香天集2月4日 岡田耕治 選
森谷一成
空中をとらえていたる鳥総松
融合の一つを迎え鳥総松
陰影の立ちあがるなり初日和
一片の雲なくゆるむ凧の糸
浅海紀代子
人混の内に寒さを分かちおり
声にして読む大吉の初みくじ
細雪猫と私が更けてゆく
冬深む蛇口に今朝の水を受け
宮下揺子
十二月三十一日母危篤
十二月三十一日の涙
母の死はひらがなで来る冬の虹
冬空のてるてる坊主母逝きぬ
夏 礼子
思惑の的中したりシクラメン
さようなら手袋の手がグータッチ
七種の椀に足りない草想う
電卓のゼロ遊びだす女正月
柏原 玄
晩節を際どく生きて初御空
疑問符の斜に傾く三日かな
人日や拳をひらき差し伸べる
追憶の異次元にあり枯木星
佐藤俊
躓いて人にはひとの帰り花
鯛焼きの餡の言い分聞いてやる
ロボットの二足歩行や年新た
寒椿地の底にある不発弾
安部いろん
ダイアモンドダスト戦線を超えてゆけ
雪 質量を保存する空と地と
狐火いつも血を流す武者照らす
もう話することもない冬苺
前藤宏子
一万歩歩きて一句春隣
ペン置きて去年の日記となりにけり
言の葉の力を恃み去年今年
国挙げて戦う人や冬ざるる
宮崎義雄
初日待つ人を過ぎ行く橋の上
一振りの紐で勢う叩き独楽
ほろ酔いのドレス繰り出す初戎
在りし日の会社の写真成人式
木南明子
元旦の行列神は耳貸すか
新春のシアター弾む神野美伽
正月や連なる雲の光合う
大根の重さを忘れ大根買う
森本知美
日向ぼこ指切りの指温めやる
鳥の群輝き渡る寒夕焼
手みやげは熱き鯛焼同期会
落椿笹に通して首飾り
丸岡裕子
初雪や洗濯物の回転す
初旅は旧姓清須の城めぐり
冷気吸いふくらんであり寒椿
寒夕焼暖をとるごと手を翳す
垣内孝雄
万葉の恋歌をもて筆始
初空の雲ほどけゆく那須五峰
初髪の振袖ゆかし円覚寺
たわいなし妻と娘の初電話
吉丸房江
スイトピーハッピーに生き九十歳
生きるほど知らぬこと増え冬木の芽
老木の念のこもりし梅の花
つぼみから色をのぞかせ小菊かな
金重こねみ
初泣や声も涙も出ぬままに
瞬間に淑気呑み込む能登の地震
立ち上がれ起き上がれよと凧揚がる
初髪や苦労はもはや買えぬもの
目 美規子
春立つ日朝のリセット万歩計
皸の血の滲みたり傷テープ
背にカイロ推しの歌手有りペンライト
落し物箱片手袋の色違い
松並美根子
実万両築七十年の床柱
わが庭に母の思いの椿かな
子も孫も揃いし幸や年新た
天災の怖さ特別冬ざるる
安田康子
しあわせと決めるは自分初明り
老いてなお青春つづけ春隣
友からの優しい言葉ほとけのざ
何事もなきこと願う去年今年
川村定子
額当て風邪の額の熱を看る
短日や黄金に雲を染め渡り
空っ風破れ簾が戸をたたく
雪催非常食から食べ始む
〈選後随想〉耕治
一片の雲なくゆるむ凧の糸 森谷一成
風に乗り、高く舞い上がる凧。その糸は、凧を操る一成さんの手に緊張感を与える。空には一片の雲もなく晴れ上がっている。しかし、糸がゆるむ瞬間、その緊張は心地よい弛緩へと変化する。この緊張と弛緩の対比が、俳句の間口を広げている。糸が切れた時、凧は空から落ちていく。しかし、糸がゆるむことは、必ずしも終末を意味するわけではない。むしろ、命の自然な流れを表しているとも解釈できる。糸がゆるむことは、残念なことではないように思えてくる、そんな一句だ。
*岬町小島にて。
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