香天集8月17日 岡田耕治 選
渡邉美保
飼育箱の中の西瓜の匂ひけり
いちまいの波の泡立つ夜の秋
青唐辛子焼いて一日の暮れにけり
浜木綿の蕊のもつるる波がくる
柴田 亨
洋梨のゴッホの筆になきあばた
ポキポキと行方不明となる炎暑
夏の蝶翅一枚を土へ還し
夏に逝くぶらんこの席空けしまま
三好広一郎
あらすじをなんにも知らず蝉落ちる
炎昼やテントと影のズレ減加
充電はリンゴ酢青になれば夏
ひまわりに話す力や夜学生
加地弘子
水馬雲より外れながさるる
灼熱やシャワーの水で事を足し
揚羽蝶となりて妣待つ此岸かな
Tシャツの歳曝しゆく水遊び
宮下揺子
扇風機回り続ける投票所
丹田はここかと訊いてラムネ飲む
のうぜん花夢の先まで登りたる
炎天の被爆地歩く八十歳
安部いろん
敗戦忌忍ばす空の深き蒼
我だけに話して欲しい蛍の火
上げられた口角にある秋の風
秋夕焼人は乾いてゆく器
松田和子
人影に鯉の集まり蓮の池
蛍火やこの木あの木に消えてまた
蝙蝠が群がる入日朱黒し
花木槿湖北を眺むバスの旅
〈選後随想〉 耕治
飼育箱の中の西瓜の匂いけり 美保
飼育箱とは、普通は昆虫だろう。だけど小さな動物を飼っている箱のようなものと取ることもできる。そんな小さなものを飼っている箱に、西瓜の、それも人が食べた後の、赤いことろがちょっと残ってるのをポンと入れた。そういう光景が強烈に目の前に現れる。夏の盛りが過ぎて、どこか寂しげな風の中に、溶けて臭くなるような匂いがする西瓜。美保さんの、このリアルさがいいなと思う。
洋梨のゴッホの筆になきあばた 亨
「ゴッホの筆になきあばた」だから、ゴッホが描いた洋梨には、こんなリアルな凹凸というか、あばたはないというふうに読める。ところが、鈴木六林男師に習ったのは、あるということを書きたかったら、ないと書いたらいいという技術。「洋梨のゴッホの筆にあるあばた」としたら、絵の中のことをそのままコピーしたことになってしまう。しかし、「ゴッホの筆になきあばた」と表現すると、急に洋梨のゴツゴツが目の前に迫ってくる。ゴッホの筆の中にもあばたはあるんだけれども、目の前にあるあばたは、それ以上のゴツゴツ感があるという、リアルな俳句になっている。亨さんは、ゴッホの力を借りることに成功した。
*岬町小島にて。
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