2020年2月29日土曜日

「この身」10句 岡田耕治

この身  岡田耕治

朝寝した体ひっぱり上げており
環状線内から外へ地虫出る
厨房が忙しくなる春帽子
春帽子声かけるまで後ろ向
春の雪人に遅れたままとする
身の内をゆだねていたり黄水仙
蕗の薹私の影をつくり出す
春愁を力としたり野球帽
蓮華草尻を濡らさず立ち上がり
糸遊の方から見えてこの身かな

2020年2月23日日曜日

香天集2月23日 石井冴、谷川すみれ、安田中彦ほか

香天集2月23日 岡田耕治 選

石井 冴
竜の玉父がうしろで拾うなり
水仙に許されており膝頭
人間の指に恋する薄氷
紙雛いつから左右入れ替る

谷川すみれ
茎立やいずれにしても家を出る
魂の息するところ山葵沢
自らに巻きついている藤の昼
沈丁花男の思考はがれゆき

安田中彦
逃ぐるのは東の方か鬼やらひ
表札や春よ春よと濤の音
寒明くる遥かなものに膝頭
後の世は囀の木のあるあたり

柴田亨
風花やメタセコイヤのシンメトリー
黒々と裸形のいのち天を衝く
雨去ってひかりのなかに梅一つ
枯れ笹の基地に少年雑誌あり

中嶋飛鳥
逍遥の四温の空を鳶とあり
踏みて去る靴に従う薄氷
春一番腿の辺りを細くする
春愁に当てカステラのザラメ糖

辻井こうめ
春光や書庫に待つこと半世紀
復刊のハードカバーや春の草
女正月ケーキセットでしめくくり
あけぼのの音無き空の野梅かな

中嶋飛鳥
足で踏む闇明らかに大根穴
後ろ頸飲食のあと冬ざるる
侘助の顔見れば足る風邪籠
長椅子に手足を預け春を待つ

正木かおる
糸ようじ苺の種を押し隠す
あちらこちら白のマスクの不信任
文旦のかおり二分に駆けてゆく
半島は菜の花のいろ鳥の眼に

木村博昭
寒紅の口を大きく唱いおり
健やかに老いて炊き立てに納豆
薄氷や問診票のペン止まり
銀行に客用トイレなき余寒

古澤かおる
かき混ぜて始まる神話春の潮
立春大吉寝転んで読む絵本
新聞に必ず座る子猫かな
春の色靴の箱ならいりません
*東京池袋にて。

2020年2月22日土曜日

「段ボール」10句 岡田耕治

段ボール  岡田耕治

春雨を吸い込んで来る段ボール
春菊を摘みそのままを食べにけり
抵抗が始まっている春の暮
アルコール洗浄液の冴返る
そのままがいいと出されて鶯餅
囀や一緒にいれば上手くなる
春の雪透明な傘透しけり
空白を開いていたり春の山
春ともし眼鏡を直すには暗し
東京へのぼって来たり薄氷

2020年2月16日日曜日

香天集2月16日 玉記玉、三好広一郎、砂山恵子ほか

香天集2月16日 岡田耕治 選

玉記 玉
掛布団の縞のびのびと干されたる
モノローグいつしかぶらんこの軌跡
水の輪はみんな太陽鳥の恋
飛石を跨ぐや囀に浮力

三好広一郎
ラーメンの玉子あかるき受験生
日脚伸ぶ砥石が減るか刃が減るか
春光や直角のない木の玩具
暗闇の差し色となり二月堂

砂山恵子
春愁やグレタ・ガルボの細き眉
全身で怒る真似せる鬼やらひ
薄く塗るリップクリーム寒明ける
だれとなく話しかけたくなりて春

加地弘子
暫くは満たされている初鴉
往き復り硝子に映り冬帽子
風を行く大事な人の冬そうび
冬木の芽百を潜りて合掌す

神谷曜子
謎めいた一句に出会う初句会
冬銀河眠りつくまで眼裏に
代替わりして兄流の蔵開き
飛ぶことも言うことも下手冬の蝶

永田 文
寒肥をほどこすことも一人かな
越前の海風に鳴り野水仙
摘みたての春菜が水を光らせる
雪解水あふるる闇を前にして

中辻武男
節分も幾年月ぞ魔を祓う
乗換はマスクで庇う人盛り
疎らなる人よ古城の梅日和
菜の花と色を等しく蝶縋る

岡田ヨシ子
誰もみな終わりを語る日向ぼこ
初地蔵物忘れなく祈りけり
寒見舞百歳になる母のこと
隣人のガス風呂の音春立ちぬ
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

2020年2月15日土曜日

「役割」12句 岡田耕治

役割  岡田耕治

耳鳴りのおさまってくる四温かな
春の雷しだいに力うばわれて
頬杖を解きまんさくを見にゆかん
墜落を受け入れているいかのぼり
一本の辛夷のもとへ連れ帰る
眼張の眼に映されている眼かな
君の居ぬときに我あり初桜
野に遊ぶことよりも野に在ることを
春からの軽さを選ぶ手帳かな
目標の一つを消して春の雨
春炬燵あと二十分あると言う
役割のありて出て行く春の道

2020年2月9日日曜日

香天集2月9日 三好つや子、中嶋紀代子、橋爪隆子ほか

香天集2月9日 岡田耕治 選

三好つや子
おりがみの鳥と鳥籠一・一七忌
梅早しマジックテープで止める服
黙読と素読のはざま二月来る
痛そうな光だメタセコイアの芽

中嶋紀代子
臘梅の透けてゆくなりわれもまた
大地震の記憶のひとつ凍鴉
寒風を受け入れており石の像
妣植えし万両の赤胸の高さ

橋爪隆子
水仙花風の重さを保ちけり
年末のよく役に立つ手足かな
湯豆腐やこわさぬように語り合い
初春のAIの句に挑みおり

朝岡洋子
目ざめ待つ辛夷の冬芽子等帰る
更になお簡略になり年用意
たっぷりのコーヒ淹れて女正月
金の匙ホットミルクの被膜剥ぐ

羽畑貫治
コサージュの震える胸や夕永し
今年こそ両手を揃え春炬燵
都合よい球だけ返す春菜風
人の輪に入りたるゲノム春の鹿
*岬町小島にて。

2020年2月8日土曜日

「良い方の歯」10句 岡田耕治

良い方の歯  岡田耕治

寒卵テーブルに立て居なくなる
CTの装置を通り冬の別れ
年の豆良い方の歯を鳴らしたる
久保純夫句集に春のきざしけり
急行が普通に変わり春来たる
百人のうちの一人の春帽子
春光を透かして選び白ワイン
睡るため見つめていたり春の月
目を瞑り山の笑いを感受せん
会話から対話にうつる余寒かな
*大阪府立八尾北高校にて。

2020年2月2日日曜日

香天集2月2日 渡邊美保、森谷一成、北川柊斗ほか

香天集2月2日 岡田耕治 選

渡邉美保
雪催仕上げにかける紙やすり
日脚伸ぶてのひらに解く紙礫
鼻といふ重たきものを雪仏
塩パンと発酵バター寒に入る

森谷一成
未来からすっくと名告り薬食い
手の中へみんな傾く去年今年
アマゾンの箱のつづきを恵方道
大寒のX線に射透かされ

北川柊斗
薄闇の如来のまなこ春近し
ひたひたと人類の果星凍つる
冬うらら北欧家具のモデルルーム
陶工のさだまるまなこ榾爆づる

前塚かいち
長く居て四天王寺の四日かな
人日を遊んで来よと猫を外へ
喪中なる人より来たる初便
今生のこれが終わりと賀状くる

夏 礼子
言葉数だんだん減らし落葉踏む
約束は破られるもの冬夕焼
煮凝や不問にしたきことのあり
逆剥けは親不孝とか慈姑煮る

宮下揺子
余白とは大きな希(のぞみ)冬日向
移りきし終の棲家に椿咲く
絵硝子の鼠が動く雪催い
冬晴や軽トラックの野菜買い

浅海紀代子
大鍋の煮つまってくる年忘れ
初句会鉛筆の芯尖らせて
我に残る月日大切初暦
春隣手に転がして薬飲み

釜田きよ子
不機嫌な地球をなだめ梅咲けり
海底の昏さ引きずり煮凝りぬ
啓蟄の爪すこやかに伸びており
永久にお内裏様は核家族

坂原梢
煮凝や昭和を少し透かしたる
初電車女車掌のうす化粧
青空を群れはじめたり初鴉
長命に試みありて寒椿

橋本惠美子
注連飾穂先を少し上に向け
除夜の鐘痛いところに響きたる
カレンダーの歪みを正し年新た
歌留多会スマートフォンが声を出し

中濱信子
乱しおく机上にありて去年今年
正月五日元の二人に戻りたる
救急車しぐれの中を過ぎゆけり
真っ先に日本水仙咲きにけり

櫻淵陽子
春着の娘おはじき五枚握りしめ
冬日向首をすくめる雀たち
風花や足組むことを忘れいて
恵方から太巻き買って来たりけり
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。


2020年2月1日土曜日

「狸汁」10句 岡田耕治

狸汁  岡田耕治

枯蓮人の匂いを近くする
新しい自分の予感冬苺
寒椿打てるべき手の一つ一つ
温もりし息の出てくる狸汁
問われたり枯野の駅に停まるかと
いろいろな酒の集まる海鼠かな
大寒のまだ見つからぬ本のこと
花八手小さき地震の続きたる
寒紅のほどよく苦いチョコレート
ポスターに矢印を入れ日脚伸ぶ