宮下揺子
細胞の60兆個に秋茄子
邯鄲を聞けり睡眠導入剤
水引の花地球儀にピンをさす
秋の日やピアノから森匂い立ち
中村静子
擦れ違う法衣の匂う十三夜
黒猫がしきりに舐める露時雨
しばらくは渦を出られぬ桐一葉
相席のすぐに馴染みて走り蕎麦
中辻武男
木犀の香に蘇る余生かな
石榴裂け明るくなりし通学路
曾孫の十指愛らし新松子
師の句碑が静かに語り紅葉寺
【選後随想】
秋の日やピアノから森匂い立ち 宮下揺子
秋の強い日差しがピアノに当たっています。リビングルームでしょうか、ホテルのレストランでしょうか。ピアノは然様に室内に置かれることが多いのですが、そこから森が匂い立っているのです。「森」は、女性原理であり、理性や知性の外にあるものを表すと言われます。豊かな幻想世界が、ピアノの黒から始まろうとしているのです。揺子さん、好調ですね。
種無しに種の痕有り富有柿 久堀博美
11月6日分。富有柿を剥いて、確かに種はないけれども、種があった部位にかすかに種の形が残っています。それを博美さんは、「痕」と捉えました。この捉え方は、私たちがどんどん便利に、どんどん食べやすく、暮らしやすくしようとしてきたことの「痕」なのではないかと感じさせてくれます。よくモノを視ることによって、いい俳句が生まれるのですね。
十分に優しく生きて古暦 高橋もこ
11月6日分。家族に、周囲にさまざま気を遣いながら暮らしてきたこの一年、ふっと出てきた言葉が「十分に優しく生きて」というフレーズでした。もこさんに降るようにやってきたそのフレーズは、今年一年使い込んできた一冊の手帳から生まれました。「この一年、よくやったね」と、自分で自分に声をかける、そんな日もあっていいと感じさせてくれる一句です。
*岬町の海辺に咲いた花々。
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