香天集7月7日 岡田耕治 選
浅海紀代子
猫の子よ残りし時を共にする
時鳥一夜を切に鳴きにけり
万緑を通り列車は晩年へ
蚊を打ちて老いの一日を仕舞けり
加地弘子
先っぽの焦げし茅花を選り抜けり
茅花噛む口角の墨笑い合い
同い年のお別れにゆく青葉風
箱庭のアヒル倒れし震えかな
宮下揺子
半夏雨珈琲店主老夫婦
終活の To do list 熱帯夜
琉球木槿不公平なる世に開き
仙人掌の花カフカ死後百年
橋本喜美子
弾け飛ぶグリーンピースのあちこちに
白藤の夕日の色を加えけり
遠くまでつつじの香り豊かなり
辛夷咲く道辿りゆく分教場
中島孝子
夏兆す若人たちの抵抗歌
雨上がり土盛り上げる桜草
八重山吹枝の先まで満たしけり
水玉のころりとキャベツ色映ゆる
石田敦子
コンサート終りし余韻夏隣
友達を独り占めして鯉幟
母の日や今なら言へることのあり
目薬をさす度窓の若葉かな
半田澄夫
花吹雪ベンチの膝に顔を乗せ
春の風こと終えし手のアルコール
一献で暑気を払いし今宵かな
里帰りモネの絵のごと日傘差し
東淑子
たけのこの穂先をそろえ弁当に
五月雨や鶴山台を流れ落ち
田畑を背にし蛙の目借時
匂いくる木の芽に母の味思う
垣内孝雄
絵日傘の嫗影おくねねの道
色無地にゆるり一重の帯を締む
大盛に母のよそへる豆ごはん
蓮見舟風の綾曳く水面かな
北橋世喜子
子どもの日柱の傷の重なりぬ
春の雨さまざま並ぶポリバケツ
いないいないばーと顔出すチューリップ
藤の昼お子様ランチ注文す
上原晃子
花水木プラットフォームから見える
我が庭の石蕗を煮る春の夕
筍の小さきを選ぶ道の駅
マンションの中に五本の花菖蒲
牧内登志雄
ブラウスの背にふる青葉時雨かな
初蝉や目覚めの苺オムレット
羽音する蚊帳の広さの寂しさよ
すれ違う少女日焼の匂ひして
岡田ヨシ子
あのバスに乗れば故郷の夏の海
この生をどうして終える氷水
紫陽花の花は消えしが葉の光り
昼を待つ献立表の冷し汁
〈選後随想〉 耕治
箱庭のアヒル倒れし震えかな 加地弘子
箱庭は浅い箱や鉢に土を盛り、人工的に小さな世界を造り、涼をたのしむという夏の季語です。勤めている大学には、箱庭療法に使う箱庭や沢山の模型が置かれている部屋があります。箱庭という自分だけの空間を自由に造形していくことにより、心の安定をはかるという目的でも、箱庭は使われます。試してみると、まず箱に敷かれた砂の感触が、童心を呼び寄せてくれます。童心は、生き物であるアヒルを選びました。アヒルが置かれるということは、加地さんの箱庭には、きっと水の流れがあることでしょう。その水辺のアヒルが「震え」によって倒れました。地震かも知れませんし、箱庭に何かがぶつかったのかも知れません。箱庭を作る過程は、自己治癒力を高めるとされています。「震えかな」という抑え方は、震えが収まり、再び箱庭づくりが始まることを予感させてくれます。
*岬町小島にて。
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