香天集10月20日 岡田耕治 選
柴田 亨
羅針盤目盛りは常にガザに向く
咽喉にある小骨は愛し秋彼岸
よだれかけ替わり秋日の石地蔵
鱒寿司の一片紅き富山かな
三好広一郎
ガス消して母は良夜を行ったきり
十三夜締切のあるやさしさよ
円周率いまどのあたり今日の月
そぞろ寒肩のぶつかる視力かな
上田真美
水撒けばいつものばった会いに来る
秋の空干した枕をそっと嗅ぐ
涼新た手術を終えし母と居て
これからをためらっているちちろ虫
木村博昭
かなかなや父祖の眠れる峡の村
木登りのスカートの子ら秋高し
秋灯下どろんこ靴で学びけり
疎開児のその後を知らずふかし藷
松田敦子
朝冷の流木くぐり自衛隊
爽涼やコーヒー豆の封を切り
秋扇や施設の母の誕生日
行き帰り知らない町の松手入
嶋田 静
風に吹かれなんと小さな秋の蝶
名月を抱き水面の讃岐富士
篝火のはぜ名月の昇りきる
鶏頭花先に重たき花一つ
俎 石山
冷酒一献スカートをはく男子から
アパートの一人の至福缶ビール
朝ドラの朝一番の缶ビール
赤蜻蛉峠結界往還す
川村定子
秋灯し死者の指組む胸の上
供え物なきに我が家の月明り
かなぶんの手足動くに塵箱へ
草紅葉蝶は憩わず渡りゆく
〈選後随想〉 耕治
大阪句会や上六句会は、事前に投句・選句を済ませて、相互の選評だけを行う句会である。コロナ禍によって、この形になったのだが、現在も同様に続いている。自分が投句した俳句を、誰かが確かに受け取ってくれる。この感覚が、2つの句会を値打ちあるものにしている。今回は、大阪句会に出された一句。
水撒けばいつものばった会いに来る 上田真美
なにげない日常の一コマを切り取った句だが、真美さんのまなざし、その中にある温かさが伝わってくる。夕方、家の周りに水を撒くと、必ずと言っていいほど出現するばった。そのばったに、「いつもの」という言葉を付けることによって、作者とバッタとの距離が一気に近づく。もしかすると、ばったとの出会いを楽しみにしているのかも知れないと思わせてくれる。いつまでも暑さが残る今年の情景として、水を撒く時の音、ばったの跳ねる音、そして、跳ねて止まったばったの顔までが想像できる。読む者の心を澄ましてくれる一句だ。
明日の日曜日、久保純夫さんと、鳥取県のねんりんピックの俳句選者を務めますので、一日早く配信しました。
*大阪教育大学柏原キャンパスから。
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