2024年8月25日日曜日

香天集8月25日 三好広一郎、木村博昭、釜田きよ子ほか

香天集8月25日 岡田耕治 選

三好広一郎
このページだけをください夏休み
カーテンを引く夕焼けが付いてくる
夕焼けを一平米買う金魚かな
炎天や曲がりなりにも飯が食え

木村博昭
公道へ少しはみ出し梅を干す
くろがねの肉体撓うダイビング
ノック受く声の日焼けておりにけり
水筒を持ち歩く子ら原爆忌

釜田きよ子
西瓜ならいつも浮かんでいた井戸よ
物減らす少し涼しく生きるため
空蝉の真上鳴き出す蝉の居て
花合歓やかくも静かな古墳群

神谷曜子
大陸を移動する雲パリー祭
検査日の乳房つぶされ秋暑し
月よりの使者を待つ子に読み聞かす
失せし猫銀河の中を見にゆかん

玉置裕俊
玉音後日本守りし占守島
新盆にお供え多し仏縁や
施餓鬼寺お布施の額を唱えけり
本土の陽ハイビスカスは耐えられず

吉丸房江
鉄線花どっこいここに生きている
ご先祖も卒寿も入り盆踊り
南海トラフ頭を働かすお盆
合歓の花そのやさしさは日中も

川村定子
結界が阻み桔梗に届かぬ手
向日葵の高さを競う向きのあり
オリンピックルールを知らず手を叩く
稔りたる棚田を渡り雲の影

西前照子
淡路航路鱧の料理が客を待つ
初蝉や伊勢の獅子舞来たるらし
燕の子翼バタバタ風を呼ぶ
まんまるに整えられしつつじかな

大里久代
数えおく三十八のツバメの巣
炎昼の作品展の座談かな
私に負けずに咲いて百日紅
何よりも笑顔集まる盂蘭盆会

川端勇健
夏の島海にぽつんと浮いている
突然の雨だ花火はお預けに

川端大誠
好天の風吹きわたる夏の海

川端伸路
アジを釣りすぎて全部は食べれない

〈選後随想〉 耕治
カーテンを引く夕焼けが付いてくる 三好広一郎
 日常的な行為である「カーテンを引く」という動作に、夕焼けという一日が終わろうとする時間帯の美しさが結びつくことで、日常の中に現れる特別な瞬間を印象的に切り取っている。「カーテンを引く」という行為は、その日の出来事に区切りをつけ、新たな一日を迎えるための準備をする動作だ。「夕焼けが付いてくる」という表現は、開いていた窓の開口部が狭くなることによって、より強くその光りが部屋の中に入り込んでくる様子だ。広一郎さんは、どんな早さでカーテンを引いたのだろう。鋭い音を立てて引いたのであれば、腹立たしいことがあったのだろうが、ここでは人生の一日を惜しむようにゆっくりと引いていくイメージが浮かぶ。この視覚的なイメージの程良さが、読み手に夕焼けの残像を残してくれる。
*岬町小島沖にて。

2024年8月24日土曜日

香天76号

香 天 koten   2024年8月   通巻76号

  目 次
 
招待作品           2 津髙里永子
代表作品           4 岡田耕治
同人集            8 50音順送り 本号は「み」から
                  三好つや子、森谷一成ほか
同人集五句抄         22 岡田耕治、柴田 亨ほか
季語随想『季語情況論』を読む 24 三好つや子
一句鑑賞 鈴木六林男     25 森谷一成
同人作品評          28 石井 冴、綿原芳美
香天集十句選         33 佐藤 俊
Facebook耕治俳句を読む   35 十河 智ほか
エッセイ           36 辻井こうめ
創作 俳句ショートショート  37 三好広一郎
香天集  岡田耕治 選      38 前藤宏子、玉記 玉、渡邉美保、三好広一郎ほか
 選後随想          65 岡田耕治
香天歳時記 秋        70
句会案内           74

2024年8月18日日曜日

香天集8月18日 柴田亨、玉記玉、湯屋ゆうや、砂山恵子ほか

香天集8月18日 岡田耕治 選

柴田亨
瘦身の観音といて夏闌ける
天皇を語らざる祖父八月来
黒葡萄夢の続きの不穏なる
回廊を散らばってあり蝉の羽根

玉記玉
かなかなの一滴しんと耳の底
翡翠の過ぎりくろがね匂いけり
銀漢や羊水は身を離れざる
虚へ実へ出入りしている白帆かな

湯屋ゆうや
エスカレーターに隠元豆とわたくし
セロテープに残れる指紋秋暑し
七夕や箸一膳を洗ふ水
松虫に一夜の闇をあずけたる

砂山恵子
自動ドア開くとひかり夏休
モナリザの目じりに影の暑さかな
かなかなやいつかひとりにになる家に
午後二時で止まる残暑の置時計

加地弘子
一瞬を止まり躊躇う大花火
夕菅の突き抜けている日の黄色
露草のゴロゴロと土被りけり
蝉の殻色濃く硬き葉を抱き

上田真美
担がれて博多山笠息を吹く
睡蓮の濠を超えずに逝きにけり
白き絽の着物を抜けて風遊ぶ
妻迎え向日葵になる我が息子

安部いろん
大夕焼今日もデブリを残すまま
皿底の海花皮炎暑の脳みそ
炎昼の鉄塔ダリの相称
経験の遺伝子を吐く晩夏光

北岡昌子
雷の中を祝詞の上がりけり
草むらを泳いでゆけり金魚草
蓮の花並べていたる植木鉢
朝一番雲雀の声が耳に入る

〈選後随想〉 耕治
瘦身の観音といて夏闌ける  柴田亨
 夏の終わりを感じさせる繊細な描写と、そこに重ねられた心の動きが印象的だ。「痩身の観音」と聞いて、思い浮かべる観音像はそれぞれだろうが、例えば法隆寺の観世音菩薩立像(百済観音)の前に立つひとときをイメージしてみる。柴田さんは生と死、そして時の流れについて思いを馳せているように見えてくる。「夏闌ける」という表現の「闌ける」には、季節が盛りになるという意味と、盛りの状態を過ぎるという両方の意味がある。盛りが極まるから衰えが始まるのである。体温を超える猛暑が極まり、次第に衰えていく今の時期、「痩身の観音」は、読む者に様々なことを考えさせる。大阪句会にこの句が出されたとき、幾人もの選に入ったが、中でも辻井こうめさんが、「これは年とともに痩せていく母の姿だ」と鑑賞した。秀句には、奥深い世界が広がっている。
*岬町小島沖にて。

2024年8月11日日曜日

香天集8月11日 三好つや子、春田真理子、加地弘子、前塚かいち他

香天集8月11日 岡田耕治 選

三好つや子
少年の目になる行司蜘蛛相撲
棒アイス小さな嘘が飛び火して
羽蟻に内部干渉されており
解き方にそれぞれの癖青胡桃

春田真理子
藪萱草農婦の貌してをりぬ
曼陀羅の方へ青羊歯分け行けり
かなかなや床ずれの穴谺せり
薄紙に包み他界へ月見草

加地弘子
サングラス外し幼き子を抱く
いつまでも流れに乗れず精霊舟
さくらんぼ四等分のラッピング
花蜜柑妣が帰りたかった島

前塚かいち
水槽の鱧帰りたき淡路かな
サンダルに任せて島を歩きおり
涼しさをたずねる猫の家出かな
小さき実の幸せを寄せななかまど

牧内登志雄
誰がために膝折る八月十五日
八月を語らぬままに考と妣
採血の窓に涼風ありにけり
西瓜食ふ種出す人と出さぬ人

古澤かおる
八月のカバを転がしゾウの鼻
南東の最上階に大西瓜
箱庭に最も小さきマトリョーシカ
クッキーの欠片ティッシュに秋隣

川村定子
夕方の我が家を越えて虹の立つ
五月雨に消えてゆきたる山の禿
押して引く箪笥の軋む五月雨
梅雨の中見知らぬ花を引き残す

大里久代
ミニトマト十八個とも赤くなる
足止まるバックしていく青大将
梅の実がコロコロ落ちる通学路
父の日に五人の笑顔揃いけり

〈選後随想〉 耕治
かなかなや床ずれの穴谺せり  春田真理子
 夕方からはじまった蜩の声が、「床ずれの穴」の中に谺しているという、はっとする瞬間を捉えている。「かなかな」の鳴き声が、病床という非日常的な空間で、しかも「床ずれの穴」という痛みを伴う具体的な描写と結びついている。寝たきりになった人を抱き起こして、絞ったタオルで体を拭いていくとき、穴になるほどの床ずれが見える。その床ずれの穴に谺するように蜩が鳴いているのである。命を見つめ、命を慈しもうとする春田さんの書き方に共感する。
*岬町小島にて。

2024年8月4日日曜日

香天集8月4日 渡邉美保、森谷一成、谷川すみれ、佐藤俊ほか

香天集8月4日 岡田耕治 選

渡邉美保
余り苗のやうに揺らいでゐる女
ひるがへるたびに膨らむ金魚かな
蝙蝠や洗濯物は生乾き
干梅に混じりて皺むわが脳

森谷一成
まん中を勾りたがりしバナナかな
冷やっこ百年杭を打ちつづけ
あぶな絵を覗いていたる竈馬
けつかると鮨屋の権太うそぶきぬ

谷川すみれ
神鏡と人との間木の実落つ
虫時雨雑魚寝の目玉じわじわと
さびしさは白から茶色秋の蜂
きょうだいの字は似ておりぬ零余子飯

佐藤俊
気だるさの夏のイルカが翔んでいる
手鏡の後ろは誰もおりませぬ
不意の饒舌今朝のレタスは身構える
郷愁の木から落ちたる目覚めかな

宮下揺子
出所の定まらぬまま蟇蛙
吊革はハートの形夏の旅 
去来する水の匂いを曳く蛍
朴の花棟方志功闇を彫る

宮崎義雄
車窓から見える我が家や青山河
急潮に飛んでボートの追いつけず
梅干の赤で彩る患者食
出航のヨット見送る研修生

楽沙千子
朝蝉に急き立てられていたりけり
懸命に生きているなり花カンナ
手紙よりスマートフォンの夏見舞
校門は半開きなり夏休み

嶋田静
荒梅雨の今日一日を引きこもる
父の忌に忘れず開く花桔梗
白鷺や緑の中に動かざる
サングラスもう一人いる私にて

岡田ヨシ子
アイスクリームまたの日に取っておく
車椅子の友訪ね来る西瓜かな
背伸びしてめくる八月カレンダー
彼の世からお迎えを待つ暑さかな

森本知美
顔の利く女性に就きて桃を買う
ちちははの友の声聞く青田風
花火見る直前にして肩車
鬼百合を活け玄関の靴仕舞う

玉置裕俊
サクランボ還暦を過ぎ赤面す
里海の夕陽のなかを蛇逃げる
山ガールポケットを出る男梅
休業の店の窓からアマリリス

木南明子
赤トンボひとりで飛ぶのさみしいね
鳩鳴いて今日の暑さを知らせけり
人形になりたい私炎天下
冷房の中に秘めたる孤独感

目 美規子
蟬の声巡る季節を生きて喜寿
一呼吸言葉を選び汗拭う
梅雨あがる犬と老婆の散歩道
堀越しに頂くトマトルビー色

垣内孝雄
香水の赤き小瓶とルイ・ビトン
八月のこととものとの絡み合ひ
プリーツの乙女の素足つやめけり
亡き猫の破れカーテン蝉しぐれ

丸岡裕子
夏木立ここは昔の競馬場
眼鏡かけ宝を探す目高の子
母の蜜豆ごちそうの誕生日
青田風抜け辿り着く金閣寺

吉丸房江
体温を超える暑さを生きており
人間の寿命が伸びて卒寿なる
ふるさとを子等に誇るや稲の花
伸びゆきて南瓜の蔓は木に登る

〈選後随想〉 耕治
けつかると鮨屋の権太うそぶきぬ  森谷一成
 大阪句会にこの句が出されたとき、こんないい句をなぜ誰も取らないのかと、三好広一郎さんがつぶやいた。そんないい句なら、鑑賞してみよう。仕込みがていねいで、気っ風ががいいと、しだいに人気の高まってきた権太の鮨屋。カウンターの中には権太が一人、あとは女房のさきが賄う小さな店だ。ある夜、8人がけのカウンター席で、2人の客が掴み合いの喧嘩をはじめた。権太は空かさず、「おうわれ、この店でなにさらしてけつかるねん。けんかやったら、国会にいってやってんか」。「うそぶく」とは、平然と言う、大きなことを言うというほどの意味だが、やっぱり決め手は、「なにさらしてけつかるねん」(なにをしてやがる)という大阪弁だった。権太にこううそぶかれた2人は、早々に国会ならぬ店の外へ出て行くことになったのである。
*近鉄「大阪難波」駅、「奈良」行き急行にて。