香天集11月17日 岡田耕治 選
渡邉美保
初しぐれロバ曳く人とすれ違う
水面より暮れはじめけり龍の玉
転生を考えてゐるきりぎりす
椿の実姉は絶対あやまらない
柴田亨
櫨紅葉ふと紛れ込む君のこと
肩車諦らめた日よ秋高し
母がよく使いしポスト冬ぬくし
もう白い山茶花何を準備する
三好広一郎
渋滞や押し寄せてくる鰯雲
芒捨て薄を活ける青畳
ほんとうのことはいわない蚯蚓鳴く
はぐれては身に沁む点に鵙の声
湯屋ゆうや
朴落葉投票箱の小さき穴
売りし家の南天の実はたわわなるか
ぼんやりとカーデガン着る待合室
冬暖か平飼い卵の紙容器
宮下揺子
消息の消えて久しや烏瓜
病得て嗜好の変わるむかご飯
逝き方を話して帰る石蕗の花
秋真昼箪笥に籠る亡母の香
前塚かいち
秋灯や別れられない人ばかり
瑕跡をそのままにして山眠る
温めるパックのご飯文化の日
保護猫と今いる不思議秋の暮
半田澄夫
魂に法被を着せる秋祭
紙吹雪色なき風を桃色に
写生会勝負のブルー秋澄めり
荒れ庭の変化を待てり今朝の秋
北橋世喜子
米を研ぐ当たり前にも力込め
羽音せずちょっと帽子に赤とんぼ
荷を足で抑えベル押す玉の汗
ずいき煮る鍋ぶた踊り始めたる
中島孝子
虫時雨袋の音と競い合い
羊羹に添えし笑栗客迎え
青の月一番電車待つホーム
雲早くなり十六夜の月が好き
橋本喜美子
遠目より黄色くっきり女郎花
花茗荷ことし最後の甘酢漬
復興の能登に厳しき秋出水
口の中鳴らして遊ぶ鬼灯よ
上原晃子
鉄塔を仲良く見上げ曼珠沙華
秋夕日ひつじの群の遊びをり
秋の蝶起こした土を嗅いで行く
芋の葉の露を両手で転がしぬ
石田敦子
独りの卓同時におこる虫時雨
秋祭終わりいつもの虎の尾よ
残る蚊に刺され痒みの強くなる
夢の中父が現はる新走り
東 淑子
垢すりを祖父が作れる糸爪かな
生けるたび混じっていたり菊の花
ふうふうと食べ合っているさつまいも
十匹の燕飛び立つ秋の空
〈選後随想〉 耕治
転生を考えてゐるきりぎりす 渡邉美保
大阪句会に出されたとき、この句は「転生を考えている枯蟷螂」で、5人の人が取った高点句だった。久保さんから「枯蟷螂」を何とかするともっといい句になるとアドバイスがあった。私からは、多くの人に取られた句を変えるのはパワーが要るけれど大事だと申し添えた。美保さんが出した答えが、この句。きりぎりすは、芭蕉が「むざんやな甲の下のきりぎりす」と詠んだもの。原句では、枯蟷螂の「枯」が邪魔をしていたが、すっと入ってきてイメージを拡げてくれるようになった。きりぎりすは、他の虫と較べても触覚が長く、眼もこちらを見ているようについている。「転生」とは、生まれ変わることだから、命の連鎖を感じさせてくれる言葉。それと、短い一生を送るきりぎりすの対比が印象的な句になった。転生を考えているのは、作者か、きりぎりすか。どちらを取っても、読み手はきりぎりすの視点からこの世を見つめることができる。
*岬町小島にて。
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