香天集8月27日 岡田耕治 選
夏 礼子
ふるさとを恋う八月の空の奥
蝉しぐれ少し間のあく受話器より
夏木立ロダンの像が背負うもの
放心の只中にあり汗しとど
中嶋飛鳥
抗えばサンダルの指ひくひくと
竹煮草隠れていたる兜率天
終章へ一歩踏み出す三尺寝
空蝉の空の眼洗う天気雨
湯屋ゆうや
風鈴と風鈴の間の下膳の音
サルビアや弁当広場でありし場所
夜の蝉母の襁褓を買いにゆく
秋の海遠くへゆけと父は言ふ
柏原 玄
向かい風受け流したる涼しさよ
颯爽の勢を享く百合の花
ラムネ玉遊び疲れていて鳴らす
遺言を書かぬと決める曝書かな
古澤かおる
端居して家の重心低くする
靴下の片方がない夏季合宿
トラックの荷台ビニールプール揺れ
ベランダの野菜の色に秋浅し
長谷川洋子
好評の蛸飯に添え針生姜
変動の暑さの中を栗実る
太極拳老いて始めし素足かな
残酷など知らぬとすまし百合の花
岡田ヨシ子
化粧した冷たき顔の別れかな
散歩のみ旅をしている夏帽子
冷房の節約をする風のあり
訪ね来し窓を占めたる夏の海
松並美根子
きのうとは違う風なり芒原
夕立の落ちくる速さ声の出ず
夏の朝ご当地体操風の中
白萩の咲き初む庭や鐘の音
宮崎義雄
風鈴の鳴らなくなりぬ薄明
車座の手拍子起こり宵祭
濁り酒振る舞う主奈良井宿
校庭の雨水光り運動会
前藤宏子
身をどこに置いていたるも原爆忌
蝉の殻水子地蔵の肩に乗り
微笑みの皺を増せと白芙蓉
園児らの風となる声夏帽子
安田康子
湿布薬ぬるっと滑る土用の日
マヨネーズぷすんと終る終戦日
初秋の免許返納吉と成す
秋立つや朝刊のせてバイク音
目 美規子
初盆や来納めとなる母の里
かしましき敬老仲間鰻食む
盆果つや半額札の服売場
病む友に寄り添っている残暑かな
森本知美
蟋蟀を踏みたる悔いや土残る
保育所のプールより声空に飛ぶ
盆家族テイクアウトに盛り上がる
盆踊り母の指先細かりし
木南明子
黒揚羽一人行動しています
鬼灯を誰に見せよう墓の前
「こんにちは」と言えない子供夏休み
入道雲接骨院へ行くところ
丸岡裕子
泣き疲れ眠りにつくや蝉ころん
炎天の球児横目に立つ厨
雨戸半分炎昼のひと眠り
干し梅のやっと収まる瓶ふたつ
金重峯子
かみ合わぬ罪なき会話日日草
向日葵やイエスかノーで何事も
暑中見舞い消しゴムの跡うっすらと
恒例の姉妹のけんか蚊帳畳み
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
香天集8月20日 岡田耕治 選
石井 冴
あいまいな脳に吊るす鉄風鈴
子の声は上へ上へとプール開き
ほどほどに冷たき乳房心太
カブトエビ水から湧いて水濁す
柴田亨
ふるさとの何もない道炎天へ
憂愁や乾漆像を満たしたる
八月の後ろ姿の透き通り
この道や蝉一匹の通せんぼ
三好広一郎
盆のたびテレビは帰りを心配す
太陽と言った覚えのない向日葵
炎天の青いところがにおいけり
表札は番地のみです夏燕
加地弘子
胸に組む手を解かれし昼寝覚
水を撒く蝉は裏へと回りたる
拍手して終わる町内花火会
遊具あり花壇ありして蚊喰鳥
木村博昭
疎ましき腕の重さ明易し
西行も汲むというなる泉涸る
広島におりづるの壁八月来
白髪のジャズを奏でる夜の秋
神谷曜子
虫眼鏡借る公園の木下闇
桃選ぶ時の集中ふとおかし
大文字の払いが走り出しにけり
加速する話祇園のパフェにいて
楽沙千子
捨てきれぬ鮓桶に湯気立ちにけり
料理好き寄りて自慢の五目鮓
畦道を急ぐ喪服や秋暑し
夕端居昼のむごさを語り出す
嶋田 静
朝顔をかぞえ一日始まりぬ
自転車と平行に湧く積乱雲
凌霄花資材倉庫のかがやけり
えのころの短き影の揺れてあり
川端伸路
ふな虫は足音感じすぐにげる
かごまくらスースーとして髪ささる
ランタンが一人ぼっちの天の川
台風にとんでゆくのはプラごみだ
勝瀬啓衛門
空仰ぐラジオ体操朝曇
雨止んで涼風至る物干し場
枝豆や少し辛めの塩加減
青空や白く消え入る盆の月
川端大誠
とぼとぼと線香花火落ちてゆく
川端勇健
この花火とらの口から炎ふく
*岬町小島にて。
香天集8月13日 岡田耕治 選
三好つや子
ほんとうは雨が嫌いな雨蛙
洗い髪きらきらさせて反抗期
白湯冷めて昼の知性のありどころ
台本とずれる暗転夏芝居
久堀博美
ゆっくりとついておいでよ夏の蝶
摘みたての青紫蘇に巻く潮の香り
無防備な蚯蚓の長さ乾涸びる
藷粥のとろりと苦き誕生日
春田真理子
伐り倒す百有余年晩夏光
見上げれば被爆の子らよ青栗よ
底紅の揺れエチュードを弾く少女
天の川とまり木に呼ぶ聲のあり
宮下揺子
雲の峰ラムネ瓶工場廃業す
夏旅や顔認証に並びおり
烏瓜の花滑舌のリハビリ
またたびに狂いし猫の非日常
河野宗子
真っ黒い大蟻と着くホテルかな
足元に迫り日本の山百合よ
高原の夏旅鐘に終りけり
厨房に立てり冷却タオル巻き
田中仁美
夏帽子親子で被り霧ヶ峰
から松や見渡す限り夏の朝
犀星の坐りし縁や西日さす
白雨来る旅の終わりの軽井沢
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。
香天集8月6日 岡田耕治 選
森谷一成
わが膝の尺取虫の上りかな
まくなぎの色即是空ともにする
炎天の自販機に寄る硬貨たち
蜿蜒と破る壁あり氷水
佐藤俊
街騒(まちざい)のふっと途切れる夏真昼
お好み焼きのてこで蟾蜍を裏返す
人の世の老い方として藜(あかざ)かな
いくさ遠くあなたの顔は葛饅頭
垣内孝雄
秋めくや石灯籠に火をともす
姉妹そろうてゐたい庭花火
青柿や半時ほどの庭いぢり
四つに割る西瓜よ子らのかぶりつく
岡田ヨシ子
連れ添いて六十六年この暑さ
炎昼の長寿を終えるアスファルト
半ズボンの子を二人連れバス電車
思い出はクーラーのなき風にあり
吉丸房江
夏空を白き雲飛ぶ我が心
余所行きの服は要らない猛暑かな
初盆の若き遺影よ百合白し
女生徒のブラウスが来る日の盛り
牧内登志雄
臍の緒の箱を取り出し終戦日
耳たぶにやわき太もも昼寝覚
盆踊り手ぶりで競ふ女ぶり
遠雷や少女の白きふくらはぎ
*大阪教育大学柏原キャンパスにて。