2017年5月13日土曜日

頭の中で白い夏野となつてゐる 高屋窓秋

頭の中で白い夏野となつてゐる 高屋窓秋
 筑紫磐井『季語は生きている』(2017.4)より。本格的な季語についての論考を集成した一巻が誕生しました。この句については、次のように述べられています。〈新興俳句の金字塔であるばかりでなく、馬酔木らしい新鮮な自然の季感としても享受しなければならないであろう。戦後の社会性俳句は、その多くの作家が季語を否定したにもかかわらず、今日一読者として読むとき、なまなかな有季作家の作品より強烈な季節感をその句に匂わせている。〉
 私がこの句に初めて触れたとき、「どうしたらこんな俳句が書けるのだろう」と思いました。紋切り型になろうとする思考をどう破っていくか、そんなチャレンジ精神がなければ、こんな句は生まれないでしょう。同書では、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水のをと」も「本意の伝統を破壊する試み」だと捉えておられます。磐井さん、御出版、おめでとうございます。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

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