみ)に悩まされ、グズグズになって涙さえ出てきます。その涙は、身体の変調でもありますが、宮城のムツオさん、いや東北震災を経験された方々にとっては三月が来ることへの心身の変調によるものなのではないでしょうか。未だに海を見ることができない方もおられる、その海へ、一片の風花は次のように飛んで行きました。「風花に曲がれる力あり海へ ムツオ」。
*大教大天王寺キャンパスのクローバー。

2017年4月17日月曜日

「太子像」15句 岡田耕治

太子像  岡田耕治

予言した時刻を過ぎて蝶生る
休まずに辿り着きたる花明り
立っていればいいと落花の始まりぬ
いのちには影形あり花篝
花の下もう限界と言う人と
風なくて散るたけなわの桜かな
毛繕いしてもらいたる春の山
ぶらんこの身を硬くして揺らしたる
散る花の中を昇れる花のあり
校舎内立入禁止花吹雪
竹の秋分厚き手紙届きたる
  信貴山三句
信貴山の天辺にある春の闇
山桜辿り苦もなく超えてゆく
花は葉に十四歳の太子像

*和歌山市加太からの眺望。

2017年4月10日月曜日

「四月」20句 岡田耕治

四月  岡田耕治
  みさき公園六句
各各の向きにてラマの春の夢
春の草急いで参ることのなく
休館のガラスに映り初桜
しんとした光を連れて蝶生まる
掘り抜かれミーアキャットの春の土
威勢よし姫と名のつく春の草

書き付けておくこと増やし四月馬鹿
四月とは耳にはじまる水の音
桜餅食べたる息を澄ましけり
春愁の息をひそめて膝小僧
途中から鳴き出してくるいかのぼり
五千円だけを下ろして春の宵
プラスチックカップに注ぎ花見酒
夜桜の迷子になってしまいけり
柔らかいフードにこもり花の雨
引きこもる我を連れ出し犬ふぐり
揺れるバスに移っていたる春思かな
真っ直ぐに音立てている春の土
夕桜ゆっくり色を取り戻す
カナダから見ていると言う春の闇

*和歌山市加太みやま荘。

2017年4月9日日曜日

香天集4月9日 中村静子、澤本祐子、久保博美ほか

香天集4月9日 岡田耕治 選

中村静子
芹を摘むために流れを乱しけり
見る限り影一つなき干潟かな
どれも皆同じ音する種袋
恋の猫四肢を投げ出し深眠る

澤本祐子
さりさりと名残りの雪を鳴らしけり
行間をたっぷりあけて春の星
透明なフラスコにありヒヤシンス
となり合う花押し合って花開く

久堀博美
特急の座席譲られ風光る
春光のたびたび道を聞いており
満開の桜を想い講話聞く
春の昼六林男の声気聞き取れず

宮下揺子
春の猫交番は今無人です
二十分玉葱炒め多佳子の忌
雲梯にぶら下がりたる春隣
和箪笥の中の宇宙や春の宵

小崎ひろ子
先がけて人を集める糸桜
花の冷えお化けが出ると言うお部屋
シニア率高しテレビジョンの前
銀河ほどく星占いに使うため

羽畑貫治
ランドセルかたかた鳴らし花の空
ピン球を瞬時に返し風光る
海苔を干す軍手に残る謎の色
樫落葉素足のままに音を踏む

*大阪句会を行った天王寺キャンパスの桃の花。向こうにあべのハルカス。

2017年4月8日土曜日

結んで開いて手を打てば春 ふけとしこ

結んで開いて手を打てば春 ふけとしこ
「俳句新空間」2017春。「むすんでひらいて」は、手遊び歌として幼稚園や保育所でよく歌われています。幼稚園の先生の研修を受けたことがありますが、「手遊び」のバリエーションがとても豊かでした。遊ぶことを通して、体をほぐし、心をほぐし、頭を活性化する、そんなひとときです。そのときの、なんとも言えない豊かさは、ふけさんが最後に据えられた「春」そのものです。
*大教大天王寺キャンパスのぽぽ。

2017年4月7日金曜日

旧正のいよいよ壊れゆく日本 大牧 広

旧正のいよいよ壊れゆく日本 大牧 広
「港」3月号。「旧正」とは旧正月で、1950年代までは旧正月に正月のお祝いをしていましたので、大牧さんにとっては懐かしくもあり、戦中・戦後の記憶が鮮明になるひとときでもありましょう。折しも、この国はどんどん悪くなっていきます。もうどうしようもないのか、いやそんなことはないはずだ、とそんな作者の声が聞こえてきます。17句は、「気がつくと叫んでをりし熱燗ゆゑ」という俳句で締め括られていますから。

2017年4月4日火曜日

赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐

赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐
NHKカルチャーラジオ「俳句の変革者たち」青木亮人。4月から毎週木曜日に始まるラジオ・テキスト。サブタイトルは「正岡子規から俳句甲子園まで」。冒頭の正岡子規は、俳句よりもむしろ批評にあったと。子規はこの碧梧桐の句を「印象明瞭」と評していますが、当時はそもそも「印象」という言葉自体、「日常で使用されていない新奇な表現でした」と。近現代俳句研究者の研究成果を踏まえたラジオが、たのしみになってきました。インターネットで番組が聴けるのもありがたいこと。先日、奈良に出かけたとき、美事な白い椿を見ましたが、赤・白それぞれが散りゆく時間の中で佇む碧梧桐の姿が見えるようです。
*堺市内の昨日の桜、三分咲きというところでしょうか。

2017年4月3日月曜日

「香天」総会とみさき公園吟行

 4月1日(土)は、「香天」の総会とみさき公園吟行を行いました。ゲストとして、「椋」「船団」同人のふけとしこさんをお迎えしました。午前中は、みさき公園内の動物を見ながら、ふけさんから様々な草花の名前を教えていただき、俳句の材料をたっぷり蓄えることができました。みさき句会の方々が準備してくれた昼食のあと、句会を行い、次のような俳句が出されました。

エイプリルフールの野辺のかくも濡れ ふけとしこ
各各の向きにてラマの春の夢     岡田耕治
待ち合わす頃にはあがり花の雨    澤本祐子
魂は砂漠像はみさきに春の象     西田唯士
水滴のすずめのやりに頭を寄せて   石井 冴
春帽子ルーペ持参のふけとしこ    前塚嘉一
獣園の多臓器不全日脚のぶ      中嶋飛鳥
四月馬鹿シマウマの縞となる電波   玉記 玉
春の日の記憶がメリーゴーランド   谷川すみれ
麒麟いま舌で打ちたる桜東風     中村静子
象いない園の広さよ薺咲く      久堀博美
象の家居ない間の桜かな       加地弘子
てっぺんにある春光の観覧車     橋爪隆子
客をみて飛ぶ春空のイルカショー   羽畑貫治

 続く総会では、合同句会の選句を行い、編集部から29年度の編集計画を提案しました。最後に西田唯士同人会長から次のような挨拶がありました。
〈今日は総会と吟行にご参加いただき、ありがとうございます。岡田代表の句集『日脚』を読んでいきますと、「花曜」から築いてきて「香天」へと受け継がれている書き方だと分かっていただけると思います。互いにいい作品を書いて、「香天」を発展させていきましょう。〉
*写真は、みさき公園のバードゾーン。

2017年4月2日日曜日

香天集4月2日 玉記玉、中嶋飛鳥、三好つや子ほか

香天集4月2日 岡田耕治 選

玉記 玉
春思とはパッとハートのフラミンゴ
囀へゴムの手袋吊るしけり
無いはずの風に磨かれしゃぼんだま
水に置く雛は私を見ておりぬ

中嶋飛鳥
亀鳴きて家の傾き始めたり
学校の時計の止まる春休み
鳥雲に何の社か知らぬまま
檻に寝るライオンの昼花の昼

三好つや子
こんこんとモネになりゆく春の水
男は撮り女はきざむ蕗の薹
人と火が激しく二月堂の闇
啓蟄の土の伝言点字めく

澤本祐子
待つことの只中にして春の宵
啓蟄やつきぬ話のかみ合わず
春光のカフェに藤村詩集あり
リューマチを宥めていたるつくしんぼ

釜田きよ子
野焼きして阿蘇の大地を顕にす
真っ先にとんがり山の笑いけり
青虫の青い弾力手の平に
切れかけの電池のままに春の昼

藤川美佐子
彼の山へつづく細道鳥雲に
ブランコや加速の足を曲げ伸ばし
持ち重るものの増え行く万愚節
どうみても私は私四月馬鹿

森谷一成
三・一一源氏全帖読み了えず
湯上りの赤子の腹も霞かな
子が母に化けてゆくなり四月馬鹿
呟きは三鬼に倣う万愚節

坂原 梢
桃ひらく留守番電話からの声
卒業すすべての椅子を残しいて
二時間に一つの列車卒業す
春の土定年なしと言い放ち

越智小泉
水音と人語を残し鳥帰る
春光を乗せ釣舟が沖めざす
校庭に深々と礼卒業子
桃の花母似の顔が笑いけり

浅海紀代子
音たてて畳む新聞二月尽
はらからと老いて見上ぐる桜かな
子の家の近くて遠し葱の花
花冷の階を上りて一日終う

竹村 都
梅まつり和服姿の師に出合い
母の忌や形見の雛に迎えられ
棟上げの紅白の餅春の空
風光る垣に空瓶並び立ち


*香天の総会で吟行したみさき公園のライオン。