香天集2月8日 岡田耕治 選
三好つや子
寒椿ずきんずきんと日が暮れる
尾のかけら探しておりぬ古毛布
梅ほつほつ鬼ごっこの声の先
身の内のぬらりひょんへと豆を打つ
佐藤諒子
冬耕の鋤の先ゆく雀かな
横顔の君は鋭角寒昴
寒晴や会釈する子の無口なる
麦の芽やカタカタと鳴るランドセル
佐藤静香
確実なものの無き世や初山河
枯野ゆく馬上に阿蘇の寝釈迦かな
北吹くや縁切寺の絵馬のこゑ
抜け道を進めば鬼の焚火かな
牧内登志雄
たゆたうて遠く呼び合ふ鳰
指を折り十七音の垂氷詠む
蜂飼の友が蜜追ふ旅の空
草を踏む足裏に残り春の音
岡田ヨシ子
ケアハウス旧正月のお善哉
年の数数えて残り福の豆
豆撒きや長き廊下に香り立ち
高校の校舎の白や春きざす
垣内孝雄
梅ふふむ折鶴三つ本棚へ
夕づつのひかり和らぐ春隣
六花ワイングラスにクールジャズ
梅が香や恩師句碑より芭蕉句碑
川村定子
元日の紅ひろげつつ日の昇る
瀬戸内を荒らすものなき大旦
向き向きに水仙崖を頑なに
正月の片付く上に物置けず
谷村敏子
わが歩幅信じて歩む年始
血縁の皆集いくる二日かな
菜の花と昼一番のバスを待つ
ねんねこの吾子がほほえむ鏡かな
西前照子
池に満つ光に映り冬紅葉
苔結ぶ地蔵の肩よ柿落葉
柚子の皮と甘酢に漬ける大根かな
九州場所初優勝の大銀杏
〈選後随想〉 耕治
寒椿ずきんずきんと日が暮れる 三好つや子
日の入りには「とっぷり」などの表現が一般的だが、この句は「ずきんずきん」という、痛みや心臓の鼓動を連想させるオノマトペを用いている。凍てつく寒さが、単なる冷たさではなく皮膚を刺す痛みとして体感されたのだろう。あるいは、雪の中で鮮烈に咲く寒椿が、まるで生き物の血や鼓動のように感じられたのかもしれない。日が暮れるその時、つや子さんの「ずきんずきん」という体感は、まるで体内の血を揺り動かすようだ。この激しいオノマトペには、暮れ行く風景の中での深い孤独が凝縮されているのかもしれない。そう思わせる寒椿の存在感である。
寒晴や会釈する子の無口なる 佐藤諒子
肌を刺すような寒晴の冷たさと、それによる視界の明瞭さの中、一人の少年が現れた。少年は挨拶や手を振る代わりに会釈をした。それは無邪気な子供の接触ではなく、少し背伸びをしたような、恥じらいを帯びた控えめな動作である。すれ違う一瞬の出来事であることが、寒晴の光の鋭さを一層鮮やかにしている。「無口なる」という余韻は、その子の芯の強さと、冬の朝の静寂を強調する。諒子さんはこの子を「暗い」と捉えるのではなく、寒晴の中に美しく存在する希望として、慈しみの眼差しで見つめている。
*抜け道の背中を撫でてくる椿 岡田耕治
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