香天集3月23日 岡田耕治 選
夏 礼子
雛の目虚ろになりしことのあり
ままごとのおやつを増やしいぬふぐり
見舞とは言わず噛み合う雛あられ
新しい風の名を知りつくしんぼ
柏原 玄
春帽子脱げばしわがれ声となる
無欲という限りなき欲ヒヤシンス
亀鳴くを律儀に眺めいるとする
十日後に会いたいと言う桜かな
中嶋飛鳥
春の昼骨煎餅の骨騒ぐ
永き日のマネキンの黙汝の黙
侘助へ欠伸小さく伝播する
涅槃西風大和時間と言うがあり
砂山恵子
草餅もあると張り紙金物屋
住職のたつた一人の梅見かな
春の夢おそろしくともさめがたし
土筆摘む土の幸せもらふため
古澤かおる
ダンベルを1キロ増やす春の雪
首筋の強きを信じ鳥帰る
こんにゃくとのため池の村水温む
啓蟄の霧吹きの口きれいにす
加地弘子
海市たつ今を飛び立つ一機あり
三階の句会賑わう春の雪
鳥雲に一人手を振るみんな振る
如月の輪ゴムの捻れ戻りだす
木村博昭
無造作にマネキン積まれ春の宵
永き日を昨日も今日も妻と居る
古びたる同性婚のひいなたち
天井に梁のあるカフェあたたかし
宮下揺子
春隣絵文字ばかりのメールくる
建国日電波届かぬ所にて
麹屋の匂いを纏い寒の明
三椏の花近道をして迷う
湯屋ゆうや
風の日の耳の穴から余寒かな
春分の診察室の戸を開ける
腹を診るてのひら乾く檀香梅
逆光の土手の土筆のすきまかな
神谷曜子
春一番荒物屋から駄菓子屋へ
春祭郷土料理を滾らせる
節分会鬼の決まらぬ慰問団
紅茶入れ自分ひとりの雛祭
安部いろん
蛍光ペンでさよならを告げ余寒の手
看護師に採血される朱の余寒
真っ先に味わう生気春の暁
春の雷魚の耳石揺れ止まず
俎 石山
雪合戦いつかあの子が転校す
雪合戦あの娘ばかりを狙いおり
まだ咲かぬ梅が自慢の店主あり
干蒲団家族の対話聞こえくる
宮崎義雄
一袋おまけの若布もらいけリ
五十年連れそう人と山桜
快音を飛ばす球児や春の雲
旅立ちの始まりそうな鼓草
前藤宏子
「チュン」という恩師の渾名山笑う
冴え返る無住寺背負う大師像
喜びを大切にして水温む
糸逆という静けさの中にあり
松並美根子
紅梅のひとひらの愛舞い落ちる
ととのいて母の遺影や水仙花
意のままにならぬことあり春の空
パンジーの笑顔あふれれていたりけり
松田和子
水温む鳥のひと群雲となり
過去思うなずなの花よ耳元に
淡雪のこまやかな粥すすりおり
胃袋を包み込みたり蜆汁
森本知美
雛迎え丹念にする部屋掃除
家跡に思い出あまた梅香る
墓仕舞い空地増えゆく水仙花
春満月用無きスマホラインにて
金重こねみ
春雨にうっかり濡れて裾乱す
入学の新たに背負う私小説
身の薄き海胆はキャベツで太りけり
梅の香に翻弄されていたりけり
安田康子(1月)
砂時計の細きくびれや年の暮
二歳児のコアラと言えたお正月
初風呂や三十九度の安堵感
成人式うなじやさしく結い上げて
目 美規子
菜種梅雨通夜の遺影は若くあり
黄砂降る供物着いたとメール受く
園庭の砂場にぎやか春帽子
啓蟄や回覧板のアライグマ
木南明子
寒あやめ朝日を受けていたりけり
白梅や清らな心取り戻す
若者と苺ケーキをかぶりけり
ミモザ活けコーヒー香る喫茶店
安田康子(2月)
古本の刻の重さや風光る
啓蟄や六腑の一腑やさしくす
検診の結果良好春ショール
気に入りのマニキュアごっこ春炬燵
〈選後随想〉 耕治
春帽子脱げばしわがれ声となる 柏原 玄
春帽子は、軽やかで明るい春のイメージを喚起させます。外出の喜びや、装いを新たにする気分も連想させます。ところが、それを脱ぐと「しわがれ声となる」という意外性が、この句の眼目です。私も、息子から貰った帽子を被ってでかけたとき、「若くなりましたね」と声をかけられたことがあります。帽子でなくとも、ちょっとお洒落な春のコートを羽織ってでかけたけれども、声を出して話しだすと、いつものしわがれ声だったということもあるでしょう。しかし、この句には、そのしわがれ声を肯定するような響きが感じられます。衰えていくことはどうしようもないけれども、その中に生きる力を秘めていたい、そう感じさせるところに玄さんの人柄が現れています。
*岬町小島にて。
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