香天集4月13日 岡田耕治 選
三好つや子
蝶の昼消防服の立眠り
体幹に菜の花電池一つ欲し
遠近の記憶ちらばり苜蓿
糸遊やこけしの笑みに似ていたる
宮下揺子
春の雪薬師如来の手のひらに
花ミモザ道なりに行く美術館
始まりしアースアワーの闇仄か
春寒や布の鞄に取りかえる
春田真理子
揃ひたる頭寄せ合ひ蜆汁
前向きも後ろ向きにも木の芽雨
宴席の誇る椿にある虚空
遇ふために花の濃くなる忌日かな
砂山恵子
春セーター腕を通すと弾む肌
春光や一周遅れのランナーに
菜の花や帰ろうとせぬ犬を連れ
病室の土筆入れたる紙コップ
牧内登志雄
不器用な男の墓の初ざくら
春耕やナナハンで来るどら息子
春雨や谷中の坂に夢二の背
初蝶や十万億の彼方から
嶋田静
朧月両手を開き受けており
春浅し新しき絵馬ゆれてあり
水音を聴いてふくらむ猫柳
球春や新監督を頼みとす
川村定子
初稽古足袋の白きが板を踏む
ローカル線テールランプが雪を染め
一刷の紅雲残り冬の暮
大枯野海風の音連れてくる
秋吉正子
春風や塗り替えられし滑り台
図書館に入る前に見えつくしんぼ
春の暮行方知れずの五円玉
風光る百歳が弾くスタンウェイ
川端大誠
ゆらゆらと船たちが行く春の海
川端勇健
ガリガリの上に雪降る春スキー
川端伸路
一年生入学式が待っている
〈選後随想〉 耕治
蝶の昼消防服の立眠り つや子
消防署では、消防服(防火服)はすぐ取り出せるようにぶら下がっている。その消防服が立ち眠っているように感じたと読めるし、最近山火事があちこちで起こっているので、夜を徹して消火活動に当たっている隊員が立ったまま眠っている姿も思い起こさせる。「蝶の昼」という、蝶が飛んでくるようなあたたかい昼間だけれども、山火事を消すための消防服が立ち眠っている、あるいは、立ち眠るように火事に備えている。「蝶の昼」と一見不釣り合いに見える「消防服の立眠り」という光景を取り合わすことによって、日常の中に潜む非日常や、平和の陰にある人々の努力を深い眼差で描き出している。
始まりしアース・アワーの闇仄か 揺子
アース・アワーは、世界自然保護基金による国際的なキャンペーンであり、3月の最終土曜日に1時間(20:30〜21:30)電気を使わないイベントである。アース・アワーに合わせて電気を消すと、立ち上がった闇の中に仄かに光りが残っているように感じたのである。この「闇仄か」という表現によって、単なる消灯以上の、何か静かで内省的な時間が始まる予感がする。闇の中に残る微かな光には、忘れかけていた「希望」が宿っているのかも知れない。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
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