2024年12月8日日曜日

香天集12月8日 佐藤静香、三好つや子、浅海紀代子、春田真理子ほか

香天集12月8日 岡田耕治 選

佐藤静香
寒鴉小野小町のされこうべ
寒茜熱発したるされこうべ
透き通る石炭の炎よ失恋す
さよならのらにある余韻冬の星

三好つや子
鴉には見える冬日の等高線
亀連れて小春を歩く少女かな
枯蟷螂まだあとがきの一行目
耳袋さびしい翼入れておく

浅海紀代子
冬灯明日入院の大鞄
病棟の消灯早く冬の雷
路地の灯のひとつに帰る夕時雨
尾を立てて猫の出迎えシクラメン

春田真理子
布橋会女人の褄につくもみじ
草紅葉踏み分けてゆく独りかな
大枯野無明無音に立ち尽くす
労りの石蕗の黄やまた歩く

牧内登志雄
望郷のひろがつてゆく鴨の陣
雪降るや社に聞こゆ篠の笛
煮凝の四角四面に立ちにけり
休戦も停戦もなき聖夜祭

岡田ヨシ子
藁草履通学の道思い出し
また羽織るダウンコートの軽さにて
干柿や作る会話のよみがえり
鮪定食五人で食べる会話かな

〈選後随想〉 耕治
さよならのらにある余韻冬の星  佐藤静香 
 さよならと言ってわかれた、その「ら」にどのような余韻が残っているのだろうか。具体的な情景描写がないので、様々な余韻の残り方が想像できる。もう此れ切りにしようというきっぱりした響きなのか、また近々また会いたいという明るい響きなのか、それともその中間のあいまいな響きなのか。冬の星空の星を眺めながら、自分の心に宿る様々な感情を呼び覚まし、その人との来し方をふり返っている、そんな静香さんの姿が浮かんできます。今度句会で静香さんとお別れするとき、さてどのような「ら」にしようかと、たのしんでおくことにしよう。
*大阪教育大学天王寺キャンパスにて。

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