2018年2月25日日曜日

香天集2月25日 玉記玉、谷川すみれ、辻井こうめ他

香天集2月25日 岡田耕治 選

玉記玉
あっけなく紙の蛙となっており
アールグレイさっき陽炎だったはず
ぶらんこの百年分の短時間
啓蟄や鏡に伸ばす脹脛

谷川すみれ
花の雲どこへ行くかを忘れけり
安心の平面になる椿かな
花は葉に鳥は栖へ直進す
門灯を遠くにしたる沈丁花

辻井こうめ
祠から祠を駆くる恋の猫
鳴き声の鳥類譜あり百千鳥
ふつうの日ふつうに暮らす目刺かな
挨拶の先手を打って薄氷

三好つや子
風花の向きを変えたる検診車
姿見の奥へ奥へと蝶の昼
地にあふる早口ことば春の雷
紫木蓮ふいに脈打つ湯灌あり

西本君代
冬乾く若き家族は引越しぬ
息白し息するように嘘を吐く
粕汁を煮て待つ水道管修理
小正月健診葉書猫にくる

釜田きよ子
寒卵優等生の貌をして
寒紅をつけて命を愛しめり
風花や後養生の眼にやさし
裸木は腹式呼吸しておりぬ

橋本惠美子
三キロの胎児が動くクリスマス
トランクの戦隊ヒーロー聖夜待つ
年の暮百円玉を拾う吉
数え日や満ち潮を待つお腹の子

澤本祐子
佳きことを考えている年の豆
じぐざぐに歩を進め春日向
侘助のきれいなうちに錆はじむ
まばたきの空を飛びたる犬ふぐり

橋爪隆子
着ぶくれて着ぶくれの友待っており
草萌えるいまポケットに何もなく
盆梅の影よりひらきはじめけり
塗箸の黒豆一つまた一つ

橋本惠美子
クラッカー一つを鳴らし去年今年
初霞砥石に水をかけてより
枯蔓やつなぎとめたる枝と枝
歌かるた十八番の前の膝小僧

古澤かおる
如月の眠くなりたる求肥餅
如月の機音路地を眠くする
すり鉢もすりこ木もなく春来る
手を当てて立春の土蠢かす

岡田ヨシ子
フィリピンに消されし兄の墓に雪
雪の朝目を細めたるこけしにも
水仙の並びそのまま供花とする
暖かきことを祈りてスケジュール

安部礼子
バッテラの肌が春光集めけり
寒明くるゴムまり少し老いてきて
鶯や夢の続きは始発駅
淡雪を見渡しており同級生

中辻武男
寒月光次の月食までの時
恵方巻売る店先の人の声
立春のその後の快気まだ遠し
チョコレート娘より来る冬籠り

永田 文
着脹れてロボットのごと旗をふる
ちろちろと水ちろちろと道凍てる
野水仙ばかりがばっと壺に挿す
日を背負い風を背負いて野梅咲く



*昨日上六句会のあったホテルアウィーナ大阪にて。

2018年2月22日木曜日

あんぱんのあんを見て食ふ二月かな 阿部青鞋

あんぱんのあんを見て食ふ二月かな 阿部青鞋
青鞋』阿部青鞋没後三十年顕彰「綱」特別号。阿部青鞋の透き通った肉声が聞こえてくる、そんな一巻が出現しました。あんぱんを食べるとき、そう言われれば二つに割ってあんを見ながら食べているなと、要所を衝かれました。こうして食べた方がよりあんぱんを愉しめます。時は二月、この時期は寒くなったり暖かくなったりと、気温の上げ下げが人を不安にしますが、その分希望にも向かわせてくれます。今日の昼は、行きつけのパン屋で、二つほどあんぱんを買って食べることにします。

*みさき公園駅のナウマン象。

2018年2月19日月曜日

「恐竜」15句 岡田耕治

恐竜  岡田耕治

当事者になっていたりし春の山
中学校夜間学級春灯す
頭の中をいっぱいにして春の星
恐竜の中から見えて牡丹雪
号令に遅れて前へ春手袋
銀行を出て恋猫に突き当たる
血液をめぐらせている恋の猫
きつくなるズボンとバレンタインの日
発問の続きに春の兆しけり
荷物にて最も重き春キャベツ
バスに乗り大路の春の暮れゆけり
一度だけ鳩が顔出し春の宵
寒椿落ち合う位置に刺さりけり
夢中なる人らに掛かり春の水
それぞれの避難経路を春兆す

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年2月18日日曜日

香天集2月18日 三好広一郎、石井冴、中嶋飛鳥ほか

香天集2月18日 岡田耕治 選

三好広一郎
ダウンコート家出する羽毛と少年と
童謡のぶつかっている灯油売
髪切って窓に二月の赤い耳
卵から産まれた木から春になる

石井 冴
左みて右みて毛もの奔りけり
葱の束近付いてくる人の名よ
悪人の眉とはなれず雪だるま
風や日や板に張りつく河豚のひれ

中嶋 飛鳥
薄氷ハガキ一葉書いて出す
首折れて佇つ水仙の善と悪
雪の果て歩かぬ犬を横抱きに
後輪の空回りして二月尽

砂山恵子
中指からそつと触れたる絵踏かな
叱られてまた喧嘩して豆の花
苗札や婚姻届書くごとく
西部劇終り霾る街にたつ

立花カズ子(2月)
アスパラガス竹串程の冬芽にて
下萌やグランドゴルフ弾けゆく
戸締りの星空深く冴え返る
鳥たちが零してゆけり実千両

木村博昭
十歳に十本の燭春立ちぬ
カーテンの裾に春暁来ておりぬ
万国旗はためいている菜の花忌
読み終えし栞のゆくえ春の雲

立花カズ子(1月)
冬の月しばらくは只立ちつくし
みどり児のほっぺぷっくり初笑
新聞を取り出すポスト初茜
境内へさそい入れたる梅の風



大阪府池田市内にて。

2018年2月17日土曜日

もう歌はよせ滝壺の滝と壺 島田牙城

もう歌はよせ滝壺の滝と壺 島田牙城
「俳句あるふぁ」増刊号「水の俳句」。金時鐘さんと佐高信さんの対談集『「在日」を生きる』集英社新書を読みました。時鐘さんの肉声が聞こえてくるようでした。時鐘さんは、先日亡くなった石牟礼道子さんの『苦海浄土』を「100年たってもこんな本が現れるとは思えないようなすごい本です」と評した上で、「その著者が短歌を詠むと、なぜか情感的になる。やはり日本的抒情感から離れられない」と発言しています。掲句の「もう歌はよせ」という叫びは、おそらくこの時鐘さんの思いに通じるものではないでしょうか。滝壺に音を立てて飛び込む滝水を前にすると、情感的なるものとは隔絶されてしまいます。「もう歌はよせ」とは、この滝壺が作者に告げているにちがいありません。

*池田市の大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンターにて。

2018年2月15日木曜日

青空の深さ怖れず冬木の芽 仙田洋子

青空の深さ怖れず冬木の芽 仙田洋子
「俳句界」二月号。青空を怖いと想うことがあります。その深さゆえに、魂が吸い込まれてしまい、身動きがとれなくなるように。しかし、私と青空の間に冬木のしかも芽吹こうとするそれがあれば、「怖れ」から離れることができます。懸命に命を開こうとするその音さえ聞こえてくるのですから。

*難波道頓堀にて。

2018年2月14日水曜日

山を視る山に陽あたり夫あらず 桂信子

山を視る山に陽あたり夫あらず 桂信子
『大阪の俳人たち7』中村純代さんによって、桂信子さんの人と作品味わいました。この句には次のような桂信子さんの言葉が添えられています。「究極のところに立たされたら、季語は入れなくちゃいけないというものではないと思います」。中村純代さんも、次のように書いています。「確かに、臨終の夫を目の前にした時の、切実な必死な思いに季語は必要ない」。臨終の夫から目を離して、山を見るのではなく、「視る」なんですね。そこに信子さんのきっぱりとした意思が感じられます。全身に陽を浴びている山は、信子さん自身の姿にちがいありません。

*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2018年2月12日月曜日

「駅の牛乳」14句 岡田耕治

駅の牛乳  岡田耕治

簡潔な言葉のために梅ふくらむ
寒明の堀りては水の現れる
水底を俯瞰してゆく薄氷
なつかしい声のしている春の土
立って飲む駅の牛乳春来たる
幼きがはじめに告げて春の雪
口のなかいっぱいにして春苺
春の川膝の上に子を乗せて行く
手触りを訊ねていたり春の闇
  同志社香里高校ダンス部
春を呼ぶダンスの前のポーズにて
脊髄の長さを想い春の芝
発想を離れ鶯餅に着く
ゆったりとフードを被る春の雨
ふる里へ一度帰ると春コート
*守口市立さつき学園にて。

2018年2月11日日曜日

香天集2月11日 加地弘子、中村静子、澤本祐子ほか

香天集2月11日 岡田耕治 選

加地弘子
マフラーの隙間を塞ぎ直しけり
冬木立本気を出して隠れたる
寒禽や吾より先に声をあげ
体ごと吹かれて進む冬の蜂

中村静子
霜柱プリズムのまま崩れゆく
箸使うほどに老いゆき晦日蕎麦
採血の痕にじみ出る寒さかな
初糶の果てて隅まで水匂う

澤本祐子
鏡餅平たく大きくなっていし
寒波来る改札口を抜けてから
耳までを覆ってしまう毛糸かな
切干に翳りなき空続きけり

藤川美佐子
夫の忌を歩き続ける天の川
大寒の身にまといたる貼り薬
寒の水飲んでこつんと喉仏
一人乗る待合椅子の寒さかな

*守口市立さつき学園の屋上農園。

2018年2月10日土曜日

さかしまにさえずるさえずるさみしいか 夏井いつき

さかしまにさえずるさえずるさみしいか 夏井いつき
「俳句」二月号。雲雀でしょうか。勢い良くさえずりながら天に昇ってゆき、今度は逆さまになって落ちながらもさえずりをやめません。さえずるさえずると繰り返すほど、そのさえずりには熱狂が宿っているようです。でも、そこでいつきさんは、「さみしいか」と呼びかけます。その呼びかけの中に、さえずることが幸福ですか、さみしくはありませんかという響きがあって、巣に戻ろうとする雲雀を慈しんでいるようです。

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

2018年2月8日木曜日

日向より伸びたる毛糸編まれをり 森岡正作

日向より伸びたる毛糸編まれをり 森岡正作
「俳句」二月号。日向から毛糸が編み手に届く構図に、思わずほほえむことになりました。この構図が生まれるためには、毛糸玉を日向に転がす必要があります。俳句には二つの時間が書けませんので、前半は消されているのですが、後半を読むと消された前半がゆっくりと立ち上がってきます。鈴木六林男師は、俳句は何を書くかではなく、何を書かないかが重要だと教えました。その教えが、一句によってよみがえってきます。

*守口市役所に教育長を訪ねました。

2018年2月7日水曜日

星冴ゆるインクに美しき名前 片山由美子

星冴ゆるインクに美しき名前 片山由美子
「俳句」二月号。インクには、美しい名前が付けられています。私が使っているパイロットの色彩雫シリーズには、朝顔、紫陽花、露草、松露、冬将軍など、多彩な色が用意されています。同じ青でも、少しずつ色合いが違いますので、お気に入りの万年筆に例えば「月夜」を入れ、一枚の葉書を書きます。インクにはあて先がありますから、星冴えるこの空を渡って、その人の元に届くのです。鮮やかな一句と出会うことができました。

*大阪教育大学柏原キャンパスから。

2018年2月6日火曜日

寒椿眸の語るひとありき 花谷 清

寒椿眸の語るひとありき 花谷 清
「藍」二月号。漱石の『草枕』に「昔の人は人に存するもの眸より良きはなしと云つたさうだが」とあります。眸(みとみ)は、目へんに牛の鼻輪と書きますが、何より牛の目は印象的です。寒中は、これといって色づいているものもなく、寒椿を見つけるととても鮮やかに感じます。色を失った眸が増えてゆく中、とても眸の生き生きとした人と出会いました。その人と言葉を交わさなくとも、それだけで励まされる、そんな眸だったにちがいありません。
*岬町小島にて。

2018年2月5日月曜日

「冬終る」18句 岡田耕治

冬終る  岡田耕治

山茶花に続けて便り出しており
雪だるま最後に脳を固めおく
大寒の浜飼犬を放ちけり
熱燗や家に着くまで詩人なる
アイデアを愉しんでいるちゃんちゃんこ
字を習うことの愉しき炬燵かな
仕付糸切りて白衣をまといけり
暗闇の軽く触れたる六花
寒晴や父と母との手を引いて
教室の一年生に日脚伸ぶ
指で書き葱という字を落ち着かす
冬木の芽心を先に逸らし見る
小蕪はピクルスにして白ワイン
遅くまで混み合っている関東煮
診察券一枚増えて冬終る
春を待つグランドへ土掃き戻し
年取豆足を崩して向かい合う

鬼やらい目玉ぱちくりさせており

*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。