香天集7月28日 岡田耕治 選
湯屋ゆうや
夕立雲耳の底にはなにかゐる
虫干しや頭蓋の芯を軽くする
夏休みギターの中は波打てり
蜘蛛の子を運びし軽き段ボール
柏原 玄
香水を変えし女の強さかな
晩学の愚かを知らず立葵
浴衣着て立ち居正しく列につく
晩節を攻めているなりサングラス
夏 礼子
雨音を等しく散らし額の花
のうぜんの風のかたちに聞き耳す
梅雨晴れや密かに浴びる宇宙線
せつなさの戯けていたるサングラス
辻井こうめ
マーカーの歪む棒線昼寝覚
女郎蜘蛛無人の番をしてゐたる
くろがねの弥勒菩薩や月涼し
くれなゐの病葉として散り急ぐ
前藤宏子
冷奴食べてゆく子の几帳面
海の日の殊にあっさり過ぎゆけり
何もかも梅雨明けてからすることに
西日差すあちらこちらの綿埃
松田和子
鰻の稚魚グラスの中に透きとおり
ひまわりや一つぽつりと赤帽子
風鈴や込めた願いの風まかせ
光さす命の重み夏椿
松並美根子
はかなげに待人の来る浜昼顔
白南風や沈みゆきたる日の光
冷奴見るからに箸すすみけり
見ていてと言いほうたるの飛び交いぬ
河野宗子
声をあげ雲に送りしプールの子
夕顔や離れて想う友のこと
コーラスの白寿を囲む著莪の花
夏の夜やシモンズベッド愛用す
田中仁美
水晶体削る音する酷暑かな
手術室ライトきらめく夏の朝
ズッキーニ黄色を少し残しけり
仏桑花パリから届くチョコレート
金重こねみ
風鈴の音色重たき今朝の軒
風鈴を避けたき風の来ていたり
どくだみのうとまれて尚好まれる
夏座布団まだ押し入れに待機する
秋吉正子
日にひとつ花の名を知り夏に入る
梅雨に入る読み切れぬほど本を借り
講堂のピアノレッスン梅雨最中
ベランダの初生り胡瓜仏前に
〈選後随想〉 耕治
晩節を攻めているなりサングラス 柏原玄
人生の終盤、自分自身を深く見つめると、多くの過ちや未達成のことがらが浮かび上がってくる。時には、後悔、そして諦めのような感情を持つこともあるだろうが、玄さんは「攻め」を選ぶと言う。玄さんの俳句もそうだが、句会などで見かける姿も、おしゃれだ。サングラスを通して見るということは、現実から少し距離を置いて、自分の挑戦を見つめるということになろう。この俳句は、老いという普遍的なテーマを、現代的な小道具であるサングラスを用いて表現している点がいい。作者の前を向こうとする冷静な意志は、読む者を励ます力を持っている。