香天集9月8日 岡田耕治 選
浅海紀代子
三日月の方へ夕景定まりぬ
老いてゆく身体の火照り夕かなかな
後ろから足音の絶え月の径
秋暑し猫のごろ寝を跨ぎもし
三好つや子
手のひらに九回裏のトマトかな
天地の声を零すや稲の花
九月来る広重ブルーの雨の音
分かる振り分からない振り秋桜
中嶋飛鳥
星涼し帆柱の鳴る船溜り
起きぬけに心経を誦み外寝人
髪解けば珈琲匂う夜の秋
台風裡ベートーヴェンを大きくし
前塚かいち
ラムネ玉居場所はここと決まりけり
爽涼の喜びを知るハーモニカ
ウクライナ今日は八月十五日
サンダルや島と別れる日の来たる
春田真理子
乱筆は蚊帳吊草に隠すべし
蝉骸あつめて流す手の白し
まれびとの朱膳に注げるひやおろし
ゆるゆるとふり返り舞ふ秋の蝶
古澤かおる
キンチョーの鶏と兄弟バッタ追う
橋の闇潜り抜けたり秋の風
水有りて朝の始まる秋祭
湯を落す匂いを放つ夜長かな
北橋世喜子
白百合の蕾膨らみ雨上がる
かき分けて探し出したるかぼちゃ玉
まるまると蔓枯れてくるかぼちゃ玉
睡蓮の真下に映る倒影よ
半田澄夫
下校児の傘のホッケー梅雨晴間
梅雨を来て企業戦士の傘の銃
黒南風や点滅信号渡りきる
サイレンの次第に大き熱帯夜
橋本喜美子
初蟬の二声鳴きて止みにけり
野良猫に呼び止めらるる木下闇
紫陽花の木蔭は白き花咲けり
蛍袋賢治童話の明かりなり
中島孝子
蕗の葉を丸めて注ぎ水を飲む
グラス二個並べていたり紫蘇ジュース
庭の闇一輪伸びる花菖蒲
梅雨晴間幼のはしゃぐ水溜まり
嶋田 静
亡き母の好みし柄を藍浴衣
糸とんぼガラス戸ごしに見つめあう
捨てられぬ昔の友の夏見舞
花氷手を当て姉と笑いし日
石田敦子
洗濯機不具合のまま梅雨に入る
それぞれの色に香れり百合の花
注文のアマゾン届く梅雨の朝
吹き抜けに風が集まる薄暑かな
垣内孝雄
白秋や鴉のやうに歩き出し
鶺鴒の歩ける様を見守れる
盆の月馴染の店の手酌にて
赤とんぼゆるりとかへす太子道
上原晃子
油蝉転がつてゆく声のなく
宿灯り次第に消へて蛍火よ
七夕の子の願ひから青空へ
雨の中クリームがかる山法師
牧内登志雄
稲子煮る匂ひのありて母の夢
涼新た柱時計は八日巻
昼酒の客人二人野分来る
銀漢や湖を大きく渡る舟
東 淑子
病院に心地よく吹き南風
五月雨の一粒落ちて笹の上
見ていたり百足真っ直ぐ行く廊下
賑わいぬ茄子持ち寄る手料理に
〈選後随想〉 耕治
老いてゆく身体の火照り夕かなかな 浅海紀代子
不調や衰えを感じ老いていく身体にも、微かな火照りを感じることがある。早朝に鳴いて止んでいたかなかなが、日暮にまた鳴き出した。夕暮れは一日が終わる時、かなかなの鳴き声は暑さ終わりを告げるように、人生の終わりを暗示している。老いに対する不安や焦燥感、あるいは諦観などが、火照りという表現によって反転し、老いは止められないけれども、一日一日に命の輝きを感じ取ろうとする浅海さんの姿勢がうかがえる。火照りという感覚、かなかなという聴覚、夕暮れの視覚など、五感を呼び覚まされるような描写にも注目したい。
*岬町小島にて。
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