香天集10月27日 岡田耕治 選
神谷曜子
三世代同居となりぬかまどうま
好奇心を強めていたり竈馬
今生はいとどに生まれ一人ぼち
言う事を聞かなくなりぬ虫の声
湯屋ゆうや
縫い糸を使い終わりぬ蚯蚓鳴く
彼岸花あるとわかっているほうへ
空へ伸び大津祭の山車の子ら
十三夜義仲寺に湖は遠ざかり
釜田きよ子
雲の峰カラスが屋根の上歩く
にんまりと生きておりけり蝸牛
赤とんぼ夕刊読みにやって来る
辛い時絶対泣かぬ曼殊沙華
北橋世喜子
たっぷりの薬味ガラスに冷奴
反戦旗受け継いでいる蝉時雨
鈴虫や息を入れよと声をかけ
同じ月眺めていたり京の友
古澤かおる
ナイフより指先で剝く熟柿かな
労りつ住まう古家に律の風
切り口はフルーツサンド灯火親し
白菜やもう六分の一で足る
半田澄夫
妻何も言わなくなりし秋簾
今朝の秋ヒールの音が語りかけ
長き夜の無口な二人答え出す
蟷螂や駅のホームで鎌を上ぐ
橋本喜美子
青空へ一本赤き夾竹桃
三陸の戻り鰹や海豊か
雨上がる調子のんびり虫の声
雷雲の動き負けじとペダル漕ぐ
中島孝子
読み返す古き手紙の夜長し
桔梗に掛け替えている居間の白
山葡萄甘酢ばさの幼き日
鳳仙花はしゃいで種を手のひらに
石田敦子
ベランダに命を尽くし秋の蝉
いちじくの一つは熟れて落ちてをり
彼岸花摘んでは母に叱られし
テープ貼る窓よ台風まぬがるる
上原晃子
滴りに続いていたる茶店かな
焦げ色の竹串鮎をほおばりぬ
さつまいも茎の煮物を一品に
朝光る一面となる赤蜻蛉
吉丸房江
新米の中に父母あり先祖あり
秋茄子を剪りて再び実を結ぶ
絵手紙の林檎値上げに負けぬほど
「爽」というひと文字を書き秋の空
東 淑子
思い出すだんじり囃子の稽古見て
昼寝して終の棲家と思いおり
道行けば茂り始める秋の草
秋に入る色を変えたる木々のあり
〈選後随想〉 耕治
言う事を聞かなくなりぬ虫の声 神谷曜子
言う事を聞かなくなったのは、虫なのか、他者なのか、自分の身体なのか。さまざまに思いを馳せることのできる句だ。夕方から鳴き出した虫の声が、しだいに虫時雨となって、止めどなく聞こえてくる。そんな中で、家族だろうか、友人だろうか、他者が言うことを聞いてくれなくなった。そのことを、腹立たしく思う反面、その人の成長も感じている。あるいは、この膝は、どうも階段の上り下りが辛くなってきた。これも、歳とともに仕方のないことかもしれない。ここまで読んでいくと、自然の中で鳴き続ける虫の声は、生命の象徴として捉えられる。曜子さんは、虫の声を聞きながら、言うことを聞かなくなったことを受け止めようとしているのかも知れない。
*ねんりんピックの行われた鳥取駅前にて。