香天集10月13日 岡田耕治 選
三好つや子
新涼の音になりたきスープ皿
月光に添削されている私
土曜日の彼はオムレツ小鳥来る
正論のふとはにかめる赤い羽根
前塚かいち
五分後の行方不明やカタツムリ
粛々と連用日記日日草
庭で読む「俳壇・歌壇」今朝の秋
秋思なる揺らぎを離れハーモニカ
春田真理子
慣習のことばの前に花茗荷
龍淵に潜み出産近づきぬ
長月の繭の中なる嬰児よ
携帯の声すでに無き野分かな
小﨑ひろ子
使い方知られぬままに御神刀
攻撃性講座を止めて鳩時計
木馬にはプルトニウムが眠る秋
十六夜やカジノの前のTOTOカルチョ
俎 石山
焼死体仰向けとなるせみ一つ
篝火を見下ろしている百日紅
どん底の家族会議に三輪そうめん
冷凍庫母が残せしあずきバー
北橋世喜子
入眠の闇に近づく虫の声
三味のばち弾ける音や蝉時雨
仏壇に供えしかぼちゃ手を合わす
涼風のファン付きベストふくらみぬ
中島孝子
空蝉や門扉はそっと閉めておき
久に出す暑中見舞は怪我見舞
飛騨川の鮎つる笘を数えおり
気忙しく洗い流せり百合花粉
上原晃子
ツンツンと泳いでいたり目高の子
鬼百合の草の中より咲きにけり
蝉しぐれ強くなりまたゆるくなり
さるすべり雪の軽さで風に散る
半田澄夫
初蝉や去年の友は何処へか
初めての男日傘を差してみる
日曜の朝軽やかな白ヒール
初夏の丘分譲の旗並びけり
橋本喜美子
花茣蓙を敷き客人を迎へけり
潮引きて小蟹群れゐる社殿かな
小魚を真一文字に追ふ河鵜
孫達と平和の旅へ広島忌
東 淑子
梅雨はげし夫の写真にぼやきおり
金魚鉢通し見ている亡き夫
夏休み返上す亡きおじいちゃんへ
朝起きの蜘蛛の大きな足の形
石田敦子
ジャスミンティー淹れて束の間空白に
雷鳴の響いていたり寝入りばな
売り出しに列長くなる桃の里
秋に入る高校野球開幕日
勝瀬啓衛門
草の穂や引き抜き遊ぶたなごころ
まだ生らぬ破れ芭蕉や夢淡し
鵙猛る掛け合う声の絶えるまで
柿の秋絡まり響く鳥の声
〈選後随想〉 耕治
上六句会は、鈴木六林男師の「花曜」の時代から続くもので、各自が出した席題を70分ほどで作り上げる句会だった。しかし、コロナ禍以降、メールやズームを活用した句会にしたので、今では各自が出した席題を24時間以内に作り、選句を済ませたあと、合評を中心とした句会になった。24時間といっても、自分の集中できる時間を見つけて、24時間後に投句すればいい。誰がどんな席題を出すか、毎回たのしみな句会である。「オムレツ」は、9月の上六句会で久保さんが出したもの。家庭的なメニューであり、どこか温かい雰囲気が漂う題だ。もちろん、ホテルの朝食などで、シェフがその場で作ってくれるオムレツを想起してもいい。その中で話題になったのが、次の句。
土曜日の彼はオムレツ小鳥来る 三好つや子
「土曜日」という日常の週末に、秋になって渡ってきたり、山から人里へ降りて来たりする小鳥が、軽快な動きを与えている。「彼はオムレツ」という措辞から、家族、恋人、友人など、誰のことかと想像させ、彼がオムレツなら「私」は? と、読む者をどんどんたのしくさせてくれる、つや子さんならではの言葉選びだ。「土曜日はオムレツ」と決めている彼のこだわりと、週末のちょっと時間の余裕のある食卓。香り立つコーヒーやパンの匂いなど、ほっとする日常の光景の中に、小鳥が来ることによって、様々なイメージが活性化される。視覚、嗅覚、味覚、聴覚とつらなる、言葉の選び方の巧さ。これも、上六句会という、互いの言葉=感性を刺激し合う場だからこそ生まれた。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。
0 件のコメント:
コメントを投稿