香天集7月13日 岡田耕治 選
三好つや子
ひらがなの農業日誌麦嵐
天の川先割れスプーン流れつく
生意気が色とりどりの夏サラダ
人柄のぷりっと光る茄子かな
浅海紀代子
新緑をくぐり路地まで戻りけり
この路地は一方通行夏つばめ
リハビリのドアの一歩に緑さす
軒簾猫と老女の住処かな
平木桂子
スプーンで攻めるも楽しかき氷
人生の帳尻合わす昼寝かな
前だけをただ前だけを蟻の列
紫陽花や色を失う前屈み
高野義大
湖に春天元に太陽神
桜見てきてアメリカが遠くになり
花明り夜に目覚めがちなる男
十一月草木と在り青の朝
春田真理子
青田から突き立つ鉄塔連なれリ
踏ん張ってつかまり立ちぬ額の花
大空を目指し進めぬ蜻蛉かな
誰しにも系譜のありて瓜の花
宮下揺子
辻桃子逝く潔き花氷
夏始化粧男子の肌の色
かたばみの花薄れゆく父の声
来し方を褒めて帰りし西日中
佐藤諒子
手鏡にやまんばぬっと山笑う
メンバーはいつでも同じ新茶汲む
青梅雨や男子学生髪束ね
軽軽としっぽのゆらぎ青蜥蜴
牧内登志雄
青時雨水琴窟はモデラート
故郷は捨ててきたのに瓜の花
二三列乱れていたる青田かな
朝採のちくりちくりと青胡瓜
松田和子
花蘇鉄潮の岬の過去のこと
ちりりんと風鈴の寺めぐり逢い
青葡萄試飲夢中のワイナリー
汗をかく乳房に残る塩の花
〈選後随想〉 耕治
ひらがなの農業日誌麦嵐 三好つや子
岩手県へ行った時に、ここでは米ができにくいので蕎麦だと、農業に携わる人がおっしゃってたことが耳に残っている。農業に関わる人が、ひらがなで日誌を書いているという。おそらく卒業以来農業に携わってきた人が、ひらがなで日々の作業のことを書いている。そこに麦嵐が吹いてきたという。非常に広大で力強い麦嵐と、農業を支えている営みの証である日誌と、この取り合わせが、厳しい自然に向き合うことの誠実さを表現していて、つや子さんならではの一句となっている。
新緑をくぐり路地まで戻りけり 浅海紀代子
先日の大阪句会で浅海さんのこの句が話題になった。久保さんが、路地というのは「異界」とつながるところだとおっしゃった。中上健次だと、路地というのは、自分のふるさと新宮のことを表現している。そんな「路地=ふるさと=異界」まで戻ってきた。で、その前にどうしたかというと、新緑をくぐってきたと。この新緑をくぐるみずみずしい感覚と、いつもの自分のベースである路地へ戻ってくるということが照らし合っている。新緑の生命力に満ちた世界から慣れ親しんだ静かな日常の世界へ戻り、改めて自分の居場所に帰り着いた時の、心の落ち着きを描いている。
*岬町小島にて。
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