香天集8月4日 岡田耕治 選
渡邉美保
余り苗のやうに揺らいでゐる女
ひるがへるたびに膨らむ金魚かな
蝙蝠や洗濯物は生乾き
干梅に混じりて皺むわが脳
森谷一成
まん中を勾りたがりしバナナかな
冷やっこ百年杭を打ちつづけ
あぶな絵を覗いていたる竈馬
けつかると鮨屋の権太うそぶきぬ
谷川すみれ
神鏡と人との間木の実落つ
虫時雨雑魚寝の目玉じわじわと
さびしさは白から茶色秋の蜂
きょうだいの字は似ておりぬ零余子飯
佐藤俊
気だるさの夏のイルカが翔んでいる
手鏡の後ろは誰もおりませぬ
不意の饒舌今朝のレタスは身構える
郷愁の木から落ちたる目覚めかな
宮下揺子
出所の定まらぬまま蟇蛙
吊革はハートの形夏の旅
去来する水の匂いを曳く蛍
朴の花棟方志功闇を彫る
宮崎義雄
車窓から見える我が家や青山河
急潮に飛んでボートの追いつけず
梅干の赤で彩る患者食
出航のヨット見送る研修生
楽沙千子
朝蝉に急き立てられていたりけり
懸命に生きているなり花カンナ
手紙よりスマートフォンの夏見舞
校門は半開きなり夏休み
嶋田静
荒梅雨の今日一日を引きこもる
父の忌に忘れず開く花桔梗
白鷺や緑の中に動かざる
サングラスもう一人いる私にて
岡田ヨシ子
アイスクリームまたの日に取っておく
車椅子の友訪ね来る西瓜かな
背伸びしてめくる八月カレンダー
彼の世からお迎えを待つ暑さかな
森本知美
顔の利く女性に就きて桃を買う
ちちははの友の声聞く青田風
花火見る直前にして肩車
鬼百合を活け玄関の靴仕舞う
玉置裕俊
サクランボ還暦を過ぎ赤面す
里海の夕陽のなかを蛇逃げる
山ガールポケットを出る男梅
休業の店の窓からアマリリス
木南明子
赤トンボひとりで飛ぶのさみしいね
鳩鳴いて今日の暑さを知らせけり
人形になりたい私炎天下
冷房の中に秘めたる孤独感
目 美規子
蟬の声巡る季節を生きて喜寿
一呼吸言葉を選び汗拭う
梅雨あがる犬と老婆の散歩道
堀越しに頂くトマトルビー色
垣内孝雄
香水の赤き小瓶とルイ・ビトン
八月のこととものとの絡み合ひ
プリーツの乙女の素足つやめけり
亡き猫の破れカーテン蝉しぐれ
丸岡裕子
夏木立ここは昔の競馬場
眼鏡かけ宝を探す目高の子
母の蜜豆ごちそうの誕生日
青田風抜け辿り着く金閣寺
吉丸房江
体温を超える暑さを生きており
人間の寿命が伸びて卒寿なる
ふるさとを子等に誇るや稲の花
伸びゆきて南瓜の蔓は木に登る
〈選後随想〉 耕治
けつかると鮨屋の権太うそぶきぬ 森谷一成
大阪句会にこの句が出されたとき、こんないい句をなぜ誰も取らないのかと、三好広一郎さんがつぶやいた。そんないい句なら、鑑賞してみよう。仕込みがていねいで、気っ風ががいいと、しだいに人気の高まってきた権太の鮨屋。カウンターの中には権太が一人、あとは女房のさきが賄う小さな店だ。ある夜、8人がけのカウンター席で、2人の客が掴み合いの喧嘩をはじめた。権太は空かさず、「おうわれ、この店でなにさらしてけつかるねん。けんかやったら、国会にいってやってんか」。「うそぶく」とは、平然と言う、大きなことを言うというほどの意味だが、やっぱり決め手は、「なにさらしてけつかるねん」(なにをしてやがる)という大阪弁だった。権太にこううそぶかれた2人は、早々に国会ならぬ店の外へ出て行くことになったのである。
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