香天集7月21日 岡田耕治 選
木村博昭
緑蔭や母が迎えに来てくれた
香水の乗り込んでくる後部席
魂が少し遅れて昼寝覚
バーのない踏切渡る青田道
三好広一郎
木と土と紙の家なり蛍の夜
滑舌や水濁りたる夏の脳
剪定を忘れた頃の蛇衣
願い事忘れて潜る茅の輪かな
中嶋飛鳥
心太叱ってくれる人のあり
はじめから立見を選ぶ半ズボン
青葉騒まなこの光る土人形
あっけらかん候文を紙魚走る
釜田きよ子
植田はや風と遊べるときのあり
リーダーを信じておりぬ蟻の列
火も水も涼しきものや山頭火
苦瓜の一つがふいに笑い出す
神谷曜子
水飲んで自分に戻る夏の宵
療養の人へ杏子と歳時記と
玉葱の辛さと悔の残りけり
旱星持ち帰らんとする背筋
砂山恵子
ひねらずに作る俳句や風涼し
萩焼の細やかな泡生ビール
日の盛り父の無口になる時間
西条藩三万石の青田風
古澤かおる
五月雨や眼しわしわしていたる
朝採りの胡瓜一本すり下ろす
梅雨最中抜け出すために身をよじる
麦わら帽体操服は孫ゆずり
嶋田静
ハナミズキそれぞれ母に似てきたる
草笛を吹き道草の始まりぬ
雨のあとくちなしのまだ白くあり
泰山木伐られて実家無くなりぬ
橋本喜美子
鳴く鳥にことばのありて夏木立
何時の間に集まつて来る夏落葉
柿若葉解体始む五重塔
青空を映し早苗を待つてをり
北橋世喜子
広島や白手袋に夏きざす
あれもこれも準備しており夏座敷
裸んぼ掛け合う水にずぶ濡れる
軒に来る音なき速さ親つばめ
石田敦子
更衣鏡の曇る雨催い
新玉葱もらひ一品増やしけり
父の日の父の残せし葉書かな
ベランダやカラーの白さ慈しむ
上原晃子
万緑の中やバイクの音続く
バター置く新じゃが芋の切口に
枇杷の実や初収穫の五つなり
家ごとに紫陽花咲かす坂のあり
勝瀬啓衛門
お点前や所作反芻の水羊羹
梅雨の月涙目で見る影法師
梅雨の雷明日は受け取る通信簿
ひょろり文字暑中見舞に一句添え
〈選後随想〉 耕治
緑蔭や母が迎えに来てくれた 木村博昭
久しぶりに故郷の緑蔭に入ると、ここで過ごした記憶とともに、母が迎えに来てくれた声が聞こえてくる。木漏れ日が降り注ぎ、夕方の涼しげな風の中をふり向くと、エプロン姿の温かい笑顔がそこにあった。その笑顔は、過去のことに留まらず、今ここに母が迎えに来てくれたようにも感じられる。「ひろあき、ようがんばったね。そろそろ此方に来て、ゆっくり話を聴かせておくれ」。緑蔭という自然の情景の中に母という存在が現れることによって、命いとおしさの情感が湧いてくる、博昭さんならではの一句だ。
*岬町小島にて。
0 件のコメント:
コメントを投稿