2024年7月28日日曜日

香天集7月28日 湯屋ゆうや、柏原玄、夏礼子、辻井こうめ他

香天集7月28日 岡田耕治 選

湯屋ゆうや
夕立雲耳の底にはなにかゐる
虫干しや頭蓋の芯を軽くする
夏休みギターの中は波打てり
蜘蛛の子を運びし軽き段ボール

柏原 玄
香水を変えし女の強さかな
晩学の愚かを知らず立葵
浴衣着て立ち居正しく列につく
晩節を攻めているなりサングラス

夏 礼子
雨音を等しく散らし額の花
のうぜんの風のかたちに聞き耳す
梅雨晴れや密かに浴びる宇宙線
せつなさの戯けていたるサングラス

辻井こうめ
マーカーの歪む棒線昼寝覚
女郎蜘蛛無人の番をしてゐたる
くろがねの弥勒菩薩や月涼し
くれなゐの病葉として散り急ぐ

前藤宏子
冷奴食べてゆく子の几帳面
海の日の殊にあっさり過ぎゆけり
何もかも梅雨明けてからすることに
西日差すあちらこちらの綿埃

松田和子
鰻の稚魚グラスの中に透きとおり
ひまわりや一つぽつりと赤帽子
風鈴や込めた願いの風まかせ
光さす命の重み夏椿

松並美根子
はかなげに待人の来る浜昼顔
白南風や沈みゆきたる日の光
冷奴見るからに箸すすみけり
見ていてと言いほうたるの飛び交いぬ

河野宗子
声をあげ雲に送りしプールの子
夕顔や離れて想う友のこと
コーラスの白寿を囲む著莪の花
夏の夜やシモンズベッド愛用す

田中仁美
水晶体削る音する酷暑かな
手術室ライトきらめく夏の朝
ズッキーニ黄色を少し残しけり
仏桑花パリから届くチョコレート

金重こねみ
風鈴の音色重たき今朝の軒
風鈴を避けたき風の来ていたり
どくだみのうとまれて尚好まれる
夏座布団まだ押し入れに待機する

秋吉正子
日にひとつ花の名を知り夏に入る
梅雨に入る読み切れぬほど本を借り
講堂のピアノレッスン梅雨最中
ベランダの初生り胡瓜仏前に

〈選後随想〉 耕治
晩節を攻めているなりサングラス  柏原玄 
 人生の終盤、自分自身を深く見つめると、多くの過ちや未達成のことがらが浮かび上がってくる。時には、後悔、そして諦めのような感情を持つこともあるだろうが、玄さんは「攻め」を選ぶと言う。玄さんの俳句もそうだが、句会などで見かける姿も、おしゃれだ。サングラスを通して見るということは、現実から少し距離を置いて、自分の挑戦を見つめるということになろう。この俳句は、老いという普遍的なテーマを、現代的な小道具であるサングラスを用いて表現している点がいい。作者の前を向こうとする冷静な意志は、読む者を励ます力を持っている。

*岬町小島にて。

2024年7月21日日曜日

香天句会案内

香天句会案内

■上六句会
日時:毎月 第4月曜日 午後2時~
場所:ホテルアウィーナ大阪
最寄駅:近鉄「上本町」/地下鉄「谷町九丁目」

■大阪句会
日時:毎月 第2月曜日 午前10時~
場所:大阪駅前第2ビル5階 大阪市総合生涯学習センター
最寄駅:JR「大阪」/地下鉄「梅田」

■阪南句会
日 時:毎月 第1水曜日 午後1時~
場 所:尾崎公民館
最寄駅:南海「尾崎」駅 西出口を西へ600m

ご参加希望や、お問い合わせはメールでお送りください。
次のアドレスの、★の部分を@にして送信してください。okada575★gmail.com

香天集7月21日 木村博昭、三好広一郎、中嶋飛鳥、釜田きよ子ほか

香天集7月21日 岡田耕治 選

木村博昭
緑蔭や母が迎えに来てくれた
香水の乗り込んでくる後部席
魂が少し遅れて昼寝覚
バーのない踏切渡る青田道

三好広一郎
木と土と紙の家なり蛍の夜
滑舌や水濁りたる夏の脳
剪定を忘れた頃の蛇衣
願い事忘れて潜る茅の輪かな

中嶋飛鳥
心太叱ってくれる人のあり
はじめから立見を選ぶ半ズボン
青葉騒まなこの光る土人形
あっけらかん候文を紙魚走る

釜田きよ子
植田はや風と遊べるときのあり
リーダーを信じておりぬ蟻の列
火も水も涼しきものや山頭火
苦瓜の一つがふいに笑い出す

神谷曜子
水飲んで自分に戻る夏の宵
療養の人へ杏子と歳時記と
玉葱の辛さと悔の残りけり
旱星持ち帰らんとする背筋

砂山恵子
ひねらずに作る俳句や風涼し
萩焼の細やかな泡生ビール
日の盛り父の無口になる時間
西条藩三万石の青田風

古澤かおる
五月雨や眼しわしわしていたる
朝採りの胡瓜一本すり下ろす
梅雨最中抜け出すために身をよじる
麦わら帽体操服は孫ゆずり

嶋田静
ハナミズキそれぞれ母に似てきたる
草笛を吹き道草の始まりぬ
雨のあとくちなしのまだ白くあり
泰山木伐られて実家無くなりぬ

橋本喜美子
鳴く鳥にことばのありて夏木立
何時の間に集まつて来る夏落葉
柿若葉解体始む五重塔
青空を映し早苗を待つてをり

北橋世喜子
広島や白手袋に夏きざす
あれもこれも準備しており夏座敷
裸んぼ掛け合う水にずぶ濡れる
軒に来る音なき速さ親つばめ

石田敦子
更衣鏡の曇る雨催い
新玉葱もらひ一品増やしけり
父の日の父の残せし葉書かな
ベランダやカラーの白さ慈しむ

上原晃子
万緑の中やバイクの音続く
バター置く新じゃが芋の切口に
枇杷の実や初収穫の五つなり
家ごとに紫陽花咲かす坂のあり

勝瀬啓衛門
お点前や所作反芻の水羊羹
梅雨の月涙目で見る影法師
梅雨の雷明日は受け取る通信簿
ひょろり文字暑中見舞に一句添え

〈選後随想〉 耕治
緑蔭や母が迎えに来てくれた  木村博昭
 久しぶりに故郷の緑蔭に入ると、ここで過ごした記憶とともに、母が迎えに来てくれた声が聞こえてくる。木漏れ日が降り注ぎ、夕方の涼しげな風の中をふり向くと、エプロン姿の温かい笑顔がそこにあった。その笑顔は、過去のことに留まらず、今ここに母が迎えに来てくれたようにも感じられる。「ひろあき、ようがんばったね。そろそろ此方に来て、ゆっくり話を聴かせておくれ」。緑蔭という自然の情景の中に母という存在が現れることによって、命いとおしさの情感が湧いてくる、博昭さんならではの一句だ。
*岬町小島にて。

2024年7月14日日曜日

香天集7月14日 玉記玉、渡邉美保、柴田亨、三好つや子ほか

香天集7月14日 岡田耕治 選

玉記玉
枇杷の葉の厚ぼったくて几帳面
大甕の口中暗し八月来
戸惑いに輪郭のある蚯蚓かな
一枚の蝶を立てたる秋の水

渡邉美保
伸びきつてつめたき方へなめくじり
入水の熱冷めたるふたり麦こがし
マジシャンの箱の全開片白草
カブトムシ分解されてしまひけり

柴田亨
桐の花よりも高きに弔いぬ
幾たびも子雀の来て梅雨晴間
飼い猫の手触りに似て五月雨
修行の地紫陽花として現し世に

三好つや子
片手間で向き合えぬ事梅雨深し
疑問符のかたちに曲がる青胡瓜
どんな恋をしてきたのだろう黒出目金
横穴の語り部めくや牛蛙

上田真美
夏みかん砂糖まぶしてくれた祖母
沙羅の花地に純粋を敷きつめて
水打てど流れ出さないことのあり
夕陽受けその色になる夏椿

前塚かいち
苦しさを味わっている玉の汗
統合が失調したり百日紅
声のする幻聴野郎明易し
短夜や再読したる「夜と霧」

春田真理子
たましひを遊ばせてゐる石鹸玉
紫陽花の中より俯瞰してをりぬ
茄子を植え葉の裏側が気にかかる
生家いま蛍袋の中灯る

松田敦子
お隣の扇子にそよともらふ風
梅雨晴の夕日ぽつんとトラクター
迷ひ道紫陽花どれも似てゐたる
初蝉のやや出遅れてにはたづみ

中島孝子
贈られし花器から溢れ薔薇の花
楽しみの続いていたり七変化
朝採りの水玉走る茄子は紺
梅雨の川カヌーの声の響き合い

半田澄夫
裸婦モデル日焼の跡の仄かなる
お絵描きのパイナップルを食しけり
朝曇りサッカー場の散水銃
歩こう会麦わら帽の似合う人

東 淑子
五月雨や小さき傘に顔を埋め
干しながら家で語らむ筍梅雨
卯の花腐し谷川の音を聞き
五月雨娘が怒り孫あばれ

〈選後随想〉 耕治
入水の熱冷めたるふたり麦こがし 渡邉美保
 「入水」は、じゅすいと読めば、水に飛び込んで自殺をはかること。にゅうすいと読めば、水に入って暑さを飛ばすこと。水を前にした「ふたり」にとっては、どちらでもいいほど熱い関係であったのかも。しかし、水から上がると、なんとなく水に入る前の熱が冷めていったように感じられる。「麦こがし」は、大麦をきつね色になるまで弱火で炒ってから粉砕する。強火だと味を落としてしまうので、焦がさないようにするのがコツ。この「ふたり」も同様に焦げないうちに水から上がったにちがいない。蜂蜜を少々とお湯を注いで、スプーンで練って食べる懐かしい麦こがしは、だけど「ふたり」はこの後も仲良くあるとの、美保さんの暗示だろう。
*岬町小島にて。

2024年7月7日日曜日

香天集7月7日 浅海紀代子、加地弘子、宮下揺子、橋本喜美子ほか

香天集7月7日 岡田耕治 選

浅海紀代子
猫の子よ残りし時を共にする
時鳥一夜を切に鳴きにけり
万緑を通り列車は晩年へ
蚊を打ちて老いの一日を仕舞けり

加地弘子
先っぽの焦げし茅花を選り抜けり
茅花噛む口角の墨笑い合い
同い年のお別れにゆく青葉風
箱庭のアヒル倒れし震えかな

宮下揺子
半夏雨珈琲店主老夫婦
終活の To do list 熱帯夜
琉球木槿不公平なる世に開き
仙人掌の花カフカ死後百年

橋本喜美子
弾け飛ぶグリーンピースのあちこちに
白藤の夕日の色を加えけり
遠くまでつつじの香り豊かなり
辛夷咲く道辿りゆく分教場

中島孝子
夏兆す若人たちの抵抗歌
雨上がり土盛り上げる桜草
八重山吹枝の先まで満たしけり
水玉のころりとキャベツ色映ゆる

石田敦子
コンサート終りし余韻夏隣
友達を独り占めして鯉幟
母の日や今なら言へることのあり
目薬をさす度窓の若葉かな

半田澄夫
花吹雪ベンチの膝に顔を乗せ
春の風こと終えし手のアルコール
一献で暑気を払いし今宵かな
里帰りモネの絵のごと日傘差し

東淑子
たけのこの穂先をそろえ弁当に
五月雨や鶴山台を流れ落ち
田畑を背にし蛙の目借時
匂いくる木の芽に母の味思う

垣内孝雄
絵日傘の嫗影おくねねの道
色無地にゆるり一重の帯を締む
大盛に母のよそへる豆ごはん
蓮見舟風の綾曳く水面かな

北橋世喜子
子どもの日柱の傷の重なりぬ
春の雨さまざま並ぶポリバケツ
いないいないばーと顔出すチューリップ
藤の昼お子様ランチ注文す

上原晃子
花水木プラットフォームから見える
我が庭の石蕗を煮る春の夕
筍の小さきを選ぶ道の駅
マンションの中に五本の花菖蒲

牧内登志雄
ブラウスの背にふる青葉時雨かな
初蝉や目覚めの苺オムレット
羽音する蚊帳の広さの寂しさよ
すれ違う少女日焼の匂ひして

岡田ヨシ子
あのバスに乗れば故郷の夏の海
この生をどうして終える氷水
紫陽花の花は消えしが葉の光り
昼を待つ献立表の冷し汁

〈選後随想〉 耕治
箱庭のアヒル倒れし震えかな 加地弘子
 箱庭は浅い箱や鉢に土を盛り、人工的に小さな世界を造り、涼をたのしむという夏の季語です。勤めている大学には、箱庭療法に使う箱庭や沢山の模型が置かれている部屋があります。箱庭という自分だけの空間を自由に造形していくことにより、心の安定をはかるという目的でも、箱庭は使われます。試してみると、まず箱に敷かれた砂の感触が、童心を呼び寄せてくれます。童心は、生き物であるアヒルを選びました。アヒルが置かれるということは、加地さんの箱庭には、きっと水の流れがあることでしょう。その水辺のアヒルが「震え」によって倒れました。地震かも知れませんし、箱庭に何かがぶつかったのかも知れません。箱庭を作る過程は、自己治癒力を高めるとされています。「震えかな」という抑え方は、震えが収まり、再び箱庭づくりが始まることを予感させてくれます。
*岬町小島にて。