2025年4月6日日曜日

香天集4月6日 渡邉美保、辻井こうめ、佐藤静香、浅海紀代子ほか

香天集4月6日 岡田耕治 選

渡邉美保
ジャムを煮る匂ひの中の彼岸かな
湯通しのめかぶのみどり刻みけり
昏睡を覚めた雨から春の沼
甘茶仏の後ろへ回る女の子

辻井こうめ
蜂蜜の湯煎してをりげんげそう
傷つけぬ言葉の迷路雪柳
霾や罅呼ぶ程の嚔せり
褐色となりし文集つくしんぼ

佐藤静香
春昼や病床の閑楽しみぬ
凍返る真夜の透析ブザー音
花うぐい泡ひとつ吐き失恋す
朝の白湯胃も肋骨もあたたかし

浅海紀代子
歩まねば石になるなりクロッカス
春の雪猫の静かな死に会えり
リハビリの野面を歩くすみれ草
足音の帰らぬままに春時雨

前塚かいち
改札を出れば誰もが桜かな
コロナ後も一人歩きの山桜
この街のこの丘が好き燕来る
声かけて走る少女や猫柳

半田澄夫
鴨三羽八の字切って前進す
寒椿散りて思いを敷き詰める
炬燵よりガザの不条理考える
老木の枝より吹雪散らしおり

中島孝子
雪中花活けてその香の強さ知る
盛り上がり列なす畝の春の土
田楽のレシピを開き味噌選ぶ
蕗の薹土をもたげてぽこっと出

北橋世喜子
冬日和刻む秒針小豆煮る
病院の時計気になる時雨かな
初袷唸る浪花の大舞台
受験期の真顔の中のニキビかな

橋本貴美子
雪晴や一羽の鳶が弧を描く
満天のみな青くなる冬銀河
ガラス窓風花だつたかも知れず
半分の大根炊いて満足す

上原晃子
寒月やたこ焼き店の煌煌と
教会の前に一輪冬薔薇
薄氷の飼育水槽動きあり
雪しまき急に現れ立ちすくむ

石田敦子
年の豆鬼の闇へと放り投げ
突然にエアコン壊れ寒に入る
おばあちゃんの命日となり建国日
春嵐その後すぐに日の差して

東淑子
いかにしてしびれを溶かす寒の雨
水仙や五十年目の花もたげ
さまざまな紅色をして梅の花
ふきのとう天ぷらにしてくれと言う

〈選後随想〉 耕治
ジャムを煮る匂いの中の彼岸かな 渡邉美保
 ジャムを煮るあたたかい匂いが、キッチンに立ち込めていて、そこに彼岸がやってきた。彼岸という言葉は、読者にそれぞれの人生や死について考えさせるが、そこにジャムを煮る匂いという、生者の側の日常が取り合わされている。「匂ひの中の」という表現が秀逸で、その匂いの中に「彼岸」という、目には見えないけれど確かに存在する精神性が、静かに佇んでいる。美保さんの、与えられた生をつないでいこう、大切にしていこうという思いが感じられる一句である。

蜂蜜の湯煎してをりげんげそう こうめ
 蜂蜜を湯煎して、溶かしていった時に、パッと蓮華草がひらめいた、あるいは、これは蓮華を吸った蜜蜂の蜜だと感じた。こうめさんの目の前にあるのは蜂蜜だけれども、そこに蓮華草のイメージなり、香りなりがしてきたという表現がいい。「湯煎してをり」と切れを意識していて、この切れがよく働いている。

花うぐい泡ひとつ吐き失恋す 佐藤静香
 「花うぐい」は、コイ科の淡水魚だが、繁殖期に朱色の条線を持つ婚姻色に変化する。つまり恋の色をしたうぐいが泡をひとつ吐いて、実は失恋したという。静香さんの、持ち上げておいてはっと落とす、この書き方が面白い。大阪句会で、久保さんは後から見たら失恋もいい感じだと鑑賞された。なるほど、そう思わせてくれる明るさがこの作品にはある。
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。

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