2026年1月11日日曜日

香天集1月11日 三好つや子、佐藤諒子、浅海紀代子、佐藤静香ほか

香天集1月11日 岡田耕治 選

三好つや子
冬日向丸い思想の猫を置く
点滴のながい一秒去年今年
輪飾りに万の水の匂いあり
すこし反る母の巻き尺寒昴

佐藤諒子
冬紅葉般若の面の隠れおり
山茶花の空より降れり光りつつ
不具合の一つを増やし年の果
折紙の馬の踏ん張る淑気かな

浅海紀代子
今朝冬の返事大きくして返す
一人となり別の寒さの中に居る
老猫と火鉢のすわる畳かな
風邪心地槌音に身を揺すらるる

佐藤静香
海の傷隠し輪舞の冬鴎
私と雪の反橋渡ろうよ
年の瀬や幸福つかむカードきる
極月や算盤弾く獅子のゐて

垣内孝雄
山毛欅林の枯れを尽くせる日影かな
初山河遠嶺の空に白き雲
好物のごまめを仕込み古女房
年忘れ見知らぬ客と角打ちに

秋吉正子
近道に時間のかかり冬の暮
冬日向閉店の文字見直しぬ
こんな日に車がパンク冬の朝
イカ墨のラーメンを食べ年の市

大里久代
衣装つけ張り切る子らの学芸会
冬に入るお地蔵さまのよだれ掛け
何となく幸福感じ年用意
燗の酒いつも二人でくみ交わす

西前照子
いたどりや楓に負けず色づいて
柿紅葉電動自転車登りゆく
秋晴やグランドゴルフ初優勝
銀杏落葉風にあおられ道染める

〈選後随想〉 耕治
点滴のながい一秒去年今年 三好つや子
 病床にいると、健康な時には意識もしない「一秒」が、非常に重く、長く感じられることがある。つや子さんは、この一秒の先に、年を越すという大きな節目が訪れると詠んだ。本来、一秒の長さは誰にも同じだが、ここではあえて「ながい」と表現している。そこには、次の雫がいつ落ちるかを見つめる張り詰めた意識や、この一滴が自分の命を繋いでいるという切実な実感が読み取れる。去年今年は、大晦日の夜から元旦にかけての、時間が連続していながらも新しく切り替わる瞬間を指す。多くの歳時記に虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」という句が収録されているが、鈴木六林男は「あんなもっちゃりした俳句」と一蹴した。六林男には、「目的をもつ爆彈の去年今年」がある。つや子さんの、点滴という無機質な装置を通して、一つの境界線を越えようとするこの句は、鈴木六林男賞作家に相応しい一句だ。

折紙の馬の踏ん張る淑気かな 佐藤諒子
 「淑気」は、新年を迎えたばかりの、清らかで厳かな空気感を指すが、目に見えないので扱いが難しい。それを諒子さんは、「折紙の馬」という小さな存在を通して描き出している。折紙の馬は、紙を折って作られた脆弱なもの。しかし、机や床に置かれたその四本の脚は、しっかりとそれを捉えて立っている。繊細な紙の造形物でありながら、そこに宿る「踏ん張る」ような力感。この踏ん張るという行為には、単なる正月の風景描写にとどまらず、新しい一年をしっかりと歩んでいこうとする諒子さんの静かな意志が感じられる。
*的中の明らかになる枯野かな 岡田耕治

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