香天集11月3日 岡田耕治 選
夏礼子
酔芙蓉大禍時を待ち合わす
鰯雲忘れていたること思う
烏瓜うしろの影が濃くなりぬ
釣瓶落し見知らぬ人と隣り合い
玉記玉
柿噛めば柿の音する空の中
秋刀魚焦がした晩年近づいた
かなかなかな友は青くて青いまま
蝋燭と木の実と姑を寝かす
森谷一成
肌色の交り合うなり鰯雲
袴田巖さん雪冤
本当はでつぞうと読む無実なり
どすの利く声のまぢかに芒原
オムレツの家をとびだし良夜かな
辻井こうめ
少年の一人サッカー空高し
隣席が友の始まり木の実降る
淡白な付き合ひも良し花芒
なだらかな山の形して秋の雲
谷川すみれ
眠るにも体力がいる大晦日
したたかにさらす素肌や枯欅
利き足を前に置きたり去年今年
寒紅の戸籍を変えておりにけり
柏原玄
いくつかの横文字を得て吾亦紅
薄野や道は臥しゆく風にあり
水澄むや来し方をつと立ち止まる
残菊の時に臨みし香なりけり
中嶋飛鳥
鵙の声晩学の背を囃しおり
又候のマイクの声と泡立草
木守柿灯す窓あり郷(くに)のあり
憑代の鼓動をたどり蔦紅葉
佐藤俊
秋曇天追憶という悪しきもの
ひとふでがきの善意と悪意夜長かな
秋夕焼天にいちばん近い時
露草の今日の夕べは透きとおる
前藤宏子
秋霖や街にひとつのストア消え
骨密度高まりそうな秋日和
魂が抜けたのかしらすすき白
朝露や今日より若い日はあらず
安部いろん
蟋蟀の複眼戦争の予感
釣瓶落しもつれる退社時間
終電へ秒針滑る秋蛍
月笑うとも髭の男は四代目
楽 沙千子
自転車の速度の色に草紅葉
線香の幽かにのぼり暮早し
鱗雲体操服のよく乾き
メモ帳は手付かずのまま秋寒し
宮崎義雄
コスモスと話していたり細き肩
特売の光る秋刀魚の黒目かな
軒先に腹を開かれ鮭二匹
呼び込みの弾んでいたる今年米
森本知美
おとこおんな全て忘れる秋祭
新米を呉れる弟恙なく
何処迄も川と虫の音ありにけり
夕茜紡績跡の赤とんぼ
石橋清子
一絞りすだち漂う夕餉かな
押し花のしおりの香るラベンダー
待ちかねしつくつくぼうし風の中
もろこしや北の便りに息をつく
垣内孝雄
小春日和スワンボートを漕ぎ出せり
今朝の冬五峰をわたるちぎれ雲
山茶花や古刹に並び師弟句碑
さいかちの黒き実をもて里の山
松並美根子
淋しさと気楽さ寄せる曼珠沙華
なるほどの紅葉日和となりにけり
真っ直ぐの道まっすぐの稲穂波
秋暑し花も野菜も切れぎれに
松田和子
朝市の強面の鮭描きたし
ジャムにするは姉の口癖柿をもぐ
赤い羽へしゃげた屋根の雨の中
稲雀風を進める行者達
丸岡裕子
迷走のあるがままなリ台風裡
小さき月宇宙の片隅から仰ぐ
太陽の塔へ再び登高す
秋すだれ人の生死を隠したり
木南明子
庭中を片付けました十三夜
いつ死ぬかたずねていたり秋の雲
骨折の体引きずる秋暑し
月沈みテレビ放送動きだす
目 美規子
月を見る思いは千差万別に
心地良き風と満月独り占め
菊花賞栗毛の馬に大歓声
萩の影かぐや姫いる気配かな
金重こねみ
クーラーに勝る癒やしよ翔タイム
顔知らぬ母の青春知る墓参
いっそのこと栗名月も見んとこか
鍵穴にスッと入らぬ秋の暮
勝瀬啓衛門
掘るよりも珠芽摘み取る零余子飯
虫除けの残り香秋の更衣
牧閉すカウベル止んで風野原
重たげな銀杏黄葉の小判かな
〈選後随想〉 耕治
酔芙蓉大禍時を待ち合わす 夏礼子
酔芙蓉は、朝は白く、夕方には紅く色を変える花として知られている。その美しさは、移りゆく時間のはかなさを象徴しているとも捉えられる。一方、「大禍時(おおまがとき)」は、大きな災いの起こりがちな時刻の意から、夕方の薄暗いときを表す(大辞泉)。逢う魔が時とも書く。礼子さんのこの取り合わせは、読み手に生と死を同時に意識させる。現在の気候変動は、異常な暑さや豪雨となって表れ、この星に生きることのはかなさを感じさせ、大禍時であることを予感させる。そんな大禍時の酔芙蓉の色は、私たちが生きている間にも、喜びや悲しみ、様々な出来事が刻々と変化していくことを暗示しているのかもしれない。だからこそ、待ち合わせて誰かと会いたくなるのである。
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