2020年5月31日日曜日

香天集5月31日 森谷一成、夏礼子、中嶋飛鳥、中嶋紀代子ほか

香天集5月31日 岡田耕治 選

森谷一成
乗っ込みの汀にゆらぐ恋人よ
ひっぱがす路の断面春の昼
  大気の組成を得て植物が上陸
海を出で四億年の青き踏む
色神の野花菖蒲が目を覚ます

夏 礼子
麦の香のきゅんとふるさと日和かな
野遊びの置いてけぼりにされる役
夏つばめ風の居場所に来ていたる
枕木の暗さの匂い梅雨きざす

中嶋飛鳥
自粛令和金の一尾太りたる
横顔の位置を取り合い鮨つまむ
うす湿る風の重さや栗の花
青葉騒両面テープ少しずれ

中嶋紀代子
手鞠花風にゆだねることのあり
定刻の町長の声夏に入る
境目のどんどん透けて夏霞
屁糞葛しぶとく生きることにする

中濱信子
鯉のぼり向い家によく泣く児いて
茎立ちの高低ありて折り合いぬ
一部屋に神と仏と兜飾(かぶと)かな
朝の陽の紫あつめ杜若

前塚かいち
雨蛙出でてコロナの空仰ぐ
母の日の母の声聞く母の墓
コロナ禍の収束を知る時計草
歩数計ポストまでなる夕薄暑

浅海紀代子
反骨の髭を隠して春マスク
結う紐の指より逃げる朧かな
紛れ無き老人と猫春闌ける
帰りゆく茅花流しの夕明かり

朝岡洋子
蒼き花器選び芍葉膨れけり
草むしり素直に生きる今となり
あと少し時間のありて白牡丹
雛芥子やコンクリートに逞しく

釜田きよ子
あめんぼう天下無敵の平泳ぎ
父の日というこそばゆき座布団に
我が腕てんとう虫に遊ばせる
かたつむりデジタルな世を苦手とす

正木かおる
鶯や尾根の右から左から
キンポウゲなぜ言い訳をしなかった
羽たたみ海を見据えて夏鴉
何時からかしっぽ短くなるヤモリ

吉丸房江
踊り子草かすかな蜜の記憶あり
チューリップピンクの靴がスキップす
すわらべ歌とび出している蝶の昼
ツバメの子菱形にして親を待つ

松田和子(5月)
ふくらみぬ園児のいない鯉幟
風薫る旗に売られてめはり寿し
梵鐘の消えゆくときを花菖蒲
薔薇アーチくぐりて我も香りおり

古澤かおる
行き帰り転んでしまう子供の日
父の日や電池ケースが廃番に
夏館あなたと私遠すぎて
桜若葉猫の名にまだ馴染めない

櫻井元晴(5月)
さん抜きの名前呼び合いクローバー
家族らの笑顔を想い寿司造る
銀舎利をやさしく握る穴子かな
茄子を植え味噌汁二杯啜りけり

櫻淵陽子
梅雨夕焼半分山を登り来て
紙マスクぐしゃぐしゃにする夏休み
付いて来る夏蝶のゐて風起こる
溜め息の次第に溜まり冷房車

羽畑貫治
大雨を押し行く空や夏の月
ノルディックウォークの速さ半ズボン
ペダル漕ぎ朝焼け空を懐に
夕立がコロナウィルスを叩きけり

松田和子(4月)
干鰈空を仰いでいる右目
飛行機雲なくなってゆく日永かな
望郷の三味の音高く藤の花
白毛飛ぶたんぽぽの萼傘となり

櫻井元晴(4月)
襟を立て見上げていたりツバメの巣
蟻穴を出るに従う散歩かな
桜舞う無人の駅は宴席に
春の宵芽生えし命泣き出せり
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2020年5月30日土曜日

「全曲」12句 岡田耕治

全曲  岡田耕治

アメリカと中国の谷梅雨に入る
雨傘に日傘にもなる萌黄かな
初めての蚊にして大きすぎるほど
全曲をバッハとしたり籠枕
何時までも眠くならずに亀の子ら
極まりし色ほどきゆく薔薇かな
どこからも真ん中にあり立葵
悲しみを悲しみ竹が皮を脱ぐ
水打ってコンクリートを砕きけり
ショートパンツ俄に急を告げられし
忘れ去ることのよかりし牡丹かな
生物を無生物をや夏の月

2020年5月24日日曜日

香天集5月24日 石井冴、安田中彦、渡邊美保、三好広一郎ほか

香天集5月24日 岡田耕治 選

石井 冴
春眠の棚のゲバラを立たせけり
曽祖父の下駄の音来る蓬もち
芸をせぬ麒麟の舌のうららかに
野遊びが流れて来たり水時計

安田中彦
陽炎が少女となりて急ぎをり
水馬水面に時間とどまれり
鯉のぼり空に攫はれたくもあり
五月来る本の崩るる机上にも

渡邊美保
新緑へ吊橋渡り影法師
葉桜や舟は暗渠に吸ひこまれ
花巻の青嵐かくや賢治読む
藤の花恋文ならば巻紙で

三好広一郎
肉体は灰にはならず春の水
春の青無意識のまま枯れている
たっぷりと吸わせてこの子柏餅
脳の液状化春は別人に

谷川すみれ
扇風機新たな遠き風を呼ぶ
のうぜんのはるかにのぼりつめた空
水中花耳のように聞いている
このままでいいとあじさい黄土色

柴田 亨
うぐいすの声にしじまのあるみどり 
不自由を自由に変えて百物語 
懐かしき人を思えば春の星 
ホトトギスいま曙を支配せり

木村博昭
エンジンを噴かして過ぎる新樹路
煌めいて五月の空を飛んでいる
鯉幟こどもの居ない村里に
よく喋るいちごの並ぶ白磁かな

永田 文
青空のうかうか四月終りけり
鶯や読経に和していることも
園児なき園よパンジー笑いたる
歩きたし五月の風とハミングと
*岬町にて。

2020年5月23日土曜日

「詩片」12句 岡田耕治

詩片  岡田耕治

燕の子顔から顔へつながりぬ
緑さす水を一本たずさえて
浅くとも長く眠れり夏蒲団
夕立や初めて人と口を利き
絶え間なく水を点して祭の夜
短夜の夢の中から走り出す
灯明や五月の風に養わる
噴水を押さえ込みたる力かな
新緑のここを落ち着き所とす
冷蔵庫ドアに詩片の貼られたる
苦き日を西日のうちに送りけり
真上から泡立てて注ぎ冷し酒

2020年5月17日日曜日

香天集5月17日 加地弘子、砂山恵子、宮下揺子ほか

香天集5月17日 岡田耕治 選

加地弘子
いつまでも休みの延びて春炬燵
マスクして隣人と会う朧の夜
ひともとに鳥の影ある春障子
麦の秋不思議な雲を通しけり

砂山恵子
お互ひにひとり遊びや熱帯魚
ヒトいづれ海に戻ると平泳ぎ
列島をゆさぶつてゐる青嵐
子等の声聞きたくなりし卯月雲

宮下揺子
隣家まで3キロありて奢莪の花
コロナ禍の疲れ切ったるげんげ畑
ヴェニス産ガラスの馬や青嵐
つけ爪のひとつがとれるハルジョオン

嶋田静
賑わいを待ちいて城の八重桜
竹の子の頭についたままの土
花曇り行ったり来たりしておりぬ
特急のアンパンマンの笑顔来る

神谷曜子
健診のみどり子抱え新樹光
新緑の谷に入りてページ閉ず
春日傘回して脳を軽くする
外出の理由竹の子連れ帰る

嶋田静
一日に三ついいことチューリップ
春日傘からの合図と再会す
体ごと吸い込まれそう若葉風
薔薇の咲く家を廻りて回覧板

中辻武男
娘らの意向に合わせ母の日も
この暑さ富士の湧水身をこぼれ
子らが追う親が作りしシャボン玉
筍の味覚奮起を促がさる

*泉佐野市にて。

2020年5月16日土曜日

「止まらない時」10句 岡田耕治

止まらない時  岡田耕治

全力を尽くして逃げよ天道虫
夏兆す父のハーレーダビッドソン
夕焼や歩く力を残したる
声帯をなだめていたり冷し酒
止まらない時を止まりて時計草
さくらんぼ発熱の有無問われたる
自転車を走らせて来る日焼かな
やることになっているから水を打つ
悲しみのはじめに揺れてハンモック
山法師去りゆくことの残りけり

2020年5月10日日曜日

香天集5月10日 三好つや子、柴田亨、橋本惠美子ほか

香天集5月10日 岡田耕治 選

三好つや子
朧夜の踏んばっている父の肺
紫雲英野に前世のあり石眠る
春愁の出口を探すルーペかな
青蛙生まれながらの顔に禅

柴田亨
春の闇原始のいのち生命蝕む 
ほしあまたながれうみへときえるおと 
とどまりぬ春の時雨の梢にて 
春籠り寄り添うものは伸びをして 

橋本惠美子
啓蟄や合わせ鏡の奥に奥
パスポートの期限が切れて野に遊ぶ
時計屋のそれぞれの時暮れ遅し
往来の制限をして鳥帰る

小島 守
開店の花束にして放置され
草むしる人に気づかれないように
梅を干す越えてはならぬ国境
月涼し不通になりし人のこと

岡田ヨシ子
入学の言葉はインターネットにて
春マスク長持ちさせる口の飴
品切れの戦後の暮らし夏きざす
会う人はなけれど夏のマスク縫う

*大阪教育大附属天王寺中学校・高等学校にて。

2020年5月9日土曜日

「運転手」10句 岡田耕治

運転手  岡田耕治


まとまりのなくなってくるチューリップ

夏に入る鶴見俊輔定義集

子どもの日上手になって裏返り

空っぽの電車が音を立てて夏

いつもより距離を増やして麦の秋

麦の秋どこにも触れず戻りけり

何もかも一緒に混ぜて夏野菜

三食に配りおきたるキャベツかな

蝙蝠に非常事態の続きけり

夏の星タクシーを出る運転手


2020年5月3日日曜日

香天集5月3日 森谷一成、浅海紀代子、中嶋飛鳥、橋爪隆子ほか

香天集5月3日 岡田耕治 選

森谷一成
負け組のおれに飼われて猫の恋
蒲公英のここを右翼の守りとす
桃青む三鬼歯科医でありし日も
水ぬるむ底に妹背の羞にける

浅海紀代子
夕桜この世へ橋を渡りけり
老人が居たはずの椅子陽炎燃ゆ
花の径ひとり歩きの佳くなりて
えびねの芽数えて今日を満たしけり

中嶋飛鳥
花冷えのペダルの遊び儘ならず
春愁い石鹸の手の泡まみれ
遍路笠父母の影垣間見て
手を洗う視線の先を紅躑躅

橋爪隆子
紙風船真顔に頬をふくらます
春光や歯科院を出し骨ゆるむ
定款の文字びっしりと春寒し
廃業の貼り紙に花吹雪かな

中濱信子
被写体の次ぎつぎ替わる桜かな
わだかまりさっと吹かれて風青し
夏来るしぼり切ったる布巾より

田水沸く里は昔を取り戻し

河野宗子
冴え返る中央環状線の音
品薄の続いていたり花は葉に
寝たきりの空を目がけて燕くる
花冷や歩けぬ我の靴のあり

釜田きよ子
生命の初めの儀式種浸
葉桜の力を借りて晩年を
意識して腕振る散歩花水木
すり鉢を捜し始まる木の芽和

吉丸房江
行先はどこでもいいよつばくらめ
出番待つ新入生のランドセル
花見酒心の中で酌み交わす
心まで荒ばせまいと木の芽和

朝岡洋子
さくら咲く止まったままの観覧車
春の波素足の裏を逃げる砂
ひとひらの花に追われる風のあり
世の果のウイルスなるや復活祭

前塚かいち
ゆく春のコロナ禍の海渡りゆく
コロナ禍の地球に近く春の星
三本のハーモニカ吹く遅日かな
スリッパと猫と娘の遅日かな

羽畑貫治
鳴き声を訪ねて来たり麦の秋
襖外すおみなの来たる風のあり
蚊の声の頬に触れきて紅を差す
田草取上着を脱いで足を出し

櫻井元晴
白蝶や空の青へと吸い込まれ
襟を立て見上げてたりツバメの巣
蟻穴を出るに従う散歩かな
桜舞う無人の駅は宴席に
*泉佐野にて。



2020年5月2日土曜日

「蝌蚪の国」10句 岡田耕治

蝌蚪の国  岡田耕治

春塵の首都の映像から始まる
そのままに春手袋の片一方
始まらぬ学校に来て雀の子
桜蕊ふる地球儀の傾きに
チューリップ君との時をずらしたる
船中を暴れていたり桜鯛
ここ当分立入禁止蝌蚪の国
蒲公英の絮雨音をあらわにす
窓開けて走りつづける春の行方
各各の音を聞き合う巣箱かな

2020年5月1日金曜日

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
 コロナ禍のなか、皆さまどのようにお過ごしでしょうか。たいへん厳しい日常を送っておられる方も多いと存じます。
 さて、この句はあまりにも有名な子規の句ですが、初出は『海南新聞』1895年11月8日号。子規の年譜ではこの年、「日清戦争に記者として従軍。5月帰国途上船中で喀血。県立神戸病院に入院,重態。」とあります。
 毎日テレビや新聞に触れながら、私は先送りしてきた問いに、どうしても向き合わないといけなくなっていると感じています。何も気に留めていなかったこの句ですが、ふと今朝方、「生死(しょうじ)」という言葉とともに、この句が浮かびました。調べてみると、案の定子規が自身の「生死」と向き合わざるを得なくなった時期に作られた句なのです。
 「鐘」は、命をつなぐために食する柿につづいて、まず「生」を感受させます。しかし、その音は「死」を想わせるように消えていきます。この私の命も、次に鳴り出す鐘のように、生まれては死に、生まれては死にゆく、そんな輪廻を繰り返すのだろう。目の前には、聖徳太子が建立し、その一族とともに消滅した歴史をもつ法隆寺が見えることよ。
*法隆寺内の句碑。