2020年8月30日日曜日

香天集8月30日 森谷一成、玉記玉、渡邉美保、中嶋紀代子ほか

香天集8月30日 岡田耕治 選

森谷一成

夜咲きのスイレンを待つ漢かな

八月の見えない海へ香を焚く

暑き日の母の海馬を輪切りにす

鍵盤が四つ猫背の扇風機


玉記 玉

胃に送る爆発寸前のトマト

蜻蛉の眼は天球儀私も入る

五線譜に置く レ は完熟の檸檬

疲れ鵜の詩人となって風を見る


渡邉美保

野葡萄の光の粒を手繰り寄す

線描の子蟷螂の動き出す

小鳥くる天文台へ続く径

月涼し甲骨文字の水に透け


中嶋紀代子

ストローで吸い込んでおり麦こがし

元兵士百歳の夏おくりけり

冷奴しばらく呼吸かよい合い

散水のホースを蛇と決めており


浅海紀代子(7月)

野に遊ぶ帰りの時刻捨てようか

決心の行きつ戻りつ芥子の花

腕に抱く女の齢花茨

蛍狩汚さぬように息をして


夏 礼子

蝉しぐれ一樹を空にふくらます

鳴かないで蝉の短い飛翔かな

苛立ちの裏返りゆく冷し酒

もう前に進むしかないつくつくし


橋本惠美子

六月の灯光を増し潦

表面をとび越えてゆく半ズボン

汗香る平均台の木の厚み

かき氷海底火山の噴火させ


前塚かいち

館中蝉と遊べる猫が居る

唇の真っ赤な少女かき氷

召集は三度目の父敗戦忌

おしろいが咲いて水遣り思い出す


浅海紀代子(8月)

ランドセル負うようになり立葵

蝉時雨天より地より朝より

樹下の椅子人遠くして夏終る

原爆忌月を拝みて眠りけり

 

朝岡洋子

聞きのがすセリフのありて扇風機

こわされてなお蟻の巣にある暮し

炎天の大正ガラスゆがみけり

戸惑いの話の続く網戸かな

 

中濱信子

風鈴の朝夕違う音色かな

守宮出る「時間ですよ」と言うように

「そこまで」と送り出でれば蝉しぐれ

コスモスに風立ち消える一日かな


釜田きよ子

凌霄花午後は大人の会話して

空蝉にへその緒のごと白きもの

炎昼に言うまでもない言葉吐く

夏の昼他者に体温計られる


吉丸房江

花火持つ腕白な手を震わせて

手から手へ移す花火のパッと闇

鬼百合の夕日の色と向き合いぬ

一日の紅をたたみし芙蓉かな


河野宗子

焼夷弾カラカラ落ちて雲の峰

終戦日互いの声を出し合いて

胡麻の花終わりの時を教えられ

青楓風をからめて重くなり


羽畑貫治

天の声我を呼びしか暮の秋

コロナ禍に手取り足取り木賊刈る

わが脚を掬いに来たる紅葉鮒

思いがけぬ秋の叙勲や永らえて


松田和子

星月夜バックミラーの角度にも

送り火の消えるまで居て地平線

硯洗う般若心経したためて

大花火二人となりし影絵かな


*大阪市扇町にて。


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