2016年3月20日日曜日

香天集3月20日 浅野千代、谷川すみれ他

香天集3月20日 岡田耕治選

浅野千代
白き息吐かんと朝の道に出る
三月の手帳を照らす信号機
練習の声を聞きいて花の種
定食の白子上手によけて食う

谷川すみれ
鯉のぼり開け放たれて母屋なる
盛りあがる卵の黄身や天神祭
耳にあるシュプレヒコール欅若葉
白靴を揃え直して消燈す

加地弘子
春泥の孫を叱ってしまいけり
エンジンを吹かしていたり春の泥
色薄き鉢の香り木の芽和
喇叭水仙また横向いていたりけり

澤本ゆう子
俎の傷を確かめ葱刻む
春の風ショウウィンドウを覗き去る
すきまなく香りをひろげ臥龍梅
啓蟄やとりわけ朝の深呼吸

竹村 都
母の手を払いて掴む雛あられ
朝寝して「行って来ます」の声遠く
背をまるめ足早にゆく涅槃西風
アルバムの整理進まず春炬燵

中辻武男
愛らしき頬寄せてあり雛飾
湖畔路を競い始めて杉の花
引込線歩道となりて犬ふぐり
いかなごのくぎ煮老漢奮起せり

【香天集鑑賞】
耳朶のやさしき湿り夕桜 谷川すみれ
 桜狩りに出かけて日暮を迎えますと、あたりが
何時もより湿り気を帯びてきます。その雰囲気を
全体として捉えるのではなく、「耳朶」に焦点を
合わせているところが新鮮です。胎児は既に何でも
聞こえているといいます。死を迎えようとしている
人も、耳だけは聞こえているといいます。そんな
鋭敏な耳が、夕桜のなかでやさしく湿っている、
この感覚こそ、作者が求めている核心にあるものに
ちがいありません。

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