2025年11月2日日曜日

香天集11月2日 辻井こうめ、森谷一成、渡邉美保、玉記玉ほか

香天集11月2日 岡田耕治 選

辻井こうめ
学校田溢るるほどの鳥威し
ヨーグルトたっぷりかける熟柿かな
遠近の煙のしづか葡萄畑
かまきりの身構へてゐる屍かな

森谷一成
石棺に綱の突起やそぞろ寒
舎利は溶け遺る石棺冷まじき
鑑識を誑かすなり烏瓜
身代を提げて出でゆく暮の秋

渡邉美保
芋虫を咥へなほして雀飛ぶ
遠き木に日の差しているむかご飯
花薄抱へ石橋渡りけり
いささかの諍ひもあり茸汁

玉記玉
秋蝉の声まっすぐに溺愛す
おとといの余白を動く秋の蛇
怖い夢甘い夢にも鮫のいて
冬泉の音を静寂と申すべく

谷川すみれ
落ちつかぬことに海鼠を食べてから
我という病のありぬ冬三日月
確執の骨壺を手に寒桜
花八手ハンドクリーム多いめに

夏礼子
木机のガレット匂う蕎麦の花
重ならぬ音のぽつりと残る虫
己が影踏み秋の蟻急ぎけり
先駆けの白き一本曼珠沙華

柏原玄
ふかし藷今も飢えあり戦あり
竜胆の寄る辺のひとつ石仏
墨の香を色紙よろこぶ良夜かな
天界の星座をおさめ露の玉

高野旅愁
やっと翔ぶ鳥いて秋の日暮道
秋冬やあちらの闇とこちらの闇
秋の月詠むこともせず冬に入る
青年がよぎる自転車飛燕かな

前藤宏子
患わず老いゆく秋の祭の灯
栗御飯母に似ること老いること
わらべうた茜に染まる鰯雲
抜殻をかじっていたり秋の蜂

宮崎義雄
一盛の光の濃ゆき秋刀魚かな
曼珠沙華折られ散らばるままにあり
風爽か白き腕を振りつづけ
秋日和波止の釣果を見て廻り

松並美根子
愛の満つつくつく法師鳴きつくし
一隅は時を同じく曼珠沙華
心地よき静けさのあり萩の雨
マスクして顔半分を秋の色

田中仁美
フランスのオリーブ千年秋深し
キルギスの白い蜂蜜秋の声
イエメンの魔法のランプ秋点る
ミャクミャクが消えてゆくなり星月夜

岡田ヨシ子
先生に薬を拒否し秋遠し
ケアハウス今日間食の青蜜柑
ベランダに日光を受け冬近し
冬の空見知らぬ人に頼みけり

安田康子
秋刀魚にも男前あり一匹買う
子らの声すとんと消える秋の暮
ヒーローはブリキ製なり秋高し
聴き役に回っていたりホットティー

森本知美
大銀杏降らす一枚栞とす
昇る月独り占めする橋の風
思い出を見ている浜辺秋の風
夕飯を友と味わう良夜かな

河野宗子
名月の外に出て見よと電話あり
鍵盤に手をのせている夜半の秋
黒枹杞茶たちまちに湯に秋の色
ぞうさんの像が迎える秋の院

目美規子
口の中種いっぱいに通草食む
後の月政治の流れ混沌と
秋桜古刹の歴史紡ぎけり
しみじみと湯気の香れる冬瓜汁

吉丸房江
蒔いてすぐ大地押し上ぐ双葉かな
コンバイン稲穂の海をかき分ける
耕して大根を播く卒寿なり
カシャカシャと命弾ける種袋

木南明子
花紫苑老人たちの集まり来
廃屋の垣根を越える石榴の実
庭中に紅萩乱れ人を恋う
纏いつく枯葉よ人の世のごとく

金重こねみ
湯殿より月を愉しむ午前四時
月兎見つけるために目を凝らす
友の推す本に挑みし秋灯下
内緒ごと聞いているなり螢草

〈選後随想〉 耕治
かまきりの身構へてゐる屍かな こうめ
 「身構へてゐる」と「屍」、動と静の共存が、生と死の厳しさを際立たせている。目の前にあるのは、生前の激しい闘いや生存競争の記憶をそのまま残し、まるで時が止まったかのように固まってしまったかまきりの屍だ。その姿勢からは、最後の瞬間まで生きようとする意志、あるいは最後までそのポーズを崩さなかったかまきりの矜恃のようなものさえ感じられる。「身構え」という一瞬の姿が、「屍」となって永遠に固定されてしまったことに、生命の真実を想起させる。命は必ず尽きる。しかも、いつ尽きるかは分からない。では、この命をどう生きるのか、そのことをこうめさんは問いかけているにちがいない。
*預かりしポシェットにある紅葉かな 岡田耕治