香天集6月29日 岡田耕治 選
玉記玉
新樹光さりさり少年をこぼす
夏至の水滾らせているガラス鍋
ひめむかしよもぎと書こう青い紐
スプーンの渚に涼夜来ていたり
辻井こうめ
一筆の末に蛍のことを書く
椅子三つ並ぶ深海昼寝覚
太陽の色を授かり花柘榴
青梅の梅肉エキス煮詰めをり
谷川すみれ
緑蔭をくぐってきたる背広かな
わが死後の傾斜二十度楠若葉
訃報来る鰺の干物を焼いている
書くことの少なくなりて蟻の列
夏礼子
約束の午後の近づく花ざくろ
さみどりに思考の染まる緑雨かな
口紅のうすく残りし洗い髪
紫陽花の揺らしていたる記憶かな
柏原玄
難敵に備えていたり更衣
十年となりぬ海芋の白い襟
聞き流すことを覚えて立葵
夢追うて生きているなり蝸牛
高野義大
正月のわが身を愛す朝日受け
昼の雲光抱擁し対峙する
朝の月しばらく君とここにいる
秋風に帰れるところ我にあらず
加地弘子
ジャスミンに佳き風のあり結婚す
蚊喰鳥雲梯で母待っている
羽抜鶏家の者から眼を逸す
引越しの記念となりぬ合歓の花
俎石山
はしり梅雨サーカスの子が転校す
更衣痩せた鎖骨に覚えあり
河鹿鳴きリュックを降ろすための石
ネックラインいかに広げん更衣
神谷曜子
紀伊國屋浅利弁当買いて発つ
常盤木落葉やり残したことのように
空爆の止まず彼方の旱星
川音や昼顔として流れくる
前藤宏子
七変化心の色になりにけり
我が身丈縮まるばかり松の芯
予定なき用事を作りサングラス
草笛の音色を残し別れけり
楽沙千子
頬を撫で青田に戻る朝の風
梅雨冷や捗り遅き針仕事
子らの来て目尻細める父の日よ
生きがいの講義につづく百合の花
森本知美
人は皆永久欠番浜万年青
袋掛け体験授業の瞳澄む
水遣りの畑をおそう大夕焼
鯵の目の透明をほめ三杯酢
田中仁美
せいろから湯気立ち込めるキャベツかな
五月雨の大屋根リング下で待つ
暗闇の退場ゲート白い靴
ブンブンと腕振り回し赤子の夏
河野宗子
初夏や笑えば二本光る歯よ
若竹や七キロの子の腕太し
朝曇り確かめ戻る鍵の穴
品格を持ちて泳げり目高の子
安田康子
でで虫のモンロー歩き雨上り
五月雨サーキュレーター首を振る
夏ギフト一筆箋を添えておく
黒南風の久しくめでる陶器市
松並美根子
紫陽花の雨欲しいまま寺の中
薔薇の名を覚え忘れてしまいけり
父の日やあっと言わせる何でも屋
束の間の時を惜しみて蛍かな
金重こねみ
梅雨最中新大臣の健闘す
夏めくや水路の音もまだゆるり
ホルモンのバランスくずれ五月雨
かき氷半分ずつを愉しみぬ
目美規子
ほくほくをがぶり新じゃがバター味
梅の瓶美味しくなれと揺らしけり
五月晴害虫駆除のポンプ音
梅雨に入る遺影は若きままであり
木南明子
窓叩く雨降る速さ十薬に
母の日を祝ってくれる百合の花
沢蟹の泡ぶくぶくと通りけり
紫陽花や母の命日慈しみ
〈選後随想〉 耕治
夏至の水滾らせているガラス鍋 玉記玉
昼が最も長いということは、その日を境に昼が短くなっていくので、夏至は、時の移ろいであったり、過ぎ去るものへの寂しさを感じさせる。夏至の強い日差しの下、透明なガラス鍋の中で水が激しく沸騰しているという写実的な情景は、句会では不思議な光景であるとか、何か実験をしているようだと評された。このガラス鍋というのはとても面白い素材で、鍋という席題が出て、「ガラス鍋」を思いついた発想に敬嘆する。夏至の水が煮つまっていく熱気と同時に、ガラスという素材がもたらす清澄な美しさも感じられる。この夏至のパワーの中に透明感のある繊細な美しさを見出した玉さんならではの一句だ。
一筆の末に蛍のことを書く 辻井こうめ
一筆というのは、一筆箋とか、ちょっと事務的に伝えたいことを簡潔に書くというイメージがある。伝えたいことを書いたけれど、それだけでは足りない気がして、蛍のことを書き足した。そのことが、なんとなく恋文のような意味合いを持ってくる。池田澄子さんに「逢いたいと書いてはならぬ月と書く」という句がある。逢いたいと書いてはならぬというのは、いろんな取り方ができて、コロナ禍で面会もできないことかも知れないし、それこそ道ならぬ恋かも知れないし、色々な場面が想像できる。この句も、一筆の最後に蛍のことを書いて自分の気持ちを蛍に託す、そんなこうめさんの息づかいを感じさせてくれる。
*大阪府庁前にて。
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