2026年1月18日日曜日

香天集1月18日 春田真理子、玉記玉、柴田亨、三好広一郎ほか

香天集1月18日 岡田耕治 選

春田真理子
冬籠りだんだん重くなる袋
愛日や細る腓を清拭す
夢はじめいくつ鉄橋渡りけむ
冬落暉浮かぶ立山曼陀羅に 

玉記玉
たっぷりと濡れて現れ焚火跡
正論を互角で交わす身酒かな
春の波甘噛みかとも母語かとも
鮟鱇のもてはやされて無くなりぬ

柴田亨
山茶花の斑に生きる途上にて
春隣たくさんのこと忘れたる
さらさらと降り積もりゆく母のこと  
水墨や雪の人家のほの紅し   

三好広一郎
丸四角どっちの餅に帰ろうか
なりきりの熱唱カタカナの第九
事件あり路地の奥まで初明り
底冷えを羽織って三社巡りかな

谷川すみれ
立冬の泡をさかんに潦
日の影が障子をなでておりにけり
年の瀬の並び変えたる机かな
雪催過ぎゆく時を抱き合い

湯屋ゆうや
紙コップ継ぎ目に残る冬の色
空洞の塩バターパン冬銀河
暖房の端湿らせる刺繍糸
雑煮してあとはせわしき七並べ

木村博昭
艶やかに炭の断面揃いけり
あぶな絵の襖を漏るる私事
午後からはやや右に反る雪だるま
竹馬の見てはいけないものを見る

平木桂
星移る母と歌ひし手毬唄
冬の星己が見えず立ちつくす
卓袱台の父の駄洒落や根深汁
冬薔薇の観念したる蕾かな

上田真美
年用意大和の人に戻りけり
年守る童子の眼定まりぬ
初明かり届けてくれる人のあり
福寿草大地押し上げ空摑む

安部いろん
濁る地球の天辺に寒烏
秒針が寒気を刻む始発駅
氷柱一滴バタフライエフェクトに
何もかも失った部屋除夜の鐘

神谷曜子
寒の水名もない滝といわれ落つ
雲たちが思い思いに三日かな
来し方の曇りのとれぬ初鏡
霜の道踏み出している転校生

秋吉正子
大吉に不安のこもり初みくじ
皆帰り自分のもどる冬の月
初レッスン同じところを間違える
寒梅や幸多かりと別れ際

大里久代
年の暮還暦祝う赤花火
門松や笑えるように竹を伐り
お払いに石段登りお正月
節料理囲みマラソン見ておりぬ

〈選後随想〉 耕治
たっぷりと濡れて現れ焚火跡  玉記玉
 焚き火をするのは、今ならキャンプファイヤーなど、夜に寒さを凌ぐために火を焚いて温まる、あるいは出かける前の高揚した気分の時だろう。それが夜の焚き火であったとすれば、翌朝、「ああ、ここで焚き火をしていたのだな」という思いが巡る。人生に例えるなら、春や夏のところから、冬に入ってきてその過去を見返しているような感じがする。大阪句会で久保さんが「たっぷりと」は良い言葉の選び方だと評したように、その焚き火の跡が現れてきたという情景と、玉さんの人生が感じられて良い書き方だと思う。

愛日や細る腓を清拭す      春田真理子
 「清拭」という言葉は介護に使われる言葉であるため、大阪句会で三好広一郎さんが「親孝行とか一切そんなことは書いてないが、人に尽くしている感じがする」と評価した点に賛成だ。細る腓(こむら)は、看取っている人の腓だろう。細るのは、どちらかというとマイナスイメージだが、それが「愛日」という季語と組み合わされることによって、真理子さんの祈りが加味されているように感じられる。私は「愛日」という季語を使ったことはないが、冬日向や冬日影だけでなく、このような使い方ができるのだと思わせてくれた一句だ。
*句相撲の土俵を今日の雪とする 岡田耕治

0 件のコメント:

コメントを投稿