香天集12月21日 岡田耕治 選
夏 礼子
ポケットのいつ捨てやらん櫟の実
言い分は母にもありぬラ・フランス
谷底を走る鬼女なり冬紅葉
枯芒もう化かされているらしい
柏原 玄
山茶花の白をよろこぶ年となる
無為にして即ち有為や石蕗の花
梟の薄目に姿ととのえん
軽き世を重たく生きて根深汁
三好広一郎
柿を採る梯子勝手に使いけり
合鍵のような姉逝く冬苺
空港の凍星割れぬ窓硝子
遊ぶように空気の回る寒夜かな
中嶋飛鳥
嚔あと一気に弛む骨密度
腸を洗い上げたり冬の水
嬰の声茶の花垣の曲り角
休み休み着膨れて切る足の爪
木村博昭
雄を喰い蟷螂枯れてゆくばかり
スケッチに妻子の遺り開戦日
生きるとは生臭きもの牡蠣を剥く
この土へ吾が骨埋めよ山眠る
湯屋ゆうや
凩の中へ電話に出るために
末端はピンクであるよ冬の子は
丁寧な縫い目がありぬ聖夜劇
相槌をさがす看護師雪催
古澤かおる
何時からの夫の猫背冬コート
富有柿種ありますと売られけり
壺の肩膨らむほどに夜の冴ゆ
息白く深き会釈の姉妹かな
俎 石山
裏庭にいつ頃からか火鉢あり
木槿咲く赤い兵隊踏み荒らし
塩鮭が無敵となりし台所
ブロッコリ頭の女近付きぬ
前藤宏子
寒風や犬の目ふかき毛の中に
冬の月白く乾けるシャッター街
冬牡丹観客席の浅田真央
何もかも捨てて冬木となりにけり
宮下揺子
花野までついていこうと足踏みす
置き炬燵終活ファイル積まれある
学校は遠いところぞ冬の鵙
白馬老い蔦紅葉する神厩舎
安部いろん
鎌鼬巫女辞めた人討ちにくる
薄氷の割れ戦争の予感
着膨れてもう淋しいとは言えない
冬の空影なきものが往来す
安田康子
息白し目印は朱の大鳥居
冬の暮線香の灰立ちしまま
実家には寄らずに帰る年の暮
後の世を覗いてみたし竜の玉
宮崎義雄
年の瀬や客間に厚きカレンダー
味噌醤油付けぬ握りを榾に焼く
納豆売贔屓の家へ声を上げ
鏡餅古き時計を横に置き
松並美根子
産声の八十回目年の暮
秋寒や老いを身に知る報恩講
夕時雨水間鉄道駅古し
天と地をつないでいたる冬満月
木南明子
太陽の味いっぱいの柿を剥く
玄関へ無造作に置くかりんの実
老人の命を守る冬日向
地を歩く冬鳥早く飛びなさい
森本知美
冬紅葉人なき里の風の歌
枯れ尾花生垣を越え陽と遊ぶ
年の暮按摩器を捨て体操に
枯欅イルミネーション咲く通り
金重こねみ
オリオンや友はそちらへ行きました
リハビリは少しずつよと枇杷の花
電灯のチカチカチカと年の暮
大掃除昭和の歌が邪魔をする
目 美規子
点滴で青にえた腕十二月
一枚の枯葉舞い込むエレベーター
血圧に一喜一憂冬黄砂
冬野菜三日続きの夕餉かな
〈選後随想〉 耕治
ポケットのいつ捨てやらん櫟の実 夏 礼子
コートや上着のポケットに手を入れた時、指先にコロリと触れた固い感触。それが櫟の実、つまりどんぐりであったという瞬間が鮮やかに描かれている。「いつ捨てやらん」という言葉には、「いつ捨てようか、いや、いつまでも持っていたいな」という揺らぎが感じられる。どんぐりの中でも、櫟の実は丸々と大きく、ポケットの中で転がすのにいい加減。その手ざわりが、捨てられずにいる理由を想像させる。捨てようと思えばいつでも捨てられる、けれど手がその感触を離さないという心の機微が、読者の記憶に同じような経験を呼び起こす。
山茶花の白をよろこぶ年となる 柏原 玄
山茶花には赤やピンクもあるが、あえて白をよろこぶとした点に、作者の現在の心境が表れている。華やかな色彩よりも、混じりけのない、削ぎ落とされた潔さに価値を見出すようになった。その変化を、自分の精神的な変化として肯定的に捉えているようだ。若い頃には気づかなかった、年齢を重ねたからこそ得られた心の豊かさに対する自覚と感謝が読み取れる。もちろん、そういう歳になったという意味だけでなく、「今年一年を、白を喜ぶような心持ちで過ごしていこう」という、人生の次のステージへの宣言のようにも受け取れる。作者の、新しい年を迎えようとする、静かな願いが感じられる。
*生きている友を呼び出す夜の雪 岡田耕治
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