2021年9月10日金曜日

邯鄲や忘れんとして書き残し  耕治

 
大津留 直
 様々な解釈が可能であり、読者の想像を駆り立てる句であるが、先ずは基本的な事柄から。「邯鄲」とはルルルルと美しく鳴くコオロギ科の昆虫であるが、「邯鄲」とは中国の地名であり、その地名に因む「邯鄲の夢」という有名な逸話が残っている。ある若者が邯鄲の宿で借りた枕で寝ると、皇帝になり五十年の栄華を経験する夢を見るが、夢から醒めてみると、それは一瞬のうたた寝に過ぎなかったという逸話である。作者は、おそらく、何故この逸話が残ったのかとふと思ったのだろう。そして、このような、人生の儚さ・虚しさばかりを示唆する夢など早く忘れてしまいたい、という思いから書き残されたのではないかと、邯鄲の声を聴きながらふと思ったのだ。そこには、忘れるために書き残したこの逸話がこのように世界的に有名になるという歴史の皮肉に対する驚きがある。

十河 智
 皆さんの鑑賞を読んで、この一句には、想起される物語がいくつもあるのだなあと、先生の句の奥深さのようなものを改めて感じました。
 今年は雨が今も激しく降るように、驟雨豪雨が続いたせいか、虫がまだ鳴かないのですが、いつもだと、邯鄲の鳴く頃で、決まった片隅があるのです。しばし佇み、聞き惚れてしまいます。この句は、そんな邯鄲を聞いたという感動を句に残すこと、そのものではないかと思ったのですが。
 最近の気候変動は虫の世界にも影響が大きいようで、今年鳴かないと、未来永劫鳴かずということもあり、人の常として忘れてしまうだろう。この感動は今書き残しておく。

0 件のコメント:

コメントを投稿