2018年3月31日土曜日

山なりのボールを受くる遅日かな 岡田由季

山なりのボールを受くる遅日かな 岡田由季
「炎環」4月号。まだ外は明るいからキャッチボールをしようと声が掛かりました。相手を鍛えるキャッチボールなら当然直球ですが、互いを認め合うそれなら「山なり」のゆっくりしたボールがいいですね。友人の園田雅春さんは「自尊感情」の研究者ですが、彼から「被尊感情」という言葉を聞きました。誰かから大事にされたという感情が、自分を大事にする感情につながるのだと。山なりのやさしいボールを受けた者は、きっとそれよりやさしいボールを返すことができるにちがいありません。

*大阪府堺市にて。

2018年3月27日火曜日

悪友のやうに恋猫やつてくる 金子 敦

悪友のやうに恋猫やつてくる 金子 敦
「セレネッラ」第十五号。25日、朝日新聞の書評で柄谷行人さんが、『猫はこうして地球を征服した』(アビゲイル・タッカー著)という本を取り上げています。本書の原題は、「居間にいるライオン」とのこと。これは、猫を愛する敦さんならではの一句。小さなライオンは、居間を飛び出して、我が物顔でやってくるのです。

*大阪府堺市にて。

2018年3月26日月曜日

「百千鳥」15句 岡田耕治

百千鳥  岡田耕治

啓蟄の一週間を見通しぬ
入校の制限をして初音かな
春光のステンレスへと投函す
何も置かぬテーブルの上風光る
春の昼二回に分けて出てゆけり
昼酒を呑むことになる目刺かな
たるんだり縮んだりして春コート
この中に確かあるはず山笑う
新しい意思が超えゆく春の水
冴え返るガラスの中のガラスにも
言うことがころころ変わり春炬燵
春の水飲んでタンクの酒飲んで
臥龍梅先に理由の決まりけり
百千鳥覚えたことを取り出しぬ
連翹に迎えられたる遺骨かな


3月24日、上六句会のホテルアウィーナ大阪にて。

2018年3月25日日曜日

香天集3月25日 谷川すみれ、辻井こうめ、橋爪隆子ほか

香天集3月25日 岡田耕治 選

谷川すみれ
高高と獲物をかかげ山の蟻
あめんぼや水がまたたき目を覚ます
登校す眠りにつきし夏鴨に
風鈴や地球こときれゆく気配

辻井こうめ
天辺の椅子に座れば花はこべ
切手選る因州和紙の梅だより
三尺の捕獲網なるおぼろかな
初蝶の伝言板に来て止まる

橋爪隆子
水温む片足立ちを五〇秒
春泥を跳び春泥に着地せり
永き日の行き先一つ増えにけり
芽柳の影を消しゆく水のあり

北川柊斗
一瞬にはしる刃先や冴へ返る
白木地に鮮血染むる西東忌
縫合の黒糸細し余寒なほ
息吐きつつ反らす指先白木蓮

古澤かおる
大いなる壁画の地肌霾れり
百千鳥パン屋を包むさくら色
木の芽和え器用な方の弟の
さくら咲く耳朶の皺深くなり

木村博昭
風光る在校生の新チーム
ノルディックウォーキングして初雲雀
はれの日の天守は白し牡丹の芽
さまざまな言語の過ぎて花馬酔木



*武庫川女子大学にて。

2018年3月20日火曜日

最悪の世界を照らせ春の雷 関 悦史

最悪の世界を照らせ春の雷 関 悦史
「俳句α」2018春。悪い世界になったと、誰もが思っているのに、どうしようもない、そんな無力感が広がっている。ならば、この春の雷よ、雲の中でゴロゴロ言っていないで、出てきてこの世界を大きく縦に照らしてもらいたい。

*大阪教育大柏原キャンパスにて。

2018年3月19日月曜日

「シュレッダー」12句 岡田耕治

シュレッダー  岡田耕治

紫木蓮はじめに口を開きたる
よく耳を傾けている春の宵
精神を冷ましていたり犬ふぐり
猫の子や腹を開いて眠りたる
田楽に短き言葉選びけり
体温を同時に上げる蛙かな
逆回転する三月のシュレッダー
日永し所長は髭をたくわえて
春厭う大学生のイヤリング
啓蟄の見るだけで目の良くなる絵
日永し定時に帰るようになり
触れてより土を出てくる蟻一匹


*岬町小島にて。

2018年3月18日日曜日

香天集3月18日 玉記玉、三好広一郎、加地弘子ほか

香天集3月18日 岡田耕治 選

玉記玉
背表紙をたどる白い手抱卵期
息まるく海へ吐きだし卒業す
石垣の城となるまで陽炎えり
まっ先に風船割れる音を抱く

三好広一郎
石窯のピザやわらかき受胎かな
フランスパン尾骶骨まで春温し
この家のあとはどうする春彼岸
若い消しゴムの交差する日永

加地弘子
風船の軽さを残し飛びゆけり
つき合いの永くなりけり春の月
クロックスのサンダルにして風光る
鞦韆に七十路の背を押されたる

中嶋 飛鳥
定刻に始まっている蕗の薹
啓蟄の行頭一字下げてあり
涅槃西風からだの声を確かめる
三月や大き漢と歩き出し

立花カズ子
犬ふぐり朝のひかりの這うように
蓮如忌や大阪城の陰にいて
春泥の乾きて子等の靴の数
信楽の壺に広がり桃の花

永田 文
追いぬいて走りゆく子の風光る
鹿の目の鋭くなりて寒の月
鳥帰るいつか日輪西に寄り
鳥帰る子ら飛ばし合う絮の上

中辻武男
春嵐鉄路を渡る民の声
北国を偲んでいたり雪割草
山桜薫れど拒む膝頭
遠く来て遠くへ鳥の帰りけり

岡田ヨシ子
寒の月外灯を消し手を合わす
雛流し子の成長を乗せてゆく
若布茹でたちまち浜の風起こる
カレンダー彼岸の入りの近づきぬ



*大阪教育大柏原キャンパスにて。

2018年3月14日水曜日

地より口へ苺運び働きに出る 西東三鬼

地より口へ苺運び働きに出る 西東三鬼
『西東三鬼全句集』(角川文庫)六音、六音、七音と、リズムが崩れています。「地より口へ」でインパクトを受け、「苺運び」で急かされて、「働きに出る」でずしんとくる、そんなリズムです。それだけ、働きに出ることは、しんどいことなのです。三鬼はよく住処を変え、その度に職場を変えました。晩年は、背水の陣の思いで専門俳人になりますが、これはその頃の句。土に出来た苺を洗うこともなく一つ口に入れ、この身を励まして働きに出ることにしますか。


2018年3月13日火曜日

「朝寝」16句 岡田耕治

朝寝  岡田耕治

コート脱ぐ最高齢を皮切りに
春嵐一枚岩を大きくす
浮島の森の老いゆく春の水
シクラメン窓の外へと出ていたる
声を出す春愁の胸響かせて
白梅や老いたる瘤をあらわにし
やどかりや上手に転ぶようになり
間違わず帰れると言う寄居虫かな
春の風邪自分で治すことにする
私から離れたくなるしゃぼん玉
ぷっくりと膨らんでいる朝寝かな
ひと枝にピントの当たり初桜
つくしんぼ大きなカメラ近づきぬ
新しいシャンプーにして野に遊ぶ
今日買った本が隠れる春休
ていねいな一人暮らしに燕来る


*大阪教育大柏原キャンパスへ。

2018年3月12日月曜日

節分の鬼に開きし自動ドア 森田智子

節分の鬼に開きし自動ドア 森田智子
「俳句」三月号。節分は季節の変わり目で、邪気(鬼)が入り込みやすい日。邪気を払わないと立春から悪いことが起きるという言い伝えから、豆をまきます。この句、鬼と自動ドアの取り合わせにハッとします。高度消費社会の象徴である自動ドアが開くのは、邪気がいつでも入り込める状況です。このドアの内に、果たして豆をまいてくれる人はいるのでしょうか。

*泉佐野市内にて。

2018年3月11日日曜日

香天集3月11日 三好つや子、砂山恵子、中村静子、藤川美佐子

香天集3月11日 岡田耕治 選

三好つや子
とりけもの口をぽかんと春の昼
看護師の手のそこここに走り書き
春愁のチーズカッター波模様
天地の手品の中を蝶生る

砂山恵子
 三月十一日
何事も何もかも無き春の波
蝶になること諦めたるはいつだらう
石鎚山はしろがねの山蝶生まる
太陽と我とを睨み奴凧

中村静子
煮崩れしおでん日向の香りして
走り根をあたためている落葉かな
冴え返る手紙の束を読み返し
半べその子にも風船からみつく

藤川美佐子
いくつもの瞳を持ちて石蕗の花
立春の日溜りにいて何もせず
紙を切ることの楽しさ春の宵
挨拶は短く過ぎて猫柳



*和歌山県古座にて。

2018年3月10日土曜日

誰からも遠き心地の暖炉かな 櫂 未知子

誰からも遠き心地の暖炉かな 櫂 未知子
「俳句」三月号。何人かで出掛けてきたのに、暖炉の火を前にすると、一人になることができます。誰とでも近しく話しができるけれども、誰からも遠くなれる、そんな自在さを暖炉の火はもたらしてくれます。もちろん、しばらくこの火に温まったら、また同行の誰かに声をかけることになるでしょう。


2018年3月7日水曜日

放たれて飛ばねばならぬ矢よ立春 ふけとしこ

放たれて飛ばねばならぬ矢よ立春 ふけとしこ
「船団」116号。矢のように飛ぶことは、はたして良いことなのかどうか。それほど良いこととは思えませんねと、としこさんの声が聞こえてくるようです。しかし、矢は弓にはまり、今まさに飛ぼうとしています。飛んでしまえば、そう悪くはないかも知れません。だって、「立春」という号令がかかったのですから。

*和歌山県古座にて。

2018年3月6日火曜日

つわぶきの盛り全身もみほぐす 坪内稔典

つわぶきの盛り全身もみほぐす 坪内稔典
「船団」116号。毎日、鷲田清一さんの「折々のことば」(朝日新聞朝刊)を読んでいますが、今年の正月三日のことばは特に印象に残りました。〈自分の人生を決めた年齢と同じ年齢に届く言葉をもちえなかったら、何の書き手か。坪内稔典〉坪内さんは、俳句も文章も、情感を抑えて書いておられますので、出版された文章にはこんな過激なことばは見当たりません。鷲田さんは、「ある集いで口にした重い言葉」として紹介しています。それを聞き取り、メモした鷲田さんに感謝したいほど、この言葉は坪内さんの全仕事を象徴するような重みがあります。「つわぶき」は、俳人なら「石蕗の花」と安易に書いてしまうでしょう。なぜなら、歳時記にそうあるから。でも、主な辞書には「つわぶき」とあります。年若い読者にもアクセスしやすい言葉が選ばれています。私のつわぶきの体験は、冬枯れの色を失った海岸線に、突然黄色い花が一斉に開くというものです。海岸線が一気にもみほぐされたように、明るくなります。この体も、そういえば硬くなっているな。この海岸線のように、もみほぐさなくては、、、。鷲田さんは、この言葉に触発されて、次のように書いています。「私の場合は、日々わめき、さまよう中、鬱憤ばかりをつのらせていた高校生の頃、理解できないまま胸にぐさっと突き刺さる言葉に出会った。そのさまよう魂たちの間に私も言葉で立ちたい」と。これもまた、鷲田清一さんの「折々のことば」という仕事を象徴するような言葉です。坪内さんのこの一句の温もりは、多くの俳句に関心をもつ若者に届くにちがいありません。

*岬町小島にて。

2018年3月5日月曜日

「春の雲」18句 岡田耕治

春の雲  岡田耕治

蒲公英と絮の間に立ち会いぬ
羊羹のなかなか減らぬ二月かな
一日やただ花種を選びたる
水温むすぐに泣き出すようになり
一つだけ嘘の混じりて鳥雲に
春の雲用がないから黙っている
覚めてから速度の落ちる春の夢
春の波どこかに紛れ込んでいる
年齢の順に並びて春の馬
  新宮六句
初桜老いゆくことを頼りとし
春日影むき出しになる鉄路かな
きさらぎや健次の文字の詰まりたる
新宮の日輪としてかぎろいぬ
木造の春を響かす体育館
春の便り宮﨑駿より来たる
ぶらんこを漕ぐ腹筋のありにけり
遠い日のことをたのしむ雛あられ
もぎ取りし春椎茸を炙りけり
*新宮市立神倉小学校にて。

2018年3月4日日曜日

香天集3月4日 久堀博美、渡邉美保、森谷一成ほか

香天集3月4日 岡田耕治 選

久堀博美
風花やいつもの橋のたもとまで
思いつめ林檎芯まで齧りけり
バランスを崩していたリ落椿
草萌や二つの椅子を近くして

渡邉美保
割るためにバケツから出す薄氷
逆光の馬のたてがみ春の水
春の雲屋根屋づかづか屋根歩く
陽炎や女は太き尾を隠し

久堀博美
いつの間に痞えを忘れ春の星
まだ固き桃の蕾の数知れず
花冷す大の男を叱りしあと
蝶飛んでジグソーパズル完成す

森谷一成
国歌鳴る歪みながらに雪催い
枯山の廃車一体朽ちたくも
変わらずに生き残る寒鴉かな
さむかぜの波のさんかく鱗をなし

宮下揺子
雪催い残さず食べる朝餉かな
冬木の芽記号のように名を呼ばれ
産土や自分をなぞる雪の道
酒蔵を出て木枯の人となる

神谷曜子
ビニールの袋に入れて冬の星
いつもの木雪の木となり輝けり
老健の塗り絵の中を菫咲く
着膨れて風の古墳に登りけり

浅海紀代子
片付かぬ物横たわる寒さかな
木枯の入眠剤に紛れ込む
句座となる川辺のベンチ春隣
春立つや善女となりて神の前

坂原 梢
教え子は師より年上春火鉢
遠くまで翼を展げ鳥帰る
冴え返る二隻の呼吸漁師網
初旅の船出のロープ巻かれけり

中濱信子
息吐いて真冬の空をやわらかく
風花や地蔵の願い一つにし
一番は飯に割りたる寒卵
大根煮コトコトコトと励まされ

北川柊斗
饒舌なるマガジンラック春きざす
再会のまほらに春の来りけり
白梅やふるる風みな上仙す
たをやかに筆をはこびて曲水宴

羽畑貫治
艶やかに蛇穴を出て身を反らす
腰を張り膝を屈めて菊根分
卒業の祝辞命が一番と
身構えてすっくと跳べり春の雁

越智小泉
薄氷を見れば踏みたくなる童
群れ鴎視界はすべて春の海
猫の恋我が庭にあるけもの道
白鳥のゆるり向きかえ水温む

村上青女
数多なるたこ壺ぶつかる北の風
たこ壺の山越えてくる北の風
生きている草や大地は冬最中
玻璃越しの冬オリオンを探しけり



*和歌山県古座の一枚岩にて。

2018年3月2日金曜日

「巣箱」12句 岡田耕治

巣箱  岡田耕治

まなざしを見つめていたり春の水
春荒のいつもの椅子に戻りけり
点数を付けねばならぬ雪解かな
鉛筆を一つ濃くして山笑う
目を合わすために近づき猫柳
春の闇大きグラスに映りたる
若布干すとんびの声を近づけて
すれ違うときに広がり春コート
冴え返る射程に腰をおろしけり
原稿が集まってくる巣箱かな
春灯乾杯だけで居なくなる
男から女に移り春の夢

*新宮の神倉神社(世界遺産)にて。